青春とやらに君と道連れ

 陽キャという生き物は、本当に恐ろしい。分かっていたつもりだが、オレはこの二学期で身を持って痛感している。放っておいてくれないのだ。円城寺だけではなく、円城寺の友だちまでもが。教室の隅でひっそりと生きているのがお似合いな、しがない陰キャのオレなんかを。

「いやでもさ、円城寺が雨森くんと仲良くなってるとは思わなかったよな」
「それな。夏休み付き合い悪いなと思ってたら、まさかの」
「あれ、雨森くんってどこ中だっけ?」

 円城寺がコンビニの袋片手にオレの席へとやってきた、二学期最初の昼休み。ふたりで食べるのだって気が滅入りそうだったのに、ついてきてしまったのだ。円城寺の友だちの、長谷川(はせがわ)くんに藤田(ふじた)くん、野中(のなか)くんの3人が。

「えっと……高校に上がる時に引っ越したので、中学は他県です」
「へえ、そうなんだ」
「他県ってどこ? なんで引っ越したんだ?」

 きっと誰ひとり、オレの存在すら認識してなかったんじゃないかな。外で会って顔もフルネームも知っていた、円城寺がレアなんだと思う。それでもみんな、オレなんかに頑張って興味を持って、話を振ってくれるのはありがたいのだけれど。距離の詰め方が強引で、オレはどうにもたじろいでしまう。

「えっと、その……」

 そもそも、クラスメイトと雑談をすること自体がいつぶりかも分からない。円城寺以外で、の話だけれど。

 箸が止まり、つい目の前の円城寺に目を向ける。すると円城寺は、おもむろに立ち上がった。

「俺、なんか飲みもの買ってくるわ」
「えっ」
「永遠も一緒に行かない?」
「っ、うん。行く」

 この状況で置いていかれるのかと思った。手を振ってくれる3人に会釈しつつ振り返し、円城寺と教室を出る。隣に並ぶと、眉をしゅんと下げた円城寺が片手を口元に添えた。

「ごめんな、あいつらうるさいよな」
「う……正直、圧の強さにやられちゃった。連れ出してくれたんだよね? ありがとう」
「ああ、うん。どういたしまして。まあ、悪いヤツらではないんだけどなあ」
「うん、それは分かるよ。自分からは中々話せないから、話題振ってくれるのは助かった。まあほとんど答えられなかったけど」
「ぼちぼちでいいから、話せるようになるといいな。俺だけよりいいだろ」
「それはどうかな……喋りはするけど友だちにはなりません、とかさすがに言えないし」
「ああ。俺には言ったのに?」
「あれは……だって、状況が状況だったから」
「はは、まあたしかに」

 話していると、自動販売機のある昇降口まですぐだった。ついてきただけだったけれど、せっかくだから久しぶりに買おうか。久しぶりに、紙パックのいちご牛乳なんていいかも。でもコーヒー牛乳も捨てがたい。

 どれにしようか悩むオレの隣で、円城寺はスマホをタッチ決済のところにかざしている。ガコン、ガコン、ガコン。立て続けに飲みものが落ちる音が聞こえて、オレは首を傾げながら円城寺を見下ろした。

「すごいたくさん飲むんだね?」
「俺? さすがにひとつしか飲まないよ」
「え、でもそれ」
「ああ、これはあいつらの分」
「…………? 頼まれてたっけ」
「いや、俺が勝手に」
「もしかして奢り?」
「うん」
「な、なんで?」

 円城寺の豪快な金遣いはずっと気がかりだ。しかめっ面になっているのを自覚しながら聞けば、円城寺は肩を竦めながら立ち上がった。

「まあ、自由に使っていいって言われてるから。ジュースじゃんけんってあるだろ、負けた人が奢るヤツ。あれ、最初のうちはやってたけど、勝ったからって俺が奢られるのは変だし」
「えっと、どういう意味?」

 友だちがいないことは置いておいても、そんなじゃんけんはオレの場合そもそも辞退するけれど。なぜ勝っても奢られるのはおかしいのだろう。

「永遠は知らなかったみたいだけど、俺の親が社長ってのはみんな知ってんだよ。それなのに奢られるって、変じゃん。アイツんち金持ちなのに、ケチだなーみたいな」
「そんなことはないと思うけど……」
「そんなことあるんだよ。ってか、俺が気になる。それにじゃんけんも面倒くさくて、勝手に買うようになった」
「そんな……みんな普通に受け取るの?」
「最初はびっくりしてたけどな、今は普通にありがとうって」
「ええー……」
「永遠のも俺が買う、どれ?」

 こともなげに言う円城寺に、オレは力なく首を横に振った。そんなこと、してほしくなんかない。

「いい、自分で買うから」
「そう? 永遠って本当に甘えないよな。新幹線の時とか」
「オレとしてはこれが普通だよ。だって、家がどうであれ同級生じゃん。円城寺くんのお金の使い方に、オレがどうこういう権利はないけど……なんだか心配になる」

 小銭を入れて、いちご牛乳を購入する。今すぐここでストローを刺すか迷っていると、体の右側を自動販売機に預けて、こちらを見る円城寺と目が合った。

「永遠との夏休みが楽しかったって、こないだ言ったじゃん?」
「うん」

 また唐突だなと思いつつ頷く。円城寺はそんなオレを見て、口元だけでそっと笑った。

「なんか楽しいだけじゃなくて、落ち着く」
「落ち着く?」
「うん、永遠といると。俺って本当に、ただの男子高校生なんだよなあって」
「そうだよ、ただの男子高校生だよ。イケメンで身長高くて目立つけど、普通の高校生」
「はは、そっか。あー……なんていうか、まず俺自身が俺のこと、ぞんざいに扱ってたのかもって今気づいた」
「よく分かんないけど、それっていいこと?」
「すげーいいこと。まあ、そう簡単に変われる気はしないけどな」

 今度は眉と目を器用にすがめ、いたずらっ子みたいに笑ったかと思えば、その手がオレのほうに伸びてきた。抵抗する間もなくいちご牛乳が奪われ、勝手にストローを刺されたかと思えば、オレの口に突っこまれてしまった。

「んん!? っ、ちょ、なにすんの!?」
「飲もうか悩んでるみたいだったから、手を貸してみた」
「はあ? たしかに悩んでたけど……ちょっと零しちゃったじゃん」
「ごめんごめん。ほら」
「うぐ、ちょっ」

 円城寺はそう言いながら自分のシャツの裾を引っ張って、オレの口元を乱雑に拭った。優しいのかそうじゃないのか、絶妙なラインだ。恨めしい気持ちのまま見上げれば、今度はくすくすと笑い出す。その笑顔があまりに楽しそうで、憎むに憎みきれない。

 教室に戻り円城寺が長谷川くんたちにジュースを渡すと、いつも悪いなと言いつつも本当に受け取っていた。ありがとうの言葉は心からのように聞こえて、悪い人たちではないのだろう。なんだか直視できないでいると、円城寺が指先でオレの机をコンコンとたたいた。見れば円城寺は、どこかバツが悪そうにほほ笑んでいて。

 さっき自動販売機の前で話した時に、オレの心配する気持ちの端っこくらいは受け取ってもらえた気がしている。例えばその気前の良さが優しさからくるのなら、他の誰かよりまずは円城寺自身に向けばいいのにと、オレは思わずにいられない。


 思いもよらないかたちではじまった二学期は、一年の中でもイベントが目白押しだ。

 体育祭。今までの学校でもそうだったけれど、この高校もひとりひとつは競技に出なければならない。いつもなら玉入れだとか、端っこでひっそりと参加できるものを選ぶのに。野中くんが体育会系で張り切っていて、騎馬戦に出場することになってしまった。騎馬戦なんてただそれだけで白熱して、配点が大きく団の優勝を左右するような競技、絶対の絶対に避けたかったのに。野中くんと円城寺が組む騎馬に乗せられ、ギャラリーの中から長谷川くんと藤田くんが大声でオレの名前を呼んでいて、消えたくなった。とは言え、気が強いほうでは決してないのに、敵チームの帽子をふたつ獲れたのは健闘したほうだとオレは強く思う。

 文化祭。オレのクラスでは、喫茶店をやることになった。メニューはジュースと駄菓子の簡単なもので、今度こそ裏方としてジュースを注ぐ係でもやろうと思ったのに。いつの間にか配膳係はコスプレをすることに決まっていて、これまたオレの知らぬ内にそちらのメンバーに加えられていた。秋だということもあってハロウィンモチーフの衣装が用意され、円城寺たちはドラキュラだとかフランケンシュタインだとか、かっこいいものを選ばれていたのに。オレはもこもこの黒猫衣装だった。かっこいい衣装をかっこよく着こなせる自信もないが、かと言ってかわいらしい衣装を宛てがわれるのは非常に解せなかった。

 そして、修学旅行。本来のオレの予定としては、積み立ててもらったお金が全額返金される期限内に辞退を申し出るつもりだったのだけれど。絶対に行こうな、と円城寺から事あるごとに念押しをされてしまった。旅行中の行動や宿泊先のホテルで同部屋になる班は、当たり前のように円城寺たちのところに引きこまれた。これに関しては、辞退しない理由の一因となった円城寺が責任を取るべきだから、当然だとオレは思う。そうじゃなかったら、3泊4日の間ひとりはさすがに厳しいものがあっただろう。旅行先は何度もくり返した引っ越しでも行ったことのない関西方面で、おいしいものをたくさん食べられて正直悪くなかった。

 日を重ねるごとに、円城寺が言った通り、オレに向けられる好奇の目はなくなっていった。クラスの日常に馴染んでしまったのだ、オレが円城寺と会話をすること、長谷川くんたちとも行動を共にすることが。それは更に、他のクラスメイトとの会話が増えることにも繋がっていって。例えば朝教室に入った時、多くの人とおはようと挨拶を交わすくらいにはなってしまった。

「こんなことになるとは思わなかったな」
「んー? なにが?」

 11月の頭、放課後。円城寺とふたりで、駅までの道を歩いているところだ。オレはこのまま、バイト先のコンビニに直行の予定だ。

「本当に楽しんじゃったなって。イベントがいっぱいの二学期」
「マジ? じゃあミッション2は大成功だな」
「……ん。円城寺くんのおかげでね」
「永遠が一歩踏み出したからだろ」

 楽しんでしまったことと引き換えに生まれた不安は、なかなかに大きい。もしも、もしもまた引っ越すことになったら。オレは胸が痛むくらいには辛いんじゃないかな。そんな予感がする日々になってしまったように思う。それならば、この二学期を未来のオレは思い出したくもないものだと蓋をしてしまうのだろうか。

「……わ、とーわ」
「っ、なに?」

 いつの間にか深く考えこんでいたようだ。目の前で円城寺の手がひらひらと振られていて、オレは急ブレーキをかけるように立ち止まった。

「動画コンテストの話。聞いてた?」
「あ……ごめん。全然聞いてなかった」
「はは、だと思った。結果の中間発表、来週じゃん? 俺んちで一緒に見ない?」

 そうだ、まだ先だと思っていた中間発表の日が、もう来週に差し迫っているのだった。気持ちを切り替えようとふうと息を吐き、オレは頷く。

「うん、いいね」
「じゃあ決まりだな。中間通過、祝わなきゃな」
「ええ、まだ通るか分からないよ」
「そうだけど、俺は俺たちを信じてるから」

 どれだけ今が終わることを心配しても、なるようにしかならない。それに、まだこの土地に越してきて2年も経っていない。それどころか、3年以上を同じ場所で過ごしたこともあるのだから、このまま卒業できる可能性だってある。だが、希望は仕舞っておいたほうが身のためだ。近いうちに気持ちを切り替えて、来るかもしれない日を耐えられるように心の準備をしよう。自分の心を、自分で守れるように。

「じゃあ、オレなんかお菓子買ってく」
「マジ? じゃあ今度は俺が飲みもの用意しとく」

 駅で円城寺と別れ、コンビニに到着して制服を着替える。こんな風に気持ちも簡単に着替えられたらいいのに。鏡に映った浮かない顔の自分を見て、そんなことをふと思った。