青春とやらに君と道連れ

 また引っ越すことになったと円城寺に伝えたあの日、オレはひとつお願いごとをした。転校することを誰にも言わないでいて欲しい、ということだ。それでいいのかと円城寺からは何回も確認されたが、オレはその度に頷いた。

 思いがけずクラスメイトたちと関わりを持ってしまった。転校が決まってしまったからには、残りの二学期をオレはできる限りひとりで過ごすつもりだったのだけれど。これが難しかった。まずなにより、長谷川くんがなにかと話しかけてくる。円城寺と関わらなければそれもなくなるのかと思い、円城寺とも徹底的に話さない日を設けてみたのだが。長谷川くんのみならず、藤田くんと野中くんもオレがひとりだろうと声をかけてきた。ちなみにその日の夜、円城寺から「なんで俺を無視したんだ」との苦情メッセージが届いた。

 しかも、それだけじゃなかった。その他のクラスメイトたちとも、挨拶だけじゃなく毎日なにかしら会話が生まれてしまっていた。オレは愕然とした。クラスの一員に、オレは本当になってしまっていたのだ。それを強く思い知らされたまま、あっという間に冬休みになってしまった。

 クリスマスも過ぎて、26日。バイトも休みでボーっとしていたら、母に発破をかけられた。

「永遠、そろそろ荷造りはじめときなさいね」
「ん……」
「返事ばっかりで、なにもしてないじゃない」
「ちゃんと引っ越しまでにはやるって」

 今日は父も休みで、ふたりで荷造りを大方済ませてしまうつもりらしい。オレの分だと先週渡されたダンボールは、まだ組み立てもしないまま部屋の端に立てかけてある。やるしかないと分かっていても、どうにも億劫で手がつけられないままなのだ。

 学校では心の準備をオレなりにしてきた。まあ、失敗に終わったのだけれど。バイト先の店長にも伝えた。円城寺があの中間発表の日からなにも聞いてこないのは、彼なりにオレの気持ちを考えてのことなのだろう。なんならちょっと前まではよく下校を共にしていたのに、最近はそれもない日が多々あった。

 あとは本当に荷造りするだけ。三学期がはじまった時、あの校舎にはもうオレの姿はないのだ。

「はあ……やるか」

 気だるい体でどうにか立ち上がり、ダンボールを組み立てる。オレの分だと言って母は4つも渡してきたけれど、こんなに必要ない。どうせまた引っ越すのだからと、極力物を増やすことはしてこなかった。無趣味なのも、これを見越してのことだった。

 勉強道具はもうしまってもいいか。どうせ勉強するつもりもない。とは言え、この教科書は持っていっても無駄になるだろうけれど。捨てるのもはばかられるしな、と手を伸ばした時。インターホンの音がアパートに鳴り響いた。

「はーい」

 意味もなく教科書のページをパラパラとめくり、乱雑にダンボールにつめる。すると、

「永遠、お客さんよ」

 と母から声をかけられた。

「お客さん?」
「円城寺くんって言ってたわ。お友だち? かっこいい子ねえ」
「え? 円城寺?」

 円城寺という名に、オレは勢いよく立ち上がった。スマホを確認しても、連絡は入っていない。突然ここに来るなんて、一体どうしたのだろうか。

「円城寺くん? なんかあった? ……って、あれ? なんで制服? 補習とかなかったよね?」
「ああこれ? スーツとか着たほうがいいのかなって思ったけど、一応調べたら俺らの正装って制服らしい」
「へえ、そうなんだ。え、えっとそれで、なんで正装でうちに?」
「今日は、永遠のお父さんとお母さんに話があって。お父さんは今日は仕事?」
「いや、休み。ふたりとも荷造りしてるところだけど……」

 さっきからずっと円城寺がなにを言っているのか、そしてなにをしようとしているのかちっとも検討がつかない。そんなオレはそっちのけに、円城寺は丁寧に靴を揃えて中へと入った。

「お邪魔します」

 慌てて円城寺の後を追いかける。リビングでダンボールに箱詰めしているふたりは、少し驚きつつも笑顔で円城寺を迎えた。

「初めまして、永遠くんのクラスメイトの円城寺です」
「こんにちは。ごめんなさいね、せっかく来てくれたのに慌ただしくて」
「いえ、こちらこそ突然お邪魔してすみません。今日は永遠くんのお父さんとお母さんに、お話があってきました」
「話?」

 首を傾げた両親が、円城寺の後ろに立つオレを見る。とは言え、オレも首を傾げることしかできない。

 すると円城寺は、おもむろにフローリングの床に腰を下ろした。しかも正座だ。何事かと慌てて駆け寄ろうとすれば、それよりも先に円城寺は口を開いた。

「永遠くんの転校を、考え直して頂くことはできないでしょうか」
「っ、円城寺くん? なに言って……」

 まさかの言葉に、オレは息を飲んだ。両親は顔を見合わせている。すると円城寺は、なんと頭まで下げはじめた。

「ちょっ! 円城寺くん! やめてよ、頭なんか下げないで!」

 見ていられず隣に屈んだオレは、慌てて円城寺の肩を掴む。なんとか頭を上げてほしかったけれど、円城寺は頑なだった。

「永遠くんに、このまま俺らと同じ高校で卒業させてあげてほしいんです。お願いします!」
「っ、なんでそんな……」

 ここに円城寺がいること自体に、この胸はまだまだ驚いたままなのに。円城寺がなにを言わんとしているのか分かってきて、目の奥が熱くなってくる。

「いや、ちょっと違うか」

 ちいさく笑った円城寺が、ようやく顔を上げてくれた。思わずホッとすると、その瞳はオレへと向けられた。

「卒業させてあげてほしいっていうか、俺が永遠くんにいてほしいって言うほうが正しいですね」
「……え?」
「えっと、俺は二年ではじめて永遠くんと同じクラスになって。話すようになったのは夏休みになってからなんですけど……」
「ちょ、円城寺くん……」

 一体なにを言いだすのだろう。共犯者だとか、大人への反発心だとか、そういうことまで言われてはちょっと困る。けれど円城寺は分かっているとでもいいたげな顔で、「大丈夫だから」とウインクをした。

「永遠くんと話していると、俺も頑張ろうって思えるんです。変わりたくて一応行動はしてるつもりなのに、でも心のどこかで諦める気持ちもあったっていうか。中途半端だったんです。でも本気で、マジでやろうって、最近やっとちいさいですけど、一歩進むことができました。そういう力を、永遠くんにもらいました」
「円城寺くん? えっと、オレはなにもしてないと思うんだけど……」

 影響を受けたのも力をもらったのも、どう見たってオレのほうだろう。なにより身に覚えがない。首を傾げるオレを見て、けれど円城寺は笑顔を咲かせた。

「そんなことない。それに、単純に楽しいんだよ。永遠といると」
「……っ」

 それこそオレの台詞だと思う。夏休みを満喫したこともなかったし、ミッション2という名のもとに、初めての体験を二学期だけでたくさんさせてもらった。言葉に詰まっていると、オレの名前が呼ばれた。母だ。

「永遠」
「……ん?」
「いいお友だちができたのね。ねえ、お父さん」
「そうだな。永遠には転校で大変な思いばかりさせてきたから。円城寺くんみたいな子に出逢えていてよかったよ。ありがとう」
「いえ、さっきも言いましたけど、感謝するべきなのは俺のほうなので」
「ただね、円城寺くん」

 にこやかだった父の顔が、そのひと言と一緒に引き締まった。隣りに座っている、母も同じくだ。

「高校くらい、永遠をひとつの場所で過ごさせてやりたいって私たちも思っているよ。強く思ってる。でもそれでも、ひとりでここに置いていくことはできないんだ」
「この辺りには親戚もいないし、かと言って高校生もまだ子どもでしょ。ひとり暮らしさせるわけにはいかないわ」

 分かり切っていることなのに、改めてこうやって聞くと、事実が胸に重くのしかかる。せめて視界だけでも逃がそうと床に目をやると、パーカーの背を円城寺にぎゅっと握られた。思わず顔を上げれば、けれど円城寺はまっすぐにオレの父と母を見つめていた。

「それじゃあ、住める場所があったとしたらどうですか? 親戚ではないけど、ひとり暮らしじゃないので安心だと思います」
「円城寺くん……?」

 両親もわけが分からないといった顔をしている。それでも円城寺は胸を張ったまま、言葉を続ける。

「オレは今、祖父母と暮らしています。中学の時に両親と海外に引っ越すことになったけど、絶対に嫌だってダダをこねてたら、祖父が一緒に暮らそうって言ってくれました。夏休みの間、永遠くんはほぼ毎日のように俺のところに遊びに来ていて、祖父母も永遠くんのことをすごくかわいがっていて、それで……」
「待って、ちょっと待って円城寺くん」

 円城寺がなにを言おうとしているのか、ようやく分かった気がする。けれど、それは有り得ない提案だ。頭を抱えたオレだが、円城寺はオレを一瞬しか見なかった。止める気はないようだ。

「永遠が転校しちゃうって話をしたら、じゃあうちに住めばいいって言ってくれました。悪い話じゃないと思います。どうでしょうか」
「そんなこと、できるわけないじゃん!」
「なんで?」
「なんでって、だって、そこまでしてもらう理由がない」
「あるよ。俺が永遠と一緒に卒業したい。じいちゃんとばあちゃんも、力になれるならって思ってる。シンプルだろ?」
「っ、全然。おかしいって、そんなの」

 頭が混乱してきた。涙が浮かんでいると分かっているのに、誤魔化す余裕もない。

「急に言ってびっくりするよな。分かってる。でも俺も、生半可な気持ちで言ってるわけじゃない。なあ永遠、永遠の純粋な気持ちだけ教えてほしい。お父さんたちに悪いとか、うちのじいちゃんに申し訳ないとか、そういうの全部取っ払ったらさ。どう? 残れるなら、こっちに残りたい?」
「それは……」

 心の中を素直に口にしてもいいのだろうか。父と母の前で? 引っ越しを何度くり返しても、一緒にいるのが家族だもんなって飲みこんで、黙ってついていくことしかできなかった。それが正解だった。

 円城寺を見れば、ただただ静かに頷いた。

「転校は、できればしたくない。今まででいちばん、楽しい毎日を過ごしちゃったから。円城寺くんと……みんなと。あの学校を卒業したいよ」

 もう泣きたくないのに、どうにもダメだ。声が震えてしまって、喉が狭い。それでも必死に堪えているオレをよそに、円城寺はあっけらかんとしている。

「ん、おっけ。じゃあ永遠自身はクリアな」
「……え?」
「永遠のお父さんとお母さん。どうでしょうか。どうしても難しいですか? 不安なことがあったら言ってください。全部質問には答えます。そうできるように、全部準備してきたつもりなので」
「そんな……どうしましょう、お父さん」
「…………」

 恐る恐る目をやると、父は押し黙って床の一点を見つめていた。しばらく経った後、ようやく口を開く。

「円城寺くんの提案は、とてもありがたいよ。私たちがなにを聞いてもいいように、本当にしっかりと答えを用意してくれたんだろう。誠意が伝わってくるから、分かるよ。ただ……どんなに永遠を思ってくれていても、首を縦に振るわけにはいかない。君もまた、まだ子どもだからね」
「……っ」
「お父さん、そんな言い方!」

 円城寺が絶句し、その様子にオレはカッとなった。オレのために、自身の息子のためにここまでしてくれている円城寺に、なんて言い草だろう。けれど父は、静かに首を振る。

「バカにしているわけじゃないよ。我が子じゃなくても、私たち大人にとって円城寺くんも、守るべき存在だから。円城寺くん、お願いがあるんだけどいいかな」
「……はい」
「君のお祖父様と、話をさせてほしい」
「っ、はい! もちろんです。祖父もそのつもりでいて、いつでも連絡するようにと言われていました。電話でいいでしょうか」
「そうだね、今はとりあえず電話でお願いできるかな」
「今かけます」

 円城寺は素早くスマホを操作した。受け取った父は立ち上がり、窓際まで行き「はじめまして」と言いながら会釈をした。

 かれこれ5分以上は話していたのじゃないだろうか。オレも母も、それから円城寺も、固唾を呑んで見守るしかできなかった。通話を終えた父は、ゆっくりとこちらへ戻ってスマホを円城寺へと返した。

「永遠」
「……はい」
「私からも質問させてくれ。今の学校で、最後まで過ごしたいか?」
「うん、できることならそうしたい」
「それは私と、お母さんと離れて暮らしてでもか?」

 父がそう言った途端、母が大きく息を吸ったのが分かった。目をぎゅっとつむっていて、その姿に胸が痛まないわけじゃない。それでもオレは今、自分に正直になってみたいとそう思っている。円城寺がオレのためにこれだけのことをしてくれているのに、オレ自身が尻込みするなんてできるわけがない。

「はい」

 オレはたったひと言、けれど父から目を逸らさず大きく頷きながらそう言った。

「そうか、分かった」

 オレの返事を噛みしめるかのように、父は何度もちいさく頷いた。そして正座を改めて正し、体ごと円城寺のほうへと向いた。

「円城寺くん」
「はい」
「永遠のためにたくさん考えてくれて、改めてありがとう。私たちだけの力で永遠の願いを叶えてやれなかったのは不甲斐ないけれど……君の提案の通りに、お願いしたい。いいかな?」
「っ、はい! もちろんです!」
「お祖父様とはさっきの電話で粗方話したけど、一度ご挨拶に伺うよ。永遠」
「はい」

 ほんの少し前まで、億劫な気持ちながらも荷造りをしていたはずなのに。円城寺が、全てをひっくり返してしまった。父が、円城寺の提案を飲んだ。オレこそがしっかりしなければと、姿勢を正す。

「今まで、転校ばかりで辛かったよな。悪かった」
「……っ、そんな。転校は、やっぱり辛かったけど……謝らないでほしい。オレ、何回引っ越しても、家に帰ればホッとしてたよ。お父さんとお母さんがいる家だから」
「うう、永遠〜!」
「ちょ、お母さん!? 顔ぐしゃぐしゃだよ……えっと、ティッシュ……」

 母はいよいよ号泣しはじめてしまった。慌ててティッシュを探せば、円城寺が箱ごと手渡してくれた。今日はじめてここに来たはずなのに、さすがとでも言うべきか。

 ティッシュを何枚も取り顔を拭いた母は、深呼吸をした次の瞬間には笑顔を見せた。

「円城寺くん、永遠のことを大事にしてくれてありがとう。私は正直に言うと、永遠と離れたくないけど……息子の願いは叶えてあげられる親でいたいから。送り出すわ。円城寺くんの力を借りて、だけどね」

 それから母は張り切って紅茶を入れて、家にあったお菓子で4人でのティータイムとなった。それじゃあそろそろ、と円城寺が腰を上げれば、父も母も玄関まで見送りに出てきた。

「オレ、外まで送ってくる」
「そうね。円城寺くん、またね」
「はい。今日は突然来てすみませんでした」
「ふふ、いいえ。お世話になることもだけれど、あなたにずっと会いたいって思ってたの」
「そうなんですか?」
「だって夏休みの頃、永遠が毎日すごく楽しそうに出かけていくんだもの。どんな子と友だちになったんだろうって、気になってたから」
「ちょっ、お母さん余計なこと言わなくていいから……」
「あら、いいことよ? ほら、お泊まりする時の電話なんか、声がワクワクしちゃってて……」
「あー! もう終わり! じゃあね!」

 半ば無理矢理にドアの中へと母を押し返す。父は後ろでただ笑っていて、オレに助太刀してくれたらよかったのに。

 玄関のドアを閉め、嫌な予感がしつつも振り返る。顔に手を当てて隠す気はあるらしいが、横に逸らされた円城寺の顔はしっかりと笑っていた。オレは黙って、その肩に1発グーパンチを入れさせてもらった。余計に笑うのは、ちょっと気が利かないと思う。