オタクの好きは違うから

水族館ももう閉館の時間が近づいて、そろそろ帰ることにした俺たち。
館内カフェで俺は月丘に聞いた。

「どう?楽しかった?」

もしかしたら、やっぱり水族館に来たくなかったと思っているかもしれない。
嫌な思い出なんて、そう簡単に消えるものでも吹っ切れるものでもない。
だけど、嫌だったら。
俺以外に向いた視線とか、思い出とか。
全部汚したくなる。
……ダメだ、昔の癖か戻ってるな俺。
そう思っていると、月丘は笑顔で言った。

「うん。楽しかった。僕、やっぱり水族館好きだな。また行こうね!」

意外な返事だった。
その表情に暗さなんてどこにもなくて、吹っ切れているようにも思えてならなかった。
それから少しだけ館内を回って、俺たちは帰ることになった。
その時、不意に月丘が口を開いた。

「僕、本当に水族館が嫌いだった。嫌なことが詰まった場所だったし。実際、別れた後も行ったことがあって。でもやっぱり、吹っ切れてなかったことが嫌で…。嬉しかったこと、悲しかったこと。思い出が詰まった場所だから、なんとも言えない複雑な感情が込み上げてきてさ。それがどうしようもなく気持ち悪く感じたんだ。でも…今日は違った。今日は、東歌くんと素直に楽しむことができたよ。本当にありがとう」

その言葉に、俺は少しだけ自分自身にイラだった。
決して月丘に対してではない。
月丘には、むしろ独占欲のような感情が現れていたから。
でも、その感情が俺をイラつかせた。
そんな感情は全部気がつかれないようにして、俺は笑って言った。

「うん。そっか、よかった。月丘には笑っててほしいし」

「っ…!だからズルいんだってば…」

月丘は顔を赤くした。
それが、どうしようもなく愛おしかった。
だからわざと聞き返した。

「ん?」

「な、なんでもないです…!!」

俺の前を歩く月丘の存在が、とてもかわいく見えた。
それを自覚した瞬間、胸の奥からどろっとしたものが溢れた気がした。
なにも変わってない。
あせったりすると敬語の癖が出るところも、人に尽くしまくるところも。
俺だけのものにしたい。
俺以外誰もみないでほしい。
俺が一生かけて愛すから、腕の中に閉じ込めてどこにも出したくない。
——俺はハッとした。
今、なに考えて…。

「東歌くん?」

「ん?」

「いや…なんか表情暗い気がして…」

月丘は結構鋭いとこあるな、気をつけないと。

「いや、なにもないよ。ただ、今日のご飯ないなと思って」

俺は適当に誤魔化した。
まあ実際、本当のことだし怪しまれないだろ。

「ご飯?もしかして一人暮らし?」

「まあ、そうだね。一人暮らし」

「へーすごいね!高校で一人暮らしって心細くない?」

「別に?あんまり感じないかな」

俺の言葉に答える姿もかわいい。
少しだけ、ふっと口角を上げる。
月丘といるとどうしてか笑うことが多い。
でも、まだ認めたくない。

「今日は連れてきてくれてありがとね。今度はもっと大きいとこ行きたいな」

「水愛が望むならどこでもいいよ」

俺はその声に視線を移した。
金髪の髪はハーフアップにまとめており、灰色のどこか闇を感じさせる瞳の少女がちょうど俺の横を通り過ぎたのだった。
あれだ、あれが御厨水愛だ。
調べた通りの外見だったから、すぐにわかった。
俺はこの時、嫌なことを思いついてしまった。
もう、引き返せないところまできてしまったのだろう。
好きな子には尽くして尽くして、ただただ俺の愛に溺れさせたい。
そういう“昔の癖”が出てきてる自覚はあった。

——俺は、月丘を俺のものにしたいんだ。