「……えっとな」
あれから数日が経って、私たちペンディングはトゥーフェイスに呼び出された。
トゥーフェイスの一階にある待合室、その中で一番、受付に近いテーブルの椅子に足を組んで座った篠田が、困ったように言葉を続ける。
「お前らに話しておこうと思ったんだよ。このトゥーフェイスの地下で新しく、ライブハウスを開こうと思って。工事は済んでて、後は申請が通るのを待つだけって感じだが」
「前からオーナー、ライブハウス作りたがってましたもんね」
「よく覚えてるな。出会った時に話した以来だろ」
篠田が素直に褒めるものだから、得意げな望の顔がさらにふやけた。
こんな望は見たことがない。
「でな、そのお披露目の日のライブ演目に、一個だけ空きを作っといたんだが……」
「そこに、ペンディングを入れてくれるってことっすか!?」
「あ、あぁ……」
察しが良いことに驚いているのか、はたまたテンションが必要以上に高いことに驚いたのか、真白の言葉に流石の篠田も少々のけぞってみせた。
「だがな」
篠田は、すごく険しい顔をした。
今まで見たことないほどに険しかったものだから、私たちは皆驚いてしまった。
「……いつからお前らはスリーピースバンドになったんだ?」
ついに、篠田はその場にいない奏のことについて言及した。
「元はスリーピースバンドですよ」
「やかましいわ」
望の容赦ない返しに篠田は大きくため息を吐いた。
望の肝が据わり過ぎている。今に始まった話ではないが。
篠田が険しい顔をするのに疲れたように、いつものダウナーな表情に戻って、また口を開いた。
「で、何が問題なんだ」
「足立さんよ」
「幸さんっす」
私の両隣にいる望と真白が、一斉に私を指差す。
ちなみに言うと、私も自分で自分を指差していた。言い逃れようはなく、私が引き起こした問題だ。
「……驚いたな。てっきり、奏だって一斉に言うのかと」
「奏も悪いですよ」
「奏センパイも悪いっす」
「私が全面的に悪いんです……」
望と真白が容赦なく吐き捨てるのに、私だけは自分を卑下しているのだから、私がおかしいのかと思えてくる。いや、私がおかしいのは元々だろうけど。
「何があったか聞いていいか」
呆れたように篠田が聞いてくる。
「クソ面倒臭い話ですけどいいっすか」
「……手短に、かいつまんで頼む」
真白の言葉に、露骨に嫌そうな顔をした篠田が懇願した。
「要はあれっすよ、方向性の違いってやつっす」
「おいおい、解散かよ」
「そこは奏次第ですよ。そもそも、ペンディングは奏が集めて奏が方向性を決めてやってたんだから」
「人任せすぎるだろ……お前らのバンドだろ?」
少しだけ篠田の語気が強まった。
「オーナーには悪いけど、私は奏に友達が増えるからって誘われただけよ」
「私はロックが出来るって呼ばれただけっす」
「……私は靴をぶつけられただけです……」
言える立場にないとは思いつつも、一応、私も言っておいた。
篠田は酷く呆れたように天井を仰ぎ見て、その状態から戻らずに額に右手を叩きつけた。
「じゃあ……奏が悪いか」
「そうですよ」
「そっすよ」
絞り出すように吐き出された篠田の言葉に、望と真白が同意した。
私はすごく居心地の悪さを感じてしまって、つい口を挟んでしまう。
「でも……私が悪いんです。ペンディングのジャンルを変えようって言いだしちゃったせいで……」
「……そうか。そりゃ、辛いな」
少々、考える素振りを見せた篠田が私に向き直って、責めるでもなくただ相槌を打ってくれた。
いったい、どうして。
腹の内を渦巻くどす黒い自分自身が、私のことを裁こうと躍起になっているのが分かる。
「ちなみに、何のジャンルに? 今までは割と王道寄りのパワーロックとかオルタナロックだったろ」
「えと……」
「シューゲイザーっすよ」
「シューゲイザー!?」
私が言い淀む間に真白が答えた。
その答えに篠田が素っ頓狂な声をあげる。びっくりした。篠田のこんな声は初めて聴いた。
「そりゃまた……180度違う方向性だな。そりゃ、奏も受け入れ難いだろうな」
同時に、少し安心した。
やっぱり、私が悪いのだ。
無茶苦茶な提案をしてしまったのは私なのだから、責められ裁かれるのは私であるべきだ。
「……ちなみに、お前らはどうなんだ」
「私は足立さんの──幸の、提案に賛成します」
篠田の問いに望が、迷いなくそう答えた。しかも、私の呼び方をわざわざ改めてから。
少々、面食らったような顔を篠田がする。ちなみに私はもっと驚いた顔をしていたと思う。
「どうしてだ? 望、お前そんなシューゲイザー好きだっけ」
「いや、シューゲイザーのことはあんまり知らないです。この前、幸が提案した後に初めて聴いたし」
「えぇ……」
篠田の質問に対する答えに、つい私は困惑を声に出してしまう。
だが、望自身は至極当然であるというような態度であったし、篠田も納得したように頷いた。いったいどこに納得できる要素があったのだ。
「そうか。まあ、望はそうだろうな」
なにがそうだろうな、なのだ。
いくらオーナーの篠田と言えど、小一時間は問い詰めたい。
「ちなみに、真白は……聞くまでもないか」
篠田がちらと見た真白は、鋭く短く頷いて、それから答えた。
「私はロックが出来ればなんでもいいっす」
そう言い張った。
何度も聞いた言葉であったが、案外と、真白の言葉はそれ以上ないほどの説得力を帯びている。
「んじゃ、幸。君はどうしたいんだ?」
篠田が、私の顔をまっすぐに見つめた。
責められているような気がして、足元に視線が落ちる。
「……私は」
なんと言えばいい。
ぐるぐると視界の先が歪む。
我が儘だ。身の程知らずにもギターに手を出した陰キャの戯言だ。それが、バンドを解散一歩手前まで追い込んでしまっている。本当なら、さっさと撤回してしまうべきだ。
だが、そうも言ってられない。
私の両隣にいる二人のメンバーが、奏と袂を分かってでも私の我が儘を通そうとしている。真白に関しては、ただロックがやれればいいらしいが。
だが、それは奏も一緒のはずなのに。
本当のことを言うなら、私の提案は誰も受け入れてくれないと期待していたし、誰もが受け入れてくれると悲観していた。
真白や望がどうなるかは、正直分からなかった。でも、奏はきっと。
きっと、もっともっと、まともな形で。もっと、上手な形で。もっと、衝動的な形で。
それが、蓋を開けてみればどうだろう。私の想定とは真逆の形で事は運んでいる。おかしな話だ。
私の中の奏は、ロックに狂い、音楽に狂い、私の背を押して、私の前を走り。
憧れてなんていなかった。でも、より切実な形で彼女の背を眺めていたはずだ。私は、彼女のお陰で前を向けたはずなのに。
私は、
「幸。こっちを見てごらん」
篠田が、私の両の頬に優しく触れて、私の視線を持ち上げさせた。
視線の先にあったのは、篠田の顔。
驚いた。
なぜ、そんなにも優しい顔をしているのか。
何が、篠田をそうさせるのか。何をもってして、私のこの無茶苦茶な言い分を良しとしているのか。いや、良しとしているかどうかは分からないけど。
少なくとも、責めるような素振りはどこにもなかった。ただ、私の言葉を待っていた。篠田だけでなく、ここにいる誰もが。
いったい、どんな言葉を望んでいるというのだ。
その選択は間違いだ。私は、なんと言えばいい?
知っているよ。ああ、知っているよ。私は答えを知らないのだから。
だから、言えないのだ。だから、言いたくないのだ。
間違っていたら、なんて話じゃない。私が、私の手の内の全てを、この全てを手放さなきゃいけないから。
私の全ては、俯きながら進んできた、短くとも私の人生だ。
シューゲイザーだ。
靴を見つめ続ける私こそが私なのだ。だから、顔を上げることなんてできないのだ。篠田の顔を見つめてはいけない人間なのだから。
「君がどうしたいか、それを聞かせてほしい」
篠田は、尚も努めて優しい声音で私に語りかけた。
間違いかどうかなんて分からない。
怖くないかといえば、怖い。
変化が怖い。視線を持ち上げるのは怖い。イヤホンを外してしまうのも、ギターを手放すのも、このバンドが解散してしまうのも、何もかも。
私を取り巻く環境の全てが、私にとっては愛おしくてたまらないのに。こんな私を受け入れてくれた全てが、大事で大事でしようがないのに。
それでも、言うべきなのか。
それでも、私は変わるべきなのか。
「……その、私は」
いや、多分。
変わる、変わらないの話じゃない。
私には、必要なのだ。
勇気じゃない。覚悟じゃない。
「……シューゲイザーを」
奏の言葉が過る。
歴史に残るロックスターになる。ペンディングを最高のロックバンドにする。
私は、それを邪魔している。それは紛れもない事実じゃないか。
必要なのは、選択だ。
選び取ることだ。
俯きながら、出来ることを。
私が、私としてやれることを。
変わらないでいられるように。
俯きながらでも、出来るように。
シューゲイザーたる私を、私が。
「出来るのなら、ペンディングの皆で。シューゲイザーが、やりたいです」
私が、救わなければならない。私が、私の手でやりたいことを、選ぶことが必要なんだ。
篠田は私の返答に満足したように、ゆっくり、ゆっくりと頷いた。どこか私の言葉を噛み締めるようでもあったし、納得したようでもあった。
「険しい道かもな」
「知らないです、というかわかんないです」
「奏も、あいつは一枚岩で行けるような奴だぞ」
「……わかってます。多分」
篠田が、望の方をちらと見た。
「奏のことなら、私より望の方が詳しいだろうな」
望は一つため息を吐いて、それから私の左肩に触れる。
「私に丸投げですか」
「適材適所ってやつだよ。バンドの外の人間があーだこーだ言ったって身にならないだろう」
私たちは三人揃って、バンドの外の人間という言葉に首を傾げる。
その様子に、篠田は呆れたように目を細めて言うのだ。
「……お前ら、奏に似てきたな」
呆れた声色で言う割には、随分と楽しそうな表情だった。
「ほら、話は終わりだ。帰った帰った」
「はーい」
「面倒ね……」
篠田の一声で素直にさっさと荷物をまとめて帰ろうとする二人。
私はそれをなんとなく眺めていることしか出来ずに立ち尽くしていた。まだ、私は私自身がどうしたいかを決めあぐねていたぁらだ。
「ほら、幸。行くわよ」
望が言った。
私は首を傾げる。
「えっと……どこへ?」
我ながら間抜けな質問だ。
望が眉根を寄せて訝しむ。
「どこって……奏の話、聞くんでしょう?」
望が面倒くさそうに答えた。
その言葉にハッとさせられた私は、急ぎ荷物をまとめる。
「先出てるっすよ」
「早くしなさいよね」
望と真白が私を置いて先にスタジオの外へ。
慌ててまとめたので、荷物を入れたバッグは指三本分くらいファスナーが開いていたが、気にせず肩にかける。先に出た二人の後を追って、外へ出ようとしたその時。
「なあ、幸」
私のことを、篠田が呼び止めた。
「ホットコーヒーを」
「私はメロンソーダで!」
「あ、えと……じゃあリンゴジュースで」
それから私たち三人は、夏休み中に望に連れられてランチを楽しんだ、近くのカフェに来ていた。
「オシャレなお店っすね……」
注文を終え、店員の去っていく後姿を見つめていた真白が恐る恐る、小声でそう呟く。
夕暮れの斜陽を望む、窓際の席。夏休みのあの日に座った席と同じだ。
「……」
窓の外に張り付いていた奏の姿は、やはりなかった。
「で、何が聞きたいの」
黄昏ている私に、望は容赦なく話しかけてくる。
「話すって言ったのセンパイっすよね」
真白が言った。
確かに、何を聞けばいいのか分からない。
「なんかないの? 私だってどこから話せばいいのか分からないわよ」
「全部でお願いするっす!」
「中学時代に、近くでやってた路上ライブに気を取られて奏がプールに落ちた話でもしようかしら」
「ちょっと気になるのやめません……?」
緊張感というものが微塵も無い。
いや、緊張するべきなのは望や真白ではなく、私であるべきだから別に良いのだけれど。
だが実際、何を聞けばいいのだろうか。奏のことと一口に言っても、私が今欲していること、欲していないこと含めて無数にあるに決まっている。
私は、そもそもどうしたいのだ。
「……あの」
そこで、ようやく私が聞くべきだと思ったことが頭に浮かんだ。
「と、とりあえず……望さんの中学時代の話を聞いてもいいですか……?」
隣に座る真白が私を見た。望が目を丸くする。
「え、奏センパイのことはもういい感じですか……? 流石に薄情というか……」
「ち、違います違います!」
真白がかなりドン引きした表情で私を蔑むものだから、私は急いで弁明する。
「その、奏さんのことを知るなら、まずは一番近しい望さんのことについて知っとくべきなのかな、と……」
目を丸くしたその状態のままフリーズしていた望が、私の言葉でようやく動き出す。
それから、少し顔を赤くしながら望は口を開く。
「そ、そういうことね。もっと仲良くなりたい的な話かと……」
不自然に言葉に詰まって必要以上に小声であったが、気にしないことにした。
「でも……そうね、そんなに楽しい話でもないわよ?」
「いいんです。真白さんも同じ中学だって聞いてますし、私だけ何も知らないのは悲しいので」
「……そう。そういうことなら話すわよ」
望は一つ呼吸を置いてから、話し始めた。
「私の中学時代はね」
あれから数日が経って、私たちペンディングはトゥーフェイスに呼び出された。
トゥーフェイスの一階にある待合室、その中で一番、受付に近いテーブルの椅子に足を組んで座った篠田が、困ったように言葉を続ける。
「お前らに話しておこうと思ったんだよ。このトゥーフェイスの地下で新しく、ライブハウスを開こうと思って。工事は済んでて、後は申請が通るのを待つだけって感じだが」
「前からオーナー、ライブハウス作りたがってましたもんね」
「よく覚えてるな。出会った時に話した以来だろ」
篠田が素直に褒めるものだから、得意げな望の顔がさらにふやけた。
こんな望は見たことがない。
「でな、そのお披露目の日のライブ演目に、一個だけ空きを作っといたんだが……」
「そこに、ペンディングを入れてくれるってことっすか!?」
「あ、あぁ……」
察しが良いことに驚いているのか、はたまたテンションが必要以上に高いことに驚いたのか、真白の言葉に流石の篠田も少々のけぞってみせた。
「だがな」
篠田は、すごく険しい顔をした。
今まで見たことないほどに険しかったものだから、私たちは皆驚いてしまった。
「……いつからお前らはスリーピースバンドになったんだ?」
ついに、篠田はその場にいない奏のことについて言及した。
「元はスリーピースバンドですよ」
「やかましいわ」
望の容赦ない返しに篠田は大きくため息を吐いた。
望の肝が据わり過ぎている。今に始まった話ではないが。
篠田が険しい顔をするのに疲れたように、いつものダウナーな表情に戻って、また口を開いた。
「で、何が問題なんだ」
「足立さんよ」
「幸さんっす」
私の両隣にいる望と真白が、一斉に私を指差す。
ちなみに言うと、私も自分で自分を指差していた。言い逃れようはなく、私が引き起こした問題だ。
「……驚いたな。てっきり、奏だって一斉に言うのかと」
「奏も悪いですよ」
「奏センパイも悪いっす」
「私が全面的に悪いんです……」
望と真白が容赦なく吐き捨てるのに、私だけは自分を卑下しているのだから、私がおかしいのかと思えてくる。いや、私がおかしいのは元々だろうけど。
「何があったか聞いていいか」
呆れたように篠田が聞いてくる。
「クソ面倒臭い話ですけどいいっすか」
「……手短に、かいつまんで頼む」
真白の言葉に、露骨に嫌そうな顔をした篠田が懇願した。
「要はあれっすよ、方向性の違いってやつっす」
「おいおい、解散かよ」
「そこは奏次第ですよ。そもそも、ペンディングは奏が集めて奏が方向性を決めてやってたんだから」
「人任せすぎるだろ……お前らのバンドだろ?」
少しだけ篠田の語気が強まった。
「オーナーには悪いけど、私は奏に友達が増えるからって誘われただけよ」
「私はロックが出来るって呼ばれただけっす」
「……私は靴をぶつけられただけです……」
言える立場にないとは思いつつも、一応、私も言っておいた。
篠田は酷く呆れたように天井を仰ぎ見て、その状態から戻らずに額に右手を叩きつけた。
「じゃあ……奏が悪いか」
「そうですよ」
「そっすよ」
絞り出すように吐き出された篠田の言葉に、望と真白が同意した。
私はすごく居心地の悪さを感じてしまって、つい口を挟んでしまう。
「でも……私が悪いんです。ペンディングのジャンルを変えようって言いだしちゃったせいで……」
「……そうか。そりゃ、辛いな」
少々、考える素振りを見せた篠田が私に向き直って、責めるでもなくただ相槌を打ってくれた。
いったい、どうして。
腹の内を渦巻くどす黒い自分自身が、私のことを裁こうと躍起になっているのが分かる。
「ちなみに、何のジャンルに? 今までは割と王道寄りのパワーロックとかオルタナロックだったろ」
「えと……」
「シューゲイザーっすよ」
「シューゲイザー!?」
私が言い淀む間に真白が答えた。
その答えに篠田が素っ頓狂な声をあげる。びっくりした。篠田のこんな声は初めて聴いた。
「そりゃまた……180度違う方向性だな。そりゃ、奏も受け入れ難いだろうな」
同時に、少し安心した。
やっぱり、私が悪いのだ。
無茶苦茶な提案をしてしまったのは私なのだから、責められ裁かれるのは私であるべきだ。
「……ちなみに、お前らはどうなんだ」
「私は足立さんの──幸の、提案に賛成します」
篠田の問いに望が、迷いなくそう答えた。しかも、私の呼び方をわざわざ改めてから。
少々、面食らったような顔を篠田がする。ちなみに私はもっと驚いた顔をしていたと思う。
「どうしてだ? 望、お前そんなシューゲイザー好きだっけ」
「いや、シューゲイザーのことはあんまり知らないです。この前、幸が提案した後に初めて聴いたし」
「えぇ……」
篠田の質問に対する答えに、つい私は困惑を声に出してしまう。
だが、望自身は至極当然であるというような態度であったし、篠田も納得したように頷いた。いったいどこに納得できる要素があったのだ。
「そうか。まあ、望はそうだろうな」
なにがそうだろうな、なのだ。
いくらオーナーの篠田と言えど、小一時間は問い詰めたい。
「ちなみに、真白は……聞くまでもないか」
篠田がちらと見た真白は、鋭く短く頷いて、それから答えた。
「私はロックが出来ればなんでもいいっす」
そう言い張った。
何度も聞いた言葉であったが、案外と、真白の言葉はそれ以上ないほどの説得力を帯びている。
「んじゃ、幸。君はどうしたいんだ?」
篠田が、私の顔をまっすぐに見つめた。
責められているような気がして、足元に視線が落ちる。
「……私は」
なんと言えばいい。
ぐるぐると視界の先が歪む。
我が儘だ。身の程知らずにもギターに手を出した陰キャの戯言だ。それが、バンドを解散一歩手前まで追い込んでしまっている。本当なら、さっさと撤回してしまうべきだ。
だが、そうも言ってられない。
私の両隣にいる二人のメンバーが、奏と袂を分かってでも私の我が儘を通そうとしている。真白に関しては、ただロックがやれればいいらしいが。
だが、それは奏も一緒のはずなのに。
本当のことを言うなら、私の提案は誰も受け入れてくれないと期待していたし、誰もが受け入れてくれると悲観していた。
真白や望がどうなるかは、正直分からなかった。でも、奏はきっと。
きっと、もっともっと、まともな形で。もっと、上手な形で。もっと、衝動的な形で。
それが、蓋を開けてみればどうだろう。私の想定とは真逆の形で事は運んでいる。おかしな話だ。
私の中の奏は、ロックに狂い、音楽に狂い、私の背を押して、私の前を走り。
憧れてなんていなかった。でも、より切実な形で彼女の背を眺めていたはずだ。私は、彼女のお陰で前を向けたはずなのに。
私は、
「幸。こっちを見てごらん」
篠田が、私の両の頬に優しく触れて、私の視線を持ち上げさせた。
視線の先にあったのは、篠田の顔。
驚いた。
なぜ、そんなにも優しい顔をしているのか。
何が、篠田をそうさせるのか。何をもってして、私のこの無茶苦茶な言い分を良しとしているのか。いや、良しとしているかどうかは分からないけど。
少なくとも、責めるような素振りはどこにもなかった。ただ、私の言葉を待っていた。篠田だけでなく、ここにいる誰もが。
いったい、どんな言葉を望んでいるというのだ。
その選択は間違いだ。私は、なんと言えばいい?
知っているよ。ああ、知っているよ。私は答えを知らないのだから。
だから、言えないのだ。だから、言いたくないのだ。
間違っていたら、なんて話じゃない。私が、私の手の内の全てを、この全てを手放さなきゃいけないから。
私の全ては、俯きながら進んできた、短くとも私の人生だ。
シューゲイザーだ。
靴を見つめ続ける私こそが私なのだ。だから、顔を上げることなんてできないのだ。篠田の顔を見つめてはいけない人間なのだから。
「君がどうしたいか、それを聞かせてほしい」
篠田は、尚も努めて優しい声音で私に語りかけた。
間違いかどうかなんて分からない。
怖くないかといえば、怖い。
変化が怖い。視線を持ち上げるのは怖い。イヤホンを外してしまうのも、ギターを手放すのも、このバンドが解散してしまうのも、何もかも。
私を取り巻く環境の全てが、私にとっては愛おしくてたまらないのに。こんな私を受け入れてくれた全てが、大事で大事でしようがないのに。
それでも、言うべきなのか。
それでも、私は変わるべきなのか。
「……その、私は」
いや、多分。
変わる、変わらないの話じゃない。
私には、必要なのだ。
勇気じゃない。覚悟じゃない。
「……シューゲイザーを」
奏の言葉が過る。
歴史に残るロックスターになる。ペンディングを最高のロックバンドにする。
私は、それを邪魔している。それは紛れもない事実じゃないか。
必要なのは、選択だ。
選び取ることだ。
俯きながら、出来ることを。
私が、私としてやれることを。
変わらないでいられるように。
俯きながらでも、出来るように。
シューゲイザーたる私を、私が。
「出来るのなら、ペンディングの皆で。シューゲイザーが、やりたいです」
私が、救わなければならない。私が、私の手でやりたいことを、選ぶことが必要なんだ。
篠田は私の返答に満足したように、ゆっくり、ゆっくりと頷いた。どこか私の言葉を噛み締めるようでもあったし、納得したようでもあった。
「険しい道かもな」
「知らないです、というかわかんないです」
「奏も、あいつは一枚岩で行けるような奴だぞ」
「……わかってます。多分」
篠田が、望の方をちらと見た。
「奏のことなら、私より望の方が詳しいだろうな」
望は一つため息を吐いて、それから私の左肩に触れる。
「私に丸投げですか」
「適材適所ってやつだよ。バンドの外の人間があーだこーだ言ったって身にならないだろう」
私たちは三人揃って、バンドの外の人間という言葉に首を傾げる。
その様子に、篠田は呆れたように目を細めて言うのだ。
「……お前ら、奏に似てきたな」
呆れた声色で言う割には、随分と楽しそうな表情だった。
「ほら、話は終わりだ。帰った帰った」
「はーい」
「面倒ね……」
篠田の一声で素直にさっさと荷物をまとめて帰ろうとする二人。
私はそれをなんとなく眺めていることしか出来ずに立ち尽くしていた。まだ、私は私自身がどうしたいかを決めあぐねていたぁらだ。
「ほら、幸。行くわよ」
望が言った。
私は首を傾げる。
「えっと……どこへ?」
我ながら間抜けな質問だ。
望が眉根を寄せて訝しむ。
「どこって……奏の話、聞くんでしょう?」
望が面倒くさそうに答えた。
その言葉にハッとさせられた私は、急ぎ荷物をまとめる。
「先出てるっすよ」
「早くしなさいよね」
望と真白が私を置いて先にスタジオの外へ。
慌ててまとめたので、荷物を入れたバッグは指三本分くらいファスナーが開いていたが、気にせず肩にかける。先に出た二人の後を追って、外へ出ようとしたその時。
「なあ、幸」
私のことを、篠田が呼び止めた。
「ホットコーヒーを」
「私はメロンソーダで!」
「あ、えと……じゃあリンゴジュースで」
それから私たち三人は、夏休み中に望に連れられてランチを楽しんだ、近くのカフェに来ていた。
「オシャレなお店っすね……」
注文を終え、店員の去っていく後姿を見つめていた真白が恐る恐る、小声でそう呟く。
夕暮れの斜陽を望む、窓際の席。夏休みのあの日に座った席と同じだ。
「……」
窓の外に張り付いていた奏の姿は、やはりなかった。
「で、何が聞きたいの」
黄昏ている私に、望は容赦なく話しかけてくる。
「話すって言ったのセンパイっすよね」
真白が言った。
確かに、何を聞けばいいのか分からない。
「なんかないの? 私だってどこから話せばいいのか分からないわよ」
「全部でお願いするっす!」
「中学時代に、近くでやってた路上ライブに気を取られて奏がプールに落ちた話でもしようかしら」
「ちょっと気になるのやめません……?」
緊張感というものが微塵も無い。
いや、緊張するべきなのは望や真白ではなく、私であるべきだから別に良いのだけれど。
だが実際、何を聞けばいいのだろうか。奏のことと一口に言っても、私が今欲していること、欲していないこと含めて無数にあるに決まっている。
私は、そもそもどうしたいのだ。
「……あの」
そこで、ようやく私が聞くべきだと思ったことが頭に浮かんだ。
「と、とりあえず……望さんの中学時代の話を聞いてもいいですか……?」
隣に座る真白が私を見た。望が目を丸くする。
「え、奏センパイのことはもういい感じですか……? 流石に薄情というか……」
「ち、違います違います!」
真白がかなりドン引きした表情で私を蔑むものだから、私は急いで弁明する。
「その、奏さんのことを知るなら、まずは一番近しい望さんのことについて知っとくべきなのかな、と……」
目を丸くしたその状態のままフリーズしていた望が、私の言葉でようやく動き出す。
それから、少し顔を赤くしながら望は口を開く。
「そ、そういうことね。もっと仲良くなりたい的な話かと……」
不自然に言葉に詰まって必要以上に小声であったが、気にしないことにした。
「でも……そうね、そんなに楽しい話でもないわよ?」
「いいんです。真白さんも同じ中学だって聞いてますし、私だけ何も知らないのは悲しいので」
「……そう。そういうことなら話すわよ」
望は一つ呼吸を置いてから、話し始めた。
「私の中学時代はね」
