梛の幼馴染は、八月十五日の夜、梛を庇って闇に溶けた。
毎年繰り返される夏祭りの夜。線香と屋台の油の匂いが混ざり合い、夏の夜特有の湿った空気が肌に張り付く。何年経っても、この日だけは心臓が嫌な音を立ててざわついてしまう。
境内の喧騒を遠く聞きながら、高校生になった梛は、神社の裏手にある古びた社の前を歩いていた。
小学五年生の夏。「新月の夜は外に出てはいけない」という祖母の言いつけを破り、花火が見たくて、幼馴染の柊と二人でこっそり家を抜け出した夜のことだ。
境内は提灯の灯りでキラキラしていて、りんご飴や金魚すくいの露店が並んでいて、賑やかな雰囲気に梛はすっかりはしゃいでいた。
「柊、あれ食べたい! あれ何?」
声を上げながら人の隙間を縫って歩く梛の手を、柊はずっと握ってくれていた。梛が人の波に揉まれてよろめくたび、「フラフラすんな、迷子になるだろ。ほら、こっち」と手を引いてくれた。その掌の熱さを、梛は今でも鮮明に覚えている。
特等席で花火を見るために、二人で人混みを抜けて裏山の秘密の場所へ向かっていた。その途中。
鳥居の前で、異様に背の高い「何か」が立っていた。それが人間でないことは、子供の梛にもすぐにわかった。影がねじれて、空気が凍ったように冷たくて。梛の耳の奥で無数の鈴の音が狂ったように鳴り響き、第六感が危険を察知していた。
動けなくなった梛の手を、柊が強く引いた。
「梛! にげ、」
その声が途中で途切れたのを、梛ははっきりと覚えている。握っていた手の感触がなくなり、振り返ったときにはもう、柊の姿は世界から消えていた。
梛は泣きながら、大人たちに助けを求めた。
「柊が消えた」と必死に伝えたのに、『柊』という少年の存在は、なぜか影のように消え失せていた。梛の家族も、クラスメイトも、教師も、近所のおばさんも、そして柊の家族さえも、みんなが彼の存在を綺麗に忘れてしまっていたのだ。
あの夏祭りの日から、柊の存在を覚えているのは梛だけになった。
柊は確かにここにいた。梛の手をしっかりと握って、逃げようと言ってくれた。彼が消えたのは、多分梛を庇ったからだ。
——俺が誘わなければ、柊はみんなの記憶から消えなかった。
梛だけが大人になっていくのに、柊だけはあの日のまま、どこかで時を止めている気がしていた。
この救いようのない後悔が、何年経っても梛の胸に鋭い棘のように刺さったままだった。
だから梛は毎年、柊の存在が消えてしまわないように、夏祭りの夜になると、こうして神社を訪れて今もずっと柊を探している。
あの時聞こえた鈴の音を探すように、耳を澄ませて。



