オタクの好きは違うから

今日からまた学校が始まる。
僕が正門前を通ると、後ろから声をかけられた。

「よっ!湊士」

「おはよう湊士」

僕が振り返ると、そこには案の定氷翠と梨仁が立っていた。
僕はふたりに笑顔を向けた。

「おはよ〜、ふたりとも」

「あ、そういえば一昨日東歌くんとデートの日だったっけ?どうだった?楽しかった?」

「はぁ!?え、東歌とそんなに仲良かったのかよ…!?」

氷翠の発言が爆弾発言だったのか、梨仁が僕の肩を思いっきりつかんだ。
僕はそれに苦笑するしかなかった。
そういえば、梨仁に伝えてなかったな…。
そう思いながら、僕は氷翠の質問に答えた。

「楽しかったよ。水族館に行ったんだ」

「はぁぁ!?待て待て、俺とは!?」

「梨仁、声大きいよ」

氷翠が梨仁を引き剥がしてくれた。
助かったぁ…。

「嫌われるよ」

「えっ、それは嫌…!ごめん湊士。でも俺…」

「ふふっ、梨仁を嫌ったりしないよ。今度3人で遊ぼうね〜」

そう言うと、梨仁の表情が明るくなった。

「マジ!?じゃあ俺、プールとか行きたい!」

「うん!じゃあ夏休みにでも行こうよ」

「おう!」

よかった、よかった。
梨仁ってば、航希くんの話をするとこんな調子になっちゃうんだから…。
あっ、そうだ。
あれ?東歌くん呼びじゃなくて、航希くん呼びになってない?
って思ったでしょ。
ふふっ、実はね——。

「湊士じゃん、はよ」

「あ!航希くん、おはよ〜!」

僕は元気よく、航希くんに挨拶をした。
それに対し、梨仁がまたあわあわとし出して面倒な予感がした。

「え?ちょっと待て…。湊士、名前呼びになって…」

「ふっ、いいでしょ」

航希くんが僕の肩に手を回して、自慢げにそう言った。
僕は距離の近さにドキドキしながら笑顔で言った。

「実は名前呼びにしようって話したんだ。その方が、友達っぽいでしょ?」

「はー!?なにちゃっかり仲良くなってるわけ!?」

「梨仁、さっきからうるさーい」

あ〜あ、氷翠にうざがられてる。

「いいじゃん別に。てかー、梨仁がうざいから早く行こうよ航希くん」

「うん」

「いや、ちょっと待て!悪かったって〜!!」

僕と氷翠はくすくすと笑いながら階段を上がっていった。
航希くんはと言うと、なにやら冷たい視線を梨仁に向けていた。

***

今日もまた委員会の日で、僕たちふたりが整理担当になってしまった。
ちょっと面倒なことでも、やっぱり推しといるとなにか違う。

「ふふっ」

僕は思わず軽く笑ってしまった。
すると、すぐに航希くんが反応してきて。

「なに笑ってるの?」

「い〜や?航希くんとふたりっきりなの嬉しいなって」

そう言いながら、僕は本の番号をなぞっていく。
航希くん相変わらず「へー」とそっけない返事。
でも、クールでやっぱりかっこいい。
そして最後の棚へと移動しようとしたとき、少し勢いをつけて棚に足をぶつけてしまった。
ガンッ!!
鈍い音が鳴って、足に痛みが走る。

「痛っ…!!」

僕は思わず足を押さえてしゃがみ込んだ。
でも、それがよくなかった。
その瞬間ふっと影が目の前に落ちて、上を向いたときにはもう段ボール箱が眼下に迫っていた。

嘘…避けらんない…!!

とっさに頭だけでもとかばう。
そして、衝撃が走って本がバサバサと落ちた。
でも、不思議と痛くない。
どうして…?
僕が恐る恐る目を開けると——。

「はぁ…危な。ケガしてない?」

「へっ…こ、航希くん…」

驚きすぎて声が裏返った。
意外と距離あったはずなのに、すぐ気がついてかばってくれたんだ。
って、航希くんもしかしてケガしてる…!?

「ご、ごめんなさい!!俺のせいでケガさせましたよね…!?」

すると、航希くんは手をひらひらと振って見せた。

「大丈夫。受け身とったし」

そう言った航希くんはいつも通りで、どこもケガをしているようには見えなかった。
僕はホッとしてため息をついた。
そして冷静になって、やっと気がついた。
自分の素が一瞬だけだったけど、出てしまったことを。

「あ…えっと…よかった。本当にごめんね」

僕は航希くんが気がついていないことを願って、普通に振る舞った。
もし自分を偽って近づいてるって知られたら、避けられるかもしれないから。
でも、航希くんは気がついていないのかなにも言ってこなかった。
その代わりとでもいうように、いつも以上に熱を帯びた目で僕を見つめて頬に手が触れた。

「えっと……」

航希くんはなにも言ってくれない。
冗談を言ってかわす気にもなれなくて、ただただ見つめ合った。

「かわいい、湊士」

「へっ!?」

突拍子もないことを言われて、僕は思わず声をもらした。
ていうか、なんで今…!?
僕が何度も瞬きをすると、少しだけハッとしたような表情を見せた航希くんが頬から手を離した。
それから僕の後ろに落ちた本を拾い上げ、そして立ち上がった。

「とりあえずケガなくてよかった。気をつけて」

「え…あ、うん…」

突然の変わりようについていけなくて、動揺したような声で返事をした。
そして何事もなかったように仕事を再開した。
僕も気にしすぎかな、と思って立ち上がって自分の手で頬を覆った。
触れられたところ、あつい…。
カッと顔に熱が集中して、途端に恥ずかしくなった。
航希くんが僕を見ていなくてよかった…。
かわいいって言われたこと、あんなに顔が近かったこと。
本当にキスできてしまいそうな距離だった。
ドキドキして、心臓がうるさい。

「湊士?」

いつのまにか僕の方を向いていた航希くんと目が合う。

「っ…!!な、なんでもない。僕も手伝うね…!」

すぐに視線を逸らして、僕は航希くんとは別の棚にうつった。
たいしたことない、別にちょっと距離が近くなっただけじゃないか。
なのに、なのにどうしてこんなに——。
い、いやいや…!!僕が航希くんを好きとかありえないし!そもそも僕はゲイじゃない!
この鼓動も全部嘘だ。
隣にいられることが嬉しいなんて、笑顔を独り占めしたいなんて、もっと触れていないなんて——。
全部嘘だ。

***

その頃、航希の脳内もまた混乱していた。
抑えが効かなくなって触れた後、かわいいなんて声をもらしてしまった。
航希自身でも全く予想外だったのだ。
しかし、不思議と今は冷静だ。
もうわかった。
人のことを一生好きにならないと言いながら、湊士のことをいつのまにか好きになっていた。
いや、初めて会ったとき一目惚れしたのかもしれない。

航希は覚えていた。
彼女にフラれ、泣いていた湊士を慰めた日のことを。
泣いている姿がかわいくて、無意識のうちに自分のものにしたいと思ってしまっていた。
それをただ、認識しないようにしていただけ。

——過去を思い出さないように。

だけどもう、それでもいい。
ただ好きで好きで仕方ないから、どこにも行かないようにここに閉じ込めておかなきゃいけない。
認める、俺は湊士が好きだって。
だから早くこの欲を満たさなきゃいけない。

じゃないと、気が狂って湊士をどうにかしてしまいそうだ。

——なんて。