シュレディンガーの三重奏

「でもさあ、良かったよねー同じクラスでさ」
「そうだね。最初知ってる人がいるのと、いないのじゃ全然違うしね」

学校があるJR山手駅から、坂道を10分ほどかけて上る。

愛梨と私は、同じC組だった。千景だけが一人、違うクラスになってしまった。

「ね、部活何か入るの? 冬華」
「うーん。ちょっと考え中」
「入るか入らないかを?」
「クッキング部にしようかなってところで、悩んでるんだよね」

受験前に息抜きで見ていた掲示板。そこで誰かがクッキング部のことを書いていた。

「友達は作りたいけど、そこまでハードに部活をしたくない人にお勧め」って書いてあった。

「へえ……クッキング部か」
「何よ。何か変?」

栄ケ丘高校までの坂道。入学してちょっと経つから、だいぶ慣れてきたけれど、前かがみにならないと、上るのはまだまだキツイ。

しゃべりながらだと、なおさら息が上がる。

「いや、冬華って『バレー部のマネージャやろうかな』とか言ってなかった?」

頑張って出していた足が、一瞬止まりそうになってしまった。

(覚えてたんだ)

「そうだっけ。そんなこと言ってたっけ?」
「中2の頃、言ってたような気がしたけどな。勘違いかな」

何かを察してくれたのか、それとも気付いていないのか分からないけれど……愛梨はそれ以上深くツッコんでこなかった。

「何か、楽みたいだから。クッキング部。週2回くらいらしいし。ちょうど良いかなって」
「……ふうん。そっか」
「愛梨は? 愛梨もクッキング部に入る?」

10分も続く坂のラストは、一気に勾配が急になる。一本道を上り切れば、そこで終わり。

正面に見える小学校がゴール。

「迷ってんだよね。部活」
「そうなんだ。でもさ、ヒマじゃない?」

私たちは「はあ」と大きく息を吐いて、平坦な道を右へと曲がる。このまま10分ほど歩けば、ようやく学校に到着する。

「本当は入りたいんだけどなあ~……」
「じゃ入れば良いじゃん」

ほとんど桜は散り終わり、いたるところで、次の新緑の準備をしているように見える。

ふわっと風に乗って、緑の匂いが漂ってくる。

「勉強、しないとなあって」
「……」

胸がズキンと痛む。

「塾とか、まだ早いような気がするけど……入った方が良いのかなとか」
「……塾かあ」
「うん。できたら地方じゃなくて、東京の国公立大学に行きたいんだよね」
「国公立、難しいもんね」
「そう。冬華もでしょ? 看護師になるって言ったじゃん。変わったの?」

愛梨はスゴイ。

私なんかよりも、全然勉強ができるのに……将来のことを、すでに考えてるらしかった。

何気なく口にしている愛梨の言葉。私は一つ一つ……全部、胸にナイフのように突き立て
られているように、痛い。

グサグサくる。痛い。

「え? 変わってないよ。看護師良いなって思ってるよ」

くしゃっと笑うので、精一杯だ。

愛梨が納得するような、感心するような答え、私の中にはまだないよ。

「そっか。看護師もレベル高いもんね」
「……うん。国公立大ならね」

「あ、もうこんな時間じゃん! 急ごう冬華!」

スマホをチラリと見た愛梨は、急に表情を変えて走る体勢になった。

「え? ……あ、本当だ。ヤバっ」

校門から昇降口までの直線を、乾いた音を響かせながら

私たちは息を切らしながら、全速力で走った。

乱れた髪を、必死で押さえつけながら――。