青春とやらに君と道連れ

 たらふく食べてもう入らないと言いながらも、円城寺がケーキを切り分ける。豪快に二等分することにしたら皿には乗らず、トレイの上で食べることになった。

「あのさ、昨日話したヤツだけどさ」
「うん、作戦会議するんだよな」
「そう。コンテスト、いくつか目星つけてるって言ったじゃん?」
「うん」

 相槌を打ちつつもいちごを頬張る円城寺につられ、オレも口に含む。お腹いっぱいだと思ったのに、生クリームといちごの合わさった甘酸っぱさが、次々とフォークを誘う。

「まずは小説、それから写真。全く未経験だけど、歌作ってみるのも考えた」
「すご……どれもいいと思う、円城寺くんならできそう」

 指を折りながら披露する円城寺に、オレは感心しながら頷く。特に小説なんか、こんなに本を読んでいる円城寺ならきっとできると思う。けれど円城寺は、あぐらを掻いた膝に肘をつきながら首を振った。

「小説は結構マジで考えてみたけど、納得いくの思いつかなかった」
「そうなんだ」
「うん。で、雨森くんと会ったから、せっかくならふたりだからできるものって考えたんだけどさ。雨森くんは、普段動画とかよく観る?」
「動画? 暇な時に観るけど……」

 オレの返答を聞くやいなや、円城寺はニヤリと口角を上げた。フォークをくわえたまま、オレはついごくりと唾を飲む。

「動画のコンテストに出そうよ。俺と雨森くんで」
「動画のコンテスト」
「そう。俺がシナリオとカメラ担当。ちなみに、映画は別として動画ってほとんど観なくてさ。まあこれから色々観てみるつもりではあるけど、構成とかは雨森くん主体で頼みたい」
「ええ、構成とか全然できる気がしないんだけど……流れてくるままに観てるだけだし」
「それでもいいよ。からっきしの俺より100倍いい。それから、肝心の出演者も雨森くんね」
「っ、は? オレが出演者……!? いや、それはない」
「なんでだよ。いい雰囲気が出ると思うんだよな。雨森くん主演を想定したら、シナリオも大まかに浮かんできててさ」
「ちょっと待った! ストップ!」
「ええー……なに」

 オレはまだなにも事態を飲みこめていないというのに。円城寺はどんどん先へと進めてしまう。

 動画のコンテスト? 構成なんてちっとも自信がない。でもその不安が霞むくらい、有り得ないことを円城寺は言っている。なぜオレが出演者になるんだ。誰がどう見たって、適任は円城寺のほうだろう。

「オレが動画に出るは、マジで意味分かんない。絶対に円城寺くんが出たほうがいいって」
「なんで?」
「なんでって、そのほうが画(え)になるに決まってる」
「そんなことない」
「大いにあるだろ」
「でも俺は、雨森くんを撮りたい」
「なんでそんな……」

 教室で見る円城寺は、基本的にずっと笑顔だ。周りを囲む友人たちに話を振られれば、うんうんと頷いている。飄々とした雰囲気は、穏やかさもまとっている。

 それなのに、今目の前にいる円城寺は頑固だ。頑なにオレの意見を突っぱねてくる。

「昨夜雨森くんと会って話したから、浮かんでるストーリーがある。それはやっぱり、雨森くんに表現してもらいたい」
「…………」

 絵画のような瞳が、まっすぐにオレだけを映している。拒んでしまいたい。そもそも写真にすら写ることもほぼないのに、動画で演じるだなんて。せっかく円城寺が最高のシナリオを上げても、台無しにする自信がある。そう思うのに。

 真剣な目にあてられているのか、それとも昨夜、似たような想いを通わせたからか。叶えてあげたい、だなんて思いが芽生えていることにひどく戸惑う。

「あのさ、まさかオレひとりじゃないよね? 円城寺くんも出るんだよな?」
「出ないこともないけど、ほぼ雨森くんひとりのイメージ」
「ええー……仮に、仮にだよ? それで撮って、いい結果になるとは思えないんだけど」
「俺はそうは思わないよ」
「……オレ、演技とか絶対できないよ? 大根にすらなれないかも。芽が出ないハズレの種」
「大丈夫、演技って感じにはならないと思うから。雨森くんのままでいいよ」
「えー……マジで受賞は無理だね」
「そんなことない」
「…………」

 いつの間にか、円城寺もオレもフォークから手を離している。真剣な目の前の男に、オレだって真剣にぶつかっている。生半可な気持ちで昨日、やってみたいと言ったわけじゃない。

 知らずのうちに詰めていた息を、大きく吐く。あぐらをかく足の上で、オレは両手をぎゅっと握りしめた。

「マジのマジで言ってる?」
「マジのマジで言ってる」
「主演がオレでもゼロから1にできる、って、思ってるってことだよな?」
「うん、そうだよ」
「……じゃあ、分かった」
「っ、マジ?」
「根負け……昨日オレに頑固って言ってたけど、そっくりそのままお返しします」
「はは、やった」

 頭を抱えてため息をつくオレとは対照的に、円城寺はテーブルに肘をつきあまりにも嬉しそうに笑っている。

 本当に、どうなっても知らないからな。頭の中で悪態をつきつつ、円城寺を見上げる。するとハイタッチを求める手が差し出された。無視してやろうと思ったけれど、それは許されないらしい。腰を浮かせた円城寺は、ピントが合わないくらい目の前で手を振ってアピールしてくる。

「あーもう! 分かった!」
「はは! なあ、ありがとうな。改めて、この夏はよろしく。共犯者の雨森くん」
「……ん、よろしく」

 パチン、という音が円城寺の城に響く。とんでもないことになってきたな、とそう思うけれど。共犯者という名の関係は、勝手に降りることもできそうにない。


 それからオレたちは、再びケーキを食べながらこれからの計画を立てた。とりあえずのミッションは、円城寺はなるべく早くシナリオを仕上げること。オレは参考になりそうな動画を、片っ端から観ること。

「参考になりそうなって、ちなみにどんなの観たらいい?」
「んー、青春もののショートムービーとかかな。BGMとかも気にしてもらえたらありがたい」
「げ、青春」
「嫌い?」
「青春ってワードがもうなんか、異世界感ある」
「はは、分かるかも。キラキラした名前、年齢で勝手に押しつけんなって感じだよな」
「円城寺くんもそう思うんだ? 青春のド真ん中にいそうなのに」
「普通に思うし、ド真ん中になんかいないよ。むしろ、一歩引いたとこから傍観してるタイプ」

 円城寺は昨夜から、印象とずいぶん違うことを言う。意外だけれど本人がそういうのなら、そうなのだろう。

「そうかな。でも、じゃあなんで青春もの?」
「それはもう単純に、応募したいコンテストのテーマが青春だからだな」
「なるほど……」

 とりあえず、今やるべきことは分かった。動画を観るのは普段の自分とほぼ変わらないけれど、見方を変えることはできるかもしれない。

「じゃあ、しばらくはそれぞれに作業って感じかな」
「そうだな。でも、雨森くんがよかったらここ来てよ」
「え?」
「主役が目の前にいたら、シナリオも捗りそうだし」

 どこからかノートを引っ張り出し、そこになにかを書きこみながら円城寺はピースサインをしてみせた。

「ええー、本気で言ってる?」
「もちろん」
「うーん……定期圏内だし、バイトのない時間なら来れないこともない、けど」
「やった、じゃあ決まりな。一緒に作業しよ」
「……ん、分かった」

 ずいぶんあっさりと言う円城寺は、本当になんとも思っていないのだろう。オレはといえば、くすぐったく震える胸をどうにか抑えようと必死だ。

 オレたちは友だちなんかじゃない。共犯者で、それ以外の何物でもない。それなのに、夏休みをこれほど共有することになるとは思っていなかったから。そう、だからオレの体がバグを起こしているのだろう。

 外からちいさな子たちの賑やかな声が聞こえようと、テレビやネットが夏のレジャーの話題を流してきたって。全部ぜんぶ他人事で、オレはいつだってひとりが当たり前だったから。誰かと過ごす夏がオレにあるなんて、思わなかったから。

 なんだか居てもたってもいられなくなったオレは、勢いよく立ち上がった。

「どうした?」
「え? えーっと……そうだ、ほら、トイレ借りたいなって」
「ああ。さすがにこの部屋にはないんだよな。案内する、これから毎日来るわけだし」
「……よろしくお願いします」
「はは、出た敬語」

 動揺をなんとか誤魔化せたようで、ほっと息をつく。円城寺の案内で、さっき通り過ぎてきた玄関へと向かう。鍵はかかっていないようで、円城寺はガラリと横に引いて戸を開けた。

「そこの廊下、左曲がってすぐな」
「え。なあ、ひとりで中入るの気まずいんだけど……」
「ここにいるから平気だって。マジですぐそこだし」
「もー……分かったよ」

 孫である円城寺の案内とは言え、ひと様の家に勝手に入るようで気が引けてしまう。でも咄嗟に口を出た言い訳ではあっても、そろそろ本当に用を足したい頃合いだった。靴を脱ぎ、

「お邪魔しまーす……」

 と呟きながら早足で入る。そそくさと済ませ手を洗い、安堵の息をついた時だった。

「おや、もしかして君が瞬星のお友だちかな?」

 との声がすぐそばから聞こえてきた。思わず背筋が震え上がり、「ひっ」なんて情けない声も出てしまった。

 ホラー映画のリアクションかよ……いや、犯行現場を見られてしまった愚か者のB級映画かも。

 とにかく、足音も人の気配も感じなかったから驚いた。恐る恐る振り返れば、そこにはやわらかくほほ笑んだおじいさんが立っていた。

「おや、驚かせてしまったようだね。私は瞬星の祖父です」
「あ……えっと、初めまして。雨森永遠です、お邪魔してます」
「永遠くん、初めまして。瞬星がここに友だちを連れてくるのは初めてだ。会えて嬉しいよ」
「こ、こちらこそ……」

 たしかに円城寺も、他のヤツには内緒だと言っていたっけ。それにしたって、気の利いたことはなにも言えない自分が恥ずかしい。縮こまっていると、玄関のほうから足音が聞こえてきた。おばあちゃんの登場だろうか。孫の友だち——ではないけれど——がこんな愛想もないヤツで申し訳ない、と身構えていたら、現れたのは円城寺だった。

「雨森くん? 長いけどうん……あ、じいちゃん」

 コイツ、今すげー失礼なこと言おうとしなかったか? ドン引きしているオレを尻目に、円城寺は頬を緩ませた。ずいぶんとやわらかな笑顔で、さっきのおじいちゃんにちょっと似ているかもしれない。

「じいちゃん、えっと、友だちの雨森くん」
「ああ、今自己紹介をしてくれたところだよ」
「そうだったんだ。夏休みの間、たくさん遊びに来てくれる予定」
「おお、そうかい。じゃあ、私もばあさんも永遠くんとたくさん会えるね」

 おじいちゃんはそう言って、オレのほうに手を差し出した。握手を求められているのだと気づくのに、3秒ほどかかってしまった。慌てて両手で応えれば、

「永遠くん、瞬星と友だちになってくれてありがとう。瞬星をよろしくね。うちにいる時、気を楽にしてくれていいからね」

 なんて言われてしまった。

「え、っと……こちらこそ。円城寺く、じゃなくて、瞬星くんにはお世話になってます」
「俺はお世話した覚えはないけど?」
「っ、挨拶だよ挨拶」

 目上の人との慣れない会話を必死に頑張っているのに。茶々を入れてくる円城寺に、ついつっこんでしまう。するとおじいちゃんはふにゃりと目尻に皺を寄せて、繋いだままだった手をそっと握り返してきた。

「永遠くん、瞬星。いい夏にしなさいね」
「うん、そうなりそう」
「……はい、頑張ります」

 おじいちゃんにお辞儀をしつつ手を振って、円城寺とふたり玄関を出る。平気だって言ったのにやっぱり鉢合わせてしまったじゃんか、と文句のひとつでも言いたい場面だけれど。おじいちゃんのやわらかな雰囲気に、そんなことは言えなくなってしまった。母屋と離れの真ん中あたりで自ずと足が止まったオレたちは、同時に吹き出した。

「あっは、雨森くん、俺にお世話になってますーだって」
「だって、それ以外に思いつかなかったんだよ。てか円城寺くん、オレがうんちしてるって言いかけただろ」
「あ、バレた?」
「ふ、バレバレ」
「まあでも、これで改めてこの夏の舞台は整ったって感じしない?」
「それはちょっと分かる」

 円城寺の部屋に入ればいいのに、暑いなーなんて言いながらふたりして太陽に手をかざす。

 オレたちは共犯者として、この夏一本の動画を撮る。この場所で作戦をつめて、いずれ外にも出るだろうけれど。言わば円城寺の部屋がアジトだ。

「頑張ろうな」
「うん」

 円城寺が拳を差し出してきて、そこにオレも握った拳をそっとぶつける。

 昨日はじまった奇妙な関係の、ここが本当のスタートだ。自信はない、どうなるか見当もつかない。でもやってみたい、円城寺の言葉を借りるなら、ゼロから1になるように。

 17歳の初日。なかなかのスタートを切れたような気がして、オレはそっと口角を上げた。