「ねえ、ママ」
何となく想像はしていたけれど、それ以上の話を夏穂から聞かされたのは……いつもと同じ晩御飯の後だった。
「何? 何かあった?」
「あのさ……」
ちょっと言いにくそうに、テーブルの椅子を引いた。きっと言うか言うまいか、夏穂なりに相当悩んでのことなんだろう。本当に分かりやす子だなと思う。
「あのさ、模試……受けようと思うんだよね」
「模試?」
「そう。12月にさ、横浜予備校ってところで共通テスト模擬があるらしいんだよ」
「……夏穂、まだ高2でしょ?」
夏穂は私が思った以上に色々なことを考えていた。お金のことや将来のこと……真剣な表情で話をする夏穂を見ていると、何だか涙が出そうになってしまった。
アルバイトの回数を増やしたり、毎日毎日部屋にこもって勉強していたり……大学に行きたいんだろうとは思っていたけれど、まさかここまで細かく計画を立てているとは思わなかった。
(あの夏穂がねえ……)
「だから、12月の模試を受けてみて……自分の成果を試してみたいの」
「試す?」
「そう。もし、もしそこで結果が出なかったら、大学は諦める」
私は言葉が出なかった。「こういうことをしたら、こうして欲しい」という発想しかなかった夏穂が、諦める時のラインをちゃんと決めていたことに、私は驚いた。
「なるほどね、夏穂なりにちゃんと考えて行動してたんだね」
「えへへ……そりゃあね。大学ってお金も高いみたいだしさ。あまり奨学金も使いたくないから……。いつまでもワガママばかりも言ってられないしなあって。冬華もいるし」
冬華はひろ子の所に行ってきたから、それなりに相談に乗ってもらったはず。でも夏穂は全部自分で考えたに違いないと思ったら、再び目頭が熱くなってしまった。
「良い友達に恵まれたんだね、夏穂は」
ちょっとはにかむように、小さく笑った。本当に昔から変わらない。夏穂の夢が叶うと良いなと私は思った。
☆
「ああ、ひろ子?」
「やっほー、お姉ちゃんから電話くれるなんて珍しいじゃん。何かあった?」
「いや、夏穂のことなんだけどさ」
「え? 夏ちゃん? 夏ちゃんに何かあった?」
自分でも驚いていた。これまで子供たちのことは全部自分で考えてやってきたから。きっと誰かに話を聞いて欲しかったのかも知れないなと思った。
「へえ……夏ちゃんがねえ。泣かせるじゃん」
「ね。けっこう自分でバイトしてお金も貯めてるみたいなんだよね」
「あー……なるほど。大学の学費ってことか」
「そうみたい」
「どうするのさ」
「お金はあるよ。ちゃんと2人が大学まで行けるように、あそこまで働いてきたんだから」
「だよねえ。健康と引き換えにしてねえ」
「……うるさいな。余計だよそれは」
私の悩みはそこだった。2人とも私立になると……多少厳しいけれど。夏穂が工業高校に進学が決まった時は「行っても専門学校だろう」と予想していた。そして夏穂が自分で働いて手にしたお金。夏穂の気持ちを考えると、私は揺れた。
きっとここをひろ子に聞いて欲しかったのかも知れない。
「じゃあお姉ちゃんが普通に出してあげるの? 学費」
「夏穂、自分でバイトして貯めてるのよ。最初の1年分だけ」
「へえ! やるねえ! 凄いじゃん」
「ね。そこは私も驚いてる」
「どうするのさ」
きっと最初は私を説得しようと思って始めたことなんだろうと思った。もし……1ケ月くらいで諦めていたら、何もしなかったろうけれど……ここまで計画的に、あの夏穂がちゃんと行動しているんだからと思うと……。
「夏穂のお金、受け取ろうと思うんだよね」
「え? お姉ちゃん学費あるのに? 1年分夏ちゃんに出させるってこと?」
「そう。その代わり……私が用意した1年分の学費は、将来の夏穂のためにとっておこうかなって思ってね」
「良いね、ナイスアイデアじゃん。夏ちゃんの想いも無下にしないで済むね」
人生は長い。私のように体調を崩すこともあるかも知れないし。
その時のために……『夏穂貯金』に回すことに決めた。
……後は、模試の結果。夏穂の未来がどうなるのか。あの子の性格が分かるだけに、模試結果が気になった。
☆
「お母さん、あいつ……模試受けるって言ってたよ」
「そうみたいね。お母さんも聞いたよ」
「マジで大学受けるの? あいつ」
「さあ。でも……模試の結果で色々考えるとは言ってたよ」
冬華にも言いふらしているらしい。夏穂らしいといえばそれまでだけど……「黙っていれば良いのに」と思った。そういうところは本当に不器用な子だ。
「そっか。あいつ就職じゃないんだ……」
私に確認すると、冬華は静かに部屋へと戻っていった。
(きっと冬華は大学の学費のこと、考えてるんだろうな……)
夏穂が国立の大学に行くとは思えない。まず私立の大学になるだろう。そうすると……自分は絶対に国立大学に行かないといけない。冬華が考えていることは、おおむねこんな感じだろうなと思う。
(ひろ子と同じじゃん)
私が東大を諦めて私立の大学に決めた時、ひろ子もずっと悩んでいたっけ。
……同じパターンにならないように、ずっと頑張って働いてきたんだけどな。
(あー……人生って難しいもんだ)
思わず私は、天を仰いだ。「母親って難しいなあ……」思わず口から出た言葉。はっと我に帰り、2人に聞かれていないか息を殺すように確かめた。
☆
「お母さん、あいつさ……模試できてるかな」
「さあね。どうだろう」
「なんかね、愛梨が言ってたけど……入試前の予備校の模試って難しいらしい」
「そうなんだ」
「うん。『本番の方が簡単だった』みたいなパターン多いらしい」
「なるほどねえ」
朝、予備校に向かって家を出たけれど……明らかに緊張している様子だった。冬華もそれなりに気にしている。2人の高校受験の時以上に、私も不安になっていた。
英語は高校1年生と2年生の内容がどうしても長文で混ざってしまうから、数学と国語だけ受験して採点するらしい。私個人としては、国語も難しいだろうから、数学の点数だけで良いような気もしている。……これも夏穂が決めたことだし、尊重する気ではいるけれど。
夜に帰宅した夏穂は、どう見てもあえて明るく振るまおうとしていた。
何となく想像はしていたけれど、それ以上の話を夏穂から聞かされたのは……いつもと同じ晩御飯の後だった。
「何? 何かあった?」
「あのさ……」
ちょっと言いにくそうに、テーブルの椅子を引いた。きっと言うか言うまいか、夏穂なりに相当悩んでのことなんだろう。本当に分かりやす子だなと思う。
「あのさ、模試……受けようと思うんだよね」
「模試?」
「そう。12月にさ、横浜予備校ってところで共通テスト模擬があるらしいんだよ」
「……夏穂、まだ高2でしょ?」
夏穂は私が思った以上に色々なことを考えていた。お金のことや将来のこと……真剣な表情で話をする夏穂を見ていると、何だか涙が出そうになってしまった。
アルバイトの回数を増やしたり、毎日毎日部屋にこもって勉強していたり……大学に行きたいんだろうとは思っていたけれど、まさかここまで細かく計画を立てているとは思わなかった。
(あの夏穂がねえ……)
「だから、12月の模試を受けてみて……自分の成果を試してみたいの」
「試す?」
「そう。もし、もしそこで結果が出なかったら、大学は諦める」
私は言葉が出なかった。「こういうことをしたら、こうして欲しい」という発想しかなかった夏穂が、諦める時のラインをちゃんと決めていたことに、私は驚いた。
「なるほどね、夏穂なりにちゃんと考えて行動してたんだね」
「えへへ……そりゃあね。大学ってお金も高いみたいだしさ。あまり奨学金も使いたくないから……。いつまでもワガママばかりも言ってられないしなあって。冬華もいるし」
冬華はひろ子の所に行ってきたから、それなりに相談に乗ってもらったはず。でも夏穂は全部自分で考えたに違いないと思ったら、再び目頭が熱くなってしまった。
「良い友達に恵まれたんだね、夏穂は」
ちょっとはにかむように、小さく笑った。本当に昔から変わらない。夏穂の夢が叶うと良いなと私は思った。
☆
「ああ、ひろ子?」
「やっほー、お姉ちゃんから電話くれるなんて珍しいじゃん。何かあった?」
「いや、夏穂のことなんだけどさ」
「え? 夏ちゃん? 夏ちゃんに何かあった?」
自分でも驚いていた。これまで子供たちのことは全部自分で考えてやってきたから。きっと誰かに話を聞いて欲しかったのかも知れないなと思った。
「へえ……夏ちゃんがねえ。泣かせるじゃん」
「ね。けっこう自分でバイトしてお金も貯めてるみたいなんだよね」
「あー……なるほど。大学の学費ってことか」
「そうみたい」
「どうするのさ」
「お金はあるよ。ちゃんと2人が大学まで行けるように、あそこまで働いてきたんだから」
「だよねえ。健康と引き換えにしてねえ」
「……うるさいな。余計だよそれは」
私の悩みはそこだった。2人とも私立になると……多少厳しいけれど。夏穂が工業高校に進学が決まった時は「行っても専門学校だろう」と予想していた。そして夏穂が自分で働いて手にしたお金。夏穂の気持ちを考えると、私は揺れた。
きっとここをひろ子に聞いて欲しかったのかも知れない。
「じゃあお姉ちゃんが普通に出してあげるの? 学費」
「夏穂、自分でバイトして貯めてるのよ。最初の1年分だけ」
「へえ! やるねえ! 凄いじゃん」
「ね。そこは私も驚いてる」
「どうするのさ」
きっと最初は私を説得しようと思って始めたことなんだろうと思った。もし……1ケ月くらいで諦めていたら、何もしなかったろうけれど……ここまで計画的に、あの夏穂がちゃんと行動しているんだからと思うと……。
「夏穂のお金、受け取ろうと思うんだよね」
「え? お姉ちゃん学費あるのに? 1年分夏ちゃんに出させるってこと?」
「そう。その代わり……私が用意した1年分の学費は、将来の夏穂のためにとっておこうかなって思ってね」
「良いね、ナイスアイデアじゃん。夏ちゃんの想いも無下にしないで済むね」
人生は長い。私のように体調を崩すこともあるかも知れないし。
その時のために……『夏穂貯金』に回すことに決めた。
……後は、模試の結果。夏穂の未来がどうなるのか。あの子の性格が分かるだけに、模試結果が気になった。
☆
「お母さん、あいつ……模試受けるって言ってたよ」
「そうみたいね。お母さんも聞いたよ」
「マジで大学受けるの? あいつ」
「さあ。でも……模試の結果で色々考えるとは言ってたよ」
冬華にも言いふらしているらしい。夏穂らしいといえばそれまでだけど……「黙っていれば良いのに」と思った。そういうところは本当に不器用な子だ。
「そっか。あいつ就職じゃないんだ……」
私に確認すると、冬華は静かに部屋へと戻っていった。
(きっと冬華は大学の学費のこと、考えてるんだろうな……)
夏穂が国立の大学に行くとは思えない。まず私立の大学になるだろう。そうすると……自分は絶対に国立大学に行かないといけない。冬華が考えていることは、おおむねこんな感じだろうなと思う。
(ひろ子と同じじゃん)
私が東大を諦めて私立の大学に決めた時、ひろ子もずっと悩んでいたっけ。
……同じパターンにならないように、ずっと頑張って働いてきたんだけどな。
(あー……人生って難しいもんだ)
思わず私は、天を仰いだ。「母親って難しいなあ……」思わず口から出た言葉。はっと我に帰り、2人に聞かれていないか息を殺すように確かめた。
☆
「お母さん、あいつさ……模試できてるかな」
「さあね。どうだろう」
「なんかね、愛梨が言ってたけど……入試前の予備校の模試って難しいらしい」
「そうなんだ」
「うん。『本番の方が簡単だった』みたいなパターン多いらしい」
「なるほどねえ」
朝、予備校に向かって家を出たけれど……明らかに緊張している様子だった。冬華もそれなりに気にしている。2人の高校受験の時以上に、私も不安になっていた。
英語は高校1年生と2年生の内容がどうしても長文で混ざってしまうから、数学と国語だけ受験して採点するらしい。私個人としては、国語も難しいだろうから、数学の点数だけで良いような気もしている。……これも夏穂が決めたことだし、尊重する気ではいるけれど。
夜に帰宅した夏穂は、どう見てもあえて明るく振るまおうとしていた。



