青春とやらに君と道連れ

 毎日なんて、ただの通過点だ。達成感に満たされたことなんてあったっけ。特別な一日だったと噛みしめたことは、一度もない気がする。

 通過点と言ったって、ゴールに見据えるものは別にない。だから今日だって、なんの代わり映えもない日になるはずだった。

 クラスメイトのアイツと、偶然出くわすまでは。


雨森(あめもり)くん、シフト表見たけどさ。ずいぶん詰めこんでたね。こちらとしてはありがたいけど、いいの?」
「…………? なにがですか?」

 夏休みが始まったばかりの、夜の九時過ぎ。高校生になってすぐにアルバイトを始めたこの駅前のコンビニは、自宅アパートから自転車で五分ほどだ。

 電車の到着に合わせて混んでいた店内で、ひと息つけた頃。あくびを噛み殺しながら言う店長に、オレは首を傾げた。

「なにがって、雨森くん確か高二だったよね」
「はい、そうですね」
「じゃあ今がいちばん楽しい時じゃん。十七歳ってさ、なんか特別感あるよね。いやー、俺も戻れるなら戻りたいよ。セブンティーンっつって」
「……はあ」

 ひとり盛り上がる店長に、オレは間抜けな返事しかできなかった。目上の人に対して失礼だったかもしれない。あまりにも自分とはかけ離れた言葉で、ピンとこなかったのだ。

 シフトをたくさん入れたのは、()()()()を貯めるためだ。お金はあればあるほどいい。そんなのオレの勝手だし、店として助かるならほっといてくれたらいいのに。

 とは言え、もうちょっとマシな返事をするべきだったかもしれない。でも、なんて? 思いつきもしないまま再び口を開いたけれど、客がレジにやってきたので話はそこで終了となった。


 レジを打ちこんで、頭を下げながら客を送り出して。マニュアル通りに働きながらも、店長の言葉が頭の中でリピートする。徐々に腹が立ってきた。

「いちばん楽しい? ふん。全然だろ」

 人がほぼいないのをいいことに、惣菜を品出ししながらちいさく悪態をつく。

 今がいちばん楽しい? そんなこと、あってたまるか。だってそれが本当なら、オレの人生お先真っ暗確定じゃないか。

 夢なんてものはない。趣味らしい趣味も特になく、暇な時間はネットで動画を見るくらい。今が最高? 最低だなと言われるほうが、100倍マシだ。

 どんより沈む心に、作業の手もスピードが落ちる。そんな時だって、お構いなしに客はやってくる。入店を知らせるチャイムが鳴り、

「いらっしゃいませー」

 と立ち上がる。レジに向かいつつ自動ドアのほうをふと見たオレは、思わず足を止めてしまった。よく知っている男が、カゴを手に取っていたからだ。

 もっとも、向こうはオレを認識していないだろうけれど。

 円城寺(えんじょうじ)瞬星(しゅんせい)。今年から同じクラスになった。ネット上で人気のトップ絵師が描いたみたいな恐ろしいほど整った顔、肩につきそうな髪はいつもハーフアップ。高身長でモデルみたいな体型。制服の着崩し方が小洒落ているようでもあるし、不良なイメージをまとってもいる。背は中途半端で野暮ったい髪をしているオレとは、なにもかもが正反対だ。

 もちろん学校カーストのトップに君臨し、誰もが一目置いている。それを鼻にかけることもなくいつもニコニコしているのが、オレに言わせればちょっと不気味だ。いちばん関わりたくないタイプ。

 円城寺は雑誌の前を素通りし、冷蔵庫から流れるようにドリンクを取り出した後、チルドコーナーで足を止めた。デザートをいくつか、それから菓子コーナーでも次々とカゴに放りこみ、レジへとやってきた。

 まさか、酒なんかも買うんじゃないだろうな。接客マニュアルの、年齢確認のセリフを頭の中で反芻する。

「いらっしゃいませ。袋はいかがなさいますか?」
「あー、買います。入れてください」
「かしこまりました」

 さりげなく見上げた先の顔に、オレは違和感を覚えた。学校では見たことのない無表情、ちょっと噛まれた下くちびるは不機嫌にすら映る。

 触らぬ神に祟りなし。まあ、客と必要以上に会話することなんてそもそもないが。カゴの中身は予想に反して健全で、ロールケーキやプリン、チョコレートなんかの甘いものばかりを淡々とレジに登録していく。すると、

「あれ、雨森くんじゃん」

 との言葉が頭上から落ちてきた。オレじゃないと思いたいところだが、あいにく店員で名字が雨森なのはオレしかいない。それならば同じ名前の知り合いが来たんであれ、と願いながら恐る恐る顔を上げる。残念ながら、円城寺の視線はまっすぐにオレへと向けられていた。

「え、だよね? 雨森永遠(とわ)くん」
「……よくご存知で」

 オレがフリーズしてしまったからか、円城寺は確かめるみたいに、もう一度オレの名前を口にした。

 このコンビニに同級生が買い物に来ることは、たまにある。気づかれたことなんか、一度もなかったのに。まさかキラキラした世界の住人の円城寺に、フルネームを認識されていたなんて。思わず感心してしまった。

「あっは、なにそれ。クラスメイトじゃん」
「そ、そうだけど……喋ったことないし」
「まあ確かに? あ、雨森くんは俺の名前分かんない感じか」
「いや、円城寺くんのこと知らない人なんて、あの学校にいないと思う」
「……んー、厄介な話だよね」
「厄介?」

 思いがけない返答に、つい首を傾げる。円城寺はどこか投げやりに、視線を床に落としている。少し細められた目が、冷たく見えるのは気のせいだろうか。かと思えばふとなにか思い出したような顔をして、レジを離れプリンをもうひとつ持ってきた。よほど好きらしい。

「いくら?」
「2650円です」
「支払いはこれで。ねえ、バイト何時まで?」

 アプリでの決済画面をスキャンしつつ、オレはそっと眉を顰める。なぜそんなことを聞くのだろう。

「え? 十時だけど……ポイントはそのままでよろしいですか?」
「うん、そのままで。十時か。遅くまで大変だな。なあ、スプーンふたつもらっていい?」
「あ、聞き忘れてたごめん。どうぞ」
「さんきゅ。じゃあまたね」
「ありがとうございました……」

 なぜ上がりの時間を尋ねられたのか、分からないままになってしまった。言葉通り受け取れば、ただ労ってくれただけなのだろう。

 自動ドアが閉まるのを見届けて、肩の力を抜くのと一緒に息を吐く。知らず知らずのうちに、オレは緊張していたらしい。