誠くんは隠れ陽キャだと思う。
見た目は基本、大人しくて静か。机にむらがってゲラゲラと笑ってる男子とちがって、わたしに言わせれば『品が良い』。
一番後ろの席から、教室の中をいつも静かに観察してるように見える。
……そんな誠くんを、わたしはバレないように、横目でいつも観察している。
美月ちゃんたちは「それは夏穂ちゃんの勝手な想像だね」って言うけど……わたしは本当にそう思ってる。
窓ぎわの席で、左ひじを窓にかけてる仕草なんて、最高にカッコ良い。
うっとりしながら、わたしはその様子を横目で見る。
誠くんは、実はめっちゃ勉強ができるということを知った。
数学とか理科が特に好きらしい。
その代わり、実習みたいに手を動かす作業には、あまり興味がないと言っていた。
インテリア科なのに。
「遠藤さんてさ、シュレディンガーって知ってる?」
数学の授業が終わり、ようやくやってきた休み時間。
クラスのみんなから「はあ」と安堵のため息がもれてきたところだった。
「シュレディンガー? 何それ。名前?」
「そう。昔の物理学者だよ」
「物理……? ああ、理科ね」
わたしが所属するインテリア科は、理科の授業をそこまで深く勉強しない。
機械科とか、電子科とかの人は、かなり難しい計算までやるって聞いたことがあった。
きっと誠くん以外の人から言われても、軽く流していた言葉だったけど、もちろんわたしは喰いつくように聞いた。
何も分からないけど。
「なにか有名な人ってことだよね」
「まあ、たぶん」
「難しい公式とか? 発明した人?」
「『シュレディンガーの猫』っていう実験を提唱したらしい」
「……シュレディンガーの? ……猫? 可愛い名前じゃん」
思わずわたしは笑ってしまった。
「あー、面白ろ」と言いながら目を開けると、優しく見守ってくれているかのような誠くんの顔が、そこにはあった。
☆
「いらっしゃいませー」
夕方5時すぎ。
週に2回のコンビニバイト。
火曜日と木曜日、夕方の5時から夜の10時まで。
自分のお小遣いは自分で何とかしようと半年前から始めた。
お客さんの多い時間帯はダルいなと思うけど、何やかんや楽しい。
「タバコ、121番」
「121番ですね。少々お待ちください」
121番はキャスターだ。タバコの番号と銘柄を覚えたこと。アルバイトを始めて身に付いたことの一つ。
……今のところ、他の場所であんまり役に立っていない。
「さあ、忙しくなるねえ。フランクフルト、あと5本追加で揚げようか」
「そうですね……もう6時になるんだ」
「うん。さあ、頑張ろうか」
店長の号令とともに、わたしは冷凍庫からフランクフルトを取り出して、網の中へと入れてスイッチを押す。
何ひとつ感情を込めずに。
ヴーンと鈍い音を立てて、油の中へとゆっくりと沈むフランクフルトたち。
たちまちパチパチパチと跳ねるような音を立てはじめた。
「毒ガスと猫を一緒に箱に入れておくんだ。猫が毒ガスのスイッチを押す確率は半分。まあ1/2っていうこと」
「しばらく経ったら、箱を開ける。もちろん1/2の確率で猫は生きているかも知れないし、毒ガスを吸って死んでしまったかも知れない」
ぽかんとするわたしにをよそに、誠くんは遠くを見るように話を続けた。
「当たり前だろって思うかもだけど……シュレディンガーはこう言ったんだ」
「箱を開けるまでは『猫がスイッチを押さない現実』と『猫がスイッチを押してしまう現実』両方が、存在しているって」
「人間が見る時、観測する時までは……両方の世界が同時に存在してるんだよ? ヤバいよなあ……」
何を言っているのか、正直分からなかった。
「誠くん、活き活きしてるなあ」と思いながら、「へえ」と相槌を打っただけだ。
(……でも)
でも、なんでだろう。
聞いても意味がまったく分からなかった。
でも、「楽しそうだな」って思った。
理科に興味があるからなのか、それは分からない。
誠くんと一緒に、知らないことを勉強するのって良いなあと思った。
シュレディンガーなんて、全く分からないけど……理科の勉強は、もしかしたら面白いのかも知れない。
「ちょっと! 遠藤さん! レジ手伝って」
(……はっ)
「あ、は……はい! すいません」
後ろから聞こえる、ちょっと甲高い声。
我に返ると、レジへと急いだ。
――トングを右手に、持ったまま。
見た目は基本、大人しくて静か。机にむらがってゲラゲラと笑ってる男子とちがって、わたしに言わせれば『品が良い』。
一番後ろの席から、教室の中をいつも静かに観察してるように見える。
……そんな誠くんを、わたしはバレないように、横目でいつも観察している。
美月ちゃんたちは「それは夏穂ちゃんの勝手な想像だね」って言うけど……わたしは本当にそう思ってる。
窓ぎわの席で、左ひじを窓にかけてる仕草なんて、最高にカッコ良い。
うっとりしながら、わたしはその様子を横目で見る。
誠くんは、実はめっちゃ勉強ができるということを知った。
数学とか理科が特に好きらしい。
その代わり、実習みたいに手を動かす作業には、あまり興味がないと言っていた。
インテリア科なのに。
「遠藤さんてさ、シュレディンガーって知ってる?」
数学の授業が終わり、ようやくやってきた休み時間。
クラスのみんなから「はあ」と安堵のため息がもれてきたところだった。
「シュレディンガー? 何それ。名前?」
「そう。昔の物理学者だよ」
「物理……? ああ、理科ね」
わたしが所属するインテリア科は、理科の授業をそこまで深く勉強しない。
機械科とか、電子科とかの人は、かなり難しい計算までやるって聞いたことがあった。
きっと誠くん以外の人から言われても、軽く流していた言葉だったけど、もちろんわたしは喰いつくように聞いた。
何も分からないけど。
「なにか有名な人ってことだよね」
「まあ、たぶん」
「難しい公式とか? 発明した人?」
「『シュレディンガーの猫』っていう実験を提唱したらしい」
「……シュレディンガーの? ……猫? 可愛い名前じゃん」
思わずわたしは笑ってしまった。
「あー、面白ろ」と言いながら目を開けると、優しく見守ってくれているかのような誠くんの顔が、そこにはあった。
☆
「いらっしゃいませー」
夕方5時すぎ。
週に2回のコンビニバイト。
火曜日と木曜日、夕方の5時から夜の10時まで。
自分のお小遣いは自分で何とかしようと半年前から始めた。
お客さんの多い時間帯はダルいなと思うけど、何やかんや楽しい。
「タバコ、121番」
「121番ですね。少々お待ちください」
121番はキャスターだ。タバコの番号と銘柄を覚えたこと。アルバイトを始めて身に付いたことの一つ。
……今のところ、他の場所であんまり役に立っていない。
「さあ、忙しくなるねえ。フランクフルト、あと5本追加で揚げようか」
「そうですね……もう6時になるんだ」
「うん。さあ、頑張ろうか」
店長の号令とともに、わたしは冷凍庫からフランクフルトを取り出して、網の中へと入れてスイッチを押す。
何ひとつ感情を込めずに。
ヴーンと鈍い音を立てて、油の中へとゆっくりと沈むフランクフルトたち。
たちまちパチパチパチと跳ねるような音を立てはじめた。
「毒ガスと猫を一緒に箱に入れておくんだ。猫が毒ガスのスイッチを押す確率は半分。まあ1/2っていうこと」
「しばらく経ったら、箱を開ける。もちろん1/2の確率で猫は生きているかも知れないし、毒ガスを吸って死んでしまったかも知れない」
ぽかんとするわたしにをよそに、誠くんは遠くを見るように話を続けた。
「当たり前だろって思うかもだけど……シュレディンガーはこう言ったんだ」
「箱を開けるまでは『猫がスイッチを押さない現実』と『猫がスイッチを押してしまう現実』両方が、存在しているって」
「人間が見る時、観測する時までは……両方の世界が同時に存在してるんだよ? ヤバいよなあ……」
何を言っているのか、正直分からなかった。
「誠くん、活き活きしてるなあ」と思いながら、「へえ」と相槌を打っただけだ。
(……でも)
でも、なんでだろう。
聞いても意味がまったく分からなかった。
でも、「楽しそうだな」って思った。
理科に興味があるからなのか、それは分からない。
誠くんと一緒に、知らないことを勉強するのって良いなあと思った。
シュレディンガーなんて、全く分からないけど……理科の勉強は、もしかしたら面白いのかも知れない。
「ちょっと! 遠藤さん! レジ手伝って」
(……はっ)
「あ、は……はい! すいません」
後ろから聞こえる、ちょっと甲高い声。
我に返ると、レジへと急いだ。
――トングを右手に、持ったまま。



