お姉ちゃんに会いに行くのも、良いかも知れない。
ちょうど1週間程度、仕事のスケジュールが空いていた私は、久し振りに横浜をぶらつくことに決めた。
大分県で暮らしている私は、ほとんど別府か大分市内でしか移動がない。仕事は全部オンラインで完結してしまうから。
まさか自分が九州に移住して、しかも自分一人で完結する仕事を黙々とこなしているなんて……高校生の時に自分が見たら、何て思うんだろう。
最初航空会社のサイトを開いて、早朝のフライトを探したけれど、思い立った私は駅の窓口でグリーン車のチケットを購入した。
もう49歳だし。
タイパを重視する生き方は、少し疲れたなと思った。
中学生や高校生の時、修学旅行で行ったことのある広島や奈良、大阪や愛知。窓からの景色を、少しずつ忘れ始めてしまったから。
お昼過ぎに横浜エリアに入ることができるプランで家を出て、お姉ちゃんとは磯子駅のファミレスで落ち合うことに決めた。
磯子駅は、横浜駅から15分くらいで着くベッドタウンの小さな駅。高校生まで磯子で暮らしていた私にとって、苦い記憶もたくさんある場所だった。
あれだけ「こんな小さな場所には居たくない」と飛び出した場所なのに、到着すると温かい記憶が出迎えてくれたような気がしたのは、とても不思議だった。
☆
「何でそんなに少ないのよ」
アイスコーヒーが飲みたいと言っていたのに、いざドリンクバーで入れていた量は、半分あるかないかくらいの量だった。
「飲みすぎは良くないのよ。自律神経に」
「……そうなんだ」
久し振りに見たお姉ちゃんは、雰囲気が何だか丸くなった気がした。10年前に会った時も、それは感じたけれど、一層優しさを帯びているような。
『社内のエース』と呼ばれていた時のお姉ちゃんの顔を、もう私は思い出すことができない。
「医学的な根拠はないっぽいんだけどね」
「ははっ、『エビデンス』『エビデンス』って連呼してたのが懐かしいじゃん」
「あら、そんなこと、あったっけ?」
切り離されたかのような過去を思い出して2人で笑った。
「でもさ、だいぶ体調良さそうだね」
「まあ……そろそろ5年経つし。ほぼ日常生活じゃ症状は出ないかな」
「そう。良かったね。働き過ぎたんだろうね」
「……ね。限界超えてたのかもね」
お姉ちゃんは東京大学をずっと目指していたけれど、高校3年生に上がる春に、私立大学にシフトチェンジした。
高校に入学してから、ずっと目標にしていて、結果もそれなりだったけれど……理由は聞かなかった。
文系とはいえ、レベルも高いし学費も高い大学だったから、お姉ちゃんなりに散々悩んでのことだったんだと思う。
「冬ちゃん。栄ケ丘受かったんでしょ?」
「うん。まあ、これからが大変だと思うけどね」
「そうだね~。でも、先ずはおめでとうだね。全然会ってないからさ。私」
「夏穂も冬華も、あんたのこと大好きだからね。喜ぶと思うよ、今日」
「本当? そうだと良いけどなあ」
「自律神経失調症になった」とお姉ちゃんから聞いたのは、5年前くらいだった。
その前から離婚することも聞いていた私は、色々溜まったものが出てきたのかなと思った。
相当心配したけれど「何とかなるから大丈夫」と電話で言われて、横浜に帰ってくるのは止めていた。
「でもさ、大変だったんじゃないの?」
「何が?」
「自律神経失調症、って言うの?」
「まあ……当初は大変だったね」
「知っているの? 2人とも」
「いや、言ってない。離婚もしたばかりだったからね。心配かけたくなくて」
今になれば何とでも言えるけれど、「お姉ちゃんらしいな」と私は思った。
「仕事は? どうしてるの」
「家の近くのスーパーで、パートしてるよ」
「お姉ちゃんが!?」
「いつ苦しくなるか分からないしね。あの時は電車も乗れなかったから」
「ええ……そうなんだ……」
5年間の重みを物語るかのように、お姉ちゃんが笑うと、目尻にシワが増えていたような気がした――。
ちょうど1週間程度、仕事のスケジュールが空いていた私は、久し振りに横浜をぶらつくことに決めた。
大分県で暮らしている私は、ほとんど別府か大分市内でしか移動がない。仕事は全部オンラインで完結してしまうから。
まさか自分が九州に移住して、しかも自分一人で完結する仕事を黙々とこなしているなんて……高校生の時に自分が見たら、何て思うんだろう。
最初航空会社のサイトを開いて、早朝のフライトを探したけれど、思い立った私は駅の窓口でグリーン車のチケットを購入した。
もう49歳だし。
タイパを重視する生き方は、少し疲れたなと思った。
中学生や高校生の時、修学旅行で行ったことのある広島や奈良、大阪や愛知。窓からの景色を、少しずつ忘れ始めてしまったから。
お昼過ぎに横浜エリアに入ることができるプランで家を出て、お姉ちゃんとは磯子駅のファミレスで落ち合うことに決めた。
磯子駅は、横浜駅から15分くらいで着くベッドタウンの小さな駅。高校生まで磯子で暮らしていた私にとって、苦い記憶もたくさんある場所だった。
あれだけ「こんな小さな場所には居たくない」と飛び出した場所なのに、到着すると温かい記憶が出迎えてくれたような気がしたのは、とても不思議だった。
☆
「何でそんなに少ないのよ」
アイスコーヒーが飲みたいと言っていたのに、いざドリンクバーで入れていた量は、半分あるかないかくらいの量だった。
「飲みすぎは良くないのよ。自律神経に」
「……そうなんだ」
久し振りに見たお姉ちゃんは、雰囲気が何だか丸くなった気がした。10年前に会った時も、それは感じたけれど、一層優しさを帯びているような。
『社内のエース』と呼ばれていた時のお姉ちゃんの顔を、もう私は思い出すことができない。
「医学的な根拠はないっぽいんだけどね」
「ははっ、『エビデンス』『エビデンス』って連呼してたのが懐かしいじゃん」
「あら、そんなこと、あったっけ?」
切り離されたかのような過去を思い出して2人で笑った。
「でもさ、だいぶ体調良さそうだね」
「まあ……そろそろ5年経つし。ほぼ日常生活じゃ症状は出ないかな」
「そう。良かったね。働き過ぎたんだろうね」
「……ね。限界超えてたのかもね」
お姉ちゃんは東京大学をずっと目指していたけれど、高校3年生に上がる春に、私立大学にシフトチェンジした。
高校に入学してから、ずっと目標にしていて、結果もそれなりだったけれど……理由は聞かなかった。
文系とはいえ、レベルも高いし学費も高い大学だったから、お姉ちゃんなりに散々悩んでのことだったんだと思う。
「冬ちゃん。栄ケ丘受かったんでしょ?」
「うん。まあ、これからが大変だと思うけどね」
「そうだね~。でも、先ずはおめでとうだね。全然会ってないからさ。私」
「夏穂も冬華も、あんたのこと大好きだからね。喜ぶと思うよ、今日」
「本当? そうだと良いけどなあ」
「自律神経失調症になった」とお姉ちゃんから聞いたのは、5年前くらいだった。
その前から離婚することも聞いていた私は、色々溜まったものが出てきたのかなと思った。
相当心配したけれど「何とかなるから大丈夫」と電話で言われて、横浜に帰ってくるのは止めていた。
「でもさ、大変だったんじゃないの?」
「何が?」
「自律神経失調症、って言うの?」
「まあ……当初は大変だったね」
「知っているの? 2人とも」
「いや、言ってない。離婚もしたばかりだったからね。心配かけたくなくて」
今になれば何とでも言えるけれど、「お姉ちゃんらしいな」と私は思った。
「仕事は? どうしてるの」
「家の近くのスーパーで、パートしてるよ」
「お姉ちゃんが!?」
「いつ苦しくなるか分からないしね。あの時は電車も乗れなかったから」
「ええ……そうなんだ……」
5年間の重みを物語るかのように、お姉ちゃんが笑うと、目尻にシワが増えていたような気がした――。



