シュレディンガーの三重奏

高校があるJR根岸駅は、わたしが住んでいる磯子駅の隣の駅。

朝はギュウギュウ詰めの超満員電車だけど、3分くらいだから……なんとか我慢できる。

「夏穂、おはよう!」
「あ、瑠香ちゃん。おはよ!」

わたし――遠藤夏穂は、今月4月から県立根岸工業高校の2年生になった。

わたしの所属しているインテリア科を含めて、全部で8つの学科は、入学から卒業までの3年間クラスが変わらない。

それぞれの学科には40人しかいないから。

1クラスしかできない。

「もう2年生だねうちら。また今年もよろしく」
「ははっ、そうだね。瑠香ちゃんと、また2年間一緒だね」
「『また』って何?」

根岸駅から学校までは、平坦な道を道路に沿って歩くだけ。たった10分ほどで着く。

妹の冬華が春から通い始めた栄ケ丘高校は、駅から30分近く坂道を上っていくらしい。

冬華に自慢できるのは、うちの学校の場所くらいしかない。

「でもさ、みんな仲が良くてラッキーだよ」
「分かる。機械科はサイアクらしいよ。梓が『3年間も一緒なんて地獄だ』って言ってたもんね。仲があんまり良くないっぽい」

瑠香が微笑みながら教えてくれた。
まるで他人ごとのように。

「夏穂、今年は良いことあるといいねえ~」
「え? 何が?」
「またまた。まあ、まだあと2年間あるからねえ」
「だから、何がってば」

瑠香は同じ中学校からの友達だけど、交友関係などを含めたゴシップネタが大好きだ。

昔、ネットニュースで『パパラッチ』についての記事を見た時に、「ああ、これ瑠香じゃん」と思ったくらいだった。

「誠くんだよ、誠くん。今年こそは~って思ってるんでしょ?」

インタビューでもするかのように、瑠香がわたしを覗き込み、にやにやした顔で見つめてくる。

「はあ? まあ……別に。別に気にしてないよ」
「またまた。まあ、ゆっくりいけば~?」

渡辺誠くん。

去年クラスが一緒になって「カッコ良いな」と思ったた。

一目ぼれだった。

うちの高校は工業高校だから、どの学科もほとんど男子。

でもインテリア科は唯一といっていいほど、女子が多い。男子は10人しかいない。

「渡辺くん狙ってるヒト。他にもいるのかな。夏穂以外に」
「『狙ってる』って……。別に狙ってなんかないよ」

瑠香ちゃんは優しいし気配りもできてスゴイなって思うけど、たまに「なんで!?」って思うほどデリカシーがないことに驚く。

……だいたい恋バナしてると、発動するっぽい。

3年ほど友達をやってきて、最近ようやく分かってきた。



「おはよー!」
「あ、おはよ」

新学期の教室は、なんだかざわついている感じがして落ち着かない。

いたるところから聞こえてくる挨拶が耳に入ると、どうしても「今年は何か良いことありますように」ってわたしには聞こえてしまう。

朝、瑠香ちゃんがわたしにいつも以上に絡んできたのには、理由があった。

それは……成功したから。

新学期に入って初めての席替え。

一昨日の席替え。

誠くんの隣になっていたから。

教室の一番後ろの席で、わたしは授業に集中できずに、ずっとドキドキするようになっていた。