「どうも例の事件、怪しいな」
玻璃坂の駐屯地にて、地図を広げて要はしかめっ面をする。
「隊長、少し休まれてはどうです? このところずっと任務に追われているじゃないですか」
そんな要に、副官が横から湯呑みを差し出す。
要は程よい温度のそれを一口呑むと、また地図に向き直る。
「そういうわけにもいかない。数ヶ月前の呪殺事件、犯人は捕まったが取り調べは身に覚えがないの一点張りで、おまけに似たような事件がまた発生し始めている。見ろ、この二週間でもう四件、それも玻璃坂近辺でだ」
「無作為に貼られた呪符と、それを起点とした瘴気の発生……以前の事件の始まりと全く同じですからね」
「ああ。それに見てみろ。今さっき報告のあった新しい情報を地図に加えたが、どれも玻璃坂の社を起点に鬼門と裏鬼門の方角に発生している。無作為ではなく、計画的に社を囲もうとしているようにしか思えない」
鬼が出入りする忌むべき方角。
この時代においてそれが指すものは、災いを招く瘴気に他ならない。
「玻璃坂には龍穴がありますからね……。狙われるのも当然と言えばそうですが、万が一社に何かあった場合……」
「そうならないように俺たちがいるんだ」
神々の力が集まり、その地に繁栄をもたらすとされる龍穴。
それを起点に地下に巡らされる龍脈は、この地域の人々に安寧をもたらすものであり、陰陽部隊がここに駐屯地を持つのもそれが理由だ。
(せめて、彼女が屋敷にいる間に解決しなければ……)
危機が迫る中、美弥子を一人にしたくはない。
だが、正直に言って今の要は事件が解決したとして美弥子が一人帝都で暮らすことは安心できなかった。
美弥子は素質だけ見れば巫女としては優秀に育ったはずだが、師に恵まれなかったのか、現状はあまり大きな力を使うと人一倍負担がかかるようだった。
天岸家に来てから幾分かマシになったようだが、どうも力を使うことを無意識的に抑圧しているように見える。
(あるいは、あの女が何か吹き込んだか……)
もし美弥子が巫女として本来の力を取り戻せれば、離婚した後も心配は不要だろう。
巫女に戻らなくても、彼女が望んだ仕事に就ければ良い。
『お客さんとして、来てくださいね』
その頃には、自分は他人だ。
最初からそうだと決まっていた。それなのに、自分が隣にいられないことがどうしてこんなに歯がゆいのだろう。
「隊長、奥方が心配ですか?」
「ああ。まあ、そりゃあな……」
「ふふ、愛ですね」
副官の言葉に、要は一瞬何を言われたのか理解できなかった。
(愛、だと……?)
要は愛というものを知らない。
家族愛も、友愛も、誰にも心を開かず生きてきた要は知らなかった。
そうしなければ自分を守れないからだ。弱みを見せればすぐにつけ込まれるだろう。
そんな自分が、美弥子を愛していると。
(馬鹿げている。ありえない)
半年も一緒に暮らしていたから情が湧いただけだ。
百貨店へ出かけたのは、日頃の礼をしただけのこと。いつまで経っても引っ込み思案で自己肯定感の低い彼女に痺れを切らしただけ。
要は負けず嫌いで、他人に馬鹿にされたままではいられない。だから、ただのお節介だ。
そう、要は自分を納得させる。
互いを愛さないと決めてたし、要は自分が誰かを愛せるようになるとは到底思えなかった。
「そろそろ見回りに行くぞ。これまでの事件の発生時期からして、次の狙いは大体予想が付く」
考えるのをやめ、立ち上がり副官に出発を促す。
「了解です、隊長!」
今はとにかく、事件を終わらせることが最優先だ。

