青春とやらに君と道連れ

 シークバーが右端にたどり着き、動画がストップする。カウントが終わったタイムは4:58。時間制限ギリギリセーフだ。

 いつの間にか息を止めていたようで、オレは深く息を吐いた。そこでようやく、頬が濡れていることに気づく。慌てて拭うと、目の前にティッシュが差し出されてしまった。おずおずと受け取ると、円城寺も似たような顔をしていて。顔を見合せて約3秒、オレたちは同時に吹き出した。

「なあ、めっちゃよくなかった?」
「うん、すごくよかった。撮ってる時も、いいものになるんだろうなとは思ってたけど……想像以上だった」
「分かる。俺たち、初心者の割に結構すげえよな?」
「はは、うん。そう思う」

 撮影のために出かけた様々な場所と、円城寺のシナリオと。様々な思い出が頭を駆け巡る。トワとシュンセイに訪れる終わりのアイディアを求められた時は、ずいぶん戸惑ったっけ。でも、“幽体離脱”とだけ書いた提案に円城寺が乗ってくれた時は、気持ちが高揚したのを覚えている。あの時、ラストシーンは決まっているのだと円城寺は言った。それは再会のシーンのことだと、該当の撮影の時に円城寺は教えてくれた。台本にも記されていなかった台詞と一緒に。

「最後の台詞だけどさ」
「んー?」
「ありがとう」
「……え?」

 トワとシュンセイの笑顔で止まったままの画面を見つめながら、オレはぼそりと呟いた。おこがましいかもと思いはする。円城寺にそんな意図があったかは定かではない。それでも、伝えなければならない言葉だと思っていた。

「別れた人にまた出逢うこと、オレにはない人生だったから。お芝居だとしてもシュンセイと再会できて、ありがとうって伝えられたこと。嬉しかった」
「…………」
「円城寺くん? なんか言ってよ」

 やっとの思いで口にしたのに、円城寺からはなにも返事がない。ちょっと不満に思いつつ隣を見ると、円城寺はゆっくりと後ろに倒れてしまった。

「は!? 円城寺くん!?」
「ありがとうは、俺のほうだから」
「……へ?」

 どうやら具合が悪くなったわけではなさそうで、ひとまず安心した。でも両腕を顔に乗せてしまっているから、円城寺の表情を窺い知ることはできない。

「転校が多いって話聞いてたから。この話の中だけでも雨森くんが再会できたらなって思ったから、ああいうラストを用意してた」
「……うん。きっとそうなんだろうなって思ったよ。ありがとう」
「でも、ありがとうは俺のほう」
「え? なんで?」

 ずらされた腕から、目元だけが覗いた。こちらをじいっと見たかと思ったら、その目尻がふわっと弧を描く。

「ちゃっかり俺も救われさせてもらったから?」
「救われ、させて?」

 妙な日本語だなと、オレは思わず首を傾げた。そんなオレを見て笑った円城寺は、天井を見上げながら話しはじめる。

「俺はさ、自分の力で自分の道を切り開ける人間になりてぇの。シュンセイの努力のおかげで再会できたわけじゃないのに、トワは絶対に繋がってるって言うだろ? 俺はまだ手探りで中途半端だけど、こんな今も繋がってたんだって、未来の俺が胸張れてたらいいなって。シナリオ書いてて、そう思うようになった。雨森くんのおかげで必死になれたんだよ、俺も」
「円城寺くん……で、でも、オレとあの夜コンビニで会ってなくても、コンテストに応募はするつもりだったんだよな? じゃあ別にオレのおかげじゃ……」
「ううん、そんなことない」

 よっ、と言いながら円城寺は腹筋の力だけで起き上がった。あぐらをかいた足にひじを置いて、ああ、こんなに間近で瞳の星が瞬いている。

「たしかにやるつもりだったけど、このストーリーには絶対になってないし、トワもシュンセイもいなかった。だから、本当に雨森くんのおかげなんだよ」
「そう、かな?」
「そうそう。気軽にもらってよ、俺からのありがとう」
「……ふ、なんだそれ。でも、うん。もらっときます」
「はは、よかった」

 それからオレたちは、忘れないうちにとコンテストのエントリーを済ませた。代表者はもちろん、円城寺だ。俺でいいの? なんて言うから笑ってしまった。さっき再生ボタンはふたりで押したけれど、これは問答無用で円城寺だろう。当たり前、と強く頷くと、覚悟を決めたような真剣な顔で入力していたのが印象的だった。


「じゃあ、オレは帰るね」
「夕飯食ってけばいいのに。デリバリーとるよ?」
「平気。昨夜泊まらせてもらってるし、さすがに帰らなきゃ」
「そんなもんか? まあ、分かった」

 靴を履いて、円城寺の部屋を出る。ここで手を振るつもりだったのに、円城寺も外へと出てきてしまった。

「見送りなんて別にいいのに」
「別にいいなら、見送ったっていいだろ」
「うわあ、屁理屈」
「そうかな」
「じゃあ、門までで」
「え、近っ」
「いいから、円城寺くんはたっぷり寝てください」
「あー、うん。それはそうだな」

 門を出る前に、一度母屋と円城寺の部屋を振り返る。

 この夏休みのオレの思い出は、すべてここにあると言っても過言ではない。でももうきっと、ここに来ることはないだろうから。目に焼きつけておきたかった。

「それじゃあ本当に、帰ります」
「うん、気をつけてな。ん」

 片手をズボンのポケットにつっこんだまま、円城寺は右手を顔の横にかざした。オレの手を重ねれば、パチンと小気味いい音が鳴る。この夏だけで、ハイタッチを何回しただろうか。

「じゃあ、ばいばい」
「うん」

 手を振って、暮れた道を歩き出す。なぜだろう、胸がぎゅっと狭い心地がする。きっと空腹のせいだろうな。編集に夢中になって、昼もろくに食べなかったから。そう、そのはずだ。だって円城寺は友だちじゃないから。ただの利害が一致した共犯者なのだから、別れからくる寂しさのはずがない。

「とわ!」

 曲がり角に差しかかったところで、叫ぶように名前を呼ばれた。慌てて振り返れば、円城寺がまだ門の前に立っていた。

「とわー、またなー!」

 と大きく手を振っている。

「…………っ」

 その“とわ”は、レンズの向こうの“トワ”なのか、それともオレ自身の“永遠”なのか。判断がつかないなあなんて、誤魔化している自分がよく分かる。永遠であってほしくて、でも永遠だったらすごく困りもする。明日からはまた、ただのクラスメイトに元通りだから。それに、またな、だなんて。この夏休みを大切に思って、離れがたくなるじゃないか。

 瞬星と呼び返す勇気も、「うん、またな」と自らの首を絞める言葉を発することもできない。だからオレは、ただただ手を振り返した。円城寺みたいに大きくじゃなく、胸元でそっと。

 今日くらいは別れを惜しむ自分に、久しぶりに会ってみてもいいかも、なんて。そんな風にちょっとだけ、思えたから。