22日、オレと円城寺の誕生日前日の夜。そもそも今回の帰省は、誕生日を両親と過ごすのがいちばんの目的だった。当日はご馳走にしようね、ケーキも予約してあるのよ、なんて言われていたのだけれど。ついさっき、20時過ぎ頃に羽田空港に降り立ったところだ。
パリにいるという円城寺からの電話を切った後、室内に戻ったオレは両親に懇願した。せっかくなのにごめん、22日にはもうあちらに戻りたい、と。飛行機のチケットの復路は25日ですでに購入してあった。日時変更の手続きをすれば、まだ空席はあるようだった。
いくらなんでもワガママだと呆れられるか、もしくはガッカリさせてしまうか。けれど両親は、じゃあもう今日お祝いしちゃおうか! と笑って承諾してくれた。
『電話の声ちょっと聞こえてたけど、円城寺くん、大変な状況なんでしょ? じゃあ今度は永遠が支えなきゃね』
そう言って力強く頷いてくれた母に、オレはきっとこの先もずっと頭が上がらないのだろう。
さて、円城寺が乗った飛行機が到着するまで、あと二時間ほどある。今いる第一ターミナルから国際線の第三ターミナルへは、無料の連絡バスで5分ほど。さっそく移動してもいいのだが。キョロキョロと辺りを見渡しながら、土産屋が並ぶエリアを歩く。フライト中から1年前を思い返していたオレは、とあるものを探していた。
羽田空港、第三ターミナル。夜も22時半に差しかかる国際線の到着ロビー。円城寺の乗る飛行機は、つい今しがた到着したようだ。海外に行ったことはないけれど、国内線よりもロビーに出てこられるまでの時間はかかるものだろう。のんびり待っていたっていい。なんならベンチにでも腰を下ろして、スマホを眺めて時間を潰しているほうがいいのかも。そう思いはするけれど、オレは早々に到着出口を確認し、そこが見渡せる場所に身を隠した。
かれこれ30分以上は待っている。時計ももう23時を過ぎたことを教えていて、さすがに突っ立ったままは辛いものだなと首と肩を回した時だった。長身のよく見慣れた顔が、出口から出てきた。ほんの3日ほど会わなかっただけなのにすでに懐かしい思いがするのか、胸の奥がほどけた感覚がする。普通に声をかけるのはつまらない、ゆっくりと忍び寄る。どうやらオレにも、イタズラ心というものが備わっていたらしい。できる限り背後に近づいて、オレはそっと彼の名前を呼んだ。
「円城寺くーん」
「え……。っ、は!? 永遠?」
「おかえり。びっくりした?」
ゆっくりと振り返った円城寺は、オレを目に入れるやいなや、後ろへ一歩跳ねるように跳び上がった。どうやら、サプライズは大成功のようだ。帰りの便を2日も早めたことは、あえて報告していなかった。
「びっくりどころじゃないよね……え、なんでいるの?」
「なんでって、円城寺くん待ち」
「えー……だって今頃、北海道にいるんじゃなかった?」
「そうなんだけど。早めに帰ってきちゃった」
「帰ってきちゃったって。なにしてんの、明日誕生日なのに」
「明日誕生日だから、だよ」
「それって、もしかして俺のせい?」
「んー、違う。オレの勝手」
きっと円城寺は、オレが家族との誕生日祝いを放り出してここにいることを気に病んでいるのだろう。そんなの気にしなくていいのに。とは言え、普段は飄々としている彼が実は優しさに満ちていることをオレはよく知っている。じゃあオレにできることは、オレがこうしたくてしているときちんと伝えることだろう。それじゃあ手始めにと、オレは手に提げているビニール袋を顔の高さに掲げてみせる。
「ねえ、円城寺くん」
「ん?」
「ちょっと一杯付き合ってよ」
「永遠……はは、マジか。あーでも俺、未成年飲酒とかマジで興味ないんだけど平気?」
「ふはっ。オレもないってば」
それじゃあ行こうと、下見をしておいた展望デッキへと円城寺を誘う。もちろん、途中にあった自動販売機でサイダーを2本買うことも忘れない。ボトルを取り出すオレの後ろで円城寺が堪えきれなさそうに笑ったから、軽く膝蹴りを入れておいた。
「おお、すげー。飛行機飛んでるじゃん」
「さっきまで乗ってたけど、やっぱりテンション上がるかも」
「分かる」
フェンス前で、飛行機が行き交う滑走路を眺める。フェンスの根元には腰かけられるスペースがあり、そこに並んで腰を下ろす。袋からプリンとスプーンを取り出して渡せば、円城寺は笑いながらそれを受け取った。
「すげー、マジで1年前と一緒だ」
「せっかく7月22日の夜だしと思って。場所は海と空で違うけどな。ちゃんとプリンぬるいだろ」
「たしかに。サイダーもあるし、こっちは冷えてるし?」
「まあ、プリンは専門店で買ったからちょっと高級ですけど」
「はは、永遠がドヤってる」
いただきますと手を合わせて、ぬるいプリンをひとくち口に含む。上に乗っているクリームがちょっと溶けていて、広がる甘さに思わず目をつむる。
「あー、うっま……甘いのちょっと久々かも」
「マジ? フランスって有名なお菓子なかったっけ」
「マカロンとかマドレーヌとかあるよな。でも全然食べてない」
「そうなんだ。普段よく食べてるのに、ちょっと意外」
ご両親との話は、いい方向に転がったと簡単には聞いている。それならば、甘いもの好きな円城寺ならスイーツを楽しんでいても不思議ではないのに。
「んー、甘いものってさ、普通に好きではあるんだけど。俺にとって、逃げみたいなものだったんだよね」
「逃げ?」
「しんどい時とかむしゃくしゃした時とかに、甘いのガッと食べると一瞬忘れられる感じ」
「へえ。じゃあ、今回はいい感じだったって話だから、食べるまでもなかったってことか」
「ちょっと違うな。もう逃げるためのアイテムじゃなくなったんだよ」
「どういう意味?」
サイダーを口に含むと、炭酸の泡が口の中に香る甘さを綺麗に連れ去っていく。くせになる喉越しに、もうひとくちとボトルを傾けかけた時だった。
「楽しみになった。どうせ食べるなら、永遠と食べたいなあって」
「へ……」
「だからこのプリン、マジで最高。まさか今日会えると思ってなかったし、こんないい景色の場所で、永遠と思い出のプリン食ってる。しかも、あの日からちょうど1年後」
「…………」
「あ、プリンはちょっと高級だけどな」
「…………」
「あれ? 永遠ー? あ、もしかして照れてる?」
「っ、バッカ、そういうのは言うなよ」
「ふ、あっはは!」
サイダーにむせたふりで咳をしながら、円城寺に肩をぶつける。すると同じくらいの力で返ってきて、結局オレも笑ってしまった。
そりゃあ照れるに決まっている。オレだって、好きで飛行機の日時を変更して、プリンまで用意したのだから。それを最高だと名づけてもらえるのなら、オレにとっても曇りなく最高の17歳最後の日だ。
「俺の家がいわゆる金持ちってのは、前に言ったと思うんだけどさ」
「うん、そうだね」
「父親のほうのじいちゃんが作った会社がデカくなって、父親が継いで。俺もそれに続くようにって、それが当たり前のように子どもの頃からずっと言われてた」
「うん」
「パリに引っ越すのを拒んで残った時なんか、その代わりに絶対継がせるからって、捨てゼリフみたいに言われた」
「そうだったんだ……」
食べ終えたプリンを袋にしまって、途中のサイダーにはいったん蓋をして。右の膝を腰かけたところに乗せ、滑走路に目をやりながら円城寺は話しはじめた。オレにとってはドラマや映画の世界の話みたいで、けれど円城寺には現実の話だ。そう思えば円城寺の放つ言葉ひとつひとつが、実体を持ってオレの中に降り積もっていく。
「ちいさい時から、ずっと不思議でさあ。なんで俺自身がなにをやりたいかも分かってないのに、あなたは将来こう生きるんだよって決められなきゃいけないんだろうって」
「うん」
「しかもさ、円城寺家の長男ってラベルで俺を見てるの、親だけじゃないんだよな」
「そうなの?」
「小学生とかの時はそうでもなかったけど。高校生になる頃にはもう、全然違った。あの人、あの会社の社長息子らしいよ、じゃあお金持ちだね、みたいな色眼鏡で見られてんの、分かんだよね。それがすげー嫌なくせに、俺は俺だって説明するのもだるくてさ。分かってもらえなかった時、キツいだろうから。それならもうどうでもいいや、親が社長の息子、って存在でいいやってなってた」
そこでいったん言葉を切って、円城寺はサイダーをひとくち飲んだ。それからフェンスをぎゅっと掴んで、再び話し出す。
「長谷川とか藤田とか野中とかは、今思えばそうじゃなかったんだろうけど。他のヤツらと同じって端から決めつけて、言われる前にじゃあやってやるかってなんでもお金出したりしてた」
「そっか。そうだったんだ」
昨年の誕生日パーティーの日の豪華な食事や、日帰り旅行で仙台に行った時のことを思い出す。豪快な金使いに毎回驚いたものだけれど、そういう経緯があったとは思い至りもしなかった。
「親の敷くレールに乗りたくなくて反発したいくせに、都合がいい時は俺は子どもなんだし当たり前だよなって親の金ガンガン使って。中途半端だったよなあって、やっと思えるようになった。永遠のおかげで」
「円城寺くん……」
「プリンひとつで申し訳なさそうにするヤツ、初めてだった。俺の家のこと知らないんだろうなって思ったけど、知ってからもそうだったろ」
「まあ、うん。それが当たり前だと思うし」
「そういうとこ。いいなって思うよ。眩しいなって、そういう永遠に見合う男になりたいなって。共犯者だし、対等になりたいって思った。憧れてるだけじゃなくて」
「なんか……オレのこと過大評価しすぎじゃない?」
「そんなことないよ。マジで思ってる」
フェンスに頭を預け、円城寺は夜空を見上げる。オレも真似てみると、そこに星は見えなかった。世界と繋がるこの場所は、夜を知らないのだろう。それでも円城寺と話していると、星に似た瞬きがオレの胸には映っているように思う。
「コンテストで受賞して、俺はやれるんだって証明を持って親に会いに行くつもりだった。でも落選で、それも無理かもって一瞬思ったけど。あの夏は一生の宝ものだ、って永遠が言うから。そうだよ俺にとってもそうじゃんって気づけて、永遠のおかげで本当にやりたいことも見つけられて。だからやっぱり、成人になる直前、17歳のうちにパリに行こうって思えた。親の金じゃなくて、バイトで貯めたお金でチケット買って」
「あ、欲しいものってそれだったんだ」
「そういうこと。自由への切符、みたいな? はは、ちょっとくさいか」
ふう、と吐いた円城寺の息の音は、まるで生まれ変わったみたいな清々しい音に聞こえた。思わずそちらを見れば、円城寺もオレのほうを見ていた。勝ち気にあがった口角が、その先を聞かなくたってオレにも無性に誇らしい。
「二つ返事で納得してもらえたわけじゃない。そんななれるかどうかも分からないもの目指して、ダメだった時はどうするのって、散々。でも、俺の意志はもう変わらないって伝わったみたいでさ。年末から親の金使ってないのも、気づいてたらしい。好きにしなさいって、なんなら、やるなら本気でやれって発破かけられた」
「っ、よかった……よかったね」
「うん」
いつも円城寺がしてくれたみたいに、オレから手をかざす。そこに円城寺の手が重なって、気持ちのいい音が鳴った。
「マジで足震えたけど、永遠に電話して勇気もらった。マジでありがとな」
「ううん、全然。ていうか、やっぱりオレばっかり円城寺くんに救われてて、不甲斐ないんだけどね」
「ええー、マジで言ってる? 永遠、俺の話ちゃんと聞いてた? 俺に巨大すぎる影響与えてるって分かってる?」
「正直言って、実感ない。実感っていうか、手応え?」
「はあ〜……永遠お前、このやろ〜!」
「わっ、ちょっと! なにすんの、ははっ!」
急に肩を組まれたかと思えば、円城寺の手がオレの髪をかき混ぜた。驚いたけれど、嫌じゃないのだから困ったものだ。髪がグチャグチャになるじゃんとか、大きな声を出してしまって周りに迷惑じゃないかなとか。考えてはいるのに、止める気にもならない。
パリにいるという円城寺からの電話を切った後、室内に戻ったオレは両親に懇願した。せっかくなのにごめん、22日にはもうあちらに戻りたい、と。飛行機のチケットの復路は25日ですでに購入してあった。日時変更の手続きをすれば、まだ空席はあるようだった。
いくらなんでもワガママだと呆れられるか、もしくはガッカリさせてしまうか。けれど両親は、じゃあもう今日お祝いしちゃおうか! と笑って承諾してくれた。
『電話の声ちょっと聞こえてたけど、円城寺くん、大変な状況なんでしょ? じゃあ今度は永遠が支えなきゃね』
そう言って力強く頷いてくれた母に、オレはきっとこの先もずっと頭が上がらないのだろう。
さて、円城寺が乗った飛行機が到着するまで、あと二時間ほどある。今いる第一ターミナルから国際線の第三ターミナルへは、無料の連絡バスで5分ほど。さっそく移動してもいいのだが。キョロキョロと辺りを見渡しながら、土産屋が並ぶエリアを歩く。フライト中から1年前を思い返していたオレは、とあるものを探していた。
羽田空港、第三ターミナル。夜も22時半に差しかかる国際線の到着ロビー。円城寺の乗る飛行機は、つい今しがた到着したようだ。海外に行ったことはないけれど、国内線よりもロビーに出てこられるまでの時間はかかるものだろう。のんびり待っていたっていい。なんならベンチにでも腰を下ろして、スマホを眺めて時間を潰しているほうがいいのかも。そう思いはするけれど、オレは早々に到着出口を確認し、そこが見渡せる場所に身を隠した。
かれこれ30分以上は待っている。時計ももう23時を過ぎたことを教えていて、さすがに突っ立ったままは辛いものだなと首と肩を回した時だった。長身のよく見慣れた顔が、出口から出てきた。ほんの3日ほど会わなかっただけなのにすでに懐かしい思いがするのか、胸の奥がほどけた感覚がする。普通に声をかけるのはつまらない、ゆっくりと忍び寄る。どうやらオレにも、イタズラ心というものが備わっていたらしい。できる限り背後に近づいて、オレはそっと彼の名前を呼んだ。
「円城寺くーん」
「え……。っ、は!? 永遠?」
「おかえり。びっくりした?」
ゆっくりと振り返った円城寺は、オレを目に入れるやいなや、後ろへ一歩跳ねるように跳び上がった。どうやら、サプライズは大成功のようだ。帰りの便を2日も早めたことは、あえて報告していなかった。
「びっくりどころじゃないよね……え、なんでいるの?」
「なんでって、円城寺くん待ち」
「えー……だって今頃、北海道にいるんじゃなかった?」
「そうなんだけど。早めに帰ってきちゃった」
「帰ってきちゃったって。なにしてんの、明日誕生日なのに」
「明日誕生日だから、だよ」
「それって、もしかして俺のせい?」
「んー、違う。オレの勝手」
きっと円城寺は、オレが家族との誕生日祝いを放り出してここにいることを気に病んでいるのだろう。そんなの気にしなくていいのに。とは言え、普段は飄々としている彼が実は優しさに満ちていることをオレはよく知っている。じゃあオレにできることは、オレがこうしたくてしているときちんと伝えることだろう。それじゃあ手始めにと、オレは手に提げているビニール袋を顔の高さに掲げてみせる。
「ねえ、円城寺くん」
「ん?」
「ちょっと一杯付き合ってよ」
「永遠……はは、マジか。あーでも俺、未成年飲酒とかマジで興味ないんだけど平気?」
「ふはっ。オレもないってば」
それじゃあ行こうと、下見をしておいた展望デッキへと円城寺を誘う。もちろん、途中にあった自動販売機でサイダーを2本買うことも忘れない。ボトルを取り出すオレの後ろで円城寺が堪えきれなさそうに笑ったから、軽く膝蹴りを入れておいた。
「おお、すげー。飛行機飛んでるじゃん」
「さっきまで乗ってたけど、やっぱりテンション上がるかも」
「分かる」
フェンス前で、飛行機が行き交う滑走路を眺める。フェンスの根元には腰かけられるスペースがあり、そこに並んで腰を下ろす。袋からプリンとスプーンを取り出して渡せば、円城寺は笑いながらそれを受け取った。
「すげー、マジで1年前と一緒だ」
「せっかく7月22日の夜だしと思って。場所は海と空で違うけどな。ちゃんとプリンぬるいだろ」
「たしかに。サイダーもあるし、こっちは冷えてるし?」
「まあ、プリンは専門店で買ったからちょっと高級ですけど」
「はは、永遠がドヤってる」
いただきますと手を合わせて、ぬるいプリンをひとくち口に含む。上に乗っているクリームがちょっと溶けていて、広がる甘さに思わず目をつむる。
「あー、うっま……甘いのちょっと久々かも」
「マジ? フランスって有名なお菓子なかったっけ」
「マカロンとかマドレーヌとかあるよな。でも全然食べてない」
「そうなんだ。普段よく食べてるのに、ちょっと意外」
ご両親との話は、いい方向に転がったと簡単には聞いている。それならば、甘いもの好きな円城寺ならスイーツを楽しんでいても不思議ではないのに。
「んー、甘いものってさ、普通に好きではあるんだけど。俺にとって、逃げみたいなものだったんだよね」
「逃げ?」
「しんどい時とかむしゃくしゃした時とかに、甘いのガッと食べると一瞬忘れられる感じ」
「へえ。じゃあ、今回はいい感じだったって話だから、食べるまでもなかったってことか」
「ちょっと違うな。もう逃げるためのアイテムじゃなくなったんだよ」
「どういう意味?」
サイダーを口に含むと、炭酸の泡が口の中に香る甘さを綺麗に連れ去っていく。くせになる喉越しに、もうひとくちとボトルを傾けかけた時だった。
「楽しみになった。どうせ食べるなら、永遠と食べたいなあって」
「へ……」
「だからこのプリン、マジで最高。まさか今日会えると思ってなかったし、こんないい景色の場所で、永遠と思い出のプリン食ってる。しかも、あの日からちょうど1年後」
「…………」
「あ、プリンはちょっと高級だけどな」
「…………」
「あれ? 永遠ー? あ、もしかして照れてる?」
「っ、バッカ、そういうのは言うなよ」
「ふ、あっはは!」
サイダーにむせたふりで咳をしながら、円城寺に肩をぶつける。すると同じくらいの力で返ってきて、結局オレも笑ってしまった。
そりゃあ照れるに決まっている。オレだって、好きで飛行機の日時を変更して、プリンまで用意したのだから。それを最高だと名づけてもらえるのなら、オレにとっても曇りなく最高の17歳最後の日だ。
「俺の家がいわゆる金持ちってのは、前に言ったと思うんだけどさ」
「うん、そうだね」
「父親のほうのじいちゃんが作った会社がデカくなって、父親が継いで。俺もそれに続くようにって、それが当たり前のように子どもの頃からずっと言われてた」
「うん」
「パリに引っ越すのを拒んで残った時なんか、その代わりに絶対継がせるからって、捨てゼリフみたいに言われた」
「そうだったんだ……」
食べ終えたプリンを袋にしまって、途中のサイダーにはいったん蓋をして。右の膝を腰かけたところに乗せ、滑走路に目をやりながら円城寺は話しはじめた。オレにとってはドラマや映画の世界の話みたいで、けれど円城寺には現実の話だ。そう思えば円城寺の放つ言葉ひとつひとつが、実体を持ってオレの中に降り積もっていく。
「ちいさい時から、ずっと不思議でさあ。なんで俺自身がなにをやりたいかも分かってないのに、あなたは将来こう生きるんだよって決められなきゃいけないんだろうって」
「うん」
「しかもさ、円城寺家の長男ってラベルで俺を見てるの、親だけじゃないんだよな」
「そうなの?」
「小学生とかの時はそうでもなかったけど。高校生になる頃にはもう、全然違った。あの人、あの会社の社長息子らしいよ、じゃあお金持ちだね、みたいな色眼鏡で見られてんの、分かんだよね。それがすげー嫌なくせに、俺は俺だって説明するのもだるくてさ。分かってもらえなかった時、キツいだろうから。それならもうどうでもいいや、親が社長の息子、って存在でいいやってなってた」
そこでいったん言葉を切って、円城寺はサイダーをひとくち飲んだ。それからフェンスをぎゅっと掴んで、再び話し出す。
「長谷川とか藤田とか野中とかは、今思えばそうじゃなかったんだろうけど。他のヤツらと同じって端から決めつけて、言われる前にじゃあやってやるかってなんでもお金出したりしてた」
「そっか。そうだったんだ」
昨年の誕生日パーティーの日の豪華な食事や、日帰り旅行で仙台に行った時のことを思い出す。豪快な金使いに毎回驚いたものだけれど、そういう経緯があったとは思い至りもしなかった。
「親の敷くレールに乗りたくなくて反発したいくせに、都合がいい時は俺は子どもなんだし当たり前だよなって親の金ガンガン使って。中途半端だったよなあって、やっと思えるようになった。永遠のおかげで」
「円城寺くん……」
「プリンひとつで申し訳なさそうにするヤツ、初めてだった。俺の家のこと知らないんだろうなって思ったけど、知ってからもそうだったろ」
「まあ、うん。それが当たり前だと思うし」
「そういうとこ。いいなって思うよ。眩しいなって、そういう永遠に見合う男になりたいなって。共犯者だし、対等になりたいって思った。憧れてるだけじゃなくて」
「なんか……オレのこと過大評価しすぎじゃない?」
「そんなことないよ。マジで思ってる」
フェンスに頭を預け、円城寺は夜空を見上げる。オレも真似てみると、そこに星は見えなかった。世界と繋がるこの場所は、夜を知らないのだろう。それでも円城寺と話していると、星に似た瞬きがオレの胸には映っているように思う。
「コンテストで受賞して、俺はやれるんだって証明を持って親に会いに行くつもりだった。でも落選で、それも無理かもって一瞬思ったけど。あの夏は一生の宝ものだ、って永遠が言うから。そうだよ俺にとってもそうじゃんって気づけて、永遠のおかげで本当にやりたいことも見つけられて。だからやっぱり、成人になる直前、17歳のうちにパリに行こうって思えた。親の金じゃなくて、バイトで貯めたお金でチケット買って」
「あ、欲しいものってそれだったんだ」
「そういうこと。自由への切符、みたいな? はは、ちょっとくさいか」
ふう、と吐いた円城寺の息の音は、まるで生まれ変わったみたいな清々しい音に聞こえた。思わずそちらを見れば、円城寺もオレのほうを見ていた。勝ち気にあがった口角が、その先を聞かなくたってオレにも無性に誇らしい。
「二つ返事で納得してもらえたわけじゃない。そんななれるかどうかも分からないもの目指して、ダメだった時はどうするのって、散々。でも、俺の意志はもう変わらないって伝わったみたいでさ。年末から親の金使ってないのも、気づいてたらしい。好きにしなさいって、なんなら、やるなら本気でやれって発破かけられた」
「っ、よかった……よかったね」
「うん」
いつも円城寺がしてくれたみたいに、オレから手をかざす。そこに円城寺の手が重なって、気持ちのいい音が鳴った。
「マジで足震えたけど、永遠に電話して勇気もらった。マジでありがとな」
「ううん、全然。ていうか、やっぱりオレばっかり円城寺くんに救われてて、不甲斐ないんだけどね」
「ええー、マジで言ってる? 永遠、俺の話ちゃんと聞いてた? 俺に巨大すぎる影響与えてるって分かってる?」
「正直言って、実感ない。実感っていうか、手応え?」
「はあ〜……永遠お前、このやろ〜!」
「わっ、ちょっと! なにすんの、ははっ!」
急に肩を組まれたかと思えば、円城寺の手がオレの髪をかき混ぜた。驚いたけれど、嫌じゃないのだから困ったものだ。髪がグチャグチャになるじゃんとか、大きな声を出してしまって周りに迷惑じゃないかなとか。考えてはいるのに、止める気にもならない。



