青春とやらに君と道連れ

 あれから2日後。円城寺はついにシナリオを仕上げてしまった。今日は8月1日。円城寺の予定通り、8月初日からクランクインと相成ったわけだ。

「雨森くんに共有してもらったバイトのシフトを見て、撮影予定を組んでみた。これ、スケジュールと台本を1冊にまとめたヤツ。はい、雨森くんの分」
「え、これ円城寺くんが作ったの? マメだね」

 手渡されたのは、A4サイズの紙が数枚綴られたものだ。1枚目の下のほうにオレの名前、それから真ん中には動画のタイトルと思われるものが印刷されている。

「“この夏は君に還る”……」
「いいタイトルつけられたと思ってるんだけど、どう?」
「うん、かっこいい感じする」
「えー、それだけ?」
「う、ごめん……多分意味が分かってない」
「まあそうだよな。全貌は言ってないし、それにも書いてないし」
「え? これ台本なんだよね?」
「そうだよ。ラストシーンだけない台本」
「ええー……」

 アイディアを求められた時にラストを隠されたのは、百歩譲ってまだ分かる。お楽しみに取っておいた、というところだろう。でもさすがに、今日から撮影をはじめるなら教えてくれたっていいのに。

 でも、なにを言ったところで教えてはもらえなさそうだ。円城寺は頑固な時があるから。諦めてページを捲っていく。

「うわ……花火、プール、ゲーセン、海……?」
「夏に遊ぶところと言えば、ってのをリストアップしてみた」
「え、これ全部やるの?」
「もちろん。雨森くんの希望があったら足せるけど、なんかある?」
「いや、もうお腹いっぱいです……」

 どれひとつとっても、オレには未知なるものばかりだ。もちろん花火だとかゲーセンだとか、見たこともやったこともないってわけじゃない。家族と、もしくはひとりでしか経験がないのだ。

 これをカメラの前で演じる? 青春をテーマに、このオレが? 今からでもキャスト変更をしたほうがいいのではないだろうか。途端に不安でいっぱいになってくる。元々持ってなんかいなかったけど、完全なる自信喪失だ。

「あのさ、円城寺くん……これ、オレじゃないほうがいいんじゃないかな」
「ん? なんで?」
「だって……オレ、絶対に上手くやれない」
「ああ。それなら平気。上手くやってほしいなんて、そもそも思ってない。てかよく見てよ、セリフだってないから」
「え……え!? ほんとだ……」

 言われてみて改めて確認すれば、たしかにセリフらしきものは見当たらない。

「基本的に、セリフはテロップで入れようと思ってる。あと、ラスト付近で実際に言ってほしいものもあるけど……まあそれはその時に伝えるから」
「無声映画みたいなこと?」
「BGMはつけたいから、ちょっと違うけどな。とりあえず、深く考えず、雨森くんにはただ楽しんでほしい」
「ただ楽しむ……」

 そうは言っても、やっぱり自信はない。楽しみ方なんて分からないし。でも、ひとつだけ信じられるものがあるな、と思い至る。この一週間強、テーブルを挟んだ向こうにあった、円城寺の顔だ。パソコンにかじりついて、目の下にクマまで作って、持てる情熱を全て注ぎこんでいたと思う。そうやってできたシナリオを、オレとやりたいと言ってくれているのだ。

 どこまでも付き合ってみるか。なんせ、共犯者の言うことだから。

「どうなっても知らないよ? むすっとして楽しい顔できないかも」
「そこは俺の手腕にかかってるだろうな。問題ない」
「……ん、わかった。うだうだ言ってごめん。よろしく」
「おう、よろしく」

 それからオレたちは、夏と青春でイメージの湧く場所へ片っ端から出かけた。

 横浜で行われる大規模な花火大会は見たこともない人出で、移動するだけでひと苦労だった。それでも夜空を埋めつくすような花火は、言葉を失うほどに見惚れてしまった。

 水泳は得意じゃないから、海に行くのはどうにも渋ってしまった。そんなオレに、円城寺は泳がなくたっていいんだよ、と言った。目からウロコの発言だった。実際に泳ぎはせず水着で膝まで海に入って、レジャーシートの上で焼きとうもろこしやかき氷を食べた。サンダルに張りつく砂粒に文句を言いあうだけでも、海をちょっと好きになることができた。

 円城寺は移動中も含め、常にスマートフォンで動画を回している。驚くことに、普段使っているものとは別で撮影用に購入したものらしい。最新機種より数世代前の型落ちもので、画質に味があるとかなんとか。しかも、充電が持たないかもしれないからと3台用意している。相変わらず金の使い方が豪快すぎて引いてしまったけど、言いはしなかった。

 ちょっとした言い争いが起きたのは、新幹線での日帰り旅行の当日だった。集合場所である新横浜駅に到着すると、円城寺はオレの分のチケットも用意してくれていた。事前にネットで購入したらしい。

「ありがとう。乗る時に買うもんかと思ってた」
「まあそれもできるだろうけど、混んでたら困るしな」
「たしかに……ごめん、全然考えられてなかった。えっと、全部でいくらだ?」
 券面を確認しつつ、財布を取り出す。大まかにいくらくらいかかるかは調べてあって、多めに持ってきている。
「お金はいらないよ」
「……え?」

 今、理解不能な言葉が聞こえた気がする。首を傾げつつ顔を上げると、

「お金はいらない。今日かかるお金は俺が全部出すから、気にしないで」

 と円城寺はこともなげに言った。開いた口がふさがらないとは、まさにこういう状況を言うのだろう。

「いやいや、意味分からない。そんなのダメに決まってる」
「なんで?」
「なんでって、普通に大金だし。そもそも、出してもらう理由がない」
「理由ならあるよ。この撮影も日帰り旅行も、全部俺が言い出しっぺじゃん。じゃあ、俺が出して当然だと思うけど」
「……っ、はあ!?」

 オレはいよいよ、頭を抱えてしまう。周りの人の目なんかもはやどうでもいい。だが表情から見るに、円城寺はどうやら本気のようだ。

「円城寺くん、聞いて。オレがバイトのシフトいっぱい詰めてるのは知ってるよな?」
「もちろん。今月のシフトなんて共有してもらってるしね」
「うん、だよな。じゃあ、それなりにお金は持ってるってのも分かるよな?」
「それはそうだけど。あんなに頑張ってるから、なにか欲しいものがあって貯めてるんだろうなって。じゃあ俺が出すのが筋じゃない?」
「っ、たしかに理由があって貯めてるけど! だからってなんでそうなるんだよ……自分の分は自分で出す」
「んー、そういうもん?」
「そういうもんだよ」

 円城寺と毎日を過ごすようになって、以前抱いていた印象とはだいぶ変わってきた。ヒエラルキーのトップで、飄々と笑っているだけじゃない。普通に優しいし、努力家でまっすぐなところがある。でも、やはり金銭感覚だけはどうかしている。

 まだ納得のいかない顔をしているけれど、円城寺の手に半ば強引に金をねじこむ。先に改札のほうへ歩き出せば、円城寺が小走りで隣へ並んだ。

「一個聞いてもいい?」
「なに?」
「バイトしてお金貯めてる理由。やっぱなにか欲しいものある感じ?」
「あー……」

 今の話の流れだと、たしかにそこが気になるだろうか。どうしたものかと少し考えて、口を開く。円城寺になら言ってもいいか、と思える日々を重ねてきたのかもしれない。共犯者という利害一致があってこその関係は、こんな時にもいい作用があるらしい。

「逃走資金」
「は? 逃走資金? え、雨森くんまさか……マジで犯罪に手を染めちゃってんの?」
「違いますー。逃走資金っていうのは、まあ盛ってるっていうか、士気を上げるための強い言葉だけど。独立のための資金ってこと」
「独立」
「うん。高校を卒業したら、転勤族の両親とは離れてひとり暮らししたいから。ふたりのことが嫌いなわけじゃないけど、一か所に居場所を持ちたい」
「……やっぱりこれ返す」
「っ、は!? なんでだよ」

 急に手首を掴まれて、ふたりして往来の真ん中で立ち止まる。何事かと思えば、先ほど渡した金が戻ってきてしまった。なぜそうなる。

「そんな大事なお金、やっぱり受け取れないよ」
「っ、だから! いいんだって!」
「よくない」
「もう〜!」

 気が立っているのか、息が荒くなってきた。胸を上下させながら、円城寺の顔に間近で人差し指をつきつける。人を指差してはいけません、と教わった常識はこれまで守ってきたけれど、不可抗力だろう。

「たしかに大事な金だよ。無駄遣いはしたことない。でも! ……でも、その金使ってもいいって思えるくらい、この撮影が、コンテストが、オレにとっても大事になってんだよ」
「……マジ?」
「っ、大マジだよ。円城寺くんから声かけられなかったら、存在すら知らなかったよ。映像コンテストなんて。だからオレはおまけだし、円城寺くんのしたいことはできるだけ叶えたいって思ってるけど。オレもやりたいって、思えるようになったから。……じゃなきゃ、台本見た時に日帰り旅行はなしにしてほしいって頼んでる」
「……雨森くん、顔赤いよ」

 人がやっとの思いで本心を口にしたのに、当の円城寺はこの有様だ。呆けた顔で赤いだなんて言われたら、腹も立つというもので。

 もういい。円城寺なんか置いていこう。早足で再び歩き出せば、けれど円城寺も同じスピードでついてくる。

「っ、もう〜。いちいち言うなよ、恥ずかしい……てかこれ、マジで受け取って。もう返さないで。じゃなきゃその口に、レモンのグミねじこむからな」
「え? ふ、分かった。じゃあ、これはありがたく頂きます」
「ん、そうして」
「だから、レモングミはマジで勘弁な」
「それは円城寺くん次第かな」
「あっは、マジかあ」

 向かう先は仙台。いちばん撮りたいのは新幹線内とのことだったけれど、せっかくだからおいしいものをたくさん食べた。思えばこの時から、変に気負わず笑えるようになった気がする。一度ケンカのようなものをしたからだろうか。円城寺の隣でほぐれる心を、自覚せざるを得なかった。