脇役巫女の契約結婚

 数日後、陸軍特務陰陽部隊玻璃坂駐屯地にて。

「隊長、近頃はずいぶん顔色が良くなりましたね」
「そうか?」

 副官の言葉に、要は首を傾げる。
 
「はい。この前なんて目力だけで人を射殺さんばかりの目付きをしていたのに、今はなんというか、穏やかと言いますか」
「そんなふうに見えていたのか? 大袈裟だな」

 いつの間にか気が抜けていたらしい。
 部下に素顔を見せる訳にはいかないと、人の良さそうな気さくな笑顔を取り繕う。
 
「玻璃坂には腕の良い巫女が多いですからね。隊長が元気になって、私も安心であります」
「巫女……ああ、そういうことか……」

 その言葉で合点がいった。

(あの娘、俺に何かしているな)

 どうも、美弥子の浄化を受けて以来調子が良いのだ。

 念の為軍医に診てもらったが、診断結果は治療するところは何もないというもので、むしろ前より健康になったとまで言われた。

 美弥子はあんなに自分の浄化に自信が無さそうだったというのに、これはどういうことなのだろうか。
 
 落ちこぼれで地味。両親から放ったらかしにされて育ち、本人も性根が曲がっている。
 従姉妹の足を引っ張ってみっともない。
 桐島美弥子という人物を調査した際、出てきた言葉はそんなものばかりだった。

(何か、引っかかるな……)

 美弥子の話を聞いているというのに、周囲が口にするのは従姉妹の篠崎芹奈という女の名前ばかりだ。
 美弥子が芹奈に迷惑をかけてばかりだというのに、芹奈は美弥子に対して優しく広い心を持っていると。

(広い心を持つ優しい女が、親友の婚約者を奪うものだろうかな)

 親友という薄ら寒い言葉を要は信じていないが、美弥子と初対面の時の芹奈の様子は、とても噂通りには思えなかった。
 それに、実際共に暮らしている美弥子の様子は話に聞くような意地の悪い娘とはかけ離れている。
 実際、青井から話を聞いた時は、大人しそうで文句も言わないように見えて、裏では男遊びをするような娘だなんて騙された……とまるで自分は被害者のように豪語していた。
 そしてその青井が美弥子を捨てて選んだのは芹奈だ。
 美弥子と芹奈の関係には、何か裏があるのではないかと要は思い始めていた。
 
 美弥子の過去は要には関係がないことで、美弥子のために芹奈をどうこうしようという考えは要にはない。

 ただ、要は昔から負けず嫌いでやられっぱなしは似合わない性分だった。
 
「青井」
「はい。なんでしょうか」

 通りがかった青井彰をにこやかに呼び止める。
 
「明日の非番、変わってくれないか」
「明日ですか? 何か用事でも……」
「妻と出かける用事があるんだ。そろそろ新しい夏物を揃えてやらねばと思ってな。百貨店に連れて行ってやりたい。いいだろうか」
「……も、もちろんです!」

 妻、という言葉に一瞬彰は気まずそうに視線を逸らしたのを要は見逃さなかった。
 自分の浮気が原因で捨てた女が上官の妻になったなんて、それはもう大層居心地の悪いことだろう。

「青井」
「は、はい」
「お前は美弥子の浄化を受けたことはあるか?」
「え?」

 彰はぽかんとしてから、口を開けて笑う。

「隊長、何をおっしゃいますか! あの娘は浄化なんてとても出来ませんよ! 男遊びなんて素行の悪いことをする巫女なんですから、せいぜい萎れた花を蘇えらせるのに精一杯で」
「ほう、面白い。では俺は萎れた花だったというわけか」

 一瞬で彰は閉口してしまった。
 何が言いたいのか察せたらしい。
 
「どうした。顔色が悪いぞ」

 横で見ていた副官が吹き出して笑うのを聞きながら、要は踵を返していった。