北海道に到着し父と母と合流したオレは、さっそく円城寺へメッセージを送った。無事についてよかったとすぐに返事が返ってきたのだけれど。夕方頃、有名な観光地で撮った写真を送ったところから、ぱったりと既読マークがつかなくなってしまった。
「永遠どうしたの? 珍しくスマホばっかり見て」
「んー、ちょっと。円城寺くんと連絡がつかないから、気になって」
「あら、そうなの。他のお友だちと遊んでるんじゃない?」
「だよね。気にしすぎか」
「万が一なにかあったら、内田さんからこちらにも連絡があるだろうしな」
「それもそうか」
父と母のおかげで、一旦は気持ちが落ち着いたのだけれど。夕飯に有名店の味噌ラーメンを食べても、明日は動物園に行こうとかお寿司を食べに行こうと言われても、10分も経つとスマホのチェックをせずにはいられなかった。
「円城寺くん、なにしてんだよ……」
23時。そろそろ寝るね、と両親が寝室に行く頃になっても連絡はつかない。
0時、実家だけど初めて訪れた家の慣れないリビング、そこに敷いてもらった布団に横になっても中々寝つけない。
1時、やっぱりまだメッセージは見てもらえていない。もういっそ起きていようかと思ったけれど、久しぶりの飛行機で疲れた体は限界を迎えてしまった。
朝の7時過ぎ。鳴り出した電話の音で、オレは飛び起きた。台所には母が立っていて、父はダイニングでお茶を飲んでいる。おはようと言われたが構っていられず、オレは慌ててスマホを手に取った。円城寺からの着信だった。オレはアパートを出ながら、急いで通話ボタンをタップする。
「もしもし!?」
「永遠? いっぱい連絡もらってたのに、返事できなくてごめんな」
「っ、マジで心配した。連絡ついてよかった……なにかあったのか?」
「いや、なんていうか、電波がないとこだったって言うか……」
「…………? 今どこ?」
あの家だったら、電波がないなんてことは有り得ない。どこか泊まりで出かけているのだろうか。何時間も電波が届かないようなところに?
「今は……んー……あーあ、やっぱダメだな。カッコつけようと思ってたのに、上手くいかない」
「なあ、なんの話?」
円城寺がなにを言っているのか、さっぱり分からない。ほんの糸の先すら掴めず歯がゆくても、オレは尋ねることしかできない。
「今、パリにいる」
「っ、パリ!?」
「うん、親が住んでる街。飛行機に乗ってて、連絡できなかった。機内のWi-Fiがあると思ってたんだけど、時間制限あんの。知らなかったわ」
「…………」
あまりの衝撃に言葉が出てこない。両親に会いに行ったということなのだろう。けれど、なぜ教えてくれなかったのだろう。カッコつけようと思ったって? オレに? 意味が分からない。
「永遠? 聞こえてる?」
「っ、なんで」
「ん?」
「なんで言ってくれなかったんだよ!」
「……自分の力できっぱりケジメつけて、帰ってから報告するつもりだった」
「だから、なんで……」
「前にも言ったけど俺さ、永遠にいつも力をもらってる。ずっと中途半端だったけどちゃんとやろうって、永遠見てたら思えるようになった」
「それ……転校を止めに来てくれた時にも言ってたけど。オレ、やっぱりなんもしてないよ」
「してるよ。いつも見せてくれてる。胸張って言える俺になれたら言うって言ったのも覚えてる?」
「あ……」
そうだ。これもあの12月、言われたのだった。今はまだ時期じゃないのだと、円城寺は言っていたっけ。
「親にケジメつけられて初めて、胸を張れる俺になれる。だからこれは、俺がひとりでやるべきことなんだよ」
「っ、人のことは救っといて?」
「はは、まあ、そうなんだけど」
「んだよそれ。オレだって円城寺くんのこと、できる限り助けたいよ。オレたち、共犯者なんじゃないのかよ」
「そう言うと思った。下手したら、わざわざパスポート取ってついて行くって言いそうだなって」
「そうしたかったよ、実際」
「ありがとう。それだけで充分。永遠ならそうしてくれるんだろうなって思うだけで、ここに来ることができた気がする。でも……」
「…………? でも?」
でも、と言って息を吸う音が聞こえたきり、円城寺は話さなくなった。呼吸は聞こえるから、通話が切れたわけではなさそうだ。息を潜め続きを待っていると、
「ははっ」
という笑い声が聞こえてきた。少し潤んだ音に聞こえるのは、気のせいだろうか。
「やっぱ怖いわ」
「っ、円城寺くん……」
「この後、両親と会うことになってる」
「うん」
「このために来たのに、いざとなったらすげー怖い。俺の気持ちなんか、虫けら払うみたいに否定されるんじゃないかって」
「そんな……」
「そう思ったら、永遠の声聞きたくなって電話しちゃった」
「っ、そっか」
「うん。なあ、永遠」
深呼吸をしたのが、遠く離れていてもよく分かる。隣にいたなら、その背中に手を添えてあげられるのに。もしも涙が堪えられないなら、見ないふりしてやったっていいのに。この距離がひどくもどかしい。
「ん、なに?」
できるだけオレの声が、円城寺の耳にやわらかく届いたらいい。そう願いながら、聞き返す。
「俺、ひとりじゃないな」
「え?」
「怖いって思ったけど、今もそうだけど。ここに来れてることが俺にとってはもう、すごいことでさ。それって、永遠からもらった勇気で進めた大きな一歩なんだよ。クソって腹立てるばっかで、言いなりになるしかできなかったのに。ひとりじゃできなかったこと、永遠のおかげでできてるんだって思ったら、俺ってひとりじゃないんだなって」
「っ、なんだよそれえ……」
円城寺は、不安で電話してきたのに。オレが宝ものみたいな言葉をもらってどうするのだ。こみ上げてきそうなものをどうにか喉の奥に押しこんで、今度はオレが深呼吸をする。
「円城寺くん」
「んー?」
「円城寺くんなら大丈夫だよ。円城寺くんそのままでぶつかっていけば、絶対に大丈夫」
「ほんとにー?」
「本当。円城寺くんの言葉がオレをどれだけ変えたと思う? あの日コンビニでちょっと話そうって言われなかったら、共犯者になろうって言われなかったら、オレの親に直談判してくれなかったら……どれかひとつでもなかったら、オレは今のオレじゃない。オレのほうこそ、円城寺くんのおかげでひとりじゃなくなった」
「永遠……」
「円城寺くんがどんなに怖くても、オレが円城寺くんを信じてるから。本当はさ、そばにいられたらよかったけど。テレポートできるわけじゃないから、こんなこと言うしかできなくてもどかしいけど。円城寺くんみたいに上手に言えないけど……信じてるよ」
「うわー、はは。やっぱすごいわ永遠は」
オレの胸にある思いの半分も、伝えられてはいない気がするけれど。円城寺の声が、少し軽くなったように聞こえる。ほんのちょっとくらい、その背中に手を添えられたならいい。
「よし、行ってくる」
「うん、頑張って。帰ったら詳しく教えてよ」
「約束する。なあ、終わったらまた電話していい? いやでも観光行ったりしてるか」
「そんなのいいから絶対して。遠慮したら怒るから」
「マジか。じゃあ絶対しなきゃな」
「そうだよ」
もう一度それじゃあ、と言った円城寺の声と、風の音。もうすぐ切れるだろうな、というところでオレは大きな声を上げた。
「ちょっと待った!」
「……ん? どうした?」
「円城寺くん、こっちにはいつ帰ってくる予定?」
「そっちの22日の夜10時頃だな」
「22日の夜10時……」
「永遠は25日だったよな。何時頃だっけ」
「17時着予定」
「17時な。おっけー、迎えにいく。それでさ、遅れても今年も誕生日パーティーしような」
「うん、そうだね」
今度こそ、じゃあなと言って通話を終了する。それからオレはすぐに、スマホでとあるサイトを開いた。
「永遠ー? 電話終わったの? 朝ごはんできてるよ」
アパートの外壁に寄りかかって調べものをしていたら、母が玄関から顔を出した。
「あ、うん。今行く」
母と父にはがっかりさせてしまうかもしれないけれど。すごくすごくワガママをするけれど。オレが今いちばんしたいことは、これだと伝えよう。ちゃんと、自分の口で。円城寺の言葉を借りれば、それだけの力を円城寺にもらってきたから。自分の中に鬱憤を貯めてただただ悲観するのは、やめられるオレになりたいから。
「永遠どうしたの? 珍しくスマホばっかり見て」
「んー、ちょっと。円城寺くんと連絡がつかないから、気になって」
「あら、そうなの。他のお友だちと遊んでるんじゃない?」
「だよね。気にしすぎか」
「万が一なにかあったら、内田さんからこちらにも連絡があるだろうしな」
「それもそうか」
父と母のおかげで、一旦は気持ちが落ち着いたのだけれど。夕飯に有名店の味噌ラーメンを食べても、明日は動物園に行こうとかお寿司を食べに行こうと言われても、10分も経つとスマホのチェックをせずにはいられなかった。
「円城寺くん、なにしてんだよ……」
23時。そろそろ寝るね、と両親が寝室に行く頃になっても連絡はつかない。
0時、実家だけど初めて訪れた家の慣れないリビング、そこに敷いてもらった布団に横になっても中々寝つけない。
1時、やっぱりまだメッセージは見てもらえていない。もういっそ起きていようかと思ったけれど、久しぶりの飛行機で疲れた体は限界を迎えてしまった。
朝の7時過ぎ。鳴り出した電話の音で、オレは飛び起きた。台所には母が立っていて、父はダイニングでお茶を飲んでいる。おはようと言われたが構っていられず、オレは慌ててスマホを手に取った。円城寺からの着信だった。オレはアパートを出ながら、急いで通話ボタンをタップする。
「もしもし!?」
「永遠? いっぱい連絡もらってたのに、返事できなくてごめんな」
「っ、マジで心配した。連絡ついてよかった……なにかあったのか?」
「いや、なんていうか、電波がないとこだったって言うか……」
「…………? 今どこ?」
あの家だったら、電波がないなんてことは有り得ない。どこか泊まりで出かけているのだろうか。何時間も電波が届かないようなところに?
「今は……んー……あーあ、やっぱダメだな。カッコつけようと思ってたのに、上手くいかない」
「なあ、なんの話?」
円城寺がなにを言っているのか、さっぱり分からない。ほんの糸の先すら掴めず歯がゆくても、オレは尋ねることしかできない。
「今、パリにいる」
「っ、パリ!?」
「うん、親が住んでる街。飛行機に乗ってて、連絡できなかった。機内のWi-Fiがあると思ってたんだけど、時間制限あんの。知らなかったわ」
「…………」
あまりの衝撃に言葉が出てこない。両親に会いに行ったということなのだろう。けれど、なぜ教えてくれなかったのだろう。カッコつけようと思ったって? オレに? 意味が分からない。
「永遠? 聞こえてる?」
「っ、なんで」
「ん?」
「なんで言ってくれなかったんだよ!」
「……自分の力できっぱりケジメつけて、帰ってから報告するつもりだった」
「だから、なんで……」
「前にも言ったけど俺さ、永遠にいつも力をもらってる。ずっと中途半端だったけどちゃんとやろうって、永遠見てたら思えるようになった」
「それ……転校を止めに来てくれた時にも言ってたけど。オレ、やっぱりなんもしてないよ」
「してるよ。いつも見せてくれてる。胸張って言える俺になれたら言うって言ったのも覚えてる?」
「あ……」
そうだ。これもあの12月、言われたのだった。今はまだ時期じゃないのだと、円城寺は言っていたっけ。
「親にケジメつけられて初めて、胸を張れる俺になれる。だからこれは、俺がひとりでやるべきことなんだよ」
「っ、人のことは救っといて?」
「はは、まあ、そうなんだけど」
「んだよそれ。オレだって円城寺くんのこと、できる限り助けたいよ。オレたち、共犯者なんじゃないのかよ」
「そう言うと思った。下手したら、わざわざパスポート取ってついて行くって言いそうだなって」
「そうしたかったよ、実際」
「ありがとう。それだけで充分。永遠ならそうしてくれるんだろうなって思うだけで、ここに来ることができた気がする。でも……」
「…………? でも?」
でも、と言って息を吸う音が聞こえたきり、円城寺は話さなくなった。呼吸は聞こえるから、通話が切れたわけではなさそうだ。息を潜め続きを待っていると、
「ははっ」
という笑い声が聞こえてきた。少し潤んだ音に聞こえるのは、気のせいだろうか。
「やっぱ怖いわ」
「っ、円城寺くん……」
「この後、両親と会うことになってる」
「うん」
「このために来たのに、いざとなったらすげー怖い。俺の気持ちなんか、虫けら払うみたいに否定されるんじゃないかって」
「そんな……」
「そう思ったら、永遠の声聞きたくなって電話しちゃった」
「っ、そっか」
「うん。なあ、永遠」
深呼吸をしたのが、遠く離れていてもよく分かる。隣にいたなら、その背中に手を添えてあげられるのに。もしも涙が堪えられないなら、見ないふりしてやったっていいのに。この距離がひどくもどかしい。
「ん、なに?」
できるだけオレの声が、円城寺の耳にやわらかく届いたらいい。そう願いながら、聞き返す。
「俺、ひとりじゃないな」
「え?」
「怖いって思ったけど、今もそうだけど。ここに来れてることが俺にとってはもう、すごいことでさ。それって、永遠からもらった勇気で進めた大きな一歩なんだよ。クソって腹立てるばっかで、言いなりになるしかできなかったのに。ひとりじゃできなかったこと、永遠のおかげでできてるんだって思ったら、俺ってひとりじゃないんだなって」
「っ、なんだよそれえ……」
円城寺は、不安で電話してきたのに。オレが宝ものみたいな言葉をもらってどうするのだ。こみ上げてきそうなものをどうにか喉の奥に押しこんで、今度はオレが深呼吸をする。
「円城寺くん」
「んー?」
「円城寺くんなら大丈夫だよ。円城寺くんそのままでぶつかっていけば、絶対に大丈夫」
「ほんとにー?」
「本当。円城寺くんの言葉がオレをどれだけ変えたと思う? あの日コンビニでちょっと話そうって言われなかったら、共犯者になろうって言われなかったら、オレの親に直談判してくれなかったら……どれかひとつでもなかったら、オレは今のオレじゃない。オレのほうこそ、円城寺くんのおかげでひとりじゃなくなった」
「永遠……」
「円城寺くんがどんなに怖くても、オレが円城寺くんを信じてるから。本当はさ、そばにいられたらよかったけど。テレポートできるわけじゃないから、こんなこと言うしかできなくてもどかしいけど。円城寺くんみたいに上手に言えないけど……信じてるよ」
「うわー、はは。やっぱすごいわ永遠は」
オレの胸にある思いの半分も、伝えられてはいない気がするけれど。円城寺の声が、少し軽くなったように聞こえる。ほんのちょっとくらい、その背中に手を添えられたならいい。
「よし、行ってくる」
「うん、頑張って。帰ったら詳しく教えてよ」
「約束する。なあ、終わったらまた電話していい? いやでも観光行ったりしてるか」
「そんなのいいから絶対して。遠慮したら怒るから」
「マジか。じゃあ絶対しなきゃな」
「そうだよ」
もう一度それじゃあ、と言った円城寺の声と、風の音。もうすぐ切れるだろうな、というところでオレは大きな声を上げた。
「ちょっと待った!」
「……ん? どうした?」
「円城寺くん、こっちにはいつ帰ってくる予定?」
「そっちの22日の夜10時頃だな」
「22日の夜10時……」
「永遠は25日だったよな。何時頃だっけ」
「17時着予定」
「17時な。おっけー、迎えにいく。それでさ、遅れても今年も誕生日パーティーしような」
「うん、そうだね」
今度こそ、じゃあなと言って通話を終了する。それからオレはすぐに、スマホでとあるサイトを開いた。
「永遠ー? 電話終わったの? 朝ごはんできてるよ」
アパートの外壁に寄りかかって調べものをしていたら、母が玄関から顔を出した。
「あ、うん。今行く」
母と父にはがっかりさせてしまうかもしれないけれど。すごくすごくワガママをするけれど。オレが今いちばんしたいことは、これだと伝えよう。ちゃんと、自分の口で。円城寺の言葉を借りれば、それだけの力を円城寺にもらってきたから。自分の中に鬱憤を貯めてただただ悲観するのは、やめられるオレになりたいから。



