シューゲイザーズ

「……ちょっと待ってね」
 あの奏がとても困りながら、防音室に入ってきた客人に必死に言い訳を考えていた。他でもないこの私のせいで。
「今、ものすっごい誤解されそうなシチュエーションだから一応弁明するんだけど」
 それもその筈である。
「この子が土下座してるのは私が強要した訳ではないから!」
 私、足立幸が土下座しているからである。
 土曜日。放課後ギター練習が始まってから、初めて迎えた休日である。その日は学校が休みであり、幸と奏はスタジオ『トゥーフェイス』のいつもの部屋に午前中から入り浸っていた。
 いや、入り浸ろうとしたところだ。
 数分前、私がその防音室に入った途端に土下座をしたところだからだ。
「本っ当にすみません……すみません……」
 私は蚊よりも小さい声で終始謝っていた。
 理由は単純、昨夜、一(はじめ)から私の使っているギター、いやギター様(・)の値段を知ってしまったからだ。
「あんな高価なものを私なんかが頂いてしまって……」
 防音室の表面がクッション性の床に額を擦りつけた。
「えと、奏センパイ。どういう状況か説明していただいても?」
「奏……私は失望したよ」
 知らない女の子の声が二つ。それぞれが、困惑を隠せていないようだった。うち一人は奏と縁を今すぐにでも切ってしまいたいとでも言いたげな程、落胆したような声だった。
「違うの!」
「何が……?」
 心底、軽蔑したような声が聞こえる。
 私が悪いのに申し訳なくなってくる。
「私が来た時点で土下座してたの!」
「それはそれで問題あるっすけど」
「ほんっとすみません……」
 放っておくとどんどん状況が悪くなっていくが、擦りつけた額を上げたくない。
 誰か助けてください。
「で、この子が例の新メンバー?」
 ん?
「そうそう! まだ練習途中だけどね」
 はい?
「同い年が増えるのはめっちゃ嬉しいっス!」
 ちょっと待ってくれないか。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
 急いで顔を上げた。
 顔を上げたはいいものの、そこに居たのは。
「ひぇっ……」
 まず、私服らしいラフな格好の奏が目に入る。服装が変わってもいつもと同じ、なにするか分からない怖さがある。
 それから、ギターケースを背負っている、僅かに青みがかった黒の長髪を緩く結んだ、美形でスラっとしたカーディガンとワンピースの女の子。切れ長の目でこっちを見下ろしてくる。美人怖い!
 最後に、ふわっとした雰囲気の小柄なショートパンツの女の子。短く切られた明るい色の茶髪、元気はつらつといった雰囲気の通りに、その腕や脚には随分とインナーマッスルがついているように見える。
「あの、どなたですか……」
 最近、初手を全部間違え続けている。
 もう殺してください。こんな蛆虫。
「ド失礼」
 本当にその通りです。凄んでくる美人が一番怖いのでやめてください。
「まあまあ。スリーピースに限界を感じたって話したじゃん」
「だからメンバー増やすって話でしたよね! ギターを一人増やすって」
「そうそう」
「あ、あの!」
 奏とショートパンツの女の子の話を遮ってしまった。
 もうだいぶ嫌。
 だがしかし、聞いておかねばならないことがある。
「……私はバンドに入れられるんですか……?」
「……は?」
「ん?」
「あ!」
 防音室に居た全員が奏の方を見た。
 確かにそんなことを言われた覚えもあるが、.きちんとした説明は全く受けていなから冗談か何かだと思っていた。
 奏はしばらく笑顔でいた後、一つ深呼吸をして、それからまた口を開いた。
 明るい声色で。
「……忘れてた!」
「バカ奏」
 美人の女の子が言った。

「えーっと……、とりあえず紹介するね」
 スチールチェアを四つ、円形に配置してそれぞれに皆が座っていた。
「まず、この切れ目が怖くて可愛い女の子がうちのバンド、pending(ペンディング)のベース、石上(いしがみ)望(もち)だよ。私の中学の頃からの友達」
 向かいに座った奏が、彼女の右隣の美人な女の子を指差して言う。
「怖いは余計」
 奏が指差すために伸ばした右腕を望は押し退ける。
「で、こっちがpending(ペンディング)のドラム、会藍(あいらん)真白(ましろ)ちゃん。私たちの後輩で幸ちゃんと同学年!」
 奏が左隣の元気な女の子を指差した。
「いえーい、真白です!」
 真白は元気良さそうに諸手を上げた。
 なるほど。
 みんな陽キャだ。辛い。
「で、この子が」
 奏が私の方を指差した。
 その場の全員の視線が私に向く。
「新しく入るギターの足立幸ちゃんでーす!」
 こっち見ないで欲しい。というか。
「私まだやるって言ってないですよ」
「あれ?」
 今度は、視線が奏に移る。
「奏。あのさ」
「ちゃんと説明、してください。センパイ?」
 左右からとんでもない圧をかけられて、あの奏がたじたじになっている。
 特に、真白の方からの圧が凄まじい。笑顔だが、その表情に込められた怒りが半端ではない。
 あたふたしながら両手をワキワキしている奏がちょっと面白い。
「えっとぉ……ちゃんと話すとですね」
 奏が私から目を背けながら話を始める。
「私たちは、pending(ペンディング)って名前のスリーピースバンドを組んでるんだよ」
「スリーピースバンド……?」
 私が首を傾げると、真白が心配そうにこちらを見てくる。
「大まかには、三人でやるバンドのことっすね。ギター、ベース、ドラムの三人で、ボーカルが要るならうち一人が兼任する形でやるんすよ」
「へぇ……。ちなみにボーカルは誰が?」
 望が静かに手を挙げた。
「私。ベースとボーカル兼任」
「あんまり聞かない、編制ですね……」
「私もそう思う」
 凛とした顔で、望はこくりと頷く。
 基本は無口な人のようだ。
「言ってるじゃないですか、望センパイ! 割とメジャーな方なんですって!」
「そうだよ! それに友達増えるからボーカルもやりたいって言いだしたのは望の方でしょ!」
「……友達増えるよって言いだしてボーカルをやらせたのは奏でしょ」
 やいのやいのと会話をしているのを眺めていた。
 なるほど。
 三人でやってるときはこういう雰囲気なのだろう。すごく、楽しそうだ。
 だからこそ。
「あ、あの」
 私がここに挟まるのは、多分良くない。
「やっぱり、私、入らないで……」
「何言ってんの」
 私の言葉を遮るように、望が口を開いた。
「イカれたロックンローラーギターと厄介強火ロックオタクドラムしかいないバンドなんだから、貴方が入ってくれないと困るわ」
 望が奏と真白をそれぞれ指差して、なんでもないように、そう言った。
「私一人じゃこいつらの手綱は握れないわよ」
「誰がイカれたロックンローラーだ!」
「センパイ今、私のこと厄介強火ロックオタクって言いました!?」
「違うの?」
 ぎゃいぎゃいと喧嘩一歩手前のような口論……いや、割と望の口が立つので、一方的な蹂躙かもしれない。
 二十秒かからずに望に説き伏せられ、奏も真白も項垂れて何も言えなくなってしまった。美人とは末恐ろしい。
「とまあ、そんなわけだから。居場所がないってことは無いわよ。もちろん、無理強いはしないけど」
「それはそっすね、人数が増えればできるロックの幅も増えますし!」
 切れ長の目で、望に随分と優しく見つめられた。
 なんだか、すごく誤解をしていたような気がする。
「それに、私としては友達が増えるのは嬉しいことだし」
 とても唐突なその言葉に、私はつい動揺してしまった。
「と、友達……!?」
「え」
 私が動揺したのが悪かったか、望は両目を見開いてぴたりと動かなくなってしまった。
「わ、私……また早とちりしちゃったかしら……?」
 そうかと思えば、望は目を伏せてがっくりと肩を落としてしまうのだから忙しない。
 なるほど、奏の友人だ。情緒の振れ幅が激しいので、すごく分かりやすいというかなんというか。
「えあ、え、ちが、違くて!」
 慌てて弁明しようとするが、そもそもどこが原因なのか分からないのでどう弁明するかも分かったものではない。
 両手をあわあわさせるだけで気の利いた言葉の一つも出てこなかったが、いつの間にか私の背後に回っていた奏が私の両肩を掴んでくる。
「ごめんねぇ。望は人見知りでさ。中学の頃はヤンキーだったんだけど、ずうっと友達が欲しくてたまらなかったんだよ。だから高校に入ってからバンドに誘ったの」
「へ、へぇ……」
「でも大丈夫、私、緑木奏プロデュースの高校デビューに大成功して今や学校では高嶺の花扱いだから!」
「おぉ……」
「でも、望センパイは逆に高嶺の花過ぎて友達が出来なくなったらしいっすよ!」
「あぁ……」
 言葉が出ない。ご愁傷さまですとしか言いようがないのが、また惨めさを加速させているというかなんというか。惨めとか言っちゃいけないか。
 なんだろう。
 こう、メンバーが濃い。
 ロック狂いの奏に、元ヤンの望に、強火ロックオタクの真白?
 ここに私が混ざるのか!?
「や、やっぱ無理かも……」
 弱音が漏れた。
 いや、普通に考えてここには混ざれない。負ける。何かに。
「……お友達に、なってくれないの?」
 望が潤んだ目で私を見てきた。
 美人の目というやつは実に凄まじい。断るという選択肢自体が消えてなくなりそうな瞬間火力がある。その証拠に、先ほどまでは強大な獅子に見えていたのに、今この瞬間では子猫のように見えてくる。
「え、あの、えと、いやでも、私は良くてもほら! 他の、えと、会藍さん的にはあんまり……とか!」
 真なる陰キャは断ることすら他力本願である。
 私のことである。
 縋るように真白の方を見た。
「私? 私はロックさえできれば何でもいいっす」
 真顔だった。
 やばい。奏と同じ人種だこれ。人選を間違えた……というか、ここには正しい選択肢というのが存在していない。
「で、どうする?」
 肩に手を置いた奏が私の上の方から私の顔を見下ろす。やめてほしい。あなたの所為でこうなってるんですけど?
 奏から目を離して、前にいる二人と目を見た。
 望はうるうるとした目で私を見つめている。真白はにこやかな真顔で私を見つめている。
 もう一度、上を見てみる。
 奏がキラキラと期待の眼差しで私を見つめている。お願いだから、一度くらいは説明責任を果たして欲しい。言い訳くらい捏ねてこれたんだから。これも八万円のギターを頂いてしまった罰か。
「……は」
 よくよく思い返せば、ギターはほとんど押し付けられたようなものである。
 ただ、まあ、楽しくなり始めてしまったのは事実であったし、どんな理由であれ、私はギターから離れたいとは思わない。
 だから。
 数日前のオーナーの言葉が思い出されて、それから口を開いた。
「入らせて、いただけますか……」
 絞り出すようなか細い声だった。
 聞こえたかが不安だったが、いやどうせなら聞こえてほしくなかったが、奏の満面の笑みでどうやらそれは叶わないと分かってしまった。
「もっちろん!」
「よろしく」
「お願いするっすよ」
 それぞれが好きに返事をするから、私の鼓膜は渋滞してしまった。
 ただまあ、受け入れてもらえたらしいことだけは分かった。それだけで十分かもしれない。
「じゃあ、正式に我がpending(ペンディング)は四人体制になったぞー!」
「やれる音楽の幅が広がるっすね!」
 奏と真白が私を挟んで会話している。
 ないものとして扱ってもらえないかな。もらえないか。
「足立さん困ってるでしょ。奏はちゃんと座りなさい」
 望さん、好き。怖いとか情緒不安定とか思ってごめんなさい。
「とりあえず、奏とはどういう関係なの?」
 結婚の挨拶?
「えと、ちょっと前に、演奏で調子に乗った奏さんが放り投げた靴が私の頭にダイレクトヒットしまして……」
「は?」
「え?」
 望と真白の視線が一気に奏へ集まる。
 奏は気まずそうに目を逸らした。さっき見たぞこの光景。
「……センパイ」
「ちゃんと説明してもらわなきゃね」
 先程とは違い、二人が立ち上がって奏へ迫る。
 後ろ姿だけでも威圧感が半端ない。というか、本当に望は元(・)ヤンキーなのか? 現役の間違いではなく?
「あ、あはは……助けて幸ちゃん!」
 私にはどうしようもありません。