「永遠。ちょっとこっちに来てくれる?」
「……うん」
ついに、映像コンテストの中間発表の日を迎えた。今日は金曜日で、バイトは休み。今夜は円城寺の部屋に泊まって、中間突破のお祝い——残念会にならないことを強く祈っている——をする予定だ。一旦帰って、準備をして行き道にお菓子を買っていこう。そうだ、明日まで帰らないと母親に言っておかなきゃ、と声をかけようとした時だった。
母の声のトーンとそのセリフに、オレは嫌というほど身に覚えがあった。いや、考えすぎか。どうかそうであってくれ。そう願いながら、食卓の椅子に腰を下ろしたのだけれど。
「お父さん、また転勤が決まったの」
「……っ」
ああ、やっぱりそうか。オレの嫌な予感は、バッチリ当たってしまったようだ。目をぎゅっとつぶって、詰めていた息を細く長く吐いて逃がす。この一瞬で体に力が入っていたのだと、手のひらに食いこんでいた爪が脱力して抜けたことで気づく。
仕方がない。常にこの日を予感して、そのための行動をとってきたのだし。ああ、でも。夏からこっち、柄にもなく学校生活を楽しんでしまった。心の準備はまだ全然、間に合っていない。
「それって……オレも一緒じゃなきゃダメかな」
言ったあとで、オレ自身がハッとしてしまった。反抗だなんて、一度もしたことがなかったのに。
「あ……えっと」
口元に手を当てて戸惑っていると、困ったように眉を下げる母の顔が見えた。
「そうよね、最近すごく楽しそうにしてるもんね。お母さんも、このまま卒業させてあげたかったんだけど……しょうがないわよね。ひとり置いていくわけにもいかないし」
「うん、そうだよね。分かってる」
分かっている、そんなこと。けれど改めて言葉にされると、道は本当にひとつしかないのだと突きつけられたみたいで。上手く飲みこめず、けれど笑顔を見せられるほど今は大人になれそうになかった。
「えっと、オレ出かけるところだったんだ。今日は友だち、のところに泊まるから。じゃあ」
母の顔をこれ以上は見られず、返事を聞く気にもなれず。勢いよく立ち上がったら、椅子がガタリと大きな音を立てた。今は冷静になれないけれど、この音が母にとって責め立てるように響いていなきゃいいなと、かろうじて願いながら外へ飛び出した。
内田の表札の下にあるインターホンを押すのは、夏休み以来だ。門をくぐると、円城寺のおじいちゃんとおばあちゃんが顔を出した。
「永遠くん。久しぶりだね」
「お久しぶりです。えっと、円城寺くんに会いに来ました」
「瞬星くんから聞いてたわ。ふふ、なんだか妙に張り切ってたわよ。ばあちゃん、ちょっといいグラスないの〜なんて言って、ふたつ持っていったところよ」
「そうなんですね」
このやわらかな空気感も懐かしい。もう本当にこれっきりかもしれないと思うと、胸に来るものがあるけれど。見ないふりをして、円城寺の部屋へと向かう。ノックしようと扉に手をかざすと、それより先に中から勢いよく開かれた。
「永遠!」
「うわっ!」
咄嗟に後ずさらなかったら、危うく扉が顔にぶつかるところだった。抗議の声をあげようと思ったが、その暇もなくなんと抱きつかれてしまった。
「ちょっ、円城寺くん!?」
「やった! やったよ永遠! 中間通ってた!」
「っ、え!? ほんとに!?」
「マジマジ!」
背中をタップして苦しいことを伝えると、腕はすぐに解いてもらえた。それから続いた言葉に、オレは目を丸くする。
「すごい……あれ、てかひとりで見ちゃったの?」
「あ……ごめん。何時発表だっけって見ようとしたらもう出てて、つい」
とりあえず入って、と中へ促される。靴を脱いでいる最中から、早く! とスマホ片手に円城寺は騒がしい。
「ちょっと待って。どこ?」
「ほら、ここ」
「わ、ほんとだ。中間審査通過、円城寺瞬星、“この夏は君に還る”……って書いてある」
「な!」
顔を見合わせたオレたちは、どちらからともなくハイタッチをした。
「最終的な発表はいつだっけ」
「年が明けてからの予定になってる。えーっと、1月の下旬って書いてあるな」
「1月の下旬……」
ああ、そうか。オレはこの夏の結果を、円城寺との犯行がどんな結末を迎えるのか、一緒に見届けることはできないのか。せっかくいい報せが舞いこんできたのに、どうしたって気は落ちてしまう。自ずと言葉が途切れ、視線が下がる。すると、円城寺が顔を覗きこんできた。
「永遠? どうかしたか?」
「え? いや、そんなことないよ」
「ふうん……無理に聞き出す趣味はないけど。俺じゃ聞いてやれない話?」
「……え、言っていいのかな」
「そりゃあ、永遠が言いたいことならいいんじゃない?」
引っ越しで転校をする度に、友だちは作らなくてもやはりやるせない思いがあった。けれどそれこそ、友だちはいないのだから誰かに聞いてもらうという選択肢がなかった。でも、今オレの目の前には共犯者の円城寺がいる。それになにより、転校をくり返す虚しさを円城寺は知ってくれているのだ。
「っ、円城寺くんにしか、言えない話。聞いてもらっていい?」
「もちろん」
円城寺がおばあちゃんに借りてきたグラスにサイダーを注いで、オレが買ってきたお菓子をローテーブルに広げる。オレのせいでしんみりした空気になっているけれど、あくまで今すべきは中間発表突破のお祝いだ。
「とりあえずは中間突破、おめでとうだね」
と、オレのほうからグラスを合わせた。
「そうだな。永遠もおめでとう。俺の名義で出してるけど、ふたりで作ったものだからな」
「うん、そうだね」
グラスはキラキラと光を反射していて、単なるサイダーでも気持ちを高揚させてくれる。円城寺がお菓子にも手を伸ばしてくれているのを眺めながら、オレは口を開いた。
「お父さん、また転勤が決まったって」
「っ、マジで? ……でも、最低でも2年半はいられるって言ってたよな?」
「今まではそうだった、ってことだよね。最短記録更新になっちゃった」
「永遠……」
驚いている円城寺の顔が、気のせいかもしれないけれど悲しそうで見ていられない。あぐらをかいていた足を立て、両手で抱え顔を埋める。
ああ、本当にもう、誰かとの別れが平気だと言えるオレじゃなくなってしまったんだ。友だちなんかじゃないって、共犯者なんて呼び方をしても、もう円城寺と出逢う前のオレには戻れない。
「転校、すんの?」
「……うん」
「永遠はそれでいいのか?」
「っ、嫌だよ。嫌になっちゃった。でも、しょうがない」
「でも、せっかく学校楽しくなったとこじゃん。だったら……」
「だって!」
情けない顔をしているって分かっているから、見られたくなかったのに。円城寺の言葉にカッとなったオレは、ぐちゃぐちゃに濡れた顔を勢いよく上げてしまった。もう、どうでもいいや。
「オレには、どうにもできない!」
「永遠……」
「どんなに大人に反発してもっ! やっと、なにかを達成できても! ……結局まだ、17歳なんて子どもで、無力なんだよ。ひとり暮らししたくても、そんなにお金は貯まってない。親戚もこっちにはいない。諦めるしか、ない!」
みっともなくしゃくり上げるオレの肩を、円城寺のほうへグッと引き寄せられた。なんでこんなことするんだろう。ひとりだったらよかったのに、もうひとりじゃないんだって、思い知ってしまう。円城寺のあたたかさがオレの虚しさや寂しさを、よりくっきりと象っているのだとまざまざと感じさせられる。
「引っ越し、いつだって?」
「年明け」
「マジかよ……すぐじゃん」
「……っ」
それからしばらく、オレは円城寺の腕の中で泣きじゃくった。こんなに泣いたのは、もういつぶりなのかも分からない。ようやく少し落ち着いて、照れくさくなったオレは円城寺からそっと離れた。大丈夫か、と尋ねてくれる声が優しくて、顔を見たらまた泣けてきそうで目を逸らしたまま頷いた。
「円城寺くんはさ、親についてこいって言われなかったの?」
ティッシュを貰って顔を拭いて、水分摂りなと言われるままにぬるくなったサイダーをひとくち飲んで。ふう、と息を吐いてオレは尋ねてみた。オレたちは全く似ていないと思っているけれど、少しだけ交わるところはたしかにある。俺たちは似ているとあの夜の海で言った円城寺に、今だからこそ聞いてみたくなった。
「言われたよ、もちろん。無理やりにでも連れていかれそうで……でもどうしても嫌だってごねてたら、じいちゃんがうちに住めばいいよって味方してくれた」
「そうだったんだ。おじいちゃんがいてよかったね」
「うん、そうだな」
円城寺に、手を差し伸べてくれるおじいちゃんがいてよかった。望む場所にとどまることができて、本当によかった。自分には無いものを得られる人もいることは、時に羨んだり僻んでしまってもおかしくないと思う。実際に、円城寺がこうしてこの離れに暮らしていると知った時は、オレがそうだった。でも今は、救われる心地がするのが不思議だ。ほっと息をつくと、
「まあでもその代わり……」
と円城寺が遠い目をした。
「その代わり?」
「あー、いや。なんでもない」
「ええ、気になる」
「ごめんごめん、でもマジでなんでもないから」
「本当に?」
「うん、本当に」
なんでもないって顔じゃなかった気がするけれど。胸がザワつくが、円城寺はその話をする気はなさそうだ。こうなった円城寺の頑固さを、オレはもうよく知っている。それじゃあと飲みこむと、円城寺はグラスに残っていたサイダーを全部呷った。
「そうなんだよな。俺たちってまだ子どもで、本当に無力だ」
「え?」
「永遠がさっき言ってたこと。大人にまっすぐ目を見て言われたら、なんだってそれが正しい気がしてくる。判断できる力をまだ持ってない頃だったら、尚更。それに、抵抗する術もほとんど持ってないんだよな」
「……うん、そうだね。そう思うよ。都合よく大人だって言われて、都合よく子ども扱いされる」
「すげー分かる」
「うん」
「うん」
円城寺にもそんな風に歯がゆくなるような、諦めるしか手立てがないようなことがあったのだろうか。辛いことはないほうがいいに決まっている。自分もだし、そばにいる人もそうであるならいい。でも、どうしたって上手くいかないことはあって。共鳴する部分があるなら、照らし合わせて分け合えたらいいのに。
円城寺のほうを見ると、円城寺もこちらを見る瞬間だった。目と目が合って数秒。なんだかおかしくなって、オレたちは同時に吹き出した。
引っ越しとか転校とか、変えられる力はオレにはなにもない。ただただ従って、またこの土地を流れるだけのものとするしかない。でもそれでも、こんな風に円城寺と笑い合えた瞬間があれば、ちょっとはマシなのかも、なんて。また視界がぼやけつつも止まらなくなった笑いに腹を抱えながら、オレはそんなことを思った。
「……うん」
ついに、映像コンテストの中間発表の日を迎えた。今日は金曜日で、バイトは休み。今夜は円城寺の部屋に泊まって、中間突破のお祝い——残念会にならないことを強く祈っている——をする予定だ。一旦帰って、準備をして行き道にお菓子を買っていこう。そうだ、明日まで帰らないと母親に言っておかなきゃ、と声をかけようとした時だった。
母の声のトーンとそのセリフに、オレは嫌というほど身に覚えがあった。いや、考えすぎか。どうかそうであってくれ。そう願いながら、食卓の椅子に腰を下ろしたのだけれど。
「お父さん、また転勤が決まったの」
「……っ」
ああ、やっぱりそうか。オレの嫌な予感は、バッチリ当たってしまったようだ。目をぎゅっとつぶって、詰めていた息を細く長く吐いて逃がす。この一瞬で体に力が入っていたのだと、手のひらに食いこんでいた爪が脱力して抜けたことで気づく。
仕方がない。常にこの日を予感して、そのための行動をとってきたのだし。ああ、でも。夏からこっち、柄にもなく学校生活を楽しんでしまった。心の準備はまだ全然、間に合っていない。
「それって……オレも一緒じゃなきゃダメかな」
言ったあとで、オレ自身がハッとしてしまった。反抗だなんて、一度もしたことがなかったのに。
「あ……えっと」
口元に手を当てて戸惑っていると、困ったように眉を下げる母の顔が見えた。
「そうよね、最近すごく楽しそうにしてるもんね。お母さんも、このまま卒業させてあげたかったんだけど……しょうがないわよね。ひとり置いていくわけにもいかないし」
「うん、そうだよね。分かってる」
分かっている、そんなこと。けれど改めて言葉にされると、道は本当にひとつしかないのだと突きつけられたみたいで。上手く飲みこめず、けれど笑顔を見せられるほど今は大人になれそうになかった。
「えっと、オレ出かけるところだったんだ。今日は友だち、のところに泊まるから。じゃあ」
母の顔をこれ以上は見られず、返事を聞く気にもなれず。勢いよく立ち上がったら、椅子がガタリと大きな音を立てた。今は冷静になれないけれど、この音が母にとって責め立てるように響いていなきゃいいなと、かろうじて願いながら外へ飛び出した。
内田の表札の下にあるインターホンを押すのは、夏休み以来だ。門をくぐると、円城寺のおじいちゃんとおばあちゃんが顔を出した。
「永遠くん。久しぶりだね」
「お久しぶりです。えっと、円城寺くんに会いに来ました」
「瞬星くんから聞いてたわ。ふふ、なんだか妙に張り切ってたわよ。ばあちゃん、ちょっといいグラスないの〜なんて言って、ふたつ持っていったところよ」
「そうなんですね」
このやわらかな空気感も懐かしい。もう本当にこれっきりかもしれないと思うと、胸に来るものがあるけれど。見ないふりをして、円城寺の部屋へと向かう。ノックしようと扉に手をかざすと、それより先に中から勢いよく開かれた。
「永遠!」
「うわっ!」
咄嗟に後ずさらなかったら、危うく扉が顔にぶつかるところだった。抗議の声をあげようと思ったが、その暇もなくなんと抱きつかれてしまった。
「ちょっ、円城寺くん!?」
「やった! やったよ永遠! 中間通ってた!」
「っ、え!? ほんとに!?」
「マジマジ!」
背中をタップして苦しいことを伝えると、腕はすぐに解いてもらえた。それから続いた言葉に、オレは目を丸くする。
「すごい……あれ、てかひとりで見ちゃったの?」
「あ……ごめん。何時発表だっけって見ようとしたらもう出てて、つい」
とりあえず入って、と中へ促される。靴を脱いでいる最中から、早く! とスマホ片手に円城寺は騒がしい。
「ちょっと待って。どこ?」
「ほら、ここ」
「わ、ほんとだ。中間審査通過、円城寺瞬星、“この夏は君に還る”……って書いてある」
「な!」
顔を見合わせたオレたちは、どちらからともなくハイタッチをした。
「最終的な発表はいつだっけ」
「年が明けてからの予定になってる。えーっと、1月の下旬って書いてあるな」
「1月の下旬……」
ああ、そうか。オレはこの夏の結果を、円城寺との犯行がどんな結末を迎えるのか、一緒に見届けることはできないのか。せっかくいい報せが舞いこんできたのに、どうしたって気は落ちてしまう。自ずと言葉が途切れ、視線が下がる。すると、円城寺が顔を覗きこんできた。
「永遠? どうかしたか?」
「え? いや、そんなことないよ」
「ふうん……無理に聞き出す趣味はないけど。俺じゃ聞いてやれない話?」
「……え、言っていいのかな」
「そりゃあ、永遠が言いたいことならいいんじゃない?」
引っ越しで転校をする度に、友だちは作らなくてもやはりやるせない思いがあった。けれどそれこそ、友だちはいないのだから誰かに聞いてもらうという選択肢がなかった。でも、今オレの目の前には共犯者の円城寺がいる。それになにより、転校をくり返す虚しさを円城寺は知ってくれているのだ。
「っ、円城寺くんにしか、言えない話。聞いてもらっていい?」
「もちろん」
円城寺がおばあちゃんに借りてきたグラスにサイダーを注いで、オレが買ってきたお菓子をローテーブルに広げる。オレのせいでしんみりした空気になっているけれど、あくまで今すべきは中間発表突破のお祝いだ。
「とりあえずは中間突破、おめでとうだね」
と、オレのほうからグラスを合わせた。
「そうだな。永遠もおめでとう。俺の名義で出してるけど、ふたりで作ったものだからな」
「うん、そうだね」
グラスはキラキラと光を反射していて、単なるサイダーでも気持ちを高揚させてくれる。円城寺がお菓子にも手を伸ばしてくれているのを眺めながら、オレは口を開いた。
「お父さん、また転勤が決まったって」
「っ、マジで? ……でも、最低でも2年半はいられるって言ってたよな?」
「今まではそうだった、ってことだよね。最短記録更新になっちゃった」
「永遠……」
驚いている円城寺の顔が、気のせいかもしれないけれど悲しそうで見ていられない。あぐらをかいていた足を立て、両手で抱え顔を埋める。
ああ、本当にもう、誰かとの別れが平気だと言えるオレじゃなくなってしまったんだ。友だちなんかじゃないって、共犯者なんて呼び方をしても、もう円城寺と出逢う前のオレには戻れない。
「転校、すんの?」
「……うん」
「永遠はそれでいいのか?」
「っ、嫌だよ。嫌になっちゃった。でも、しょうがない」
「でも、せっかく学校楽しくなったとこじゃん。だったら……」
「だって!」
情けない顔をしているって分かっているから、見られたくなかったのに。円城寺の言葉にカッとなったオレは、ぐちゃぐちゃに濡れた顔を勢いよく上げてしまった。もう、どうでもいいや。
「オレには、どうにもできない!」
「永遠……」
「どんなに大人に反発してもっ! やっと、なにかを達成できても! ……結局まだ、17歳なんて子どもで、無力なんだよ。ひとり暮らししたくても、そんなにお金は貯まってない。親戚もこっちにはいない。諦めるしか、ない!」
みっともなくしゃくり上げるオレの肩を、円城寺のほうへグッと引き寄せられた。なんでこんなことするんだろう。ひとりだったらよかったのに、もうひとりじゃないんだって、思い知ってしまう。円城寺のあたたかさがオレの虚しさや寂しさを、よりくっきりと象っているのだとまざまざと感じさせられる。
「引っ越し、いつだって?」
「年明け」
「マジかよ……すぐじゃん」
「……っ」
それからしばらく、オレは円城寺の腕の中で泣きじゃくった。こんなに泣いたのは、もういつぶりなのかも分からない。ようやく少し落ち着いて、照れくさくなったオレは円城寺からそっと離れた。大丈夫か、と尋ねてくれる声が優しくて、顔を見たらまた泣けてきそうで目を逸らしたまま頷いた。
「円城寺くんはさ、親についてこいって言われなかったの?」
ティッシュを貰って顔を拭いて、水分摂りなと言われるままにぬるくなったサイダーをひとくち飲んで。ふう、と息を吐いてオレは尋ねてみた。オレたちは全く似ていないと思っているけれど、少しだけ交わるところはたしかにある。俺たちは似ているとあの夜の海で言った円城寺に、今だからこそ聞いてみたくなった。
「言われたよ、もちろん。無理やりにでも連れていかれそうで……でもどうしても嫌だってごねてたら、じいちゃんがうちに住めばいいよって味方してくれた」
「そうだったんだ。おじいちゃんがいてよかったね」
「うん、そうだな」
円城寺に、手を差し伸べてくれるおじいちゃんがいてよかった。望む場所にとどまることができて、本当によかった。自分には無いものを得られる人もいることは、時に羨んだり僻んでしまってもおかしくないと思う。実際に、円城寺がこうしてこの離れに暮らしていると知った時は、オレがそうだった。でも今は、救われる心地がするのが不思議だ。ほっと息をつくと、
「まあでもその代わり……」
と円城寺が遠い目をした。
「その代わり?」
「あー、いや。なんでもない」
「ええ、気になる」
「ごめんごめん、でもマジでなんでもないから」
「本当に?」
「うん、本当に」
なんでもないって顔じゃなかった気がするけれど。胸がザワつくが、円城寺はその話をする気はなさそうだ。こうなった円城寺の頑固さを、オレはもうよく知っている。それじゃあと飲みこむと、円城寺はグラスに残っていたサイダーを全部呷った。
「そうなんだよな。俺たちってまだ子どもで、本当に無力だ」
「え?」
「永遠がさっき言ってたこと。大人にまっすぐ目を見て言われたら、なんだってそれが正しい気がしてくる。判断できる力をまだ持ってない頃だったら、尚更。それに、抵抗する術もほとんど持ってないんだよな」
「……うん、そうだね。そう思うよ。都合よく大人だって言われて、都合よく子ども扱いされる」
「すげー分かる」
「うん」
「うん」
円城寺にもそんな風に歯がゆくなるような、諦めるしか手立てがないようなことがあったのだろうか。辛いことはないほうがいいに決まっている。自分もだし、そばにいる人もそうであるならいい。でも、どうしたって上手くいかないことはあって。共鳴する部分があるなら、照らし合わせて分け合えたらいいのに。
円城寺のほうを見ると、円城寺もこちらを見る瞬間だった。目と目が合って数秒。なんだかおかしくなって、オレたちは同時に吹き出した。
引っ越しとか転校とか、変えられる力はオレにはなにもない。ただただ従って、またこの土地を流れるだけのものとするしかない。でもそれでも、こんな風に円城寺と笑い合えた瞬間があれば、ちょっとはマシなのかも、なんて。また視界がぼやけつつも止まらなくなった笑いに腹を抱えながら、オレはそんなことを思った。



