アパートの階段を下り、道路に出るまでオレたちは黙ったままだった。オレの心の中では、様々な言葉がぐるぐると渦巻いている。なにから伝えたらいいか、どんな顔で言ったらいいのか。決心がつかなかった。でも、なにか言わなければ。そう思って顔を上げると、円城寺はなぜか不安そうにオレを見ていて。それが無性に泣けてしまって、オレは誤魔化すみたいにもう一度拳を出した。円城寺の手のひらに受け止められたそれは、さっきのより格段とへなちょこで。そしたら今度は、笑えてしまった。涙は止まらないままの、みっともない笑い声だ。
「マジで、びっくりした」
「うん」
「オレ、こんなことになるなんて……想像したことも、なくて」
「うん」
「円城寺くんって、どうかしてる。最初から、ずっと」
「えー? はは、それはちょっとショックかも」
「……本当にありがとう。誰かといることを選べるって、すごいや。夢みたいだ。全部嬉しい、本当に」
「っ、あー……よかったー……」
円城寺まで感極まっているように見えていた。けれど次の瞬間、空を仰いで大きく息を吐いて円城寺はそう言った。
「円城寺くん?」
「マジでお節介なのはさ、分かってたから。永遠が嬉しいって言ってくれて、今ようやくホッとしたわ」
「お節介じゃないよ。色々準備してくれたんでしょ? 本当にありがとう」
「俺のお節介をお節介じゃなくしたのは永遠だよ。俺もありがとう」
「……なにそれ。ははっ」
円城寺はとんでもないことをやってのけたのに、そんな風には見せない。スマートで、それでいて熱い人なのだと思う。
駅までの道を歩きながら、オレたちはおしゃべりが止まらない。
「今日のこと、いつから考えてくれてたか聞いてもいい?」
「ああ、うん。永遠が引っ越すことになったって言った瞬間からだな」
「えっ、ほんとに!?」
「うん。黙って見送る気にはなれなかったし、俺にできることなんだろうって思ったら、これしかないなって」
「マジか……」
「まあ俺としては、本当は全部任せてって言いたかったところだけどな」
「全部って?」
「食費とか、生活に必要なお金全部」
「円城寺くん……そういうとこ、本当にどうかと思う」
「うん、そう言うと思った。だからそれはやらなかっただろ?」
父が言うには、円城寺くんのおじいちゃんとその辺りも話がついているらしい。住まわせてもらう分、家賃と食費を毎月振り込むとのことだ。一緒に暮らすより費用がかかるのだから、承諾してくれた有難さをより強く感じている。
「まあね。円城寺くんにはすごく感謝してるけど、そういうところが本当に心配です」
「今までも何度か言われてたもんな。それで俺も、心を入れ替えようと思って。実は、バイトはじめた」
「え……えっ! 本当に!? いつから!? どこで!?」
驚きの事実に、オレは思わず立ち止まった。一歩先で円城寺も立ち止まり、こちらへと振り向く。
「はは、質問攻め。マジだよ。バイト先は、うちの最寄りのコンビニ。それも永遠が転校するって聞いて、じゃあうちに呼びたいって考えて翌日には応募してたな。そもそも俺自身が、自立に向かわなきゃなって」
「全然知らなかった……あ、だから最近一緒に帰れなかったのか。言ってくれたらよかったのに」
「そういうこと。てか、あわよくば俺とも距離置こうとしてたくせに?」
「う……それは……」
「はは、冗談。でもさ、さっき想像したこともなかったって永遠は言ってたけど。俺もだよ。誰かのためにこんな必死な自分になってるって、永遠に出逢うまでの俺には考えられなかった。永遠のおかげ」
「円城寺くん……」
「長谷川たちにジュース奢んのとか、なんでもかんでも買うのもやめる。自分の欲しいものは、自分のバイト代で買うって決めた」
「っ、すごくいいと思う」
他人のお金の使い方に、口を出すのは憚られる。それでもやっぱり、円城寺のことはずっと気がかりだった。胸を撫で下ろすと、円城寺はぽつり呟いた。
「……それに、けじめつけに行く時まで頼ってちゃ、ダサいもんな」
「…………? けじめって?」
「いや、こっちの話」
けじめとはなんの話だろう。分からなかったけれど、円城寺は勝ち気に笑ってみせた。
円城寺は元からびっくりするほどのイケメンだけれど。この瞬間の円城寺が、今まででいちばんかっこいい。眩しくて、目をすがめてしまうほどだ。
目に焼きつけるみたいに眺めていたら、円城寺がふっと力を抜いて言う。
「永遠にもらった力はこんなもんじゃないけどな」
「……あ、それさっきも気になったんだった。本当にオレなにもしてないと思うんだけど……えっと、なんの話?」
「それはまあ……胸張って言える俺になれたら言うわ。今はまだやめとく」
「ええ、なにそれ。気になるんだけど。共犯者なのに教えてくれないんだ?」
「共犯者だからこそ、時期を見定めたいこともあんの。まあそのうちな。そのうちが来ることを永遠は祈っといてよ」
「…………」
「あ、ムカついてんだろ?」
「っ、そうだよ! 自分ばっかなんでも分かってるみたいな態度、どうかと思ってるからな!」
「えー、傷ついたー」
「ふ、嘘ばっか」
「あっは、バレたかー」
笑う度に冷たい空気が体を新しくして、白い息が頬を撫でていく。
今日という日を、オレはこれから先、必ず何度も思い出す。その時は、この瞬間の円城寺の笑った顔やこの空気も丸ごと、この胸に帰ってきてほしい。いや、きっとそうなるのだろう。それが今のうちから楽しみだなんて、なんだか不思議だ。でもそう思える今を、オレは生きているんだ。
「はは、やば」
「んー? なにが?」
隣に円城寺がいる。ひとりばかり選んできたオレに、新しい道を差し出した円城寺が。いつか円城寺にピンチが訪れたら、オレがいちばんに助けられたらいい。もちろん、ピンチなんてないに越したことはないけれど。こんなことを自分が決心できている。これは大事件と呼べるくらい、オレにとって“ヤバい”ことだ。
「ううん、なんでもない」
「なんだよ、教えろよ」
「ちょっとそれは難しいですね。今はまだ時期じゃないので」
「っ、永遠〜? お前、俺のこといじってんだろ!」
「はは!」
「マジで、びっくりした」
「うん」
「オレ、こんなことになるなんて……想像したことも、なくて」
「うん」
「円城寺くんって、どうかしてる。最初から、ずっと」
「えー? はは、それはちょっとショックかも」
「……本当にありがとう。誰かといることを選べるって、すごいや。夢みたいだ。全部嬉しい、本当に」
「っ、あー……よかったー……」
円城寺まで感極まっているように見えていた。けれど次の瞬間、空を仰いで大きく息を吐いて円城寺はそう言った。
「円城寺くん?」
「マジでお節介なのはさ、分かってたから。永遠が嬉しいって言ってくれて、今ようやくホッとしたわ」
「お節介じゃないよ。色々準備してくれたんでしょ? 本当にありがとう」
「俺のお節介をお節介じゃなくしたのは永遠だよ。俺もありがとう」
「……なにそれ。ははっ」
円城寺はとんでもないことをやってのけたのに、そんな風には見せない。スマートで、それでいて熱い人なのだと思う。
駅までの道を歩きながら、オレたちはおしゃべりが止まらない。
「今日のこと、いつから考えてくれてたか聞いてもいい?」
「ああ、うん。永遠が引っ越すことになったって言った瞬間からだな」
「えっ、ほんとに!?」
「うん。黙って見送る気にはなれなかったし、俺にできることなんだろうって思ったら、これしかないなって」
「マジか……」
「まあ俺としては、本当は全部任せてって言いたかったところだけどな」
「全部って?」
「食費とか、生活に必要なお金全部」
「円城寺くん……そういうとこ、本当にどうかと思う」
「うん、そう言うと思った。だからそれはやらなかっただろ?」
父が言うには、円城寺くんのおじいちゃんとその辺りも話がついているらしい。住まわせてもらう分、家賃と食費を毎月振り込むとのことだ。一緒に暮らすより費用がかかるのだから、承諾してくれた有難さをより強く感じている。
「まあね。円城寺くんにはすごく感謝してるけど、そういうところが本当に心配です」
「今までも何度か言われてたもんな。それで俺も、心を入れ替えようと思って。実は、バイトはじめた」
「え……えっ! 本当に!? いつから!? どこで!?」
驚きの事実に、オレは思わず立ち止まった。一歩先で円城寺も立ち止まり、こちらへと振り向く。
「はは、質問攻め。マジだよ。バイト先は、うちの最寄りのコンビニ。それも永遠が転校するって聞いて、じゃあうちに呼びたいって考えて翌日には応募してたな。そもそも俺自身が、自立に向かわなきゃなって」
「全然知らなかった……あ、だから最近一緒に帰れなかったのか。言ってくれたらよかったのに」
「そういうこと。てか、あわよくば俺とも距離置こうとしてたくせに?」
「う……それは……」
「はは、冗談。でもさ、さっき想像したこともなかったって永遠は言ってたけど。俺もだよ。誰かのためにこんな必死な自分になってるって、永遠に出逢うまでの俺には考えられなかった。永遠のおかげ」
「円城寺くん……」
「長谷川たちにジュース奢んのとか、なんでもかんでも買うのもやめる。自分の欲しいものは、自分のバイト代で買うって決めた」
「っ、すごくいいと思う」
他人のお金の使い方に、口を出すのは憚られる。それでもやっぱり、円城寺のことはずっと気がかりだった。胸を撫で下ろすと、円城寺はぽつり呟いた。
「……それに、けじめつけに行く時まで頼ってちゃ、ダサいもんな」
「…………? けじめって?」
「いや、こっちの話」
けじめとはなんの話だろう。分からなかったけれど、円城寺は勝ち気に笑ってみせた。
円城寺は元からびっくりするほどのイケメンだけれど。この瞬間の円城寺が、今まででいちばんかっこいい。眩しくて、目をすがめてしまうほどだ。
目に焼きつけるみたいに眺めていたら、円城寺がふっと力を抜いて言う。
「永遠にもらった力はこんなもんじゃないけどな」
「……あ、それさっきも気になったんだった。本当にオレなにもしてないと思うんだけど……えっと、なんの話?」
「それはまあ……胸張って言える俺になれたら言うわ。今はまだやめとく」
「ええ、なにそれ。気になるんだけど。共犯者なのに教えてくれないんだ?」
「共犯者だからこそ、時期を見定めたいこともあんの。まあそのうちな。そのうちが来ることを永遠は祈っといてよ」
「…………」
「あ、ムカついてんだろ?」
「っ、そうだよ! 自分ばっかなんでも分かってるみたいな態度、どうかと思ってるからな!」
「えー、傷ついたー」
「ふ、嘘ばっか」
「あっは、バレたかー」
笑う度に冷たい空気が体を新しくして、白い息が頬を撫でていく。
今日という日を、オレはこれから先、必ず何度も思い出す。その時は、この瞬間の円城寺の笑った顔やこの空気も丸ごと、この胸に帰ってきてほしい。いや、きっとそうなるのだろう。それが今のうちから楽しみだなんて、なんだか不思議だ。でもそう思える今を、オレは生きているんだ。
「はは、やば」
「んー? なにが?」
隣に円城寺がいる。ひとりばかり選んできたオレに、新しい道を差し出した円城寺が。いつか円城寺にピンチが訪れたら、オレがいちばんに助けられたらいい。もちろん、ピンチなんてないに越したことはないけれど。こんなことを自分が決心できている。これは大事件と呼べるくらい、オレにとって“ヤバい”ことだ。
「ううん、なんでもない」
「なんだよ、教えろよ」
「ちょっとそれは難しいですね。今はまだ時期じゃないので」
「っ、永遠〜? お前、俺のこといじってんだろ!」
「はは!」



