オタクの好きは違うから

「あれ、航希じゃん。本屋にいるとか珍しいな」

ふと声がした方を見ると、そこには幼馴染の蓬菜星絆(ほうらいせな)が立っていた。
黒髪に赤色を含んだ瞳、釣り上がった目尻。
俺と同じように容姿がいいから、女からモテるが本人は女に無関心だ。
まあ、俺もだけど。

「ああ、来たがったのは俺じゃないけどな」

「ふーん。てことは、またデート?今度は誰と?」

「月丘湊士」

月丘の名前を出すと、予想外だったのか星絆が目を見開いた。
当然だ。
俺は今まで女としか遊んでこなかったんだから。
全てカモフラージュのため。
——俺がゲイであることを隠すため。

「月丘くん…って、たしかかわいい系男子で有名な子だよね?もしかして、本命?」

星絆は全て知っている。
俺がゲイであることも、カモフラージュのために女遊びをしていることも。
だからこそこの質問をしたのだ。
だけど、それを認めるつもりはない。

「本命とはまた違うな。推しってやつ?」

ふと月丘の言葉が脳裏をよぎり、そんなことを言ってみた。
すると、星絆は眉をひそめた。

「はぁ?なにそれ」

「まあ、俺は月丘推しってわけ。言ったろ?俺はもう誰も好きにならないって」

今度は傷ついたような顔をした。
それから、俺の腕をつかんで言った。

「おい、もしまだ舞園(まいぞの)さんのこと引きずってんなら——」

「やめろ!!」

俺は星絆の手を思いっきり振り払った。
いつにもなく冷たい目で見下ろす。

「あいつの話はすんな。まだ、終わっちゃいねぇんだよ」

「……航希…」

その時、視界の端に月丘の姿が映った。
その前に立っているのは風坂深。
あいつが月丘に手を伸ばそうとしてんのを見て、俺の意識は完全にそっちに行った。

「星絆、あとで謝る」

「は?ちょ、待てって…!!」

俺はその言葉を聞かず、月丘の方に走った。
思わず後ろから抱きしめ、こいつから引き剥がした。
その瞬間、こいつの口元は確実に緩んだ。

「おい、誰に触ろうとしてんだよ、深」

「おっと。怖い怖い」

そう言いながら笑う姿がイラつく。
こいつは俺の全てを奪った。
俺の人生を狂わせ、俺にトラウマの種を植えつけた張本人だ。
だけど、今1番大事なのは月丘の安全確認だ。
編集担当らしく今までなにもなかったのだから、特になにもされていないと思うが。

「大丈夫か?深になにかされたのか?」

「え、えと…なにもされてないよ?」

その驚いたような顔にホッとした。
だけど次の瞬間の深の言葉。

「航希、まだまだ終わっちゃいない。お前は全部理解してるはずだ。じゃあな」

わかってる、こいつはまだ諦めてない。
こいつは危険だ。
あの目、あの表情、絶対に月丘を狙っていた。
俺が月丘を守んなきゃいけない。
ただかわいいって感情だけでは、一緒にいられそうもない。

——この時俺は、この後起こる悲劇を予想できていなかった。