シュレディンガーの三重奏

どうして私は栄ケ丘高校を目指していたんだっけ?

中学生の時、千景や愛梨には全然かなわなかったけれど、点数も取れていたし、順位も良かった。

勉強に対して自信もあった。「何でみんな、こんな簡単な問題が解けないんだろう」と思った時もあった。

「これくらいの成績なら、栄ケ丘高校を目指すと良いかもしれないですね」

そうだ。中3の春にやった三者面談。先生から言われたんだった。

「そんなあ」ってお母さんが照れたように笑っていたのを、なぜだか急に思い出した。

「私の行く高校なんだけど」って、その時思ったんだ。

看護師になるなら国公立大学の方が安いけれど……死ぬほど難しいっていうことも調べた時に知った。

思い出した。

一番レベルの高い高校に行ければ、そのまま、難しい大学にも行けるって思ってたんだ。

……心のどこかで。

「浮かない顔してるねえ~、冬華ちゃん」
「……え?」

気が付かなった。隣のクラスから千景がきていたらしい。

「あっ、千景じゃん……」
「心ここにあらずって感じじゃん。何かお悩み? もしかして、さっそく青春してるとか」
「……違うよ」

いつの間にか、ぼんやりとしていた。

休み時間。中学校以上に賑やかで、男女の仲も良い。

まるで小学校からずっと友達だったかのように、みんなで話もよくする。

中学の時は、割とスカした感じの男子が多かったから、入学後にビックリした。もう慣れたけど。

自由だし、仲も良い。栄ケ丘高校の倍率が高い理由の一つらしかった。

「じゃ、何よ。そんな考えごとしちゃって。冬華らしくない」
「まあ……ねえ」
「当ててあげようか。なんであんたが悩んでるのか」
「……え?」

わざとらしく腕を組みながら、「うー」と低くうなる。指を眉間に当てながら、千景は眉をひそめた。

(ひょっとして、分かるのかな)

「分かった! 降りてきました!」
「え? ……何?」

「……恋。あなたが悩んでいるのは恋ですね?」

ひと呼吸ためて、千景が言った。後ろで愛梨が必死に笑いをこらえているのが視界に入る。

「……話にならないね」
「え? 外れた? 恋じゃないの? ねえ」
「もう、面倒くさいんだけど」

千景は悲しそうな顔を作って後ろを向いていた。大げさに両手を広げながら。

「いや、マジな話さ、何なのよ。どうした?」
ガタンを音を立てて、愛梨もやってきた。千景をぎゅうと抱きしめながら、私をじっと見つめる。

「……模試」
「模試?」
「そう。死んだ」

「はあ?」といわんばかりの表情で、愛梨と千景は顔を合わせた。

「全然できなかったから。模試」

先週、高校に入学して初めて模擬テストを受けた。全国模試らしい。

年に何回かあるらしく、全国偏差値も出るって先生が言っていた。この偏差値で、行ける大学がだいたい分かるとも。

「あんた、先週の模試でそこまでぼんやりしてたの?」
「そうだよ」
「はあ? まだ1年生なのに?」
「全然できなかったもん」

英語、数学、国語の三教科しかないのに。
まだ入学して間もないから、テスト範囲だって狭いのに。

本当に全然できなかった。

時間がどれだけあっても、正直全然分からなかった。

「そっか、そっか。もっと勉強しようねえ。冬華ちゃん」
ちょっと小バカにされたような気がして、私は少しイラっとした。

「そうだ。遥人くん」
急に小声になって、千景が視線を廊下のほうに移す。

「遥人くん……? ああ、田上くんか」
「そう。ウワサなんだけど、数学もしかしたら満点かもって」

頭をガツンと叩かれたような衝撃で、倒れそうになる。

満点かも? あの問題で?

「まあ、ウワサだよ? 本当かどうか知らないよ。聞いただけ」
いたずらに千景が笑いながら言う。あまりの衝撃で、イライラするのも忘れていた。

いや、むしろ……。

(私、行けるのかな……国公立大学)

自分に見合っていない希望を持っているのか。

入る高校を間違えたのか。

そもそも、そういう問題じゃないのかも……。

まだ入学したばっかなのに。

恋なんてしてる場合じゃないんだよ。

また大きなため息をついてしまった。