「あ、あのー……感動の再会中にすみません」
声をかけると、二人はようやく離れて私に気づく。
「あ、あ、あ、あ、どうも。ありがとうございました。お母さん、こ、この子が例の……」
「ああ、お父さんを駅で拾ってくれた子ね? どうぞ中へ。空は今ちょっといないけど、お茶でも飲んで行ってね」
にっこり笑う沢田くんのお母さんの言葉に、私は驚いた。
「えっ? 沢田くん、いないんですか⁉︎」
「ええ。ほんとにさっきまでいたんだけど、急に家を飛び出して行っちゃって。どうしても行かなくちゃいけないところがあるとかなんとか。せっかく親子で水入らずだと思ったのにねえ。本当に困った子だわ」
まあ、どうぞどうぞと勧められ、私は沢田家のリビングにお邪魔した。
「うわあ……」
そこには、七夕なのになぜかでっかいクリスマスツリーが飾られていて、枝には呪いのように赤い短冊がいっぱいぶら下がっていた。
異様な光景が沢田くんちっていえば沢田くんちらしいけど。
「驚かせてごめんなさいねえ。これ、みんな空が書いたのよ」
呆れたように沢田くんのお母さんが笑う。
「……見てもいいですか?」
「ええ、どうぞー」
沢田くんの願い事が気になる。
私はゆっくりとツリーに近づいて、その中の一つの短冊を手に取った。
するとそこには──。
『佐藤さんと毎日会えますように』
沢田くんの字ではっきりと書かれた、私の名前。
驚いて心臓が止まるかと思った。
まさかと思って慌てて他の短冊も見ると、
『佐藤さんが浴衣でみんなと楽しんでいますように』
『佐藤さんがリンゴあめを食べて喜んでいますように』
『佐藤さんが綺麗な花火を見られますように』
『佐藤さんがいっぱい笑っておしゃべりをしていますように』
あっちも、こっちも、私の名前ばっかり。
自分のことは何ひとつ書かないで。
『明日、佐藤さんと仲直りできますように』
『佐藤さんがまたいつものように笑ってくれますように』
『佐藤さんにもう一度好きって言えますように』
こんなの、涙が出ちゃうよ、沢田くん。
『佐藤さんが幸せになりますように』
短冊全部、私のことで。
喉が苦しい。
「びっくりしたでしょー?」
明るい声に振り向くと、沢田くんのお母さんがお盆に麦茶を乗せて立っていた。
「あの子、よっぽどこの佐藤さんって子が好きみたい。普段は無口な子なのに……心の中はいつもこんなにおしゃべりだったのね」
私は浴衣の袖で涙を拭いた。
拭いても拭いても涙が出てくる。
「麦茶、飲んでく?」
「……ごめんなさい。私もちょっと行かなくちゃいけないところがあるのを思い出したので──失礼します」
私は沢田くんのお母さんに頭を下げた。その肩越しに沢田くんのお父さんの優しい微笑が見える。
戻ろう。沢田くんが待ってる。
沢田くんは、きっとあそこに。
***
……残念ながら、いなかった。
「おう、よく来たな小野田……。歓迎するぜ」
空はその頃、小野田の勘違いで白鳥橋ではなく小林の家に乗り込んでいた。
「まさか二日連続で来るとはお前もいい度胸だな。友達まで連れてきやがって。二人ともオレンジジュースでいいか?」
スキンヘッドの小林が前歯の欠けた顔でニタリと笑う。
小野田は鬼のような顔をした。
「勘違いすんな。こいつはただの友達じゃねえ。俺の親友だ!! ……コーラにしてくれ」
「分かった。オレンジな」
「コーラで」
「果汁100%だぞコラア!」
小林と小野田が額を突き合わせてメンチを切る背後で、空はブルブルと拳を震わせて叫んだ。
「コーラもオレンジもいらないから……佐藤さんを出してください!!」
「ああん? なんだとコラア。果汁はいらねえから砂糖を出せってどういうことだコラア! 太りてえのかコラア! 将来糖尿で泣くぞコラア!」
訳のわからないことを言う小林に、空の怒りは頂点に達した。
「いいから、佐藤さんを早く出してくださいって言ってるんですよゆでたまご頭の人!!」
あたりが一瞬シーンと静まり返った。
小林の瞳から溢れた涙が、つぅと彼の頬を伝い落ちる。
「さ、沢田……! ゆでたまごはさすがに言い過ぎだぞ?」
小野田に言われ、空はハッと気がついた。
「すみませんちょっと言い過ぎました。ごめんなさい、たまご頭の人」
空はペコリと頭を下げた。
「いや、ゆでてあるかの問題じゃなくね⁉︎」

