「す、す、すみません、家まで案内してもらっちゃって」
「いえ、いいんです。私も沢田くんと会えるなら、好都合だったので」
沢田くんが「行けない」って言っていた理由もわかり、私の心は少し軽くなっていた。
四年ぶりの家族の集合だもんね。沢田くんがそっちを選ぶのは当然のことだ。私は毎日学校で会っているんだし──。
お父さんの顔見たら、沢田くん喜ぶだろうな。
今夜は、その顔を見るだけでいいか。
群青の空に浮かんだ星を見上げて、私は必死で自分にそう言い聞かせていた。
「さ、佐藤さんは、空のお友達と言っていましたね……」
「あ、はい」
歩きながら、沢田くんのお父さんがモゴモゴと話しかける。
まだ恋人関係だとは言えないから、私はさっき駅でそう説明していた。
「驚いたなあ……。空に友達ができるなんて」
沢田くんのお父さんはしみじみとつぶやいた。
「小学校も中学校も、全然友達ができなくて、あの子はもうずっと一生ひとりだと思っていたんですが……」
「そんなことないですよ」
私はそっと微笑んだ。
「沢田くんのこと、本当はクラスのみんなも大好きなんです。超人気者なんですよ。でも、沢田くんだけがそれに気づいていないんです」
「そ、そうなんですか? でもあの子、無表情でしょう」
「表情に出てないけど、感情は豊かですよ、沢田くんは」
びびったり、浮かれたり、沈んだり。私の言葉ですぐに一喜一憂する。
沢田くんの心の声がもう一度聞きたいな……。
「……どうしましたか?」
「え?」
「なんだか、急に暗くなっちゃったので……あっ、ごめんなさい。詮索するようなこと聞いちゃってごめんなさい。空と何かあったんですか? あっ、立ち入りすぎましたよね、ごめんなさい」
沢田くんが心の声を解放したら将来お父さんみたいになるのかなと思うと、私はつい笑ってしまった。
沢田くんのことが心配なんだろうな。いいお父さん。
まるで沢田くんと話しているみたいで、気持ちがほぐれる。
「……実は私、以前は沢田くんが黙っていても、沢田くんが何を考えているのかすぐに分かっていたんです」
気づいたら、私はそんなことをお父さんに語っていた。
「でも最近、急に沢田くんが何を考えているのかが分からなくなっちゃって……」
「……なるほど。空も思春期になったってことなんでしょうかね……? だから素直になれなくなった、とか……」
そういうじゃなくて、前はリアルに考えが聞こえていたんですよ。
とは言えず、私は黙ってうつむく。
「あっ、そうだ。いいものがあります」
沢田くんのお父さんはコートにたくさんついているポケットをひとつひとつまさぐり、最終的に小さなガラス瓶を取り出した。
「こ、こ、これ……どうぞ」
「……これは?」
手のひらサイズの透明な瓶の中には、白っぽい砂が入っている。
「トルコを旅していた時に旅のジプシーからもらった『恋の砂』です。恋人の気持ちが分からなくなった時、これを自分の頭に少量振りかけると、相手の気持ちが分かるようになるっていうおまじないで……。あっすいません、急にベラベラしゃべって気持ち悪かったですよね。恋の砂なんてウサンくせーって思いましたよね。すみません」
「いえ……」
「でも、も、もし良かったら、どうぞ」
お父さんは私に瓶をくれた。
「案外、こういうものが効くかもしれないと思いまして。困ったときの神頼み的な」
「あ……ありがとうございます!」
街灯に透かして瓶の中身をよく見ると、砂の中にいくつかハート型の砂が混ざっているようだった。
何だか可愛いと喜んでいるうちに、沢田くんの家に到着した。
この中に沢田くんがいる……。
見覚えのある玄関のドアを見て、ドキンと心臓が跳ね上がった。
「た、た、た、ただいま帰りました」
沢田くんのお父さんが沢田家のドアを開けると、中から「はーい!」と声がして、息を呑むほど艶やかな女性が現れた。
落ち着いた柄の藍染の浴衣を着ているのに、大輪の花が咲いたように華やかで、まるで江戸時代の花魁が現代に蘇ったみたいに綺麗な人だ。
もしかして、この人が沢田くんの……?
驚いて言葉が出ない私の目の前で、
「お帰りなさい、お父さんっ」
と、その花魁が変質者そっくりのお父さんに抱きついた。
「もーバカバカバカバカ! ずっと連絡もよこさずに! 待たされるこっちの身にもなってよーっ!」
「す、す、す、すみません……あと、暑いです」
「だったら脱ぎなさいよそんなマスクとコート!」
スパーン! とおじさんの頭になぜかハリセンが飛んできて、おじさんの丸サングラスがパリーン! と割れた。
「ええええええっ⁉︎」
ハリセンの威力にも驚いたけど、もっと驚いたのはおじさんの素顔だ。
「す、す、す、す、すみません……」
そう言って割れたサングラスとマスクを外したおじさんは、沢田くんによく似た超イケメンだったのだ。
「変な女に言い寄られたりしなかった?」
「だ、大丈夫です。ずっと顔を隠していたので……」
美男美女の沢田くんのご両親は私の存在などまるで気にせずラブラブに抱き合っている。こっちが照れちゃうくらいのイチャイチャぶりだ。
あー、久々に自分がモブだってことを思い出したわ。

