「次の目標?」
「そう!」
補習を終えて貸しスタジオにやってきた奏。一足遅れて、私用を終えてこのスタジオに来た真白がした質問に、彼女は元気いっぱいに肯定した。
「前のライブからもう一か月以上経つでしょ? しかも夏休みに入る訳だし、せっかくだから次の目標を立てた方が今後の方針が固まると思ってさ!」
「別にいいけど、なんか候補あるの?」
ため息交じりに望が言った。
バンドに入ってから、何度目か分からない奏の思い付きによる行動だ。私は静かに、防音室の隅っこでそのいつも通りとしか言いようのないやり取りを見つめていた。
「もっちろん!」
そう言って、奏がスクールバックからごそごそと取り出したのは、大きな模造紙だった。
「ふっふっふ。見て驚け、テスト期間中に夜なべして作った計画表だ!」
そんなことしてるから赤点を取って補習になってしまったのでは?
「そんなことしてるから赤点を取って補習になったんじゃないの?」
望が思ったことを言ってくれた。
「これだー!」
奏が望の言葉を無視して、模造紙の両端を掴んで両腕をいっぱいに広げた。
でかでかと模造紙の左から右までびっしりと赤文字で書かれたタイトルらしきそれ。
「名付けて、夏休み中に猛特訓して文化祭でみんなをあっと驚かせてやろう大作戦!」
なろう系小説もびっくりの激長タイトルである。
よく見れば、模造紙の上に消しきれていない鉛筆で書かれた下書きの線が見える。その割には、この模造紙に書かれているのはこのタイトルだけだ。マジでちゃんと勉強しろよ。
私と望が、同時にため息を吐いた。
「どう! どう思う!?」
「えっと……」
「バカじゃないの?」
「えぇ!?」
私が言葉を選んでいる間に、望が先に言ってしまった。
何がバカと言えば、まあこの模造紙から感じる謎の執念と情熱に比例しないタイトル名のセンスの無さであろうか。全部な気がする。うん、全部だ。全部バカだ。
ひどく落ち込んだフリを数秒して、奏はまたパッと顔を上げて話を続ける。
「夏休み明けに文化祭があるから、そこに出演する! その為に私たちは練習をする! っていう完璧な作戦はどう!?」
「嘘みたいにシンプルで捻りのない作戦内容ですね……?」
つい言ってしまった。
なぜか奏はドヤ顔をしている。おかしいな、貶したはずなのに。
「何の曲やるんすか?」
真白が言った。
「んとね、それはこちらをご覧ください~」
そう言いつつ、奏は模造紙を裏返した。
すると、今度は棒グラフやら折れ線グラフやら、ランキングらしき表も書いてある。
妙に凝った作りだ。だから勉強しろよ。
「ここ最近の売れ線バンドとか曲とかを分析した結果だよ。やっぱ文化祭だし、みんなが盛り上がる曲弾いてこそっしょ!」
きらきらと目を輝かせながら奏が言った。
「ふーん……」
望が興味なさげに相槌を打った。
「さすがロック狂いの奏センパイ。無駄にリサーチ力が高い」
真白が言った。
確かに凄い資料だ。直近2年分の音楽チャートや動画投稿サイト、有名サブスクなどの人気ランキングなどを月毎に集計し、データ化されている。ある程度の傾向を予測した上で、それに合致しつつも、他のバンドと被りづらい曲をピックアップし、知名度などで順位付けをしてやる曲を決めている。
凄まじいリサーチ力だ。それを勉強に活かせればもっと良いと思うが。
だが、よく見ると『盛り上がる率』と書かれた円グラフがあり、数値は300%と強調して書かれている。
限界突破している。というか、いったい何を根拠に。まず、なんで円グラフを使ったんだ。
「言いたいことはいっぱいあるけど、まあ良いんじゃない」
「そっすね、私はロックなら何でもいいっすよ」
「そう言うと思ってたー!」
望と真白のローテンションな返事に奏がハイテンションに答えた。
なんというか、望と真白が全体的に諦めを感じている気がする。気持ちは分かる。
「幸ちゃんは!?」
ぐりん、と私の方に奏の視線が移る。
まずい。矛先が私に来た。助けて。
きらきらとした目でこちらににじり寄ってくる。来ないで。
「どう、文化祭、盛り上げたくない!?」
「わ、私はあんまり……」
「どう!?」
ああダメだ。奏は多分、勢いでどうにかしようとしている。
そして私は、勢いでどうにかされようとしてしまっている。
「い、いいと思います……」
「よっしゃー!」
奏が勝ち誇ったように叫んだ。
「足立さん……」
「幸さん……嫌なら嫌って言っていいんすよ?」
天井に向かってガッツポーズする奏と、私の方を見て憐憫の目を向けてくる望と真白。すごく心配そうにしている二人に、酷く申し訳ない気持ちだった。
「うぅ……ごめんなさい……」
私の背を、望と真白が優しくさすってくれた。嬉しい。
望の方は終始、呆れ顔だったが。
「それで、文化祭っていうのは」
「うん、場川祭! もう申込用紙は出してきた!」
「相変わらず、思いついた後のスピードが速いっすね……」
真白はもう諦めたように言った。
望は右手で顔を覆って絶望している。いや、呆れているのだろう。
が、私にとって大事だったのはそこではない。
「ちょっ、ちょっと待ってください」
私が口を挟むのは違うかと、やっぱやめようとそう思った時には時すでに遅し。喉からその声はこぼれ出ていた。
「あの、場川祭って、あの、私たちの高校の文化祭ですか……?」
「そうだよ!」
「えぇえ!?」
私は叫んだ。
叫ぼうとして叫んだわけではない。口から飛び出していただけだ。
「いや、流石になんとなくそこは流れでわかるもんじゃないんすか」
「流石に察しが悪すぎるわよ」
てっきり、場川東高校の方でやるものだと思っていた。いや、奏が申込用紙を出してきたと言っているのだから、当然私と奏が通う場川高校であることは間違いないのだが。
先程までは味方みたいな雰囲気のあった真白と望でさえ、私の察しの悪さを咎めてくる。じゃあ私が悪いか……。
「というわけで、皆、よろしくね!」
どういうわけなのかは分からないが、奏の行動力に慣れきってしまった私たちは、首を縦に振るほかなかった。
文化祭。
文化祭である。
文化祭に出ると決まったその日の夜、私はベッドの中で天井を見ながらその言葉を反芻した。そんなことをしていたからか、どうにも目が冴えてしまったので、私はベッドから抜け出て自室の窓を開けた。
時刻はもう夜10時。夏も中盤、にしては涼しく感じる風が部屋の中にそよそよと入って来て、私の肩辺りまで伸びた髪を撫でる。
空は月が輝いている。
来週から、場川高校は夏休みに入る。高校に入ってから2度目の夏休みだ。
そして、夏休みが終わればすぐに文化祭だ。こちらも、2度目の文化祭。
去年の夏休みは何をしていただろうか。
「……いい思い出ないんだよな」
ぽつりと呟いた。
宿題をやって、テレビを見て、ネットに上がった知らないバンドのミュージックビデオを見て、時折、一緒に住んでいる一や祖父祖母に連れ出されて買い物やちょっとした遠出をする。
思えば、小学生や中学生時代から何も変わっていない夏休みだった。
両親が共に単身赴任で家になかなか帰って来なくなってからは、輪にかけて変化の無い日々を送るだけになっていた気がする。
夏休み、か。
正直言って嫌いだ。ずっと家に引きこもっていると私の価値がどんどん矮小なものに思えてきて仕方がないから。いや、実際に矮小ではあるのだが。
ろくに楽しく学校になど通えていないが、通っている間は学生としての価値があると思えるので、特段、通学自体が苦には思わない。
「はぁ……」
大きくため息を吐いた。
そんなことで満足しているから、私には友達らしい友達が増えないのだ。
誰が悪いかと言えば私が悪い。純度100%の私の努力不足が原因である。
ただ、そんな生活にもなんとなく慣れを感じ始めるものだ。私には、音楽があったから。好きなものがあったから。
対人コミュニケーション能力など無くても、人は生きていける。実際、寂しさを感じることはあっても、不便を感じることはほぼ無かった。
貰ったお小遣いで時たま買う、好きなバンドの曲や気に入ったシングルを買うだけで、私は何も不自由さを感じなかったから。好きを共有することに意味を見出せなかったから。
ほんの少し前までは。
ぽこん、と少し前まで公式アカウントか家族からの連絡以外で鳴ることの無かったスマホが通知音を鳴らす。
『文化祭でやる候補の曲だよー!(#^.^#)』
ペンディングのグループラインの通知だった。
奏から幾つかのファイルが送られてきていて、楽譜と音源が数曲分。それから、各曲に対しての長々とした難易度や盛り上がりポイントなどをまとめた備考のメッセージ。インターネット越しでもこの人は騒がしいらしい。この中から二曲か三曲を演奏するらしい。
真白からスタンプで確認したと返事をしている。可愛い猫のスタンプだ。センスがいい。
望からもスタンプだけで返事が返ってくる。……なんだこのレッサーパンダが威嚇しているスタンプは。意図が分からない。
私も無難な了解スタンプだけ返した。
「……ふふ」
窓のサッシに身体を預けて、スマホの画面を眺めていると、なんだか笑いが込み上げてきた。
要らないと思っていた人付き合いが、私にこんな変化をもたらしてくれるなんて思いも寄らなかった。その事実が、なんだかすごく面白く思える。
今年の夏休みは、楽しくなりそう。少なくとも、去年までと比べれば。
確信めいた思いが、私の心の真ん中に居座る。自惚れだろうか。自惚れでも良い。
私は、きっと運に恵まれたのだ。出会いこそそれはそれは酷いものであったが、結果的には、奏をきっかけにこんなにも良い思いをさせてもらえているのだ。感謝してもしきれないというものだろう。
不思議な縁だ。本当に。
少ししたら眠くなるだろうと思っていたが、残念なことに逆に目が覚めてきてしまった。
窓を閉めて、ギターケースに手を伸ばす。
ジャズマスターを取り出して、勉強机の上に置かれたヘッドホンアンプとイヤホンを挿して、眠くなるまでギターを弾いた。
少しでも、ペンディングの皆と楽しいライブが出来るように。
「そう!」
補習を終えて貸しスタジオにやってきた奏。一足遅れて、私用を終えてこのスタジオに来た真白がした質問に、彼女は元気いっぱいに肯定した。
「前のライブからもう一か月以上経つでしょ? しかも夏休みに入る訳だし、せっかくだから次の目標を立てた方が今後の方針が固まると思ってさ!」
「別にいいけど、なんか候補あるの?」
ため息交じりに望が言った。
バンドに入ってから、何度目か分からない奏の思い付きによる行動だ。私は静かに、防音室の隅っこでそのいつも通りとしか言いようのないやり取りを見つめていた。
「もっちろん!」
そう言って、奏がスクールバックからごそごそと取り出したのは、大きな模造紙だった。
「ふっふっふ。見て驚け、テスト期間中に夜なべして作った計画表だ!」
そんなことしてるから赤点を取って補習になってしまったのでは?
「そんなことしてるから赤点を取って補習になったんじゃないの?」
望が思ったことを言ってくれた。
「これだー!」
奏が望の言葉を無視して、模造紙の両端を掴んで両腕をいっぱいに広げた。
でかでかと模造紙の左から右までびっしりと赤文字で書かれたタイトルらしきそれ。
「名付けて、夏休み中に猛特訓して文化祭でみんなをあっと驚かせてやろう大作戦!」
なろう系小説もびっくりの激長タイトルである。
よく見れば、模造紙の上に消しきれていない鉛筆で書かれた下書きの線が見える。その割には、この模造紙に書かれているのはこのタイトルだけだ。マジでちゃんと勉強しろよ。
私と望が、同時にため息を吐いた。
「どう! どう思う!?」
「えっと……」
「バカじゃないの?」
「えぇ!?」
私が言葉を選んでいる間に、望が先に言ってしまった。
何がバカと言えば、まあこの模造紙から感じる謎の執念と情熱に比例しないタイトル名のセンスの無さであろうか。全部な気がする。うん、全部だ。全部バカだ。
ひどく落ち込んだフリを数秒して、奏はまたパッと顔を上げて話を続ける。
「夏休み明けに文化祭があるから、そこに出演する! その為に私たちは練習をする! っていう完璧な作戦はどう!?」
「嘘みたいにシンプルで捻りのない作戦内容ですね……?」
つい言ってしまった。
なぜか奏はドヤ顔をしている。おかしいな、貶したはずなのに。
「何の曲やるんすか?」
真白が言った。
「んとね、それはこちらをご覧ください~」
そう言いつつ、奏は模造紙を裏返した。
すると、今度は棒グラフやら折れ線グラフやら、ランキングらしき表も書いてある。
妙に凝った作りだ。だから勉強しろよ。
「ここ最近の売れ線バンドとか曲とかを分析した結果だよ。やっぱ文化祭だし、みんなが盛り上がる曲弾いてこそっしょ!」
きらきらと目を輝かせながら奏が言った。
「ふーん……」
望が興味なさげに相槌を打った。
「さすがロック狂いの奏センパイ。無駄にリサーチ力が高い」
真白が言った。
確かに凄い資料だ。直近2年分の音楽チャートや動画投稿サイト、有名サブスクなどの人気ランキングなどを月毎に集計し、データ化されている。ある程度の傾向を予測した上で、それに合致しつつも、他のバンドと被りづらい曲をピックアップし、知名度などで順位付けをしてやる曲を決めている。
凄まじいリサーチ力だ。それを勉強に活かせればもっと良いと思うが。
だが、よく見ると『盛り上がる率』と書かれた円グラフがあり、数値は300%と強調して書かれている。
限界突破している。というか、いったい何を根拠に。まず、なんで円グラフを使ったんだ。
「言いたいことはいっぱいあるけど、まあ良いんじゃない」
「そっすね、私はロックなら何でもいいっすよ」
「そう言うと思ってたー!」
望と真白のローテンションな返事に奏がハイテンションに答えた。
なんというか、望と真白が全体的に諦めを感じている気がする。気持ちは分かる。
「幸ちゃんは!?」
ぐりん、と私の方に奏の視線が移る。
まずい。矛先が私に来た。助けて。
きらきらとした目でこちらににじり寄ってくる。来ないで。
「どう、文化祭、盛り上げたくない!?」
「わ、私はあんまり……」
「どう!?」
ああダメだ。奏は多分、勢いでどうにかしようとしている。
そして私は、勢いでどうにかされようとしてしまっている。
「い、いいと思います……」
「よっしゃー!」
奏が勝ち誇ったように叫んだ。
「足立さん……」
「幸さん……嫌なら嫌って言っていいんすよ?」
天井に向かってガッツポーズする奏と、私の方を見て憐憫の目を向けてくる望と真白。すごく心配そうにしている二人に、酷く申し訳ない気持ちだった。
「うぅ……ごめんなさい……」
私の背を、望と真白が優しくさすってくれた。嬉しい。
望の方は終始、呆れ顔だったが。
「それで、文化祭っていうのは」
「うん、場川祭! もう申込用紙は出してきた!」
「相変わらず、思いついた後のスピードが速いっすね……」
真白はもう諦めたように言った。
望は右手で顔を覆って絶望している。いや、呆れているのだろう。
が、私にとって大事だったのはそこではない。
「ちょっ、ちょっと待ってください」
私が口を挟むのは違うかと、やっぱやめようとそう思った時には時すでに遅し。喉からその声はこぼれ出ていた。
「あの、場川祭って、あの、私たちの高校の文化祭ですか……?」
「そうだよ!」
「えぇえ!?」
私は叫んだ。
叫ぼうとして叫んだわけではない。口から飛び出していただけだ。
「いや、流石になんとなくそこは流れでわかるもんじゃないんすか」
「流石に察しが悪すぎるわよ」
てっきり、場川東高校の方でやるものだと思っていた。いや、奏が申込用紙を出してきたと言っているのだから、当然私と奏が通う場川高校であることは間違いないのだが。
先程までは味方みたいな雰囲気のあった真白と望でさえ、私の察しの悪さを咎めてくる。じゃあ私が悪いか……。
「というわけで、皆、よろしくね!」
どういうわけなのかは分からないが、奏の行動力に慣れきってしまった私たちは、首を縦に振るほかなかった。
文化祭。
文化祭である。
文化祭に出ると決まったその日の夜、私はベッドの中で天井を見ながらその言葉を反芻した。そんなことをしていたからか、どうにも目が冴えてしまったので、私はベッドから抜け出て自室の窓を開けた。
時刻はもう夜10時。夏も中盤、にしては涼しく感じる風が部屋の中にそよそよと入って来て、私の肩辺りまで伸びた髪を撫でる。
空は月が輝いている。
来週から、場川高校は夏休みに入る。高校に入ってから2度目の夏休みだ。
そして、夏休みが終わればすぐに文化祭だ。こちらも、2度目の文化祭。
去年の夏休みは何をしていただろうか。
「……いい思い出ないんだよな」
ぽつりと呟いた。
宿題をやって、テレビを見て、ネットに上がった知らないバンドのミュージックビデオを見て、時折、一緒に住んでいる一や祖父祖母に連れ出されて買い物やちょっとした遠出をする。
思えば、小学生や中学生時代から何も変わっていない夏休みだった。
両親が共に単身赴任で家になかなか帰って来なくなってからは、輪にかけて変化の無い日々を送るだけになっていた気がする。
夏休み、か。
正直言って嫌いだ。ずっと家に引きこもっていると私の価値がどんどん矮小なものに思えてきて仕方がないから。いや、実際に矮小ではあるのだが。
ろくに楽しく学校になど通えていないが、通っている間は学生としての価値があると思えるので、特段、通学自体が苦には思わない。
「はぁ……」
大きくため息を吐いた。
そんなことで満足しているから、私には友達らしい友達が増えないのだ。
誰が悪いかと言えば私が悪い。純度100%の私の努力不足が原因である。
ただ、そんな生活にもなんとなく慣れを感じ始めるものだ。私には、音楽があったから。好きなものがあったから。
対人コミュニケーション能力など無くても、人は生きていける。実際、寂しさを感じることはあっても、不便を感じることはほぼ無かった。
貰ったお小遣いで時たま買う、好きなバンドの曲や気に入ったシングルを買うだけで、私は何も不自由さを感じなかったから。好きを共有することに意味を見出せなかったから。
ほんの少し前までは。
ぽこん、と少し前まで公式アカウントか家族からの連絡以外で鳴ることの無かったスマホが通知音を鳴らす。
『文化祭でやる候補の曲だよー!(#^.^#)』
ペンディングのグループラインの通知だった。
奏から幾つかのファイルが送られてきていて、楽譜と音源が数曲分。それから、各曲に対しての長々とした難易度や盛り上がりポイントなどをまとめた備考のメッセージ。インターネット越しでもこの人は騒がしいらしい。この中から二曲か三曲を演奏するらしい。
真白からスタンプで確認したと返事をしている。可愛い猫のスタンプだ。センスがいい。
望からもスタンプだけで返事が返ってくる。……なんだこのレッサーパンダが威嚇しているスタンプは。意図が分からない。
私も無難な了解スタンプだけ返した。
「……ふふ」
窓のサッシに身体を預けて、スマホの画面を眺めていると、なんだか笑いが込み上げてきた。
要らないと思っていた人付き合いが、私にこんな変化をもたらしてくれるなんて思いも寄らなかった。その事実が、なんだかすごく面白く思える。
今年の夏休みは、楽しくなりそう。少なくとも、去年までと比べれば。
確信めいた思いが、私の心の真ん中に居座る。自惚れだろうか。自惚れでも良い。
私は、きっと運に恵まれたのだ。出会いこそそれはそれは酷いものであったが、結果的には、奏をきっかけにこんなにも良い思いをさせてもらえているのだ。感謝してもしきれないというものだろう。
不思議な縁だ。本当に。
少ししたら眠くなるだろうと思っていたが、残念なことに逆に目が覚めてきてしまった。
窓を閉めて、ギターケースに手を伸ばす。
ジャズマスターを取り出して、勉強机の上に置かれたヘッドホンアンプとイヤホンを挿して、眠くなるまでギターを弾いた。
少しでも、ペンディングの皆と楽しいライブが出来るように。
