「さて、三本全部試奏してみてどれが良かった!?」
「えと……」
私の前には三つ並んだギターがあった。スタンドの後ろに立って、奏はこちらの様子を窺っている。
「……ごめんなさい、音の違いが全然分かんなかったです」
「あれ!?」
ああ、こんなど素人がギターの試奏とかしてごめんなさい。今度こそ見限られるかもしれない。
「あれだよ? ストラトはぎゅいーんって感じで、レスポールはじゃーんって感じで、ジャズマスはじゃじゃーんって感じだよ!」
「……?」
「分かる訳ないだろ」
伝える気があるのかないのか分からない説明に私が首を傾げてみると、私の背後にいたオーナーが呆れたようにため息をついた。
「とりあえず、初心者向きなのは真ん中のストラトだ。本体が軽くて、音がやや軽くてはっきりしてるから色んなジャンルで使える。ネックの幅は細いが握りやすいし、これを選べば間違いない感じはあるな」
オーナーが私の為にきちんと説明してくれる。
「レスポールは重低音が強くて、これぞロックって感じの音が出る。ただ、かなり重いしネックが太いから、慣れるまでは結構時間がかかるかも」
左側のスタンドに立て掛けられた赤いギターを指差しながらオーナーが言った。奏の説明や試奏の時より、よほど分かりやすい。
「最後に、ジャズマスターだな。こいつは、ちょっと癖が強い音が出る。おしゃれな音というか、角が立った音でノイズがのりやすい。スイッチも多いしチューニングも狂いやすいから初心者向きとはあまり言えないが……」
右側のスタンドに置かれた乳白色のギターを指差してから、オーナーはちらと奏の方を見た。
「まあ、奏がつきっきりで教えるなら無しじゃない。このモデルは初心者向きに改良されてるから、そこまで大変じゃないと思う」
「そうだね!」
「え?」
ちょっと待て。何の話だ?
「一番いい選び方は、見た目が気に入ったやつを選ぶことだ。技術は後からついてくる」
「はい?」
待って欲しい。置いてけぼりにしないで。
「そういえば、名前聞いてなかったな」
「あ、私も!」
「は? 連れてきた本人がなんで名前知らないんだ」
オーナーと奏の言葉が頭に入ってきている筈なのに、言葉の意味も分かる筈なのに、訳が分からない。
「あ、えと、足立幸、です。二年生です」
「幸ちゃんね!」
奏が大きな声で返事する。
なんというか、もう、どうにでもなれって感じだ。
「あの、つきっきりで教えるっていうのは何の話ですか……?」
「え?」
「あ」
首を傾げるオーナー。手をポンと叩いた奏。
なんだろう、ものすごく嫌な予感がする。
「そういえば言って無かったね! ギター、私が教えてあげようと思って!」
「はい!?」
「だってギターって高いんだよ?」
「だから遠慮したんですけど! っていうか話が繋がらないんですけど!」
「だから、私のやってるバンドに入ってくれるならギターあげちゃおうかな~って思って」
「拒否権とかは」
「ない!」
ピースサインを向けてくる奏。もはやここまでくると清々しい。
オーナーが自分の背後で頭を押さえて悩ましそうに唸っていた。
「あー、ごめんな。幸ちゃんだっけ、こいつな、前にも似たようなことやってるんだよ。そん時はベースだったけど」
早く教えて欲しかった。
知っていたら、こんなロック狂の後をのこのことついて行かなかったのに!
「ってか、そこすら話してなかったのか。ギターは受け取れないって話だけかと」
「うっかりうっかり」
「奏。あとで説教だからな」
「なんで!?」
当然である。とんでもない巻き込み事故に巻き込まれたんだ。
オーナーに奏への怒りとやるせなさは全てぶつけてもらおう、と心の中で決心した。
起こり得ることは起こる。にしたって、こんなこと起こり得るなんて誰が予測できるかちくしょう!
「まあ兎にも角にも!」
並んだスタンドの間から奏の手が伸びてきて、私の目を真っ直ぐに見据えながら言う。
「どのギターが良い?」
にこやかに、彼女はそう問いかけてきた。
思えば、彼女の顔をまじまじと見る機会を得たのはこれが初めてだ。
茶色みがかった、ほんの少し青い双眸を見た。
「じゃあ……」
ロック狂い。
なるほど、学校の噂はこういう事なのだろう。理屈とか、事情とか、そういうのを全部捨ておいて、この人はロックがやりたいのだ。
奏の目の奥で、ぱちぱちと何かが弾けているように見えた。多分、気のせいだ。
でも、それがどういうわけか。
「ジャズマスターが、いいです」
どうにも眩しく見えてしまった。
ギターを選んだ理由は単純だ。私が一番好きな色が白色だったから。
それだけ。
でも、それでいい気がした。
だって、それが一番だって言われたから。
「うっし。ジャズマスは慣れるまでが大変だからな、早いとこ使いこなせるようになると良いな」
オーナーが私の頭を撫でた。
癖か何かなのだろうか。
「じゃ、教則本取って来る。奏は練習の準備とかやってやれよ」
「もっちろん!」
オーナーは防音室を出て行った。
奏は乳白色のジャズマスターを取り上げて、ケーブルやらつまみやらを弄り始める。
私は座っているしかなかったので、なんだかすごく気まずい。
「あ、あの」
「どしたの?」
「なんか手伝えることとか……」
「んー。あ、じゃあさ、アンプの電源つけてくれる? 一番右のスイッチを下げればつくからさ」
「は、はい」
椅子を立ち上がって、黒い箱のような大きなアンプの上側に備え付けられた、つまみやスイッチが集合した部分を屈んで見つめた。
何か英語で書いてあるが、英語に明るくないので正直よく分からない。
とりあえず、ONとOFFと書かれたスイッチをON側に倒す。これでいいのか?
よく分からないが、その内覚えなきゃいけなくなることは分かっているので、必死に書いてあることを理解しようとする。つまみを回してみたら何か変わるかもしれないと思うが、弄っても何も起こらないので、やっぱり何も分からない。
「それはな」
「ひぇっ!」
上の方から声が降ってきた。
びっくりしてみると、そこに居たのは本を一冊だけ抱えたオーナーだった。
「ゲインとかボリュームは、両方とも音量を調整するためにあるんだけどな、ゲインを上げると良く歪むようになるんだ。隣にあるのはイコライザー、高音、中音、低音の三つに分かれてて、それぞれを大きくしたり小さくしたりして音を作るんだ」
「へ、へぇ……」
正直、まだよく分からない。
歪むってなんだろう。
「まあ、聴くより実際に弾いた方が分かりやすい。私の説明は後からわかるようになればいいさ」
「は、はい!」
返事をなるべく大きな声でしたら、オーナーは肩をポンと叩いて、本を私に手渡してまた部屋の外へ出て行ってしまった。
本をちらと見ると、ギター教則本と書かれている。
表紙をめくると手書きの付箋がついていた。
『奏の説明は分かり辛いと評判だから、困ったときはこれを読むと良い。それでも分からなかったら私を頼ってくれていい』
まずい。
猛烈に嫌な予感がする。
「おっけ、もうできるよ!」
奏が言った。
椅子に座るよう催促されるので、為されるがままに座るとジャズマスターを私に持たせてくる。
「じゃ、やってみよっか。これからよろしくね、幸ちゃん!」
満面の笑顔だった。
私は、引き攣った笑みしか返せなかった。
「えと……」
私の前には三つ並んだギターがあった。スタンドの後ろに立って、奏はこちらの様子を窺っている。
「……ごめんなさい、音の違いが全然分かんなかったです」
「あれ!?」
ああ、こんなど素人がギターの試奏とかしてごめんなさい。今度こそ見限られるかもしれない。
「あれだよ? ストラトはぎゅいーんって感じで、レスポールはじゃーんって感じで、ジャズマスはじゃじゃーんって感じだよ!」
「……?」
「分かる訳ないだろ」
伝える気があるのかないのか分からない説明に私が首を傾げてみると、私の背後にいたオーナーが呆れたようにため息をついた。
「とりあえず、初心者向きなのは真ん中のストラトだ。本体が軽くて、音がやや軽くてはっきりしてるから色んなジャンルで使える。ネックの幅は細いが握りやすいし、これを選べば間違いない感じはあるな」
オーナーが私の為にきちんと説明してくれる。
「レスポールは重低音が強くて、これぞロックって感じの音が出る。ただ、かなり重いしネックが太いから、慣れるまでは結構時間がかかるかも」
左側のスタンドに立て掛けられた赤いギターを指差しながらオーナーが言った。奏の説明や試奏の時より、よほど分かりやすい。
「最後に、ジャズマスターだな。こいつは、ちょっと癖が強い音が出る。おしゃれな音というか、角が立った音でノイズがのりやすい。スイッチも多いしチューニングも狂いやすいから初心者向きとはあまり言えないが……」
右側のスタンドに置かれた乳白色のギターを指差してから、オーナーはちらと奏の方を見た。
「まあ、奏がつきっきりで教えるなら無しじゃない。このモデルは初心者向きに改良されてるから、そこまで大変じゃないと思う」
「そうだね!」
「え?」
ちょっと待て。何の話だ?
「一番いい選び方は、見た目が気に入ったやつを選ぶことだ。技術は後からついてくる」
「はい?」
待って欲しい。置いてけぼりにしないで。
「そういえば、名前聞いてなかったな」
「あ、私も!」
「は? 連れてきた本人がなんで名前知らないんだ」
オーナーと奏の言葉が頭に入ってきている筈なのに、言葉の意味も分かる筈なのに、訳が分からない。
「あ、えと、足立幸、です。二年生です」
「幸ちゃんね!」
奏が大きな声で返事する。
なんというか、もう、どうにでもなれって感じだ。
「あの、つきっきりで教えるっていうのは何の話ですか……?」
「え?」
「あ」
首を傾げるオーナー。手をポンと叩いた奏。
なんだろう、ものすごく嫌な予感がする。
「そういえば言って無かったね! ギター、私が教えてあげようと思って!」
「はい!?」
「だってギターって高いんだよ?」
「だから遠慮したんですけど! っていうか話が繋がらないんですけど!」
「だから、私のやってるバンドに入ってくれるならギターあげちゃおうかな~って思って」
「拒否権とかは」
「ない!」
ピースサインを向けてくる奏。もはやここまでくると清々しい。
オーナーが自分の背後で頭を押さえて悩ましそうに唸っていた。
「あー、ごめんな。幸ちゃんだっけ、こいつな、前にも似たようなことやってるんだよ。そん時はベースだったけど」
早く教えて欲しかった。
知っていたら、こんなロック狂の後をのこのことついて行かなかったのに!
「ってか、そこすら話してなかったのか。ギターは受け取れないって話だけかと」
「うっかりうっかり」
「奏。あとで説教だからな」
「なんで!?」
当然である。とんでもない巻き込み事故に巻き込まれたんだ。
オーナーに奏への怒りとやるせなさは全てぶつけてもらおう、と心の中で決心した。
起こり得ることは起こる。にしたって、こんなこと起こり得るなんて誰が予測できるかちくしょう!
「まあ兎にも角にも!」
並んだスタンドの間から奏の手が伸びてきて、私の目を真っ直ぐに見据えながら言う。
「どのギターが良い?」
にこやかに、彼女はそう問いかけてきた。
思えば、彼女の顔をまじまじと見る機会を得たのはこれが初めてだ。
茶色みがかった、ほんの少し青い双眸を見た。
「じゃあ……」
ロック狂い。
なるほど、学校の噂はこういう事なのだろう。理屈とか、事情とか、そういうのを全部捨ておいて、この人はロックがやりたいのだ。
奏の目の奥で、ぱちぱちと何かが弾けているように見えた。多分、気のせいだ。
でも、それがどういうわけか。
「ジャズマスターが、いいです」
どうにも眩しく見えてしまった。
ギターを選んだ理由は単純だ。私が一番好きな色が白色だったから。
それだけ。
でも、それでいい気がした。
だって、それが一番だって言われたから。
「うっし。ジャズマスは慣れるまでが大変だからな、早いとこ使いこなせるようになると良いな」
オーナーが私の頭を撫でた。
癖か何かなのだろうか。
「じゃ、教則本取って来る。奏は練習の準備とかやってやれよ」
「もっちろん!」
オーナーは防音室を出て行った。
奏は乳白色のジャズマスターを取り上げて、ケーブルやらつまみやらを弄り始める。
私は座っているしかなかったので、なんだかすごく気まずい。
「あ、あの」
「どしたの?」
「なんか手伝えることとか……」
「んー。あ、じゃあさ、アンプの電源つけてくれる? 一番右のスイッチを下げればつくからさ」
「は、はい」
椅子を立ち上がって、黒い箱のような大きなアンプの上側に備え付けられた、つまみやスイッチが集合した部分を屈んで見つめた。
何か英語で書いてあるが、英語に明るくないので正直よく分からない。
とりあえず、ONとOFFと書かれたスイッチをON側に倒す。これでいいのか?
よく分からないが、その内覚えなきゃいけなくなることは分かっているので、必死に書いてあることを理解しようとする。つまみを回してみたら何か変わるかもしれないと思うが、弄っても何も起こらないので、やっぱり何も分からない。
「それはな」
「ひぇっ!」
上の方から声が降ってきた。
びっくりしてみると、そこに居たのは本を一冊だけ抱えたオーナーだった。
「ゲインとかボリュームは、両方とも音量を調整するためにあるんだけどな、ゲインを上げると良く歪むようになるんだ。隣にあるのはイコライザー、高音、中音、低音の三つに分かれてて、それぞれを大きくしたり小さくしたりして音を作るんだ」
「へ、へぇ……」
正直、まだよく分からない。
歪むってなんだろう。
「まあ、聴くより実際に弾いた方が分かりやすい。私の説明は後からわかるようになればいいさ」
「は、はい!」
返事をなるべく大きな声でしたら、オーナーは肩をポンと叩いて、本を私に手渡してまた部屋の外へ出て行ってしまった。
本をちらと見ると、ギター教則本と書かれている。
表紙をめくると手書きの付箋がついていた。
『奏の説明は分かり辛いと評判だから、困ったときはこれを読むと良い。それでも分からなかったら私を頼ってくれていい』
まずい。
猛烈に嫌な予感がする。
「おっけ、もうできるよ!」
奏が言った。
椅子に座るよう催促されるので、為されるがままに座るとジャズマスターを私に持たせてくる。
「じゃ、やってみよっか。これからよろしくね、幸ちゃん!」
満面の笑顔だった。
私は、引き攣った笑みしか返せなかった。
