「おーい雨森くん、帰んぞー」
「……あ、うん!」
いつの間にか円城寺は歩き出していて、慌てて隣へと駆け寄る。すると円城寺はゆったりと歩きながら、
「あ、俺ひとつ嘘ついたわ」
なんて言って舌を出してみせた。
「嘘?」
「十七歳がいちばんなわけじゃないーとか言ったけど、俺まだギリ十六だわ。十七歳未経験」
「ああ、そういう。それならオレもだよ。まあ、十六歳なのももう一時間ちょっとだけど」
「は……え、マジで言ってる? 明日が誕生日ってこと?」
「まあ、うん」
同級生に誕生日を伝えるって、なんだかちょっとくすぐったいものなんだな。例えばおめでとうと言ってもらえるだとか、期待を抱いているってことだろうか。そんな自分を知られたくなくて、平然を装ったつもりだけれど。円城寺はわざわざ立ち止まって、あんぐりと開けた口を月明かりの下で晒している。
「同じじゃん……」
「同じ? なにが?」
「なにって、誕生日! 俺も明日! 七月二十三日!」
「え……っ、うそ。ほんとに?」
そんな偶然あるのだろうか。思わず訝しむような声が出てしまったけれど、嘘なんかじゃないことは円城寺の表情が物語っている。
「マジマジ。えー、すげー。誕生日同じヤツって初めて会った」
「オレも……」
「なあ、いいこと思いついた。雨森くん、明日暇?」
「明日? バイト休みだし、暇だけど……」
「よし、じゃあパーティーしよ」
「っ、パーティー?」
「そう、俺らの誕生日パーティー」
ピースサインを顔の横に添えて、名案だとばかりに円城寺がニッと笑う。でも、パーティーという単語がオレの人生には不釣り合いすぎて。対象的にオレは、頬を苦くしながら言葉を濁らせてしまう。
「んー……」
「気乗りしない?」
「気乗りしないっていうか、パーティーとか想像がつかない」
「なるほどな。まあパーティーっつっても、一緒にケーキとか食おうって話。甘いもの好きだろ?」
「好きだけど……」
簡単なことだよ、という風に円城寺は言うけれど。やっぱりそれだって、オレには一大事だ。ケーキは家族としか食べたことがない。
「円城寺くんはそれでいいの?」
「なにが?」
「予定とかあるんじゃないの? それこそ友だちとパーティーとか」
「あー、ないない。ないっていうか、予定あるって言って回避してる」
「回避? ああ、家で盛大にやるとか」
「違う違う、普通にひとりでいたかっただけ」
「え、じゃあオレなんか誘ってちゃダメじゃん」
「はあ……雨森くんって結構頑固なのな?」
「っ、はあ!? そんなことないし」
いきなりなにを言うんだろう。頑固だなんて、褒め言葉では絶対にない。思わず言い返せば、円城寺は器用に片眉を上げてみせた。見定めるような目がまっすぐオレに向いていて、居心地が悪い。
「あのさあ」
「……なに」
「誘ってんのは俺な? 誘っといてそれでもひとりでいたかったのにーとか言ったら、ただのバカだろ」
「たしかに……」
「だろ? 俺が雨森くんと過ごしたいと思ったから誘った。そんだけ。シンプルだと思うけど?」
「おっしゃる通りで……」
「で? 雨森くんはどうなの。俺とケーキ食うのはいいの、嫌なの?」
「……嫌ではないです」
「お、じゃあいいじゃん。ケーキ食って、これからの作戦会議もしよ」
「……ん、分かった」
「はは、やった。決まりな」
まさかの事態に、100パーセント乗り気なわけではないけれど。承諾してみたら、体から力が抜けた感覚と一緒に、口の隙間から笑い声が零れてしまった。
口に手を当てても後の祭りで、円城寺が肩をぶつけてきた。やられっぱなしなのも癪で、オレも同じくらいの力で返す。遠くなった波音に、ふたり分の笑い声が混ざっていった。
「じゃあ明日。十二時に駅集合な」
「分かった。本当にオレはジュースだけ買ってけばいいの?」
「ん、ケーキはオレが用意するから。あ、嫌いな食べものなんかある?」
「特にないよ。円城寺くんは?」
「俺はすっぱいものが苦手。あとは割となんでも平気」
「え、そうなんだ」
「うん。雨森くんは平気なんだ?」
「平気っていうか、好き。いつもレモンのグミ常備してるし。ほら」
「うっわ、見てるだけで酸っぱい……」
「ふ、変な顔」
「お、言うじゃん」
駅前へと歩いて戻ってきた。円城寺の家は、ここの最寄り駅から三駅先にあるらしい。なんだかんだ話しこんでしまったけれど、終電はまだでよかった。
「あ、連絡先交換しよ」
「あ……うん。えっと、どうやるんだっけ」
「アプリ開いたら右上の、そう、そこんとこ押して。そんでー……ん、おっけ。できた」
じゃあ今度こそまたなと言って、円城寺は駅の階段を上がっていく。ぼんやり見ていたら、上がりきったところで円城寺が振り返った。手を振ってくるので、おずおずと振り返す。見ていたことを分かっていたみたいにそうするから、気恥ずかしくて堪らない。
「嵐みたいなヤツだったな」
ため息と一緒に、そんな言葉が漏れ出てきた。ちょっと躊躇いつつメッセージアプリを確認すれば、円城寺のアイコンと名前の上に“新しい友だち”と表記されている。
「友だちじゃなくて、共犯者、な」
ほんの数時間前まで、昨日までと変わらずなんの変哲もない日になるはずだったのに。さすがに今日という一日を、ただの通過点だと過去の全部に混ぜるわけにはいかなくなった。そんな気がしている。それも悪くないかも、だなんて。思ってみてもいいのだろうか。
自分が自分じゃないみたいで、居心地が悪くて恥ずかしい。でもそれすらも、悪くないと思ってしまっている。
「はは、ウケる」
レモンのグミを口に放って、顔をぎゅっとしながら夜空を仰ぐ。
鼓動を上げる胸は、とりあえずレモンのせいにすることにした。
「……あ、うん!」
いつの間にか円城寺は歩き出していて、慌てて隣へと駆け寄る。すると円城寺はゆったりと歩きながら、
「あ、俺ひとつ嘘ついたわ」
なんて言って舌を出してみせた。
「嘘?」
「十七歳がいちばんなわけじゃないーとか言ったけど、俺まだギリ十六だわ。十七歳未経験」
「ああ、そういう。それならオレもだよ。まあ、十六歳なのももう一時間ちょっとだけど」
「は……え、マジで言ってる? 明日が誕生日ってこと?」
「まあ、うん」
同級生に誕生日を伝えるって、なんだかちょっとくすぐったいものなんだな。例えばおめでとうと言ってもらえるだとか、期待を抱いているってことだろうか。そんな自分を知られたくなくて、平然を装ったつもりだけれど。円城寺はわざわざ立ち止まって、あんぐりと開けた口を月明かりの下で晒している。
「同じじゃん……」
「同じ? なにが?」
「なにって、誕生日! 俺も明日! 七月二十三日!」
「え……っ、うそ。ほんとに?」
そんな偶然あるのだろうか。思わず訝しむような声が出てしまったけれど、嘘なんかじゃないことは円城寺の表情が物語っている。
「マジマジ。えー、すげー。誕生日同じヤツって初めて会った」
「オレも……」
「なあ、いいこと思いついた。雨森くん、明日暇?」
「明日? バイト休みだし、暇だけど……」
「よし、じゃあパーティーしよ」
「っ、パーティー?」
「そう、俺らの誕生日パーティー」
ピースサインを顔の横に添えて、名案だとばかりに円城寺がニッと笑う。でも、パーティーという単語がオレの人生には不釣り合いすぎて。対象的にオレは、頬を苦くしながら言葉を濁らせてしまう。
「んー……」
「気乗りしない?」
「気乗りしないっていうか、パーティーとか想像がつかない」
「なるほどな。まあパーティーっつっても、一緒にケーキとか食おうって話。甘いもの好きだろ?」
「好きだけど……」
簡単なことだよ、という風に円城寺は言うけれど。やっぱりそれだって、オレには一大事だ。ケーキは家族としか食べたことがない。
「円城寺くんはそれでいいの?」
「なにが?」
「予定とかあるんじゃないの? それこそ友だちとパーティーとか」
「あー、ないない。ないっていうか、予定あるって言って回避してる」
「回避? ああ、家で盛大にやるとか」
「違う違う、普通にひとりでいたかっただけ」
「え、じゃあオレなんか誘ってちゃダメじゃん」
「はあ……雨森くんって結構頑固なのな?」
「っ、はあ!? そんなことないし」
いきなりなにを言うんだろう。頑固だなんて、褒め言葉では絶対にない。思わず言い返せば、円城寺は器用に片眉を上げてみせた。見定めるような目がまっすぐオレに向いていて、居心地が悪い。
「あのさあ」
「……なに」
「誘ってんのは俺な? 誘っといてそれでもひとりでいたかったのにーとか言ったら、ただのバカだろ」
「たしかに……」
「だろ? 俺が雨森くんと過ごしたいと思ったから誘った。そんだけ。シンプルだと思うけど?」
「おっしゃる通りで……」
「で? 雨森くんはどうなの。俺とケーキ食うのはいいの、嫌なの?」
「……嫌ではないです」
「お、じゃあいいじゃん。ケーキ食って、これからの作戦会議もしよ」
「……ん、分かった」
「はは、やった。決まりな」
まさかの事態に、100パーセント乗り気なわけではないけれど。承諾してみたら、体から力が抜けた感覚と一緒に、口の隙間から笑い声が零れてしまった。
口に手を当てても後の祭りで、円城寺が肩をぶつけてきた。やられっぱなしなのも癪で、オレも同じくらいの力で返す。遠くなった波音に、ふたり分の笑い声が混ざっていった。
「じゃあ明日。十二時に駅集合な」
「分かった。本当にオレはジュースだけ買ってけばいいの?」
「ん、ケーキはオレが用意するから。あ、嫌いな食べものなんかある?」
「特にないよ。円城寺くんは?」
「俺はすっぱいものが苦手。あとは割となんでも平気」
「え、そうなんだ」
「うん。雨森くんは平気なんだ?」
「平気っていうか、好き。いつもレモンのグミ常備してるし。ほら」
「うっわ、見てるだけで酸っぱい……」
「ふ、変な顔」
「お、言うじゃん」
駅前へと歩いて戻ってきた。円城寺の家は、ここの最寄り駅から三駅先にあるらしい。なんだかんだ話しこんでしまったけれど、終電はまだでよかった。
「あ、連絡先交換しよ」
「あ……うん。えっと、どうやるんだっけ」
「アプリ開いたら右上の、そう、そこんとこ押して。そんでー……ん、おっけ。できた」
じゃあ今度こそまたなと言って、円城寺は駅の階段を上がっていく。ぼんやり見ていたら、上がりきったところで円城寺が振り返った。手を振ってくるので、おずおずと振り返す。見ていたことを分かっていたみたいにそうするから、気恥ずかしくて堪らない。
「嵐みたいなヤツだったな」
ため息と一緒に、そんな言葉が漏れ出てきた。ちょっと躊躇いつつメッセージアプリを確認すれば、円城寺のアイコンと名前の上に“新しい友だち”と表記されている。
「友だちじゃなくて、共犯者、な」
ほんの数時間前まで、昨日までと変わらずなんの変哲もない日になるはずだったのに。さすがに今日という一日を、ただの通過点だと過去の全部に混ぜるわけにはいかなくなった。そんな気がしている。それも悪くないかも、だなんて。思ってみてもいいのだろうか。
自分が自分じゃないみたいで、居心地が悪くて恥ずかしい。でもそれすらも、悪くないと思ってしまっている。
「はは、ウケる」
レモンのグミを口に放って、顔をぎゅっとしながら夜空を仰ぐ。
鼓動を上げる胸は、とりあえずレモンのせいにすることにした。



