「芹奈ちゃん……?」
美弥子の元を訪れたのは、芹奈だった。
雨の振る中、傘を差したまま彼女は暗い顔で玄関先に佇んでいる。
「あのう、お帰りいただこうとおもったのですがどうしてもと……」
みえが困ったように美弥子に囁く。
「美弥子、あんたに大事な話があるの」
「芹奈ちゃん、彰さんのことは……」
「あんな男どうだっていいわよ!」
彰の名前を出した途端、芹奈は顔を歪めて怒鳴る。
「今すぐ来て。あんたの母親が危篤なの」
「お母様が……!?」
予想外の言葉に、美弥子もみえも唖然とする。
「そのような連絡、こちらには入っておりませんが」
困惑したままのみえを、芹奈が馬鹿にしたように鼻で笑う。
「療養所は天岸家の連絡先なんて知らないんだから当然でしょ。うちにもついさっき電報が届いたばかりなの。とにかく、今すぐ来て。母親の死に目に会いたくないの?」
「本当に、お母様は亡くなってしまうんですか……?」
信じられなかった。
最後に会ったのは十歳の頃だろうか、まだ当時は元気だったが、精神的にひどく気落ちした状態が続いていた。
(まさか……)
嫌な予感が胸をよぎる。
「奥様、どうなさいます?」
「危篤と言っても、今から療養所に向かうのでは夜行でも難しいわ。それに、明日の儀式までに戻ってこられるか分からないもの……」
芹奈がしびれを切らしたように美弥子の腕を強く引く。
「早くしてよ! ほら、行くわよ!」
「ひゃっ!」
強引に引きずられたことで、美弥子は体勢を崩す。
だが、美弥子が転ぶことはなかった。
(っ、なに、この気配は!?)
強く握られた瞬間、芹奈から流れ込んできた重たい空気。
体温までもを奪うかのような冷たいそれは、巫女から感じるはずのない瘴気だ。
(まさか、芹奈ちゃん……)
数日前に要から聞いた話を思い出す。
以前帝都を騒がせていた呪殺事件に関連する呪符を、要たち陰陽部隊が追っている最中なのだと。
それは瘴気を発生させ人の精神を錯乱させる効果があるという話だった。
今ここで芹奈を逃してしまうことはできない。
美弥子は捕まれた手を逆に握り返す。
「な、なによ」
「芹奈ちゃん。今すぐ行きましょう!」
ここではみえや清子に危険が及ぶかもしれない。
距離を取ったところで浄化を試みることにした。
「要さんに伝えて」
「……、奥様!」
不安そうなみえにこそりと耳打ちする。
美弥子はそのまま、雨の中、暗い夜道を芹奈の手を引いて駆け出して行った。
屋敷から離れてしばらく、肩を濡らしながらようやく美弥子は口を開く。
「————それで、危篤なのは私のお母様じゃなくて芹奈ちゃんの方だと思うのだけれど」
「は、はぁ!? 急に何を……」
芹奈はビクリと肩を跳ねさせ、美弥子の手を振りほどこうとする。
美弥子はすかさず、傘を投げだし両手を重ね合わせる。
「————高天原の神々よ、我に力を貸し悪しき穢れを打ち祓い給え!」
「きゃぁっ!」
ばちりと微かに電流のような光が走り、芹奈の手のひらから紋様が浮かび上がってくる。
「これが瘴気の元ね……!」
美弥子は浄化を続けようとするが、芹奈は激しく抵抗する。
視線は胡乱で焦点が定まっておらず、ひどく歪んだ表情をする。
「触らないで! 私はあんたを、あんたを今すぐ連れてかなくちゃならないのよ!」
大声で怒鳴り散らす芹奈は、優しい巫女の面影すら残っていなかった。
美弥子は幼なじみの豹変した姿に狼狽えながらも、冷静に芹奈から情報を聞き出そうとする。
「連れていくって、どこへ?」
「そんなの……きまって……」
芹奈の口元がおぼつかなくなり、ふらりと倒れそうになる。
だが、美弥子がそれを抱きとめることは叶わなかった。
「————地獄だよ、元巫女さん」
背後から聞こえてきた声は、低い男性のものだった。
振り返ろうとした時、美弥子の両腕が無理やり捕まれる。
「っ、あっ!?」
「手間取らせやがって、本当に役に立たない女だな」
雨水に濡れた地面に倒れ、泥で汚れた芹奈を見下ろし吐き捨てた男の顔に美弥子は覚えがあった。
「あなた、芹奈ちゃんと百貨店にいた……!」
「なんだ、覚えてたのか」
芹奈が百貨店で共にいた坂口という男だった。
あの時はずいぶん穏和な印象だったが、今ではまるで別人のように冷徹な顔をしている。
「離して! 何が目的なの!」
「あんたは天岸要を誘き出すための餌だ。ちょっと大人しくしててくれよ」
坂口は美弥子の腕を片手でたやすくひねりあげる。
苦痛に耐えながら美弥子は必死に叫ぶ。
「触らないで!」
「おいおい、暴れないでくれよ。仕方ない、ちょっとの間寝てもらうか」
近隣の目を気にしてか、坂口は美弥子を黙らせようと空いた片手で口を塞ごうとしてくる。
(もしかすると、このまま意識があるまま捕まった方が……)
美弥子は咄嗟に目を閉じて力を抜き、なんとか気絶したふりをする。
この状況では逃げることもできない。であれば、相手の計画にわざと乗り誘拐され、など少しでも多く情報を集めた方が良い。
相手の手口は呪符だと分かっている。ならば、巫女の力を持つ美弥子ならば戦える相手だ。
(私が要さんを誘き出すための餌ですって。そんなの、絶対にさせないわ)
美弥子の元を訪れたのは、芹奈だった。
雨の振る中、傘を差したまま彼女は暗い顔で玄関先に佇んでいる。
「あのう、お帰りいただこうとおもったのですがどうしてもと……」
みえが困ったように美弥子に囁く。
「美弥子、あんたに大事な話があるの」
「芹奈ちゃん、彰さんのことは……」
「あんな男どうだっていいわよ!」
彰の名前を出した途端、芹奈は顔を歪めて怒鳴る。
「今すぐ来て。あんたの母親が危篤なの」
「お母様が……!?」
予想外の言葉に、美弥子もみえも唖然とする。
「そのような連絡、こちらには入っておりませんが」
困惑したままのみえを、芹奈が馬鹿にしたように鼻で笑う。
「療養所は天岸家の連絡先なんて知らないんだから当然でしょ。うちにもついさっき電報が届いたばかりなの。とにかく、今すぐ来て。母親の死に目に会いたくないの?」
「本当に、お母様は亡くなってしまうんですか……?」
信じられなかった。
最後に会ったのは十歳の頃だろうか、まだ当時は元気だったが、精神的にひどく気落ちした状態が続いていた。
(まさか……)
嫌な予感が胸をよぎる。
「奥様、どうなさいます?」
「危篤と言っても、今から療養所に向かうのでは夜行でも難しいわ。それに、明日の儀式までに戻ってこられるか分からないもの……」
芹奈がしびれを切らしたように美弥子の腕を強く引く。
「早くしてよ! ほら、行くわよ!」
「ひゃっ!」
強引に引きずられたことで、美弥子は体勢を崩す。
だが、美弥子が転ぶことはなかった。
(っ、なに、この気配は!?)
強く握られた瞬間、芹奈から流れ込んできた重たい空気。
体温までもを奪うかのような冷たいそれは、巫女から感じるはずのない瘴気だ。
(まさか、芹奈ちゃん……)
数日前に要から聞いた話を思い出す。
以前帝都を騒がせていた呪殺事件に関連する呪符を、要たち陰陽部隊が追っている最中なのだと。
それは瘴気を発生させ人の精神を錯乱させる効果があるという話だった。
今ここで芹奈を逃してしまうことはできない。
美弥子は捕まれた手を逆に握り返す。
「な、なによ」
「芹奈ちゃん。今すぐ行きましょう!」
ここではみえや清子に危険が及ぶかもしれない。
距離を取ったところで浄化を試みることにした。
「要さんに伝えて」
「……、奥様!」
不安そうなみえにこそりと耳打ちする。
美弥子はそのまま、雨の中、暗い夜道を芹奈の手を引いて駆け出して行った。
屋敷から離れてしばらく、肩を濡らしながらようやく美弥子は口を開く。
「————それで、危篤なのは私のお母様じゃなくて芹奈ちゃんの方だと思うのだけれど」
「は、はぁ!? 急に何を……」
芹奈はビクリと肩を跳ねさせ、美弥子の手を振りほどこうとする。
美弥子はすかさず、傘を投げだし両手を重ね合わせる。
「————高天原の神々よ、我に力を貸し悪しき穢れを打ち祓い給え!」
「きゃぁっ!」
ばちりと微かに電流のような光が走り、芹奈の手のひらから紋様が浮かび上がってくる。
「これが瘴気の元ね……!」
美弥子は浄化を続けようとするが、芹奈は激しく抵抗する。
視線は胡乱で焦点が定まっておらず、ひどく歪んだ表情をする。
「触らないで! 私はあんたを、あんたを今すぐ連れてかなくちゃならないのよ!」
大声で怒鳴り散らす芹奈は、優しい巫女の面影すら残っていなかった。
美弥子は幼なじみの豹変した姿に狼狽えながらも、冷静に芹奈から情報を聞き出そうとする。
「連れていくって、どこへ?」
「そんなの……きまって……」
芹奈の口元がおぼつかなくなり、ふらりと倒れそうになる。
だが、美弥子がそれを抱きとめることは叶わなかった。
「————地獄だよ、元巫女さん」
背後から聞こえてきた声は、低い男性のものだった。
振り返ろうとした時、美弥子の両腕が無理やり捕まれる。
「っ、あっ!?」
「手間取らせやがって、本当に役に立たない女だな」
雨水に濡れた地面に倒れ、泥で汚れた芹奈を見下ろし吐き捨てた男の顔に美弥子は覚えがあった。
「あなた、芹奈ちゃんと百貨店にいた……!」
「なんだ、覚えてたのか」
芹奈が百貨店で共にいた坂口という男だった。
あの時はずいぶん穏和な印象だったが、今ではまるで別人のように冷徹な顔をしている。
「離して! 何が目的なの!」
「あんたは天岸要を誘き出すための餌だ。ちょっと大人しくしててくれよ」
坂口は美弥子の腕を片手でたやすくひねりあげる。
苦痛に耐えながら美弥子は必死に叫ぶ。
「触らないで!」
「おいおい、暴れないでくれよ。仕方ない、ちょっとの間寝てもらうか」
近隣の目を気にしてか、坂口は美弥子を黙らせようと空いた片手で口を塞ごうとしてくる。
(もしかすると、このまま意識があるまま捕まった方が……)
美弥子は咄嗟に目を閉じて力を抜き、なんとか気絶したふりをする。
この状況では逃げることもできない。であれば、相手の計画にわざと乗り誘拐され、など少しでも多く情報を集めた方が良い。
相手の手口は呪符だと分かっている。ならば、巫女の力を持つ美弥子ならば戦える相手だ。
(私が要さんを誘き出すための餌ですって。そんなの、絶対にさせないわ)

