青春とやらに君と道連れ

 動画コンテストへ無事に応募できた翌日から、二学期がはじまった。夏休み前の日常が返ってくる。つまりは円城寺(えんじょうじ)ともただのクラスメイトで話すこともなく、オレは教室で存在感のないただのひとりになるということだ。

 そう、そのはずだったのに。

「あ、永遠(とわ)。おはよう」
「永遠って昼飯いつもどうしてんの? 一緒に食おうよ」

 なんて話しかけてくるヤツが現れてしまった。それはもちろん、他でもない円城寺だ。夏休み最後の帰り道、離れた場所から呼ばれた“とわ”は、どうやらオレ自身への“永遠(とわ)”だったらしい。

 円城寺の席は真ん中の列の最後尾なのに、わざわざ窓際いちばん前のオレのところにまで来て、手をひらひらと振っている。オレは正直、困っている。すごくすごく、大困惑している。

 だって相手は、他でもないこの学校のヒエラルキートップに君臨する、あの円城寺なのだ。そんな円城寺にモブが親しげに声をかけられている、という構図は、夏休み明けの浮かれた空気の中でもひどく目立った。二学期初日から、オレは浴びたことのない数の視線に怯えている、というわけだ。

「……っ、円城寺くん、ちょーっといいかな」
「ん? どした?」

 教室の片隅、自席で息を潜めていたオレは、薄ら笑いを顔に貼りつけて席を立った。教室を出て、とりあえず廊下の端っこまで行ってみる。でも、円城寺が隣にいると人気(ひとけ)のない場所というのは存在しないことがよく分かった。どこにいても、円城寺は注目の的なのだ。

 仕方がない。その中でも比較的人通りの少ない、階段のところで振り返る。目が合うと、円城寺はほほ笑みながら首を傾げてきた。

「え、っと……円城寺くん、まずはおはよう」
「ふ、律儀だな。おはよう」
「あのさ、なんで普通に声かけてくるの? びっくりしたんだけど」

 言いたいことは色々あるけれど、まずはこれだろう。なによりもオレを困らせているからだ。すると円城寺は、先ほどとは反対側に深く首を傾ける。

「なんでってなにが? 話しかけたらなんかおかしい?」
「おかしいっていうか……オレと円城寺くんは、友だちじゃなくて共犯者じゃん」
「ああ、うん。それはそうだな、うん」
「それに、円城寺くんが声かけてくるだけで、オレもすごく目立つ」
「ん、それも否定できない」
「だよね? ひっそり過ごしてきたから、その……困る」

 円城寺は顎を指先で挟み、壁に背中を預けた。天井の一点を見つめるようにして、なにか考えこんでいるようだ。

「永遠が言ってることはさ、よく分かるよ。マジ正解」
「うん」

 オレも円城寺の隣に並び、真似るように見上げてみる。すると、円城寺の視線が天井からオレへと移った。

「でもさ。俺はなかったことにしたくない」
「なかったこと……?」
「永遠の望むように、夏休み前の話したことない俺たちに戻ろうと思えば戻れると思う。永遠はそれがいい?」
「…………」

 そうか。以前のオレたちに戻るということは、夏休みをなかったことにするのと同義なのか。

 それこそ、夏休みに入る前のオレに訊くことができたなら、二つ返事で「それがいい!」と円城寺に答えるのだろう。でもオレはもう、あの日々を過ごしたオレなわけで。毎日バカみたいに暑いのに、バイト先のコンビニと円城寺の部屋に通ってばかりだった。自分の意志で、そうしたんだ。

 オレはずいぶんと変わってしまったらしい。こんなオレじゃ、別れに胸を痛めずにいられる自分とかけ離れてしまいそうで怖いのに。首を横に振ってしまいたいだなんて。

「オレ、楽しかった。円城寺くんの部屋に通って、映画見たり動画作ったり、撮影も。ぜんぶ」
「うん、俺も」

 気恥ずかしくてまっすぐは見られないけれど、ふっと息を吐いて笑う円城寺の顔が視界の端っこに映る。

「なにかを成し遂げたいって思えたのも、それができたんだって感じられたのも初めてだった。それをなかったことには、オレもしたくないよ」
「そっか、よかった。一緒だな」
「でも……やっぱ怖い。環境が変わっちゃうのは」

 それから、心の中で円城寺を友だちのように思って、いつか別れる日に辛いと感じてしまう自分になるのも。

「あー、俺といると目立つってヤツ」
「うん。失礼なこと言ってるって分かってるんだけど」
「いや、平気。でもさー、そんなん最初だけだと思うんだよな。永遠は俺とつるんでるヤツらも、みんな目立ってると思う?」
「え、うん。目立ってるよ。騒がしいし」
「いや、うん、それはそう。そうなんだけどー。永遠は永遠じゃん」
「…………?」

 円城寺の言わんとしていることが、イマイチ掴めない。首を傾げれば、円城寺は壁からジャンプするように離れ、俺の目の前に立った。

「最初はさ、物珍しさで見られることは避けられないのかもしれないけど。そのうち、それが当たり前になる」
「そうかな」
「そうそう。ああ、あのふたりまた喋ってんなー、で終わり」
「んー……」

 本当にそうだろうか。そんな気もするし、人の好奇の目はなかなかにしつこい気もする。判断がつかないでいるオレに、円城寺は更に続ける。

「お父さんの転勤ってさ、いちばん短くてどれくらいのスパンだった?」
「へ? えーっと、二年半だったかな」

 急にどうしたのだろう。意味も分からず答えれば、ふむふむと頷きながら円城寺がほほ笑んだ。

「じゃあ、少なくとも今年はずっとクラスメイトだな。文化祭とか体育祭とかあるけど、それもひとりでいいの?」
「別に……今までだってそうだったし」
「じゃあ修学旅行は? 行くだろ?」
「……オレは行かないって言ったんだけど、お母さんが一応積み立てはしてくれてる」
「おっけ。じゃあ、俺たちの犯行ミッション2、はじめてみない?」
「ミッション2?」

 指で作ったピースマークを曲げたり伸ばしたりして、円城寺の口元がほほ笑みからニヤリとしたものに移っていく。

「そう。永遠の高二生活、楽しいものにする。体育祭も文化祭も、修学旅行もぜんぶ」
「え……?」
「17歳がいちばん楽しいわけじゃないって証明するために、俺たちははじまったよな」
「うん」
「それの一貫。永遠が言ってた、今辛いのにそれじゃあお先真っ暗〜ってやつ。今辛いを二学期でも変えてみない? 夏休みの思い出だけじゃなくて」
「…………」
「それでももちろん、永遠と俺は変わらず共犯者。友だちじゃない。ただこのミッションのために、学校を今までより楽しむために、任務を遂行するだけ。もちろん、永遠が嫌なことはしない。どう?」

 友だちになるわけじゃない、あくまで共犯者としてのミッション。その動機は、オレにうってつけだと思う。このちょっとの時間で、円城寺は頭を巡らせてくれたのだとよく分かる。

 ただ、それを完遂できたとしたら。オレはやっぱり、別れが苦しくなるのではないか。本当にそれでいいのだろうか。言葉に詰まる。ああでも、オレがさっき言ったばかりなんだ。なかったことにはしたくないって。そう思わせてくれた共犯者の企みを、叶えないなんてしたくない。

 これは、自分への言い訳にすぎないと思う。円城寺の手を取るための。でもそれでも、オレには必要な言い訳だった。黙りこくるオレを待ってくれていた円城寺を、意を決して見上げる。

「分かった、円城寺くんの提案に乗ることにする」
「マジ? やった。じゃあ普通に話しかけるからな?」
「うん。共犯者だから、当たり前のことだもんね。情報共有的な」
「そうそう。でもマジで嫌なことは言ってな」
「そうする」

 円城寺はオレなんかいなくたって、それこそ人の輪の中心で過ごせる人だ。楽しむなんてミッション、掲げるまでもない。つまり、オレのためなんだろう。それって、なんだかちょっとむずがゆい。

「え、っと。教室戻ろうか」
「だな」
「あ、でもお昼はひとりで食べるから」
「え、マジ? 嫌なことはしないって言ったけど、一緒に食う気満々だった」
「だって、円城寺くんいつもお友だちと食べてるじゃん。オレ、円城寺くんはいいけど他の人はちょっと……」
「ああ、そういう。じゃあ俺がそっち行く」
「いや、いいって! 円城寺くんがいないとみんな悲しむじゃん!」
「そんなことはない。てかさ、さっきから気になってたんだけど」

 気恥ずかしさを振り払うように、普段より少し早足で歩いていたのに。円城寺は悠々とした歩みで、オレを追い越した。コンパスが圧倒的に違いすぎる。

 オレの行く先を阻むように、ポケットに手を突っこんだ円城寺が立ちはだかる。

「う、なに?」
「なんで円城寺くん呼び?」
「へ……? いやいや、ずっとそうだよね。てか、そっちこそなんで永遠って呼んでんの!? それも言いたかったんだった!」
「えー、トワってテロップ山ほど入れたし、動画の中で呼んだし? なのに今更雨森(あめもり)くんっていうのも、よそよそしいじゃん」
「そんなことないけど」
「俺はある。だから永遠も瞬星(しゅんせい)って呼んでよ」
「あ、本当に無理です。ごめんなさい」
「あっは、即答!」

 そんなの、絶対にできるわけがない。もはや呆れる。だって誰かを名前で呼び捨てなんて、過去に一度も経験がない。

 大きなため息をひとつ吐いて、再び歩きはじめる。隣で円城寺がケラケラ笑うから、大いに目立っているのは本当によくない。

「ま、そのうちでいいか」
「そのうちなんて来ないので」
「その敬語も面白いんだよなあ」
「はあ……最悪」
「そう? 俺は最高」

 二学期は波乱の幕開けとなってしまった。目立つことは当分避けられないだろうけれど、オレと円城寺はあくまで共犯者。それだけは忘れずにいようと、強く心に誓った。