青春とやらに君と道連れ

「あっはっは! お酒……ぶふっ、あーウケる」
「円城寺くん、笑いすぎだってば……」

 逃げないって言ったのに、最後まで腕を引っ張られて連れて来られたのは海だった。堤防の真ん中付近に座り、オレたちの間には円城寺が自販機で買ってくれたペットボトルが二本。もちろんお酒なんかじゃない、ただのサイダーだ。

「だって……ジュース飲むことを“一杯付き合う”なんて、普通言わないだろ」
「それはそう。正直、確信犯だったし」
「っ、はあ!?」
「わざと悪ぶってみましたー」
「……それでよくそんな笑えるね」
「あんな綺麗に騙されてくれるとは思わないじゃん」
「最悪……」

 顔の横で作ったピースサインを、にぎにぎと揺らして笑っている。なんて憎たらしいヤツだ。半ば連行みたいなかたちだったとは言え、ついてこなきゃよかった。

「まあでも、そういうことやりそうに見えるんだろうな。俺って。でもお酒飲んだことないよ、もちろんタバコも」
「……へえ」
「あ、疑ってる?」
「いや、別に……」

 正直なところ、つい先ほどコンビニのカウンター越しに疑ってしまったばかりだ。見透かされたような気がして、まっすぐ返事ができない。すると円城寺はオレの罪悪感を振り払うみたいに、空中で手をひらひらと振る。

「まあいいや、この話は終わりー。な、これ一緒に食わない? もうぬるくなっちゃったと思うけど。プリン好き?」

 それからコンビニの袋を漁り、プリンとスプーンをオレに差し出した。

「え、好きだけど……円城寺くんこそ好きでいっぱい買ったんだよね? いいよ」
「いや、雨森くんと食べようと思って追加した」
「っ、マジで?」
「マジでー」
「えー……じゃ、じゃあ、遠慮なく?」
「どうぞー」

 まさか、プリンを追加したあの瞬間からこうするつもりだったのか。

 驚きつつもいただきますと手を合わせ、スプーンでプリンを掬う。口に含めば確かにぬるい。でも、波の音と夜空と、初めて話すクラスメイト。今ここにあるどれを取ってもイレギュラーだから、些細なことに思える。それになにより——

「うま……」

 思わず目を閉じてしまうくらい、おいしい。

「な、うまいよな。これ、とろとろの生クリーム乗ってんのがすげー好き」

 円城寺も堪らないようだ。口元をふにゃりと綻ばせて、夜空を仰いでいる。またつられて見上げたら、さっきよりも星が見えた。

 プリンを半分ほど食べて、サイダーの刺激にふうと息をつく。円城寺はもう食べ終わってしまったようで、プラスチックの底にスプーンが当たるカツンという音がした。

「雨森くんはさ、大人って勝手だなーって思うことある?」
「へ……?」

 突然の問いに、オレは思わず聞き返してしまった。ちゃんと聞こえていたのだけれど、円城寺はまた丁寧に言葉を重ねてくれる。

「大人ってさ、好き勝手なこと言ってきたりして、腹立つことない?」
「それは……あるよ」

 頷くと、円城寺はこちらに身を乗り出してきた。

「やっぱり? 例えば?」

 大人は勝手だなんてそれはもう常日頃、ちいさい頃からずっと思っていることだ。でも、せっかくプリンとサイダーで心地のいい口では、話すことにためらいを覚える。それならばと、さっき感じたばかりの苛立ちを披露することにした。

「色々あるけど、今は店長に言われたことにモヤモヤ中」
「店長か。なんて?」
「十七歳ってことは、今がいちばん楽しくていい時だね、だって。思い出しただけでもちょっと……腹立つ」
「マジか、それはムカつくな」
「っ、円城寺くんもそう思う?」

 まさか、共感してもらえるとは思わなかった。胸がひとつ、鼓動を高く打つ。誰かと感情を共有するなんて、オレには滅多にないことだから。

「思う思う。そういうセリフってさ、小説とか映画とかでもたまに聞くけど、いっつも思ってた。人の未来を勝手に決めんじゃねえよって。俺は今もこの先もずっと……楽しいを更新していくつもりなのに」
「え……」
「え? え、ってなに? なんか違った?」
「なんかっていうか、全然違う」
「えー……そんなことある? え、雨森くんはじゃあどういう意味で腹立ってんの?」

 感情を共有できただなんて、一瞬でも舞い上がった自分をオレはすぐに恥じた。腹が立っていること自体は同じなのに、こうも理由が違ってくるものなのか。

「オレは……今がいちばん楽しいんだったら、オレの人生もうずっとつまんないんだなって。こんな辛いのに……今が最高って、最悪」
「雨森くん、今なんか辛いんだ?」
「…………」
「なあ、理由って聞いてもいい?」
「理由……」

 大人って勝手だと思わない? 円城寺にそう聞かれてすぐに思い浮かんだものから、目を逸らしたばかりだけれど。

 サイダーをふたくち飲んで、さっき買ったとびきり酸っぱいレモンのグミを口に放りこむ。口の中も顔も、それから胸もぎゅっとなった勢いを借りて、情けない言葉を音にする。

「オレ、友だちいないんだよね」

 こんなの、本当は恥ずかしい。友だちがひとりもいないことも、それを辛いと思っていることも。明るいところのてっぺんに君臨する人には、共感どころか理解もされないだろう。

 でも——熱気がしぶとく名残る夜、防波堤に座って、ぬるいプリンとサイダー。それから話すのもきっと今日限りのクラスメイト。全てがどこか非現実的だからだろうか、言葉にしてみたくなった。

「いつもひとりでいるなあとは、たしかに思ってた」
「……うん。オレさ、父親が転勤の多い仕事で、2〜3年で引っ越してて」

 銀行に務める父に合わせて、母もオレも一緒に日本全国を転々としてきた。両親は九州の出身だけど、故郷と呼べる場所なんてオレにはない。どこに引っ越したって、新しい土地を知ろうともしなかった。時がくれば二度と戻ることはないのだから、愛着を持ったって仕方がない。そう思うからだ。

 同級生との間に壁を作るようになったのも、同じ理由だ。

「小学校の低学年くらいまでは友だちって呼べる相手もいたけど……疲れちゃった。だって、どうせすぐに転校だから。仲良くなっても、終わりが来る。友だちなんて、作るだけ無駄」
「…………」

 円城寺はなにも言わないけれど、こちらを見ていることは分かる。オレは暗い海に目を向けたまま、乾いた笑いをこぼす。

「まあ友だち作ろうとしたところで、オレみたいなんじゃ誰も仲良くしたいと思わないだろうけど」
「ふうん。でも友だち欲しいんだ?」
「いや、無駄だって言ったよね?」
「でも辛いんだよな? 友だちいないことが」
「う……」

 やっぱり、話さなければよかったかも。髪をくしゃりと握りこみながら、横目に円城寺を映す。オレばかりじゃアンフェアだ。

「てか、円城寺くんは?」
「なにが?」
「なにか話したいことがあって、ここに引っ張ってこられたんだよね? オレばっか話してる」
「あー、うん。そうだったな」
「なにかあったとか?」

 尋ねたら、円城寺は静かにサイダーを飲んだ。それを傍らに置いて、海の遠くを見て口を開く。

「さっき雨森くんに聞いた、大人って勝手だなあってやつ。コンビニ行く前に親から電話かかってきたんだけどさ、俺ってなんなんだろうなって」
「……うん」
「俺には俺の気持ちがある。そんな当たり前のことが分かんねえんだよ、あの人たちには。子どもなんだから言う通りにするって、それが俺のためにもいいって本気で思ってる」
「うん」

 詳しい内容は分からなくても、円城寺の言葉にたしかに共鳴する心がオレにもある。

 家族は一緒にいるものだって、オレの両親は疑ってもいない。たしかにそういうものだとは思うし、オレに取れる他の選択肢なんてないけれど。転校ばかりで擦り切れていくオレの心は、ずっと置き去りにされている気分だったから。

「こんな話、いつもつるんでるヤツらとはしたくなくてさ。一緒にいるのは楽しいけど……深いとこ、さらけ出すのはちょっとな。そんで甘いもの爆食いして憂さ晴らししようとしたら、雨森くんがレジの向こうにいたわけ。正直、言葉はすげー悪いけど、都合がよかった。タイミング的にも、今まで喋ったことなかったことも。今日なに言ったって、なかったことにしてもらえそうじゃん? 夏休み明けに関わることもないだろうから……って、うわー、俺マジで最悪なこと言ってるわ」
「大丈夫、オレも同じようなこと考えてたから。だから、さっきみたいな話もしていいかなって思えたし」
「マジで?」
「うん、マジで」
「そっか、よかったー……」

 円城寺は、ほっとしたような吐息を零した。かと思えば口元をニヤリと上げ、腰を曲げてオレの顔を覗きこんでくる。

「え、なに?」
「でもさー、今は違うなって思ってんだよね」
「違うってなにが?」
「今日出逢ったのが、雨森くんでよかったなって意味。だって俺たち、なんか似てない?」
「え、全然」
「あっは、即答〜」

 ケラケラと笑う円城寺に、オレはムッとくちびるを尖らせる。だって、似ているところなんてあるわけがない。境遇もなにもかもが違う。

「ちょっと、笑いすぎ……」
「ごめんごめん、でも俺マジで言ってるよ? 例えば、大人の勝手に反発する気持ちがあるとことか」
「そんなの、オレらくらいの歳ならみんな大抵あると思うけど」
「まあたしかにそうかも。でも、今日ここで、この気持ちを聞いてもらえたことが、俺にはすごく大きいから」
「そ、っか。それならよかった、です?」
「ふは、うん」

 そこまで言われると、なんだか胸の中がくすぐったい。円城寺の顔を見ていられなくなって、海面へ視線を逃がす。でも、円城寺の言葉がすぐにオレの顔を上げさせた。

「あのさ、一個提案があるんだけど」
「提案?」
「俺たち、友だちにならない?」
「え、ならない」
「えー、また即答!」
「だって……さっき言ったよね。友だちは作りたくないって」
「ああ、そうだった。うーん、じゃあ……共犯者、ってのはどう?」
「共犯?」

 物騒なワードに、防波堤のコンクリートに手をついて思わず後ずさる。そんなオレを見て、円城寺は慌てたように手を振ってみせた。

「違う違う! 一緒に犯罪犯そうぜ〜とかそういう意味じゃないからな!?」
「……じゃあなに」
「この夏休みで、なにかひとつ成し遂げたいなって思ってんだよね」
「へえ。なにかって?」
「なんかコンテストかな。目星はいくつかつけてある。そういうのに応募して、結果出したい」
「結果って、入賞とか?」
「そう」
「そんな上手くいくかな」
「やってみないと分かんないだろ。とにかくやれば、可能性がゼロから1には絶対になる」
「それはまあ、たしかに。それで、共犯って?」

 円城寺がやろうとしていることは、大まかにだけど分かった。それでも残った疑問を口にすると、円城寺はニヤリと笑った。

「俺だってやれるんだって、証明したい。おこちゃまだと思って人のことあれこれ勝手に決める大人に、見せつけてやりてえの」
「大人への反抗、ってこと?」
「そういうこと。一緒にやってみない? 俺とふたりで」
「…………」

 突然の提案に、オレは視線を彷徨わせた。

 オレになにかを成し遂げることなんて、できる気がしない。勉強も得意じゃなければ、部活に打ちこんだこともない。友だちだけじゃなく、本当にオレにはなにもないのだ。
 でも、だからこそなのだろうか。見たことのない世界を差し出してみせる円城寺に、ノーを突きつけることができないのは。

「ほら、手」
「え……あ、ありがとう」

 いつの間にか円城寺は立ち上がっていて、片手にはコンビニ袋を提げている。オレが食べたプリンのカップもまとめてくれたみたいだ。差し出された手に手を重ねれば、強い力で引っ張り上げられた。

「証明してやろうぜ。十七歳がいちばん楽しいわけじゃないって。雨森くんは、とりあえず現状を変えられるように頑張ってみる。俺は、この先も更新していけるって結果で見せつける」
「……できるかな、オレなんかでも」
「できるよ。雨森くんだからできることがある。絶対」
「……どうしよう。オレ、やってみたいかも」
「マジ!? やった、決まりな」

 花が開いたみたいに表情を綻ばせて、円城寺が大きな手を掲げた。ハイタッチを求められているのだと理解するのに、数秒かかってしまった。おずおずとオレも手を上げれば、パチンと音を鳴らして重なった。

 なんだかこういうの、マンガでよく見る仲間の印みたいだ。そんなことをふと考えてしまって、慌てて頭を振る。友だちはいらない、作らないって決めているから。あくまでもオレたちは、共犯者になるのだ。