それからすぐに坂口の仲間が運転する自動車に乗せられ、美弥子はどこかに運ばれていた。
「あの天岸が、任務を放棄してわざわざ妻を助けに来ますかねぇ」
「馬鹿を言え。あの男は必ず来る」
しばらくしてから、薄暗い場所に運ばれて美弥子は無造作に床に転がされる。
両腕は麻縄で縛られて動かせない。
埃臭さが鼻につく。それだけじゃない。芹奈の呪符と同じ、瘴気に似た濃い気配が張り巡らされている。
「俺たちの大義を貶めて起きながら、自分はくだらない陰陽部隊なんぞで国税を貪っているんだ。必ずこの手で天罰を下してやる」
「玻璃坂駐屯地が陥落すれば上の奴らも手出しはできまい。野倉たちの恨みは、必ず晴らすぞ」
男たちはすっかり油断しきってあれこれと話していた。
(野倉……確か、ずっと前に要さんが解決した呪殺事件の容疑者の名前だわ。彼らは仲間で、要さんを逆恨みしているということかしら)
彼らは美弥子が気絶していると思い、天誅やら天罰やらと熱く語っている。
そっと薄らと目を開けると、ここがずいぶんと見覚えのある場所だと言うことに気づいた。
(ここ、社の倉庫じゃない……!)
社の裏手にある、備品を保管しておくだけの古びた薄暗い倉庫だった。
美弥子は周りの巫女の嫌がらせでここに閉じ込められたことが何度もあるが、本来なら滅多に人も来ない場所だ。
(夜中とはいえ誰も気づかないなんて……)
芹奈が以前から手引きしていた可能性も否めない。
もっと悪ければ、神祇官と坂口が繋がっていた場合もあるだろう。
男たちは備品の蝋燭を勝手に使い、室内を照らしながら煙草をふかしている。
ずいぶんと余裕そうな態度だ。
社など最も警戒されるはずの場所を拠点にするのは、何か理由があるはずだと美弥子は考える。
(裏をかいて要さんを単身で呼び寄せるため、なのかしら……)
男たちは、四方に仕掛けた罠が上手くいったはずだと笑っている。
社から離れた場所に仕掛けを置き陰陽部隊を出動させ、本命である要は美弥子を使い単身で誘き出す。
部下たちは街のあちこちに出動しているためすぐには来られない。
「社に何か起きれば龍脈を守るために結界が張られる。だが、結界を張る前に侵入すりゃあ何の問題も無いわけだ。こっちも龍脈の力のおかげで圧倒的に強力な術が張れる。これであのいけ好かない軍人気取りは一撃で胴と首がバラバラだ」
美弥子はそれを聞きながら、必死に指先に力を込めた。
美弥子が使っているのは、正当な方法ではなくかつて芹奈に教わった手法だ。
巫女の力は神々の恩恵により成されるもの。
当然、社の内部にいる方がうんと強く使える。それでも以前の美弥子が出来損ないであったのは、芹奈から教わった方法のおかげで本来の半分以外しか力が扱えてなかったからだ。
だが裏を返せば、美弥子は通常とは異なり微量に力を出力し続け術を使うことができるとも言える。
坂口たちに察知されないぐらいに、こっそりと。
(芹奈ちゃん。あなたのおかげで私は巫女の力を使いこなせているわよ)
ありがとうなんて言えば、きっと芹奈は怒り狂うはずだ。
やはり、巫女をやめてから巫女の力を使いこなせるようになったなんて自分はとんだ不出来な巫女だろう。
けれど、美弥子の口角は自然と上がっていた。
やがて、決壊の時が訪れる。
「っ、なんだ!? 何の音だ!?」
坂口が異変に気づき立ち上がるが、時すでに遅し。
周囲に張り巡らされた呪符の力は美弥子により浄化され、剥がれ落ち始めている。
ぴしりと硝子が割れるような音を立て、空間から崩れ落ちていく。
「な、どういうことだ!」
「まずい、このままでは天岸を迎え撃つ準備が……!」
男たちが慌てている間にも、またひとつ呪符が剥がれ落ち瘴気が薄れていく。
「お前か……!」
坂口が鬼のような形相で美弥子の襟を掴み持ち上げる。
だが、その時だ。
「——————美弥子、無事か!」
その声とともに、坂口が突然倒れ伏す。
そして姿を現したのは、サーベルを携えた要だった。
「要さん!」
やっと、会いたかった人が来てくれた。
返り血は付いていない。峰打ちで気絶させたのだろう。
要はすぐさま美弥子の縄を解く。
「でかしたぞ、美弥子!」
「はい……!」
強く抱きしめられ、美弥子も抱きしめ返す。
温かな体温と、少し早い心音が伝わってくる。
要の匂いに包まれ、美弥子はようやく必死に抑え込んでいた震えから解放された。
「隊長! 容疑者三名捕縛完了です!」
「こちらも呪符発見しました! 残り二部隊もじき到着予定です!」
バタバタと複数の足音と共に、陰陽部隊の隊員たちがあっという間に片付けだす。
要は部下に指示を出しながら、美弥子を横抱きにして倉庫から脱出する。
「怪我はないか」
「はい」
「驚いたぞ。みえから、お前が喧嘩を買ったから見に来てくれと言われる日が来るとはな」
「だって、そう言えば必ず来てくれるって言ったのは要さんじゃありませんか」
要は美弥子を下ろすと、そうだったなと言って笑う。
職業柄、以前から危機に瀕した際の対処は色々と聞かされていたが、本当にこの文言を使う日がくるとは思わなかった。
「本当によくやった。あんなに力を使って疲れただろう。すぐに手当をする」
要が美弥子の左手を取る。力を使いすぎた反動か、指先の皮膚が少し裂けて血が出ていた。
「いえ、私は大丈夫です。それより、芹奈ちゃんは……」
「彼女ならとっくに拘束済みだ。意識が回復次第取り調べになるが、人の心配より自分を心配してくれ」
置き去りにされたままの芹奈が気がかりだったが、ひとまず保護されているのなら安心だ。
「今回は俺たちの捜査が進んでいたから良かったものの、まさかこんな無謀な行動に出るとはな」
「彼らは要さんを狙っているとのことだったので、いてもたってもいられず……」
要に弁明しようとするうちに、先程抱きしめ合ったことを思い出して言葉がしりすぼみになっていく。
しかし、どうやらまだ坂口は終わらせる気は内容だった。
「っ、鬼門に配置した呪符に手こずるはずでは……!」
「馬鹿め。俺たちを見くびりすぎたな。あの程度で俺たちを何時間も足止めできる思うなよ」
気絶から数分で回復したらしい坂口が、連行されながらも要に悪態をつく。
「この軍人気取りが……! 俺たちの大義を邪魔するな!」
そう怒鳴ったと思いきや、坂口が突然拘束を振りほどき胸元から何かを取り出す。
きらりと一瞬光ったそれをこちらに投げつけてきた。
「美弥子!」
「きゃあっ!」
坂口が投げたのは小型のナイフだ。
美弥子を狙ったそれは、要が庇ったことにより左腕の軍服が裂け傷口から血が滴り落ちる。
「大した力もないくせに、何が陰陽道だ! 笑わせるな!」
「坂口! 大人しくしろ!」
再び拘束されるも、今度は坂口の影から黒い何かがふつふつと湧き出してくる。
「式神か! 影に忍ばせていたとはな……」
要はすぐに対処をしようとするが、ふと立ち止まる。
「ちょうど、日付が変わったな」
「え?」
おもむろにそんなことを言い出した要は、再び美弥子の左手を取る。
「美弥子。少し、血を借りるぞ」
「っ、要さん……!」
要が指を傷口に沿わせれば、美弥子の血と要の血が混ざり合う。
要が何をするつもりか、すぐに察しがついた。
時刻は日付が変わった頃。
今日は、継承の儀式の日だった。
「我が名は天岸要、高天原の神々に願い奉る。先祖天岸天叡より受け継がれし力を用て、陰陽交えし血の理を今ここに再び紡ぐ————————!」
要が唱えた瞬間、月の光が輝きを増しサーベルを煌めかせる。
「何が大義だ、この痴れ者め。貴様らは大義などない、金で呪殺を請負う非合法組織だろうが」
「っ、な……! 一瞬で、だと……!」
閃光のような一振りで、坂口の式神は塵と化した。
盤面をひっくり返すつもりだった坂口はもはや為す術なく愕然としている。
「自らの主張を通したいのであれば、それ相応の正当な手段を持って行なえ。今の貴様らは、天誅だと言いながら罪もない一般人を殺害し龍脈に損傷を与えようとしたただの犯罪者だ」
「っ、クソっ……!」
坂口は顔を真っ赤にしながらも連行されていく。
要はそれを見届けると、ようやくサーベルを鞘にしまった。
「あの天岸が、任務を放棄してわざわざ妻を助けに来ますかねぇ」
「馬鹿を言え。あの男は必ず来る」
しばらくしてから、薄暗い場所に運ばれて美弥子は無造作に床に転がされる。
両腕は麻縄で縛られて動かせない。
埃臭さが鼻につく。それだけじゃない。芹奈の呪符と同じ、瘴気に似た濃い気配が張り巡らされている。
「俺たちの大義を貶めて起きながら、自分はくだらない陰陽部隊なんぞで国税を貪っているんだ。必ずこの手で天罰を下してやる」
「玻璃坂駐屯地が陥落すれば上の奴らも手出しはできまい。野倉たちの恨みは、必ず晴らすぞ」
男たちはすっかり油断しきってあれこれと話していた。
(野倉……確か、ずっと前に要さんが解決した呪殺事件の容疑者の名前だわ。彼らは仲間で、要さんを逆恨みしているということかしら)
彼らは美弥子が気絶していると思い、天誅やら天罰やらと熱く語っている。
そっと薄らと目を開けると、ここがずいぶんと見覚えのある場所だと言うことに気づいた。
(ここ、社の倉庫じゃない……!)
社の裏手にある、備品を保管しておくだけの古びた薄暗い倉庫だった。
美弥子は周りの巫女の嫌がらせでここに閉じ込められたことが何度もあるが、本来なら滅多に人も来ない場所だ。
(夜中とはいえ誰も気づかないなんて……)
芹奈が以前から手引きしていた可能性も否めない。
もっと悪ければ、神祇官と坂口が繋がっていた場合もあるだろう。
男たちは備品の蝋燭を勝手に使い、室内を照らしながら煙草をふかしている。
ずいぶんと余裕そうな態度だ。
社など最も警戒されるはずの場所を拠点にするのは、何か理由があるはずだと美弥子は考える。
(裏をかいて要さんを単身で呼び寄せるため、なのかしら……)
男たちは、四方に仕掛けた罠が上手くいったはずだと笑っている。
社から離れた場所に仕掛けを置き陰陽部隊を出動させ、本命である要は美弥子を使い単身で誘き出す。
部下たちは街のあちこちに出動しているためすぐには来られない。
「社に何か起きれば龍脈を守るために結界が張られる。だが、結界を張る前に侵入すりゃあ何の問題も無いわけだ。こっちも龍脈の力のおかげで圧倒的に強力な術が張れる。これであのいけ好かない軍人気取りは一撃で胴と首がバラバラだ」
美弥子はそれを聞きながら、必死に指先に力を込めた。
美弥子が使っているのは、正当な方法ではなくかつて芹奈に教わった手法だ。
巫女の力は神々の恩恵により成されるもの。
当然、社の内部にいる方がうんと強く使える。それでも以前の美弥子が出来損ないであったのは、芹奈から教わった方法のおかげで本来の半分以外しか力が扱えてなかったからだ。
だが裏を返せば、美弥子は通常とは異なり微量に力を出力し続け術を使うことができるとも言える。
坂口たちに察知されないぐらいに、こっそりと。
(芹奈ちゃん。あなたのおかげで私は巫女の力を使いこなせているわよ)
ありがとうなんて言えば、きっと芹奈は怒り狂うはずだ。
やはり、巫女をやめてから巫女の力を使いこなせるようになったなんて自分はとんだ不出来な巫女だろう。
けれど、美弥子の口角は自然と上がっていた。
やがて、決壊の時が訪れる。
「っ、なんだ!? 何の音だ!?」
坂口が異変に気づき立ち上がるが、時すでに遅し。
周囲に張り巡らされた呪符の力は美弥子により浄化され、剥がれ落ち始めている。
ぴしりと硝子が割れるような音を立て、空間から崩れ落ちていく。
「な、どういうことだ!」
「まずい、このままでは天岸を迎え撃つ準備が……!」
男たちが慌てている間にも、またひとつ呪符が剥がれ落ち瘴気が薄れていく。
「お前か……!」
坂口が鬼のような形相で美弥子の襟を掴み持ち上げる。
だが、その時だ。
「——————美弥子、無事か!」
その声とともに、坂口が突然倒れ伏す。
そして姿を現したのは、サーベルを携えた要だった。
「要さん!」
やっと、会いたかった人が来てくれた。
返り血は付いていない。峰打ちで気絶させたのだろう。
要はすぐさま美弥子の縄を解く。
「でかしたぞ、美弥子!」
「はい……!」
強く抱きしめられ、美弥子も抱きしめ返す。
温かな体温と、少し早い心音が伝わってくる。
要の匂いに包まれ、美弥子はようやく必死に抑え込んでいた震えから解放された。
「隊長! 容疑者三名捕縛完了です!」
「こちらも呪符発見しました! 残り二部隊もじき到着予定です!」
バタバタと複数の足音と共に、陰陽部隊の隊員たちがあっという間に片付けだす。
要は部下に指示を出しながら、美弥子を横抱きにして倉庫から脱出する。
「怪我はないか」
「はい」
「驚いたぞ。みえから、お前が喧嘩を買ったから見に来てくれと言われる日が来るとはな」
「だって、そう言えば必ず来てくれるって言ったのは要さんじゃありませんか」
要は美弥子を下ろすと、そうだったなと言って笑う。
職業柄、以前から危機に瀕した際の対処は色々と聞かされていたが、本当にこの文言を使う日がくるとは思わなかった。
「本当によくやった。あんなに力を使って疲れただろう。すぐに手当をする」
要が美弥子の左手を取る。力を使いすぎた反動か、指先の皮膚が少し裂けて血が出ていた。
「いえ、私は大丈夫です。それより、芹奈ちゃんは……」
「彼女ならとっくに拘束済みだ。意識が回復次第取り調べになるが、人の心配より自分を心配してくれ」
置き去りにされたままの芹奈が気がかりだったが、ひとまず保護されているのなら安心だ。
「今回は俺たちの捜査が進んでいたから良かったものの、まさかこんな無謀な行動に出るとはな」
「彼らは要さんを狙っているとのことだったので、いてもたってもいられず……」
要に弁明しようとするうちに、先程抱きしめ合ったことを思い出して言葉がしりすぼみになっていく。
しかし、どうやらまだ坂口は終わらせる気は内容だった。
「っ、鬼門に配置した呪符に手こずるはずでは……!」
「馬鹿め。俺たちを見くびりすぎたな。あの程度で俺たちを何時間も足止めできる思うなよ」
気絶から数分で回復したらしい坂口が、連行されながらも要に悪態をつく。
「この軍人気取りが……! 俺たちの大義を邪魔するな!」
そう怒鳴ったと思いきや、坂口が突然拘束を振りほどき胸元から何かを取り出す。
きらりと一瞬光ったそれをこちらに投げつけてきた。
「美弥子!」
「きゃあっ!」
坂口が投げたのは小型のナイフだ。
美弥子を狙ったそれは、要が庇ったことにより左腕の軍服が裂け傷口から血が滴り落ちる。
「大した力もないくせに、何が陰陽道だ! 笑わせるな!」
「坂口! 大人しくしろ!」
再び拘束されるも、今度は坂口の影から黒い何かがふつふつと湧き出してくる。
「式神か! 影に忍ばせていたとはな……」
要はすぐに対処をしようとするが、ふと立ち止まる。
「ちょうど、日付が変わったな」
「え?」
おもむろにそんなことを言い出した要は、再び美弥子の左手を取る。
「美弥子。少し、血を借りるぞ」
「っ、要さん……!」
要が指を傷口に沿わせれば、美弥子の血と要の血が混ざり合う。
要が何をするつもりか、すぐに察しがついた。
時刻は日付が変わった頃。
今日は、継承の儀式の日だった。
「我が名は天岸要、高天原の神々に願い奉る。先祖天岸天叡より受け継がれし力を用て、陰陽交えし血の理を今ここに再び紡ぐ————————!」
要が唱えた瞬間、月の光が輝きを増しサーベルを煌めかせる。
「何が大義だ、この痴れ者め。貴様らは大義などない、金で呪殺を請負う非合法組織だろうが」
「っ、な……! 一瞬で、だと……!」
閃光のような一振りで、坂口の式神は塵と化した。
盤面をひっくり返すつもりだった坂口はもはや為す術なく愕然としている。
「自らの主張を通したいのであれば、それ相応の正当な手段を持って行なえ。今の貴様らは、天誅だと言いながら罪もない一般人を殺害し龍脈に損傷を与えようとしたただの犯罪者だ」
「っ、クソっ……!」
坂口は顔を真っ赤にしながらも連行されていく。
要はそれを見届けると、ようやくサーベルを鞘にしまった。

