青春とやらに君と道連れ

 シュンセイとトワ。ふたりの物語は夏休みがはじまったばかりの7月22日の夜、シュンセイがふらっと外に出たことで静かに幕を開ける。カメラに映るのはそのまま、シュンセイが見る世界だ。つまり、シュンセイ自身は腕が映りこむ程度。当てもなく歩いていたシュンセイは海辺にたどり着き、そこで少年に出逢い声をかける。それがトワだ。

『誰? こんな時間にこんなとこいたら、危ないんじゃない?』
『そっちこそ。オレはもう17だし』
『なんだ同い年か。見覚えない顔だけど、家この辺?』
『うん、まあ。それより、毎日ヒマしてるんだけどよかったら遊ばない?』
『俺とお前が? まあ、特に俺もすることないからいいけど……』
『やった。じゃあこれから毎日よろしく』
『毎日!?』
『うん、お願い。オレはトワ。君は?』
『んー、分かったよ。俺はシュンセイ』

 約束を交わしたふたりは、毎日会って遊ぶようになる。花火大会で夜空を見上げ、海に出かけて砂粒がいつまでも取れないと笑いあって、遠出した先では現地のグルメに舌鼓を打つ。雨の日にはシュンセイの家で一日中トランプをしたり、並んで昼寝をした日もあった。

 そうして迎えた、夏休みが終わる2日前。出逢ったあの夜の海で、トワが静かに切り出した。

『今日で終わりなんだ』
『終わり? なにが』
『シュンセイと、こうして遊べるの。あの夜、ここで会えたのがシュンセイで本当によかった。すごくすごく楽しかったよ』
『どういう意味? どっか旅行?』

 トワはただほほ笑むだけで、なにも答えない。そのまま立ち上がって、シュンセイに握手を求める。だがシュンセイはその手を取らず立ち上がり、

『なんか嫌な感じするんだけど。もう遊べないって、夏休みだけの話だよな? また会えるよな?』

 と詰め寄る。やはりトワはほほ笑んで、けれど少し視線を落としそっと横に首を振った。そのまま去ろうとするトワを、シュンセイは砂浜の上をよろけながらも追いかける。

『トワ! なあって! 待てよ!』

 シュンセイの、トワに向かって賢明に伸ばす腕。それでも聞く耳を持たなかったトワは、砂浜を出る直前に勢いよく振り返った。

『来ないで!』

 初めて声を張り上げるトワ。びっくりしつつも立ち止まったシュンセイに、トワは

『ばいばい』

 とだけ言って再び歩き出した。シュンセイはもう、後を追うことはできなかった。トワの目には、溢れそうな涙が浮かんでいた。

 翌日から、シュンセイは必死にトワを探した。海の近辺を歩き回ったり、地元の中学の友人たちにもトワを知らないか手当たり次第に尋ねた。トワはやはり、どこにもいない。それでもシュンセイは諦めなかった。事件や事故、行方不明に関する記事を毎日検索した。タイムスリップや幽霊にまつわる本まで読み漁り、季節は何度も巡ってしまった。

 そして5年が経った、大学4年の夏休みの夜。シュンセイはいつものように、あの海を訪れた。トワと出逢いそして別れた翌年から、7月22日の夜は必ずここへ来ていた。こんな時間の海なんか、誰もいない。俯いて、靴の先で砂をちいさく蹴る。不器用に砂を踏む音が聞こえたのは、その時だった。勢いよく振り返ったシュンセイの目に映ったのは、他でもないトワの姿だった。立ち尽くすシュンセイに、トワのほうから近づいてくる。

『あれ……うわあ、すごく似てる。似てるっていうか、一緒?』
『……は?』

 おばけにでも遭遇したかのように目を丸くし、顎に指を添えながらトワは意味不明なことを言う。5年ぶりの再会なのに、なにかが歪だ。

『えっと、急に変なこと言ってごめんなさい。オレの知り合い……じゃないか。オレの妄想? 夢? に出てきてた人と君がそっくりで』
『……なんだそれ』
『はは、本当に意味分からないよね。えっと……オレ、5年前に大きな事故に遭って、それで……』

 5年前の夏休み直前、トワは交通事故に遭ってしまった。1ヶ月近く目を覚まさなかった。その間、長い長い夢を見ていた。海のある町で出逢った同い年の少年と、思い切り夏を満喫する夢だ。

『それがあまりにリアルでさ。実際にある海なんじゃないかって、ずっと探してた。それでやっと見つけたら、あの少年とそっくりな君がいて……って、あれ? 泣いてるの?』
『……っ、なあ、1個聞いていい?』
『うん、いいけど……』
『なんで最後の日、急に終わりだって言ったんだ? 理由聞いても、教えてくれなかったじゃん』
『え? え、それってどういう……』
『なあ、教えてよトワ。俺、ずっとお前を探してたんだから』
『……っ! あ……だって、あの時、オレ分かったんだよ。なんとなく、今日で終わりなんだ、って。それは死ぬってことだ、って』

 トワの涙が映り、カメラに映る世界もぼやけたり戻ったりをくり返す。

『言ったら、君も道連れにしちゃう、って、思って! 来ないでって、言った! 君が、シュンセイが、大事だったから!』
『……そっか。はは、そうだったんだ』
『うん、うん……本当に、オレは君に会えてたんだね。幽体離脱みたいなこと?』
『どうなんだろうな』
 波の音に、ふたりの鼻をすする音が混ざる。
『トワ、俺さ、後悔してることがある』
『後悔?』
『握手。あの時トワが差し出してくれた手を、ちゃんと取ればよかったって。ん』
『はは、5年ぶりの握手だ』

 固い握手が画面いっぱいに映る。そして顔を上げると、トワは泣きながらもほほ笑んでいた。あの夏の最後のほほ笑みより、やわらかい笑顔だ。

『俺、色んなこと諦めてきたけど、トワのことだけはダメだった。どうしても会いたくて、色々調べたりもして……やっと会えてよかった。まあ、俺のしてきたことは全部無駄だったけど』
『そんなことない、絶対に全部繋がってるよ。今までは暇さえ見つけては海のある町に行ってたのに。ここだけは、なんとなく今日だって思った。シュンセイが願ってくれたから、呼ばれたんだと思う。シュンセイの力だよ』
『そうだといいな』
『絶対にそうだよ』

 ここで波の音やBGMがプツンと消える。その代わりに、トワとシュンセイのセリフがテロップではなく声で流れる。

『ありがとう、シュンセイ。また君に出逢えるなんて思わなかった』
『俺のほうこそ、ありがとう。俺、自分の意志でこんなに必死になれるって知らなかった。トワのおかげだ』

 再び波の音が流れはじめる。ふたりの声はもう聞こえないけれど、カメラの動きやトワの表情で、ふたりが笑いあっているのが分かる。そのうちにふたりは走り出す。景色が駆け足で流れるのにくり返しトワの顔が映ることで、シュンセイが何度もトワの存在を確認していることが分かる。

 最後にフェードアウトして、画面が深い青になっていく。波音と、画面の中央に浮かび上がるのはこの動画のタイトルだ。

 “この夏は君に還る”。

 それから最後にほんの1秒、あの夏のツーショットが映る。幻のような夏でもたしかにあったのだと分かる、力強い笑顔のふたりだ。