「君たちは、将来どういう進路に進みますか?」
確か、中学2年生の時だったと思う。担任の先生の言葉を聞いても、正直何も浮かばなかったし、ピンとこなかった。
『調べ学習』という名前の授業中、みんなは興味ある仕事や、行きたい高校を調べたりしてたけど、想いの欠片もない高校を、適当に調べて時間をつぶした。
小学校から中学校は何もしなくても勝手に進むことができたから、高校も同じ感じなんでしょと勝手に思っていたし、別に将来なりたいものなんて、特になかった。
「お金を稼げれば良いか」
わたしのモチベは、これくらいだった。
うちはママが5年前に離婚してる。
それからずっと、妹の冬華とママとの3人暮らし。「引越しするね」と言われてやってきたのは、錆びついてしまって今にも崩れてしまいそうな、おんぼろアパートだった。
それ以来、友達がうちに来たことはない。
「夏穂ちゃん家、行って良い?」と言われることはあったけど、適当な理由をつけて断る度に、わたしの心は疲弊していった。
ある夏の暑い日。蒸し暑くて眠ることができずに、台所で水を飲みにいった。
いつも笑顔のママが、「はあ」と小さくため息をつきながら、テーブルに置かれたノートに向かって背中を丸めていた。
『家計簿』
一瞬だけ見えたその文字は、なぜだか分からないけど妙にわたしの心を不安にさせたのを覚えている。
ママの疲れたような横顔が、そうさせたのかも知れない。
その日以来、わたしはワガママを言わなくなった。
……いや、言えなくなった。
☆
「さっきの数学さ、全然分からないんだけど」
ビリリと封を開けて、一口パンを頬張る。瑠香ちゃんが諦めたかのようにぼそりと言った。
「ね。うちも全然」
ほっとしたかのように知美ちゃんが続く。知美ちゃんは高校に入学してから仲良くなった。
12時からは昼休みになる。たった50分間しかない幸せな時間は、たいていおしゃべりで費やされて終わる。
「まあ、数学なんてさ、どうせ使わないでしょ」
「ね。製図とか、インテリアっぽいことしたいなあ~……」
インテリア科といっても、もちろん英語だって数学だって国語だってある。
入学する前まで「どうせインテリアのことだけやるんだろうなあ」と思っていたわたしは、ドンと大量に渡された教科を見て、気が遠くなっていくような気がした。
「でもさ、夏穂は頭良いからな。スゴいよねえ」
「え?」
「数学だよ、数学。テストもけっこう点数取れてるくない?」瑠香ちゃんが「いいなあ」と最後に付け加えた。
「あ、うん。そうだね……意外と好きかも」
自分でも意外だった。
中学までニガテだった数学。高校では意外とそこまでじゃなく、むしろ「楽しいかも」と心のどこかで思う時すらある。
「何、それじゃあ成績って……ひょっとして5?」
美月ちゃんが目を大きく見開くようにして、わたしに言う。
「まあ……そうだね、1年生の時はね」
「うそ!? 5!? スゴいじゃん!」
「いや、まあ……たまたまかな~?」
「どうせ工業高校だから」とわたしは思うようにしていた。褒められても、驚かれても、特にわたしの心が満たされることはない。
「ふあ~……凄い。就職の時、楽そうだねえ」
「……」
学校が発表している進路実績を見ると、ほぼ全員が就職をしていた。たまに専門学校や大学に行く人もいるらしい。
(『就職』、ねえ……)
来年の今頃。高校3年生の春には、みんな進路を確定することになるらしい。
『就職』という言葉の響きは、わたしにとってどこか遠い感じがして……ピンとこなかった。
(あと1年で、やりたいこと……見つかるのかな)
将来のことを考えると、どうしても頭の中に霧がかかったかのようになってしまう。
イメージできないというか、何というか。
(よく分からないや)
とにかくわたしには避けられない未来がある。
『お金を稼げる仕事が良いなあ』
とにかく、お金を早く稼がないと。
何の心配もなさそうな表情でパンを美味しそうに頬張る2人。わたしの目には羨ましく映るけど、ちょっとだけ心の奥底がチリチリと焼けるような感覚になった。
確か、中学2年生の時だったと思う。担任の先生の言葉を聞いても、正直何も浮かばなかったし、ピンとこなかった。
『調べ学習』という名前の授業中、みんなは興味ある仕事や、行きたい高校を調べたりしてたけど、想いの欠片もない高校を、適当に調べて時間をつぶした。
小学校から中学校は何もしなくても勝手に進むことができたから、高校も同じ感じなんでしょと勝手に思っていたし、別に将来なりたいものなんて、特になかった。
「お金を稼げれば良いか」
わたしのモチベは、これくらいだった。
うちはママが5年前に離婚してる。
それからずっと、妹の冬華とママとの3人暮らし。「引越しするね」と言われてやってきたのは、錆びついてしまって今にも崩れてしまいそうな、おんぼろアパートだった。
それ以来、友達がうちに来たことはない。
「夏穂ちゃん家、行って良い?」と言われることはあったけど、適当な理由をつけて断る度に、わたしの心は疲弊していった。
ある夏の暑い日。蒸し暑くて眠ることができずに、台所で水を飲みにいった。
いつも笑顔のママが、「はあ」と小さくため息をつきながら、テーブルに置かれたノートに向かって背中を丸めていた。
『家計簿』
一瞬だけ見えたその文字は、なぜだか分からないけど妙にわたしの心を不安にさせたのを覚えている。
ママの疲れたような横顔が、そうさせたのかも知れない。
その日以来、わたしはワガママを言わなくなった。
……いや、言えなくなった。
☆
「さっきの数学さ、全然分からないんだけど」
ビリリと封を開けて、一口パンを頬張る。瑠香ちゃんが諦めたかのようにぼそりと言った。
「ね。うちも全然」
ほっとしたかのように知美ちゃんが続く。知美ちゃんは高校に入学してから仲良くなった。
12時からは昼休みになる。たった50分間しかない幸せな時間は、たいていおしゃべりで費やされて終わる。
「まあ、数学なんてさ、どうせ使わないでしょ」
「ね。製図とか、インテリアっぽいことしたいなあ~……」
インテリア科といっても、もちろん英語だって数学だって国語だってある。
入学する前まで「どうせインテリアのことだけやるんだろうなあ」と思っていたわたしは、ドンと大量に渡された教科を見て、気が遠くなっていくような気がした。
「でもさ、夏穂は頭良いからな。スゴいよねえ」
「え?」
「数学だよ、数学。テストもけっこう点数取れてるくない?」瑠香ちゃんが「いいなあ」と最後に付け加えた。
「あ、うん。そうだね……意外と好きかも」
自分でも意外だった。
中学までニガテだった数学。高校では意外とそこまでじゃなく、むしろ「楽しいかも」と心のどこかで思う時すらある。
「何、それじゃあ成績って……ひょっとして5?」
美月ちゃんが目を大きく見開くようにして、わたしに言う。
「まあ……そうだね、1年生の時はね」
「うそ!? 5!? スゴいじゃん!」
「いや、まあ……たまたまかな~?」
「どうせ工業高校だから」とわたしは思うようにしていた。褒められても、驚かれても、特にわたしの心が満たされることはない。
「ふあ~……凄い。就職の時、楽そうだねえ」
「……」
学校が発表している進路実績を見ると、ほぼ全員が就職をしていた。たまに専門学校や大学に行く人もいるらしい。
(『就職』、ねえ……)
来年の今頃。高校3年生の春には、みんな進路を確定することになるらしい。
『就職』という言葉の響きは、わたしにとってどこか遠い感じがして……ピンとこなかった。
(あと1年で、やりたいこと……見つかるのかな)
将来のことを考えると、どうしても頭の中に霧がかかったかのようになってしまう。
イメージできないというか、何というか。
(よく分からないや)
とにかくわたしには避けられない未来がある。
『お金を稼げる仕事が良いなあ』
とにかく、お金を早く稼がないと。
何の心配もなさそうな表情でパンを美味しそうに頬張る2人。わたしの目には羨ましく映るけど、ちょっとだけ心の奥底がチリチリと焼けるような感覚になった。



