塩対応のタイムリーパーは、今日も俺を救えない?

俺の手のひらの下で、御子柴の骨張った大きな手が、まるで熱病に浮かされたかのように熱を帯びていくのが分かった。

先ほどまでは氷のように冷え切っていたはずの彼の肌が、俺の体温を吸い上げるたびに、じわじわと生き物の生々しい熱を取り戻していく。御子柴は俺の言葉の衝撃から抜け出せないのか、あるいは重ねられた手の感触に硬直しているのか、大きく見開かれた瞳を微かに震わせながら、ただじっと俺を見つめ返していた。

「……完全にランダムな、バカな行動、だと?」

長い沈黙の末に、御子柴の薄い唇から溢れ出たのは、掠れた、掠れすぎて今にも消えてしまいそうな声だった。

「そうだよ。お前が今まで試してきたのは、どれも『薄葉綴を安全に帰宅させるため』の理にかなった誘導だろ。時間を早めたり、遅らせたり、ルートを変えたり、あるいはどこかに閉じ込めたり。そういうロジカルな行動は、世界とやらいうクソみたいなシステムの予測アルゴリズムに全部読まれて先回りされるんだ。だったら、その計算式自体をバグらせてやればいい」

俺は重ねた手のひらにさらに少しだけ力を込め、彼の長い指の節々を包み込むようにして言い含めた。
御子柴は拒絶しなかった。いつもなら、誰かにこんな風に触れられれば、それこそ蛇にでも噛まれたかのような嫌悪感を露わにして飛び退くはずの男だ。それが今では、俺の指先がもたらす圧力にじっと耐え、それどころか、かすかに俺の手のひらに自分の手を押し付け返すような、切ないほどの拒絶のなさを叩きつけてくる。

「具体的に、当日はどう動くつもりだ。世界は、お前がその場で行き先を変えた程度では……」

「行き先を変えるんじゃない。目的自体を無くすんだよ。たとえばさ、終業式が終わった瞬間に、俺が突然、校庭の真ん中で意味もなく側転を始めたらどうなると思う?」

「……は?」

御子柴の眉間が、これ以上ないほど奇妙な形に歪んだ。あまりに突飛な俺の提案に、彼の頭脳が一時的にフリーズしたのが分かって、俺は胸の奥で小さく快哉を叫ぶ。

「あるいは、駅前の交差点に向かう途中で、突然目の前に現れた野良猫を追いかけて全く関係のない民家の路地に迷い込んだり、コンコースのベンチで一時間微動だにせず昼寝を始めたりする。お前が俺に指示を出すんじゃない。俺自身が、その瞬間の思いつきだけで、世界の予測の遥か斜め上をいくバカな選択肢を突発的に選び続けるんだ。お前はその隣で、俺が本当に危ない目に遭いそうになった瞬間だけ、物理的に俺の身体を引っ張って軌道修正してくれればいい」

「そんな、行き当たりばったりの方法で、お前の命が救えると思っているのか……っ!」

御子柴が激昂したように声を荒らげた。だが、その声には、以前のような冷徹な突き放しは一切なかった。ただただ、俺を失うことへの恐怖と、新しく目の前に提示された『可能性』に対する戸惑いが、激しく交錯して彼の心をかき乱しているのだ。

「思ってるよ。だって、お前のその大層な手帳に書かれた四十二回の輝かしい失敗データには、そんなアホな行動をとった俺の記録は一回も載ってないんだろ?」

「それは……」

「ないなら、試す価値はあるじゃん」

俺は不敵に微笑みながら、少しだけ身を乗り出した。
その瞬間、図書室の薄暗い影の中で、俺たちの顔の距離が劇的に縮まった。
御子柴の長い睫毛が、驚きに変に跳ね上がるのが見える。彼の瞳の奥に、怪しく燃える夕暮れの光と、そこに映り込む俺自身の顔がはっきりと見えた。あいつの整った顔立ちが、至近距離で見るせいで、暴力的なまでの現実感を持って俺の視界を支配する。常に不機嫌そうに歪められていた唇が、今は微かに開かれ、そこから漏れる彼の熱い吐息が、俺の唇の端をかすめていった。

(……あ、こいつ、本当に顔が良いな)

今更すぎる事実に、俺の心臓がトクン、とこれまでになく大きく跳ねた。いつもはめんどくさいとしか思わない他人の存在が、この御子柴廻という男に限っては、どうしようもなく俺の領域を侵食してくる。四十二回も俺のために命を削ってきた男の執着の熱が、重ねた手を通じて、俺の血液の中に直接注ぎ込まれているような、そんな錯覚さえ覚える。

御子柴は、俺の視線の熱さに耐えかねたように、カッと頬を赤く染めた。その赤みは瞬く間に首筋まで広がり、白い制服の襟元から覗く肌を艶やかに染め上げていく。彼は慌てて顔を背けようとしたが、俺が手を握ったままでいたため、結局はその場から動くことができなかった。

「……薄葉、お前、本当に……調子が狂う」

御子柴は自由な方の手で自分の顔を半分覆いながら、消え入るような声で恨みがましく呟いた。

「調子を狂わせるのが目的だからな。世界も、お前も」

俺は少し意地悪く笑って、ようやく彼の真白い手を解放してやった。
手が離れた瞬間、御子柴はひどく名残惜しそうな、あるいは酷く心細そうな目をして一瞬だけ俺の手元を見つめたが、すぐにいつもの冷淡な鉄仮面を無理やり張り直した。けれど、その仮面がもうボロボロで、俺の前では何の役にも立っていないことに、本人は気づいているのだろうか。

タララン、タララン、と。
旧校舎のスピーカーから、放課後の終わりと図書室の閉館を告げる、少し音割れしたチャイムのメロディが流れ出してきた。郷土資料スペースの静寂を切り裂くその音に、俺たちは同時にハッとして我に返る。

「……閉館時間だな」

御子柴は立ち上がり、黒い手帳を素早くカバンに仕舞い込んだ。彼の動作は相変わらず素っ気ないが、その指先が微かに震えているのを、俺は見逃さなかった。

「そうだね。じゃあ、今日の作戦会議はここまで。明日からは、当日のランダム行動の候補をリストアップするから、覚悟しとけよ」

俺もカバンを肩にかけ、席を立つ。
先に歩き出そうとした俺の制服の袖口を、後ろから微かな力が引き留めた。
振り返ると、御子柴が俺の制服の布地を、指先で小さく摘んでいた。彼は俯いたまま、前髪の隙間から、ひどく濡れたような、切実な瞳で俺を見上げていた。

「……薄葉」

「何?」

「……明日も、ちゃんと学校に来いよ。絶対に、途中で勝手に死んだりするな」

その言葉は、彼が四十二回のループの中で培ってきた、血を吐くような本音の呪いだった。
クラスメイトに向けるにはあまりにも重く、あまりにも過保護で、そして——どうしようもなく愛おしい、剝き出しの執着。

俺は、袖口を掴む彼の不器用な手を、今度は優しく上から包み込むようにして引き離した。そして、いつもの塩対応の中に、彼にだけ伝わる特別な温度を混ぜ込んで、静かに微笑んだ。

「当たり前だろ。俺がお前を置いて死ぬわけないじゃん。……また明日、教室でな、御子柴」

御子柴は一瞬、息を呑んだように絶句し、それから今度こそ顔を真っ赤にして、コクコクと小さく首を振って頷いた。
図書室を出る俺の背中に、あいつの熱い視線がずっと絡みついているのを感じながら、俺の胸の鼓動は、夏の夜の始まりを告げるように、優しく、けれど確実に高鳴り続けていた。