青春とやらに君と道連れ

 円城寺(えんじょうじ)の家にやってくる度、心を落ち着けるために門の前で数秒を使ってしまう。友だちじゃなくたって、同級生の家を訪問することにどうしたって緊張してしまうからだ。

 深呼吸をして、やっとの思いでインターホンを押す。応答してくるのは、ほぼほぼ円城寺のおばあちゃんだ。

「こんにちは、雨森(あめもり)です」
「はーい、いらっしゃい。どうぞ」

 お決まりの会話を経てから門をくぐり、縁側から顔を出してくれるおばあちゃんに会釈をする。離れの扉をノックすれば、

「いらっしゃい」

 と円城寺が顔を出す。朝来ても夕方に来ても爽やかな笑顔は、一週間経てば多少は見慣れた。

「おはよう。これ、今日の賄賂」
「お、今日は桃ゼリーだ。気にしなくていいのに、っつっても雨森くんは買ってきちゃうからな。後で食べよ」
「うん」

 あれ以来、オレはこの部屋へと通っている。バイトのシフトは週5で入れていて、その時間によってバイト前だったり後だったりと変則的だ。休みの日は朝から夜までいるから、オレの夏休みはこの部屋とバイト先のコンビニの往復というわけだ。

 誕生日パーティーをしたあの日、ここに来れば? と言われた時は躊躇ったけれど。秘密基地のようなこの部屋は、部外者のオレにとっても正直居心地がよかった。

「今日はバイトあるんだっけ」
「うん、夕方から22時まで」
「そっか。マジで頑張ってんな」
「まあね。夏休みなんて稼ぎ時だし」

 円城寺は、氷いっぱいのグラスに麦茶を注いでくれた。それを受け取りながら、クッションに腰を下ろす。すっかり、オレの定位置になってしまった。

 円城寺が目標に定めた動画コンテストは、テーマを青春に定められている。長さの制限は5分。円城寺はシナリオを書くために今日もパソコンにかじりついているが、オレはただただ動画を見漁っている。誕生日に決めた役割分担を、忠実に実行しているというわけだ。

 最初のうちは無料の動画サイトで検索していたが、今は映画まで枠を広げている。サブスクの配信サイトは契約しておらず、円城寺のアカウントで観させてもらっている。青春ものは趣味じゃないが、オレにできることはこれくらいなのだから仕方がない。たまに別のジャンルもこっそり観ていたりするのは、内緒だ。

 今日はまず、洋画のド定番青春ロードムービーを観ることにしたのだけれど。

「ふあ……」

 イヤホンを装着しようとした瞬間、円城寺のあくびが聞こえて思わず手を止める。ローテーブルを挟んで向かいに座る円城寺の目元に、クマができていることに気づく。極上のイケメンが台無しだ。

「円城寺くん、もしかして寝てない?」
「え? あー、うん。これ早く仕上げたくてさ。二徹目」
「二徹!? ええー……寝たほうがいいよ?」
「まあそうだけど、ちょっとくらい平気でしょ。コーヒー飲んだり甘いの食べたりしたら、結構やれるよ」
「いや、不健康すぎるって」
「でもなあ。8月に入ったらすぐに撮影に入りたくて」
「8月に入ったらって……今日はもう30日だよ?」
「そうー、もう今日と明日しかない」

 眉間を寄せて、円城寺は両目の間をぎゅっと摘まんだ。

 自ら決めた〆切なら、少しくらい超えたっていいんじゃないか? そう言いたくなるけれど、目を開いた円城寺はまた真剣にパソコンに向かいはじめた。きっと、オレがなにを言ったって聞いてはくれないのだろう。でも見ているだけっていうのも、なんだか落ち着かない。

「なにか手伝えることとかある?」
「手伝えること? んー、まだ内容は言いたくないんだけど……そうも言ってらんないか。今、こういうの書いてるんだけどさ」

 円城寺はパソコンをこちら側にくるっと回し、自身もオレの隣へとやってきた。ただただ同じ空間で過ごしてきただけで、シナリオを見せてもらうのは初めてだ。

「簡単に言うと、夏休みに出逢ったふたりが夏を満喫する話。だけど突然、終わりが来る。そんな展開にしたいんだけど、終わりの理由が閃かなくて」
「…………」

 同じ年頃の男子に別れが訪れる話だなんて、自分自身を重ねずにいられない。円城寺は一体どういうつもりで、これを書いているのだろう。内心少し腹が立つが、このコンテストは円城寺の希望だ。内容に異を唱えるつもりはなかった。

「なにかアイディアない?」
「円城寺くんのほうがいいの思いつくんじゃない? こんなにたくさんの本読んでるんだし」
「俺もそう思ってたんだけどな。悲しいことに全然。そのもっと先は、絶対こうしたいってのがあるんだけど」
「へえ、どんな?」
「それはマジでまだ内緒ー」
「なんだそれ。じゃあアイディアなんかオレも無理だよ」
「ええ、そんなこと言わないで。そこをなんとかさ」

 両手をパンと合わせて、円城寺が軽く頭を下げてくる。ヒエラルキートップの男がそんな簡単に、オレみたいなモブに頭を下げていいのか? いや、簡単じゃないのかもしれない。円城寺とオレは共犯者で、つまりこのコンテストは大人たちへ反旗を翻す犯罪行為で。なりふり構っていられない、といったところか。

「んー……」

 この一週間ほどで山ほど観てきた、動画や映画を思い返す。青春もの以外にも手を出していたことが、ここで活かせるかもしれない。

「片方が実は幽霊だった、とか?」

 ちょうど、そういった映画を昨日観たところだった。つい出てしまった涙をこっそり拭いたことは、バレていないと願いたい。

「あー、うん。それだけはなし。ラストに繋がんないから」
「なんだよ……なあ、やっぱりどう着地するのか教えてよ。じゃないと難しいって」
「幽霊じゃなきゃ平気だから。な?」
「はあ……」

 出た、円城寺の頑固な部分だ。不機嫌を隠す気も起きず、オレは堂々とため息をつく。

 夏休みを満喫するふたりに訪れる突然の終わり、ただし幽霊の線はなし。すぐに思いつくのはやはり転校だが、夏休みの途中だと不自然か。

 ふたりして黙りこくって、もう15分くらいは経っただろうか。ふとひとつの考えが浮かんだ。

「ちょっといい?」
「うん、どうぞ」

 キーボードを拝借し、文章の最後に改行をいくつか入れ、ある言葉を打ちこんでみる。

「ありきたりだとは思うけど……最近そういう映画観て、結構面白かった」
「…………」
「円城寺くん?」

 円城寺はまるでひとりだけ時間を止められてしまったみたいに、画面を凝視して動かない。どうしたんだろう? 言葉も出ないほど、つまらなかっただろうか。

「ごめん、マジでありきたりだよね」

 だから言ったのに、オレに聞いたって無駄だって。一気に恥ずかしくなってきて、バックスペースキーに指を置く。でも押すよりも早く、円城寺に手首を掴まれてしまった。

「待った!」
「っ、びっくりした……なに?」
「消しちゃダメ」
「なんで。恥ずかしいから消したい」
「これでいこう」
「……え?」
「なんで思いつかなかったんだろ……ちょっと悔しいな。うん、この方向で詰めてみる。ありがとな、雨森くん」

 まくし立てるようにそう言って、円城寺はパソコンを手に元の位置へと戻ってしまった。

 それからの円城寺は恐ろしいほどの集中力を発揮して、麦茶のグラスの氷が溶け切るまで顔を上げることはなかった。