脇役巫女の契約結婚

 夜中、物音が聞こえてきて目を覚ます。
 玄関が開く音だが、続く足音がなんだかおかしい。
 まるで、何かを引きずっているような不自然な音がする。

(まさか……)

 要ではない、としたら。
 呪殺事件の見出しを連想してしまう。
 残念だが、この屋敷に要意外に男はいない。本邸から来る通いの使用人はいるが、当然こんな時間にいるはずもなく。
 女中部屋にいるみえと清子を守れるのは、自分だけだ。

 おそるおそる、美弥子は布団から這い出でる。
 慎重に足音を立てないよう玄関口へ向かう。

 だが、そこに居たのは荒い息をして今にも倒れそうな要だった。
 
「要さん……!」
「っ、なぜ!」

 駆け寄ってきた美弥子に、要は目を見開いて驚いている。

「ご無事ですか!? お怪我をされているのでは……」
「俺に触るな!」
「っ!」

 支えようと伸ばした手は跳ね除けられた。
 そんなに私が嫌かと思ったが、漂う濃い瘴気の気配に気づく。

「あ……」

 要は、自分で美弥子を跳ね除けたくせに青ざめた顔で何かを言いかけた。
 瞳は不自然に揺れ動き、日頃のツンとした態度が嘘のよう。

(そうか、事件を追う中で瘴気に触れ続けてしまったのね)

 落ちこぼれでも下っ端でも、元巫女だ。
 要の状態は悪い。このまま放っておく訳にはいかなかった。

「少しだけ、ご無礼をお許しください」
「っ、な……」

 頭を下げてから、要の手首に触れる。
 要の肩がびくりと跳ねた。
 ずいぶんと脈が荒い。
 よくこの状態で駐屯地から戻ってきたものだ。

「高天原の神々よ、我が願いを聞き入れたまえ——————」

 小さく祝詞を唱えながら、精一杯力を込める。
 触れた指先に熱が籠っていく。

「っ、はぁっ……!」

 本当はもっと手順を踏んで行わなければならないが、ことは一刻を争うのだ。
 美弥子の顔からぽたりと汗が流れていく。
 必死に、どうか彼を救ってくれと神に祈りを捧げる。
 こんなに力を使ったのは初めてかもしれない。
 だが、美弥子の疲労と引き換えに徐々に要の状態は良くなっていく。

「もう、大丈夫ですよね……明日、ちゃんとした軍医の方に見てもらってください」
「どうして、君は……」

 要はすっかり元の顔色に戻ったが、美弥子の行動に戸惑っているようだった。

「誤解しないでください。あなたが倒れてしまっては、契約を遂行することができなくなるでしょう。この行為は、私のためのものです」

 彼を安心させるためきっぱり言えば、ようやく納得してくれたようだ。
 
「ああ……そうだな」

 彼との間には、きっちりと一線を引かなければならない。
 要は美弥子が線引きを超えることを恐れているようだが、一度契約を引き受けたのなら破ることはしない。
 だが、要が無理をして倒れてしまうのは美弥子にとっても望ましいことではない。
 芹奈と違って大した実力もない美弥子には微々たることしか出来ないが、それでも見過ごすわけにはいかなかった。

(今度からは、気づかれないように浄化をしないと)

 他人に触れられたくないと面と向かって言い放たれたことはしっかり覚えている。
 対象に触れずに浄化する方法はいくつかある。
 さてどの方法が良いだろうかと悩み始めた美弥子を前に、要が小さく声をかける。

「もう夜も遅い。早く寝なさい」
「はい。失礼致します」
「……美弥子」
「なんでしょう?」
「いや……」

 要はまだ何か言いたげな様子だったが、結局何も言わずに自室へ行ってしまった。



 翌日、美弥子が目を覚ましたのはなんと昼過ぎで要はとっくに出勤していた。

「ごめんなさい、寝坊なんてして……」

 体がだるくてどうにも起き上がれない。
 布団の中でぐったりしていれば、みえが濡らした布で汗を拭ってくれる。
 
「良いんですよ、奥様。お疲れでしょうと旦那様も心配なさっていましたから」
「え? 要さんが……?」
「ええ。聞きましたよ、奥様が巫女のお力で旦那様をお支えになったと」

 昨夜の出来事だ。
 みえにだけでなく、清子にも話していたらしい。
 今日は美弥子を休ませてやれと言っていたようだ。

「要さんは……他に、何か言っていましたか」
「はい。ありがとうと、仰っていました」
「そう……」

 あの時彼が言いかけていたのはそれだったのだろう。
 巫女の力を使って人から感謝をされるのは初めてだ。
 じんわりと心の中で嬉しさが滲む一方で、たったあれだけで寝込んでしまう自分が情けない。

(芹奈だったらこんなことにはならない。私はやっぱり落ちこぼれの巫女だわ……)

 あの浄化だって一時的なものにしかならない。

『美弥子は浄化なんて向いてないんじゃないのかしら。無理しないで! 萎れた庭の花を元気にするのだって立派なことよ!』

 美弥子が浄化の力を使おうとした際、芹奈の助言通りにしてもなぜか上手くいかなかった。
 その上芹奈が大声で話すものだから、周囲に美弥子が花を復活させることしか出来ないことが広まってしまった。
 あれ以来恥ずかしくて人前では使わないようにしていたのだが、もっと練習しておけば良かったと後悔してしまう。

「旦那様は不器用な方ですから、どうかお許しになって差し上げてください」
「え? 私は別に不満なんて……」

 美弥子がそう言えば、みえはハッと表情を改めて部屋を出ていこうとする。
 
「差し出がましいことを申しました。さ、新しいお水を持ってきますからもう少しお休みになってください」

 不器用な方、確かにそう言われると頷ける。
 要のような人であれば他の巫女と見合いをして普通に結婚できただろうに、美弥子のような嫌われ者と半年間の契約結婚を選択するぐらいなのだ。
 よほど、人との関わりを拒んでいるとしか思えない。

(でもそれは私には関係の無いことよ)

 要の過去に何があろうが、自分が踏み込んでいい領域ではない。
 
(私たちは夫婦だけど、他人であらなければならないのだから————————)