脇役巫女の契約結婚

美弥子(みやこ)には似合わないわよ。私が貰ってあげるわね」

 五歳の頃、従姉妹の芹奈(せりな)はそう言って美弥子から真新しいリボンの髪飾りを取り上げた。
 代わりに美弥子の手元に残ったのは、何度も結び直したせいでよれてしまった結び紐だった。

「美弥子は地味な顔だから、こういうのは悪目立ちするだけよ。今度から美弥子の服装は私が決めてあげるからね!」
「ありがとう、芹奈ちゃん」

 その時美弥子は、芹奈は本当に自分のことを思って言ってくれているのだと信じていた。
 芹奈の言う通り、美弥子は地味な顔立ちで背丈も普通。何を着ても似合っていると言われたことがないような状態だった。
 顔を合わせたのはもうずっと前の父親から贈られてきたリボンだって、自分が身につけるより芹奈の方がずっと似合っていたと、美弥子は本気で思っていた。

 仕事を口実に滅多に帰ってこない父親と、療養のために遠方へ行ってしまった母。
 家主の帰らない屋敷では使用人たちも仕事に対して徐々に手を抜き始め、文句ひとつも言わない美弥子に対しては皆が無関心になっていった。
 実際は怖くて言えなかっただけで、本当はずっと寂しくて仕方がなかった。
 だから、そんな自分と仲良くしてくれる従姉妹の芹奈は、美弥子にとって親友であり憧れの人だった。

 神在の巫女、というのはこの地にてはるか昔から守護の力を巡らせ神々を癒してきた存在だ。
 全国各地に巫女の血筋を受け継ぐ家系があり、この玻璃坂の街でも多くの巫女がいる。
 陰陽寮が廃止され陸軍特務部隊に再編成されて久しいが、巫女も同様に国家の管轄の元にあり、神々に祈りを捧げ国家を護る強力な結界を維持する役割を担っている。
 だが、優秀な巫女の家系であったはずの桐島(きりしま)家は長らく巫女の力に恵まれず、唯一の娘である美弥子も程度の低い力しか持ち合わせていない。
 母が倒れ遠方へ療養に行くやいなや、母とは政略結婚であった父は早々に家業から手を引き始め、本当にやりたかった事業であろう貿易業で財を築いている。
 その結果美弥子はほかの巫女たちから成金の娘と呼ばれ、母の希望で続けている巫女の修行でも仲間外れにされる始末。
 
「愛のない結婚で、誰からも望まれずに生まれたなんて可哀想にね」

 幼い頃から何度も使用人に言い聞かされてきた。
 美弥子は必要ない子どもで、両親が帰ってこないのもお前のせいだと。
 
 それでも美弥子が諦めずに巫女を続けているのは、美弥子を心配した親戚の篠崎(しのざき)家のおかげだ。
 
 篠崎家も巫女の一族であり、従姉妹の芹奈は同世代の中でずば抜けて優秀な娘だった。
 見た目も美しい上、心優しく周囲からの評判も素晴らしく、常に輪の中心にいるような人だ。
 そんな芹奈は何をやっても駄目な美弥子を助け、共に巫女として励もうと手を引っ張ってくれる大切な親友だ。
 
 なんでも相談できる相手で、どんなことでも共有してきた。
 服も、髪飾りも、好きな人も。

 
 ——————私はいつだって従姉妹の引き立て役だったと美弥子が気づいたのは、つい最近のことだった。


「ごめんね、美弥子。ダメだって分かってるけど、でも、どうしても(あきら)さんを諦められなくて……」

 涙を流して謝る芹奈を前に、美弥子は言葉を失った。
 美弥子の婚約者になる予定だった陸軍将校の青井(あおい)彰が、芹奈と関係を持っていた。
 おまけに、彰は美弥子との婚約を無かったことにして芹奈と結婚すると言い、婚約を白紙に戻してしまった。
 その事実を問い詰めようとした矢先、芹奈の方から頭を下げてきたのだ。
 
「……いいのよ。おめでとう、芹奈ちゃん。好きな人と好きな人が幸せになるんだから、私はとっても嬉しいわ」

 美弥子はひきつる顔を何とか誤魔化して微笑もうとする。
 
「美弥子……本当なら彰さんが美弥子の婚約者になるはずだったのに……。彰さんとの婚約のためにご両親にも頼み込んで、たくさんお金を使ってしまったと聞いたわ。それでも、私を許してくれるの?」
「……もちろんよ。結婚おめでとう、芹奈ちゃん」

 そりゃあ、許すしかないでしょう。
 真っ昼間からこんな衆人環視の元で打ち明けられては、泣くに泣けない。

「彰さんと出会ってしまった時、お互いに運命だと感じたの。彰さんはお家の事情で私とは一緒にいられないと分かっていても、どうしても好きになってしまって……!」

 大勢の巫女たちが集まる玻璃坂(はりさか)の社の中で、芹奈は堂々と馴れ初めを涙ながらに語る。
 それを聞き流しながら、美弥子は静かに絶望していた。
 今日は年に一度の評定の日だ。巫女としての能力を計られ、今後と巫女として働き続けるか後進の育成に回されるか、はたまた別の社へ異動させられるかが決まる。
 本来なら彰との結婚のため、巫女を辞めることを神祇官に申し出る予定だった。
 それが、結婚は無くなったどころか、美弥子は親友の恋路を邪魔する悪女扱いだ。
 
「ほら、前から青井さんには芹奈の方が相応しいって言ってたでしょ。美弥子なんて芹奈がいないと何も出来ないじゃない」
「婚約者になる予定だったって、金の力で親友の好きな人を奪おうとしてたってことよね。あの子、どこまで最低なの」

 周囲からの冷たい視線が突き刺さる。
 皆は知らない。
 そもそも、結婚を申し出てきたのは青井家の方からだということを。

「家柄が良いだけで、親から見捨てられた巫女を欲しがる人はいないわよ」
「芹奈さん、可哀想に。あんな意地悪な娘の面倒を見てあげたのに、恩を仇で返すなんて」

 前から、おかしいとは思っていた。
 身に覚えのない悪事を美弥子が働いたことにされていたり、なぜか自分が知らない男性と逢い引きしていたなんて噂が広まったり。
 芹那の助言通りの格好や化粧をすれば周囲から笑われたり、服や髪飾りを「私の方が似合うから」と持っていかれたり。
 確かな違和感はあれど、目を逸らし続けていた。

 自分には、芹奈しかいないからと。

「私と青井さんが結婚する予定だったのは、巫女の血が必要なだけだったからもういいの。私たち、愛し合ってなんかなかったから、芹奈ちゃんは何も気にしないで」

 長々と以下に自分たちが引き裂かれた悲劇の恋人であったのかを語る芹奈を前に、美弥子はなんとか話を終わらせようとする。
 あまりにも惨めで、一刻も早くこの場から逃げ出したくて仕方がなかった。

 その時だ。

「——————おやおや、これは何の騒ぎですか?」