夢は道連れ

「あっ、やばい永遠」
「へ? なに?」
「時計見て、もうすぐ日付変わる」
「あ、本当だ」

 言われるままにスマホを確認すると、ロック画面に23:56との表示が出ていた。思わず顔を見合わせれば、円城寺がオレに問うてくる。

「雨森永遠くん。どうでしたか? 17歳の1年は。17歳がいちばん楽しいって、今なら納得する?」
「あ……」

 そうだ、オレたちの共犯関係は、その言葉からはじまったようなものだ。夏休みのバイトの夜、店長は言った。17歳は特別感があっていちばん楽しい時、戻れるものなら戻りたい、って。それがオレはすごく嫌だった、今こんなに辛いのにここが最高地点なら、この先は最悪でしかない、と。

「この1年は、びっくりするくらい楽しかったよ。円城寺くんと動画撮って、転校も円城寺くんのおかげでしなくて済んで。友だちができてもいいんだって、おかげでやっと思えるようになった。店長とか他の大人たちがこんな1年を過ごしたのかもしれないって思うと、正直あの言葉も納得かも。でもオレは……」
「あ、その先はちょっと待った。なあなあ、俺にも聞いてよ」
「もう。じゃあ、円城寺瞬星(しゅんせい)くん。17歳の1年間はどうでしたか?」

 円城寺がなぜオレの言葉を遮ったのか、確証があるわけではないけれど分かる気がする。だからちょっと笑ってしまいながらも、お望み通りに問い返す。

「あの防波堤で永遠から店長の言葉を聞いた時はさ、楽しいを更新していくつもりなのにーって言ったと思うんだけど。全然自信はなかったんだよ。親に抗って自分で切り開いていきたくて、でもできるか分からなくて。願望こめた、強がりだった」
「そっか」
「うん。でも、永遠のおかげでなれたんじゃないかな。自分の進みたい道を選びたいって言えて、甘ったれてた部分は直して、って。そんで普通に、てかめっちゃくちゃ、過去イチ楽しい1年だったよ。はは、永遠との思い出ばっか。全部大事に持って18歳になって、そんでこの先はもっと……」
「待った」
「え?」
「多分、オレたち同じ答えだよね? だからさっきオレが言うのも止めたんだろ?」
「はは、そうだった。当たり、そう思って止めた」

 向かい合ったオレたちは、きっと今似たような顔をしているんだろう。この1年に胸がいっぱいで、不安をゼロにはできなくても希望はたしかに光っていて。それを目の前の共犯者と共有できている自信がある。

 頷きあって、先に円城寺が口を開く。

「17歳は、過去に照らし合わせたらたしかにいちばん楽しかった。そういう1年に、俺たちはすることができたよな」
「うん。でも、オレたちの人生はここで終わりなわけじゃない。お先真っ暗だって投げやりになるのも、最高はここだって今決めるのも、絶対に違う」
「だな。この1年を糧に胸の真ん中に持って、楽しいを更新できるように生きていく」
「うん、オレも。やっぱり同じだったね」
「な。俺たちなりの正解にたどり着いたよな」
「オレと円城寺くん、全然違う意味で“17歳がいちばん楽しい”に反発してたのにね」

 重なる心をたしかめ合うことで、この1年に花丸をつけてあげられたような気分だ。だっていちばんそばにいたから、いちばんオレの心を知っているのは円城寺だから。絶対に口にはできないけれど、きっと円城寺にとってのオレもそうで。そんなふたりで見つけ出した正解は、いくつになっても宝ものだろう。

 ちょっと目の奥が熱くなって、それをどうにか押しこめた時。円城寺が、

「あっ!」

 と大きな声を上げた。

「永遠! 過ぎてる! 時間! ほら!」
「え……うわ、本当だ!」

 見せられたスマホの画面には、0:03の表示。せっかくならカウントダウンしてもいいくらいだったのに。拍子抜けしたオレたちは数秒絶句して見つめ合った後、吹き出した。

「全然気づかなかったわ」
「オレも。さっきもうちょっとだって言ったとこだったのに、すっかり抜けてた」
「な。でもまあ、いちばんに言わせてもらおうかな。永遠、誕生日おめでとう」
「ん、ありがとう。円城寺くんも、お誕生日おめでとう」
「18歳かあ」
「ね、全然そんな感じしないけど」
「ぬるっと迎えちゃったし?」
「それ。すごく普通。あー、なんかいっぱい笑ったらお腹空いてきた」
「あ、俺お土産買ってきたけど食う?」
「ほんと? オレも買ってきたよ」

 どうせ電車はもうないし、空港内で夜を明かすしかない。それならここで腹ごしらえをするのも一興だろう。手に提げてた紙袋から、北海道の銘菓を取り出す。甘いのもしょっぱいのも買ってきたから、無限に食べられてしまうかもしれない。

 円城寺はリュックに全てを詰めてきたようで、中をガサゴソと漁っている。海外にリュックひとつで行けるというのがオレには信じられないなあと思いながら見ていると、なにかがひとつ落ちてきた。

「円城寺くん、なんか落ちたよ」
「マジ?」
「ん? これって……」
「あっ。ちょっと待った……ええー? もしかして見た?」
「うん、見た。この目でばっちり」

 円城寺は急いでオレの手から取り、慌てたように背後に隠したけれど。後の祭りってヤツだ。見てしまったからには、聞く権利があるとオレは思う。

「なんでそれ持ってるの? オレの好きなレモングミ」
「う……やっぱ気になる?」
「だって、円城寺くん酸っぱいの嫌いじゃん」
「おっしゃる通りなんだけど〜……」
「あ、しかも開いてる。もしかして本当は好きだったとか?」
「全然好きじゃない」
「ふうん。じゃあなんで?」

 顔を片手で覆って隠している円城寺は、その指の間からオレを見る。勘弁してください、とその目が訴えている気がするけれど、どうしたって気になる。

「……お守り」
「お守り? レモンのグミが?」

 このグミにそんなご利益あったっけ。首を傾げる角度をどんどん深くしていくオレに、円城寺はもう音を上げてしまいそうだ。

「っ、電話で言ったと思うけど……永遠が北海道行ってる間にケジメつけて帰って、スマートに報告するつもりだったわけ。実は親と確執あったんだけど〜パッと解決してきたわー、つって」
「うん」
「でも、最初から不安だったんだよ。それで、永遠はいないけど代わりに永遠が好きなもの持ってたらその、力もらえるかなーって……思ったんだよ。うーわ恥ずかしい、最悪」
「円城寺くん……」
「キモいよな。めっちゃ分かるからなんも言うな」

 いよいよ両手で顔を覆って、円城寺は俯いてしまった。ハーフアップの髪がひと房垂れていて、改めて頑張ってきたんだなあと思う。ひとりでパリに行くなんて、日頃スマートな円城寺にとっても一大事だったのだ。そんな時にわざわざ嫌いなお菓子を買ったそうだ、オレの代わりのお守りとして。

「円城寺くんって、オレのこと大好きだね」
「っ、はあ!? ちが、いや違わないけどさあ。永遠〜マジで勘弁して」
「はは、だってさあ。キモくないよ、なんなら嬉しい。グミとして、力になれて?」

 オレのこと大好きだねだなんて、こんなことを言えるようにオレはなったんだな。円城寺と過ごす1年で、こんな新しい自分にもなれたんだ。円城寺は困っているようだけれど、そう思うと本当に、滲み出るよな笑みを抑えられない。

「バカにしてるだろ……」
「してないよ、本当に。今やっと、オレも円城寺くんを支える力を持ってるんだって思えた」
「えー、今? グミで?」
「はは、グミで」

 楽しいと思える時間を一緒に過ごせて、どちらかが辛い時は力になって、涙を堪える顔も恥ずかしがっている顔も、全部知っている。きっとこれからもこうやって、たくさんのものを共有していくのかな。そうだといい。そう思える人に、オレは出逢えたんだ。そんなことを今この瞬間に、しみじみと感じている。

「あ、オレ分かったかも」
「……なにを?」

 まだちょっと恨めしそうな表情をしているけれど、円城寺はやっと顔を上げてくれた。

「オレたちの関係。共犯者以外の」
「ああ。友だちじゃないヤツ」
「うん。あれ、怒ってる?」
「怒ってるっていうか、あれ結構ショックだったんだからな」

 照れくさそうだった顔はどこへやら。膝についた頬杖で支えられた顔には、眇められた瞳が光っている。言うならば睨まれているようなものなのに、胸は明るくなるのだから、もう切っても切れない関係になっているのかもしれない。少なくとも、オレにとっては。

「ごめん。でもやっぱり、友だちじゃしっくりこなくて。クラスの人たちのこと、オレが友だちって呼んでいいんだとしたら」
「いいに決まってる」
「はは、ありがとう。うん、みんなが友だちなら……円城寺くんは友だちじゃ足りないよ。でもはじまりが共犯者だし、親友だとかそういうのも違うと思うし。普通にそれは照れくさいし」
「ええー、俺は親友でもいいけど」
「マジ? あー、うん、やっぱ照れる」
「はは、永遠の照れるところはそこなんだ。もっと突つこうかな」
「えー、やめてよ」
「グミの仕返し」

 冗談を交わすのって、こんなに体中が浮つくほど楽しいものなんだ。やっぱり笑みを抑えられないまま、オレは口を開く。

「えっと、話戻すけど。連れ、ってどうかな」
「ツレ? ああ、言うよな。ツレが〜みたいな。それこそ友だちとか、その時一緒にいる相手なら割と誰にでも言うヤツ」
「うーん、それじゃなくて。連れ合いって言わなかったっけ。ずっと一緒にいる相手のこと」
「え……たしかに言うけど」
「言うよね、よかった。これからもなんだかんだ円城寺くんと一緒に過ごしてるんじゃないかな、そうだったらいいなって。それって、人生を連れ合って生きていくってことじゃないかな」
「…………」
「円城寺くん? どうかした?」

 なぜ急に黙ってしまったのだろう。首を傾げれば、円城寺はちいさく笑みを零しはじめた。

「ふふ、えー、もしかして俺今、プロポーズされてる?」
「え? なに言って……」
「だって、連れ合いって基本的に夫婦に使う言葉だと思うけど」
「え……えっ! そうだっけ!?」
「うん。気軽に言うツレと連れ合いじゃ、だいぶ違うな」
「じゃ、じゃあ今のなし! プロポーズなわけないだろ!」
「えー、でも俺気に入っちゃったしなあ。永遠と俺は連れ合いってことにしよ」
「いやいやいや……」

 まさか、そんな意味があるとは思いもしなかった。もっと熟考して、きちんと調べて言うべきだった。けれど円城寺は妙にご機嫌で。絶対に撤回させてもらえない気がする。レモングミを茶化しすぎた罰かもしれない。

「だってさ、俺は嬉しいよ。友だちは作らないって頑なだった永遠が、この先も俺と一緒にいることを想定してくれて」
「それは……オレもそんな風に思えることが嬉しいなとは思ったけどさあ……やっぱ恥ずいって。辞めよ?」
「別に他の誰かに紹介するわけじゃないからよくない? 共犯者ってのも、誰にも言ったことないだろ」
「それはそうだけど……」
「まあ、共犯者みたいにちょっと悪ぶって言うなら……この先も楽しいことを一緒にやっていきたいし、どっちかが辛い時は支え合うんだろうし。なにをするにも道連れ、って感じ? こっちにも連れが入ってるし。どう?」
「道連れ?」

 上手いこと言うものだ。本をたくさん読んでいるから、思いつくのだろうか。オレが使った連れ合いを拾って、プロポーズなんて言葉に照れてしまったオレの気持ちも掬って。それでちょっと、かっこいい感じもする。

「それいいかも。道連れかあ。今までもこれからも、ってことだよな」
「そうだな。想定できるこの先も、もっと未来のその先も。永遠と楽しくやれてたらって思うよ」
「……ん、オレも」

 ほとんど同時に手を上げたオレたちは、夜空に響かせるように手を合わせた。

 18歳になったばかりの、おそらくもうすぐ午前1時。たった1年前は、オレにこんな未来があるなんて思いもしなかった。胸の奥底では誰かと繋がることをきっと望んでいたからこそ、自ら選んだひとりだった。

 けれど今は、この先もずっと道連れだと言ってくれる、円城寺がいる。1年だって激動だったのだから、何年も先はどうなっているか分からない。けれどきっと、円城寺とはずっと繋がっている。そう思える、そうだったらいいと、そうしていくのだと心に強く誓いを持てる。もしも道を違えることがあっても、心が還るのはきっと昨年の夏で、そうしたらきっと、円城寺との明日を信じられるのだと思うから。

「なあ、永遠。ところでさ、電車動くまでどうする?」
「それだよな。ちょっと眠くなってきた」
「どこかのベンチで仮眠するか」
「それしかないよな」
「なあ、帰ったらちゃんと誕生日パーティーしような」
「あ、オレも言おうと思ってた」