シュレディンガーの三重奏

どれもこれも、やっぱり駄目だ。

ぼんやりと窓の外を眺める。丘の上にある学校からチラリと見える海は、いつもとはちがって、切り取られた写真のように遥か遠くに見える。

帰りのホームルームの後、放課後のC組は悲喜こもごも。

喜びの声をあげる人たちとは別に、私の所属は『悲』のグループだった。

(……予想以上じゃん)
(何よこれ)

「先月の模試の結果。ネットで見れるから」と、さっき先生がQRコードが載っているプリントを配布した。私はスマホで自分の結果を見てしまった。

(家で見れば良かった)

お尻が椅子にへばりついてしまっていて、なかなか腰を上げられない。

「どうだった?」
帰り支度を終えて、愛梨が近づいてきた。表情はいつもと変わらない。

「……どうって。全然だよ」
「そう。まあ、まだ1年生なんだから。とりあえず帰ろうよ」
「うん」

家に向かう人。部活に行く人。いつもは割と早く放課後は静かになるのに、今日はまだまだたくさんの人が残っていた。

「駄目だった。低い」とか言っている声が聞こえてくるけれど、表情はなぜかちょっと楽しそうにしている人が多い。

私には不思議でたまらない。

表情を変えることなく、私は愛梨と教室を出た。

「……マジ、どうしよう。悪すぎる」
愛梨から聞かれる前に、私は言った。

「まだ1年生なんだから。そんなに気を落とすことないじゃん」
「まあ、そうなんだけど」

C組は3階にある。下り階段なのに、いつもより足が重たく感じる。

「愛梨は? どうだったの」
「私? 私はフツー」
「『普通』って……。愛梨の普通は私からしたら、凄いからなあ」
「まあ、相対的なものだからね。評価はそれぞれってことで」

昇降口を出て左に曲がると、グラウンドからは勢いのある声が飛び交っている。

「ね、冬華さ」
「何?」
「私、塾に行こうと思ってるんだけど、一緒に行かない?」
「えー……塾?」
「そう。横浜駅にあるんだよ」

忙しそうにしているお母さんに向かって、あいつが「塾に行かせてよ」と言っていた絵が急に浮かんできた。

あの時お母さんは何て思っていたんだろう。

中3が行く塾って、高いのかな。

「横浜駅? 逆じゃん。家と」
「まあね。でもそんなに遠くなくない?」
「まあ……」

学校があるJR山手駅から横浜駅は、家と逆方向になる。愛梨の言う通り、10分ちょっとで着くけれど、断るには十分な理由かなと思う。

「だって、あっち側から行くんでしょ?」

いつもは磯子駅に向かう電車を待つホーム。目の前には、横浜駅に向かう電車がくるホームがある。

「そうだよ」
「遠いよ」
「……そっか。まあ、気が向いたら言ってよ」
「うん。ありがと。とりあえず今は良いかな」

キュルキュルと音を立てながら、横浜方面に向かう電車がホームに入ってきた。あまり乗ったことのない電車には、いつもと違う雰囲気が漂っているように見える。

(はあー……)
「あの電車に乗って横浜に行くためには、一体いくら必要なんだろう」と、動き出す電車を見つめながら、私はぼんやり考えた。



家に帰ってきてから、制服のままベッドに寝転がる。お母さんがいると「シワができる」と怒られるから、今の時間だけ。

『大学受験 塾 費用』

スマホで検索してみると、たくさんのサイトが出てくる。その中で『費用』とタイトルに書いてあるサイトを、上から順番に開いてみた。

(は?)

胸の辺りが一気に冷たくなった。心臓に氷を突っ込まれているような感じだった。

(何? ……こんなにするの?)

『ただし、塾によって大きな開きがあります。詳しくは資料請求を……』

冗談でもお母さんに言えるような金額じゃなかった。

サイトに書いてある文字も、まったく頭に入ってこない。急に悲しくなって、スマホのタブを閉じた。

(お金がないと、塾にも行けないじゃん……)

「塾に行こうと思う」と言っていた愛梨の顔が浮かんできたけれど、心の中がざわつくことはない。

(どうしよう)

私の心にずっと渦を巻いてたのは『どうしたら良いんだろう』という言葉だった。