シュレディンガーの三重奏

「良いのよ。最初はみんな素人みたいなものだから。自分なりに研究して勉強するの。その日々の努力がね、社長さんや現場の人達の信頼を勝ち取っていくんだよ」
「……そっか、そうだよね。大学卒業したばっかりじゃ全然分からないもんね」
「そう。それにとにかく激務だよ。学べば学ぶほど……どんどんやることがあるからね」
「そっか。おばちゃん言ってたよ。お母さんは夜中まで働いてたって」

朝の7時前までには会社にいる。メールをチェックして、各紙新聞に一通り目を通す……生活のすべてが、仕事へと直結していた。必死になって資料を作っているうちに、気が付けば終電はとっくに過ぎていて……よくタクシーで家まで帰ってきていた。

そしていつの間にか、10人ほどいた同期は私だけになっていたな……ひろ子も、気が付けば退職願を出してたっけ。

「そうだね。充実はしていたけど……とにかく大変だったね」
「やりがいがあったってこと?」

『やりがい』……冬華の言葉に思わずはっとした。
働けば働いただけ、成果が出た。周囲のまなざしや上司の評価も順調に積みあがっていった……年俸も役職を踏むごとに同年代の人達よりも遥かにもらっていた。

今思えば、私があそこまで身を粉にして働くことができた原動力は何だったんだろう。

「子供達がいるから」と思ってはいたけれど……自尊心を満たすために、私は働いていたんだろうか。

「ふふっ……」
「何よ、急に笑い出して。私、真面目に聞いてるんだけど?」
「あ、ごめんごめん。そういうわけじゃないのよ」

急に過去のことが色々と脳裏に浮かんで、思わず笑ってしまう。懐かしさなんだろうか。……それとも。