ここ何年か、夏がまったく終わらない。
衣替えの季節になっても、長袖を着ることなんてできずに、寝る時は窓を開けて網戸にしている。
「大学」といっても、学部や学科など色々あるらしいことは分かった。でも、大学にまで行く必要があるのか。大学を卒業したら、大学に行かない人と何が変わるのか。
(そうか、学校の先生に聞いてみるのも良いかも……)
ムシムシして寝苦しい布団の中で、答えの出ない問題をずっと考えているような感覚になっていた。
(はあ)
暗い部屋の端。台所から一筋の灯りが入り込んでいる。どうやらリビングの電気はまだ点いているらしい。
悶々と考えるのに、ちょっと飽きてきたわたしは一息つくためにフスマを開けた。
(あ、ママか)
スッと開けたフスマの音に気付いたママが、チラリと私に目線を向ける。いつもと同じノートを見ながら、何かを書いている途中だったらしい。
「寝れないの?」
「いや、暑くて」
「そう」
わざとらしく冷蔵庫を開けて、飲みたくもない麦茶を取り出す。なぜか緊張しながら、ママの向かい側に腰を下ろした。
「ねえ」
「ん? 何」
「ママってさ、体調……悪いの?」
狭いリビング。聞こえているはずのわたしの声。もう一度聞いてみようかと思ったけれど、麦茶を飲みながらしばらくママの返事を待った。
「……ふう」
眼鏡を外して、ゆっくりとノートを閉じる。やっぱりわたしの声はママに届いていた。
「ひろ子から聞いたんでしょ?」
「……うん」
「まったく」
「そんな……わたしが聞いたんだよ。ひろ子おばちゃんは悪くないってば」
「……そういう意味じゃないわよ」
ママは小さく「ふう」と息を吐き出すと、さっきのわたしと同じように冷蔵庫を開けた。
「ちょっと自律神経がやられてるのよ」
「なにそれ」
「ちょっと息がしずらい時があったりする感じかな」
「……え? 大丈夫なの?」
冬華にバレないようにするためなのか、ゆっくりと静かに戻ってくるママ。
「5年前かな。忙しかったからね。あの時は大変だったけど……もうだいぶ良いよ。仕事だってできてるでしょ?」
「……まあ、そうだけど……」
わたしには分からない。本当に大丈夫なのかも。ママが本当のことを言ってくれているのかも。ひろ子おばちゃんが「大丈夫」と言っていたから、それを信じるしかない。
「たまにキツい時はあるけどね。ちょっと休めば大丈夫かな」
「うん……」
「ママだって自分の体のことだから。ちゃんと考えてるから。心配してくれるのは嬉しいけどね」
「……」
「何? これじゃ不満?」
ママはいつも余裕があるように振る舞う。
「そういうわけじゃないけどさ……たまにきつそうな時があったなあって思って」
「そうね、たまに症状が出るけどね。入院したり手術したりするような感じじゃないわよ」
「そっか。それなら良いけど」
少し口元が緩んで、微笑んでくれたような気がした。いったいママは何を考えていたんだろう?
「それより」
「……え?」
「夏穂は卒業したらどうするつもりなの」
心臓をぎゅっと握られたような感じだった。ひろ子おばちゃんから話を聞いて、ママのことが心配だったけれど……わたしが心配されてるなんて。
「……え? ……まだ考えてないよ」
「そう?」
「そうだよ」
「ふぅん」
何か言いたげにじっと麦茶の入ったコップを見つめるママ。部屋はしんとしている。
「夏休みもバイト増やしていたから。何かしたいのかなって思うじゃない」
「……」
「あなたは昔から分かりやすいからね」
そういうとママはニコリと笑った。ママの笑顔はわたしを昔から安心させてくれる。
「……大学」
「大学?」
「そう。最近さ、大学っていうところに興味あって」
「そっか」
「決めたっていうか……行きたいってわけじゃないんだよ? クラスの人が大学の話をしてて。その人の話を聞いてたら、わたしも興味出てきただけっていうか……」
「なるほどねえ。どこまで調べてるの?」
「全然だよ。その人は『推薦が~』って言ってて、それについて調べてるくらい」
また静けさが戻ってきた。
思わぬタイミングでママにバレてしまった。わたしは荒れた呼吸を落ち着かせるのに精一杯だった。
衣替えの季節になっても、長袖を着ることなんてできずに、寝る時は窓を開けて網戸にしている。
「大学」といっても、学部や学科など色々あるらしいことは分かった。でも、大学にまで行く必要があるのか。大学を卒業したら、大学に行かない人と何が変わるのか。
(そうか、学校の先生に聞いてみるのも良いかも……)
ムシムシして寝苦しい布団の中で、答えの出ない問題をずっと考えているような感覚になっていた。
(はあ)
暗い部屋の端。台所から一筋の灯りが入り込んでいる。どうやらリビングの電気はまだ点いているらしい。
悶々と考えるのに、ちょっと飽きてきたわたしは一息つくためにフスマを開けた。
(あ、ママか)
スッと開けたフスマの音に気付いたママが、チラリと私に目線を向ける。いつもと同じノートを見ながら、何かを書いている途中だったらしい。
「寝れないの?」
「いや、暑くて」
「そう」
わざとらしく冷蔵庫を開けて、飲みたくもない麦茶を取り出す。なぜか緊張しながら、ママの向かい側に腰を下ろした。
「ねえ」
「ん? 何」
「ママってさ、体調……悪いの?」
狭いリビング。聞こえているはずのわたしの声。もう一度聞いてみようかと思ったけれど、麦茶を飲みながらしばらくママの返事を待った。
「……ふう」
眼鏡を外して、ゆっくりとノートを閉じる。やっぱりわたしの声はママに届いていた。
「ひろ子から聞いたんでしょ?」
「……うん」
「まったく」
「そんな……わたしが聞いたんだよ。ひろ子おばちゃんは悪くないってば」
「……そういう意味じゃないわよ」
ママは小さく「ふう」と息を吐き出すと、さっきのわたしと同じように冷蔵庫を開けた。
「ちょっと自律神経がやられてるのよ」
「なにそれ」
「ちょっと息がしずらい時があったりする感じかな」
「……え? 大丈夫なの?」
冬華にバレないようにするためなのか、ゆっくりと静かに戻ってくるママ。
「5年前かな。忙しかったからね。あの時は大変だったけど……もうだいぶ良いよ。仕事だってできてるでしょ?」
「……まあ、そうだけど……」
わたしには分からない。本当に大丈夫なのかも。ママが本当のことを言ってくれているのかも。ひろ子おばちゃんが「大丈夫」と言っていたから、それを信じるしかない。
「たまにキツい時はあるけどね。ちょっと休めば大丈夫かな」
「うん……」
「ママだって自分の体のことだから。ちゃんと考えてるから。心配してくれるのは嬉しいけどね」
「……」
「何? これじゃ不満?」
ママはいつも余裕があるように振る舞う。
「そういうわけじゃないけどさ……たまにきつそうな時があったなあって思って」
「そうね、たまに症状が出るけどね。入院したり手術したりするような感じじゃないわよ」
「そっか。それなら良いけど」
少し口元が緩んで、微笑んでくれたような気がした。いったいママは何を考えていたんだろう?
「それより」
「……え?」
「夏穂は卒業したらどうするつもりなの」
心臓をぎゅっと握られたような感じだった。ひろ子おばちゃんから話を聞いて、ママのことが心配だったけれど……わたしが心配されてるなんて。
「……え? ……まだ考えてないよ」
「そう?」
「そうだよ」
「ふぅん」
何か言いたげにじっと麦茶の入ったコップを見つめるママ。部屋はしんとしている。
「夏休みもバイト増やしていたから。何かしたいのかなって思うじゃない」
「……」
「あなたは昔から分かりやすいからね」
そういうとママはニコリと笑った。ママの笑顔はわたしを昔から安心させてくれる。
「……大学」
「大学?」
「そう。最近さ、大学っていうところに興味あって」
「そっか」
「決めたっていうか……行きたいってわけじゃないんだよ? クラスの人が大学の話をしてて。その人の話を聞いてたら、わたしも興味出てきただけっていうか……」
「なるほどねえ。どこまで調べてるの?」
「全然だよ。その人は『推薦が~』って言ってて、それについて調べてるくらい」
また静けさが戻ってきた。
思わぬタイミングでママにバレてしまった。わたしは荒れた呼吸を落ち着かせるのに精一杯だった。



