シュレディンガーの三重奏

12月に入るとクリスマスも近いということで、私の知らないところでカップルも何組か誕生しているらしい。つい先週も「みんなでスキーに行こう」と愛梨に持ちかけられたけれど、断ってしまった。

「一気に寒くなったね。ホワイトクリスマスになると良いね」
「……私はあまり興味ないけど。まあ積もらない程度なら降っても良いかな」
「ホント冬華は現実主義だよね。せっかくのJKライフだよ。もっと色々ワクワクしようよ」
「え? 私なりに楽しんでるけど?」

山手駅から続く坂道は、12月の朝にはかなり堪える。コートに手袋にマフラー。完全装備で臨んでも、どこからともなく冷たい風が吹き込んでくる。

「ね、小学生の子達……凄くない?」

坂を上りきった所には小学校があるから、そこまでは小学生と同じルートを歩く。

「半ズボンだもんね……若いって素晴らしいよ、マジで」
「うちらもまだ若いんだけどね」

この寒さの中、半ズボンで寒さもものともせずに上っていく小学生達。それに引き換え、楽しい行事の陰に隠れながらジワリジワリと迫ってくる『受験』と向き合わないといけないのか……と考えると、やっぱり憂鬱になる。

(何も考えずに、毎日楽しかったな。この頃は)

「この子達もいずれは大変になるんだろうなあ」と思いながら歩いていると、ひろ子おばちゃんと話をしたことが色々と思い出された。

「ねえ、大みそかは? 大みそかも行かないの?」
「……ああ、それは行こうかなって思ってる」

12月31日、大みそか。八景島というところで日付が元日に変わった瞬間に花火が上がるらしい。磯子駅の隣の駅である新杉田駅から、みんなで打ち上げ花火がある会場まで歩く。夜の10時頃から歩くらしいから、先生も何人か来てくれるらしかった。

「やった! 冬華が来たら、みんな喜ぶぞ~!」
「そうかな。別にそんなことないと思うけどな」
「そんなことないって。スキーに来ないって伝えたら、『ええー!』ってみんな寂しがってたよ」

栄ケ丘高校は、みんな仲が良すぎる。こんなにみんなでイベントを大切する学校だなんて。噂は聞いていたけれど、想像を遥かに超えていた。

ようやく坂を上り切る。体温もだいぶ上がってきて、私は手袋を脱いでコートにねじ込んだ。

「愛梨は塾、どうなの? 良い感じなの?」
「まあ、まだ週2回だから。どうなのかな。自分でも分からないな、それは」
「ふうん、そっか。まあ最近模試もないからね」
「うん。でもさ驚いたよ、冬華が文系選択にしたなんて」

お母さんに保護者欄に名前を書いてもらって、先生に提出してから2ケ月近くが経とうとしていた。確かに……愛梨も千景もビックリしていた。みんな私は理系選択でいくと思っていたらしい。

(ま、私自身もそれまでは理系に行くもんだって思ってたしな)

愛梨達の気持ちも、分からなくなかった。

「でもま、また冬華と2年生になっても同じクラスになる可能性があるってことか」
「そうだね、愛梨は? 社会の選択何にした?」
「日本史」
「お、同じだね。私も日本史にしたよ」

文系選択になると、2年生から社会を選ぶ必要がある。世界史、日本史、そして地理。私は高校受験の時に一番好きだった日本史に決めた。社会の選択にはさほど悩むことはなかった。世界史を選んだら、カタカナの名前を覚えるのはちょっと苦手かもと思ったから。

「あ~……それにしても、スキーに大みそか! 楽しみだな~!」
「……幸せね、愛梨は」
「そりゃそうだよ! 栄ケ丘に入ったんだからさ。楽しまないとね」

相変わらず屈託のない、弾けるような笑顔。塾にも行きだして、愛梨なりに色々と考えているんだろうなとは思う。

「ま、正解はないってことか」
「え? 何? 冬華、今何て言った?」
「独り言だよ、独り言。それよりさ、時間……大丈夫?」

スマホに目をやるとホームルームぎりぎりの時間になっていた。

「げ! ヤバい! もうこんな時間じゃん、急がなきゃ!」
「走ろう! 走れば間に合うよ」

息をするたびに、口から白い息が立ち上る。ローファーで大きな音を立てながら、私と愛梨は校門をくぐり抜けた――。