シュレディンガーの三重奏

『食品担当、遠藤さん』
『お客様カウンターにお願いします』

店内に流れる平成の音楽に遮られるように、私の名前がアナウンスされると、段ボールを一旦隅に置いてカウンターへと急ぐ。

「ああ、遠藤さん。お中元でちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「お中元ですか? どうされました?」
「ほら、去年色々と見本が置いてあったじゃない。今年はいつからなの?」

地域密着型のスーパーだからか、お客さんは知った顔が多い。

私も『店員さん』ではなく、『遠藤さん』と呼ばれる。

「6月からですかね。お見本設置するのは」
「そう。じゃあまだ置いてないのね」
「はい、すいません」

作ったような笑顔で、軽く頭を下げる。そして私は段ボールの場所へと戻っていく。

(あー、もう4時になるのか)

朝の9時から夕方の5時まで。日曜を除いて、週5回。

これが今の私の労働時間になっている。

(今日は夏穂のアルバイトも無いし……ハンバーグにしようかな)

夕食に必要な食材を考えながら、定時に向けて最後の品出しを行う。

スーパーで働いていて唯一恵まれているなと思うのは、必要な食材を仕事の後に買って帰ることができるくらいかも知れない。

「お疲れ様です」

夕食時に向けて、徐々に混みだしてきた店内。社員の人に挨拶をしてから、玉ねぎとひき肉を手にすると、私はレジに並んだ。

(さて)

地域の中核スーパー。

歩いて7~8分で辿り着くこの場所で、働き出してからそろそろ5年が経とうとしていた。

「遠藤さん、お疲れ様」
「はい、お先に失礼します」

カバンの中に玉ねぎとひき肉を押し込むように入れて、レジ担当の坂巻さんに笑顔を送る。

(帰るか)

少しずつ日が延びてきた4月の夕方は、まだまだ桜が綺麗。穏やかな春風が、ふわりと駐車場全体に吹き込んできていた。



「あ! 今日ハンバーグじゃん~! やったね」
「久し振りだからね。ハンバーグにしたよ」
「やっぱり分かってるなあ、ママは」

そう言うと、跳ねるように部屋に戻っていく。夏穂は今月から高校2年生になった。

明るくて社交的だけれど、もうちょっと人の気持ちを先に考えてからしゃべると良いのにと思うこともある。でも、良く周りを観察してる子だなと思う。

「夏穂、そろそろできるから。お皿用意して」
「はあ~い」

反抗期というような反抗期も無く、気が付けば高校2年生になっていた。という感じだ。

「ハンバーグかあ。どのお皿が良いかな~」
「……別にいつもと同じで良いでしょ」
「ははっ、そうだね」

この5年、6年色々あったけれど、夏穂のこの性格に随分と助けられたなとも思う。

「夏穂、冬華呼んできて。ご飯だから」
「はあい」



「冬華! 合格おめでと~!」
「……何回目? もう良いよ。聞き飽きたって」

冬華に覆いかぶさるように笑う夏穂。それとは対照的にしらけている冬華。姉妹なのに、ここまで違うんだなと、食卓を囲むたびに、私は思う。

「ねえ、ハンバーグ残すならさ、わたしに頂戴よ」
「お母さん、こいつ、ウザいんだけど……何とかしてよ」

フライパンの中に、まだハンバーグがあることを知っているはずなのに、冬華にねだる夏穂。彼女らしいなと思う。

「あっちにあるじゃない。あっちの食べなさいよ」

フライパンを指さすと、「面白く無い」という顔をする。私にとってみれば可愛らしいけれど、きっと冬華はこういうところがダルいと感じているんだろうなとも思う。

「で? 冬華はもう慣れた? 高校」
「うーん。まあ。友達もいるしね」
「そう。確か中学同じ子だったっけね」
「愛梨と千景。千景は隣のクラスだけど」

冬華と話をしていると、「大人っぽいな」と感じる瞬間もあるけれど……同時に「まだまだ子供だな」と思う瞬間もある。

考え方が私と似ているなと思う時すらある。

……きっとこの先、苦労するのかも知れないな、とも。

「やっぱり冬華のハンバーグが良いなあ~」
「おい! ホント止めてくれない? 近寄らないでよ!」

言い合いをしている2人を見ていると

「根っこの部分は同じなんだよな、小さい頃から」と、私は毎日思っている。