オタクの好きは違うから

5月4日月曜日、ゴールデンウィーク3日目になった。
土日で東歌くんとやりとりしたり、友達とやりとりしながらふたつの予定が決まったのだ。
そのひとつ目が今日。
梨仁ともうひとりの友達、火神氷翠(ひがみひすい)と遊ぶんだ。
氷翠は“王子様”って言われるくらい優しくてホワホワしてるんだ。
あとは僕と同じカフェが大好きで、3人で遊ぶといつもふたりで梨仁を連れ回すんだ。
と言っても、遊んだことなんて4回くらいしかないんだけども。

4月は毎月遊んでたんだよね〜。
そう思うと僕らって超仲良しかも!

そう思ったら嬉しくなった。
僕は顔を洗ってネイルをして服を選ぶ。
今日は白いタートルネックの上にダボっとした黒いパーカーを着て、わざとボロく作ってある黒色の短パンを履く。
パーカーってかわいく見えるよね。
よし、完璧!
準備を整えた僕は、自分の部屋を出て一階に行った。
朝ごはんのいい匂いがする。
リビングに行くと、父さんが僕のことを見た。

「父さん!おはよう!」

「湊士か、おはよう。今日は早いんだな!」

鼻のあたりまで伸びた前髪はちょうど目が見えるように分かれていて、黒髪にインナーは薄い紫、僕と同じエメラルドグリーンの瞳をしてる。
顔立ちは整っていて、そのおかげてたくさんの人が寄ってくる。
父さんはいわゆる“遊び人”で、いつもどこかにデートに行ってはあまり帰ってこない。
暇な時に帰ってくると僕を美味しいレストランに連れていってくれるんだ。
だから、僕は父さんが好き。
ひとりで僕を育ててくれたしね。

「うん、今日は友達と遊びに行くからね。ちなみに、明日も行くよ」

「おー、そうなのか。なら、楽しんでこいよ!まあ、とりあえず朝飯だよな。もうちょっと座って待ってろー」

「はーい」

僕は言われた通り座って料理が完成するのを待った。
それから、父さんが言った。

「そういえば湊士、口調また変わったな。その…服とかも…」

そう控えめに言われた。
中3の時も同じこと言われた。
僕は好きな子ができるとその子に合わせて自分を変えてしまう。
口調も、服の系統も。
真面目で敬語男子、それが中3の時にできた彼女の好みのタイプだった。
それから東歌くん推しになってまた変わった。
東歌くんはあの日、かわいい子が好きと言ったからかわいい系男子になった。
それを苦痛だと思ったことはない。
でも、父さんにはどんなふうに見えるのだろう?

「推しができたんだよね。好きな人…とは違うけど、追いかけたい存在なんだ。父さんは俺のこと心配してるのかもしれないけど、その心配は必要ないよ。好きでやってることだから」

俺は“本当の湊士”としてそう言った。
自分を偽ってでも手に入れたい、その子だけしか考えていたくない、とにかく尽くしたい。
元カノに気がつかれないようにして、それがたまに苦痛になってフッてしまったのは事実だ。
でもやめられない。
仕方ない、俺はこういう人間なんだから。
だからそれを認めて自由に生きていくんだ。
その考えはきっと父さんに伝わったのだろう。

「そうか。ならいいんだ。自分の好きなように生きればいい。父さんも好きに生きてるんだからなー」

父さんは少し悲しそうな顔をした。
父さんは昔は遊び人だったけど、母さんに出会って一途になったらしい。
でも、母さんは違った。
最初は父さんが本気で好きだったみたいだけど、違う男をつくって出ていった。
しかも、父さんの不倫っていう嘘の理由で。

「俺が不倫なんてして離婚になったから…とかじゃないんだよな?」

俺は勢いよく立ち上がった。
父さんは不倫は嘘だっていうのに、それを認めた。
それが母さんの助けになるならいいって。

「父さん、俺はその話全く信じてないから。全部悪いのは母さんだろ…!だから、父さんのせいじゃない!本当に俺は、好きでやってるんだ!」

久々に声を荒げた。
父さんの驚いた顔が視界に映る。

「本当に…本当に好きでやってるんだ。自分のやりたいように生きろって父さんが言っただろ?だから俺は…」

弱々しくいう俺を見て、父さんは深く息を吐き出した。

「すまない、俺はまた湊士を怒らせたな。好きでやってるのか。そうか……なら、それでいい。好きに生きろよ!」

父さんはニカッと笑った。

「うん」

俺は再び席に座った。
前にも同じようなことで俺が声を荒げたことがある。
父さんは絶対不倫なんてしてない。
俺はそう信じてるから、父さんが自分のことをそうやって悪くいうところを見ると嫌になるんだ。

でも、「離婚をしたから変わった」っていうのはあながち間違えではないと思う。
現に俺が元カノをフッてきたのは、母さんのことがあったからだ。
ひたすら尽くしていたら周りが見えなくなって、いつのまにか浮気だの不倫だのに繋がるかもしれない。
だから惚れこみやすい反面、人を疑うようになって冷めやすくなってしまったのだ。
たしかに偽りの自分で接して、相手が俺を1番にしてくれるっていうのでも嬉しかった。
でも、どこかでそれじゃダメだと思ったんだ。
本当の自分を受け入れてくれる人じゃないとって。
それももう疲れた。

だから東歌くんのことを“好き”になれないんだ。

***

電車に乗って揺られて渋谷まで来た僕は、待ち合わせ場所のハチ公口に向かった。
そこにはすでに梨仁と氷翠の姿があった。

「おー、湊士早いじゃん!」

「まあね。ていうか、その笑みバカにしてるでしょ!?」

会って早々に梨仁に笑われるなんて。
ちょっとムカつくんだけど?
ていうかまだ時間前だし!
そんなふうにムカついてる僕に気がついてか、氷翠が言った。

「はいはい、その辺にしてね?早く行こうよ、マンガフェスタ」

僕はその言葉に、梨仁を睨むのをやめた。
そう、今日はマンガ・ノベルフェスタに呼ばれたのだ。
夢小説からスタートした小説投稿だったけど、案外にもいろいろな小説を書いて賞を受賞。
そのままデビューして小説家として活動をしてる。
今回のフェスタには編集者の人たちに呼ばれたのだ。
梨仁と氷翠もマンガや小説が好きだから誘ったんだ。

「はぁ〜わかったよ。んじゃ、行こー!」

僕はふたりの手を取って、早足で歩き出した。

「ちょ、切り替え早すぎ!?」

梨仁が驚いてるけど、そんなの気にしなーい。
人混みをどんどん進んでいって会場に着いた僕たち。
僕の担当さんが裏から入れてくれるって言ってたから、探さないといけないんだよね。
僕は周りをキョロキョロと見回す。
そして視界の端に入った暗い灰色の髪を見つけて、そこで視線を止めた。

「あっ、いた」

僕がそう声を出した共に向こうも気がついたのか、僕の方に来てくれた。
その様子に気がついたのか、氷翠が言った。

「あれって…湊士が言ってた担当さん?」

「うん、そうだよ」

そうして僕の前まで来た男の人は暗い灰色の髪に明るい茶色い瞳、すらっとしている体型がさらに背の高さを際立たせる人だった。
彼の名前は風坂深(ふうさかしん)
見た目に反してすごく優しいけど、裏表が激しい人であとは多分腹黒。
ちょっと怖いとこあるんだよね〜。

「こんにちは。みなと先生のお友達も初めまして。みなと先生の編集担当をしている風坂深です。よろしくね」

そう言って笑った風坂さん。
ちなみに僕のペンネームは丘乃(おかの)みなとなんだ。
だからみなと先生って呼ばれてるってわけ。

「あ、よろしくお願いします!俺は名桐梨仁です!」

「僕は火神氷翠です。よろしくお願いします」

ふたりも風坂さんに挨拶をした。
ていうか、本物の王子様の氷翠と風坂さんが隣に並ぶと、やっぱり風坂さんが嘘っぽく見えるんだよね…。
うん、気のせいってことにしとこ!
僕は風坂さんにニコッと笑いかけて言った。

「それじゃ、早速中に入れてくれますか?」

「ああ、もちろん。裏口の方に案内するよ」

そう言って歩き出した風坂さんに、3人で後に続く。
人の通りがあまりない裏口の方に行って、会場内に入れてもらった。
会場に入るとすごい人の数が視界に入った。

「すげぇ…」

梨仁が小さくそんな声をもらした。
でも、その気持ちがわかる気がする。
こういうイベントって初めて来たから、余計にすごいって感じちゃうのかも。
そう思っていると風坂さんが言った。

「みなと先生、ここから少し歩いたところにみなと先生の展示があります。サイン会までは自由にしてもらって構いませんが…。どうしますか?先に展示を見に行きますか?」

今日はサイン会が4時間後、3時くらいにあって来たっていうのもある。

「うーん、どうしよ?梨仁と氷翠はどっちがいい?」

僕はふたりに視線を移した。
ふたちにもサイン会があることは伝えてあって、ふたりも僕の小説を読んでくれてるんだ。
だから、ふたりは特別チケットを用意してある。

「サイン会までに見に行っておきたいかな」

「んじゃ、俺も氷翠と同じ意見で!」

ふたりの意見によって、僕たちは最初に展示を見に行くことにした。

***

『本日15時より丘乃みなと先生のサイン会が開催されます。事前当選されている方は、サイン会会場までお越しください。繰り返します——』

そんな放送が入って、僕の心臓は大きく跳ねた。
今からサイン会かと思うと、気が気じゃなくなる。
そんな考えは見せないように、僕はふたりに言った。

「それじゃ、僕は行くね。ふたりのチケットは風坂さんにお願いしてあるから、もらってね!会場行けば大丈夫なはずだから!」

「おう!行ってこい!」

「僕たちもあとで行くからね〜」

僕はふたりに手を振ってわかれた。
僕は裏口から外に出て、まっすぐ裏道を歩いた。
僕たちはホールの右奥にいたけど、サイン会をするのは左奥。
人混みを抜けるのは大変だから、こうして裏口から出て来たんだ。
そうして歩いているうちに、向こうの裏口から顔を覗かせている風坂さんの姿が目に入った。

「風坂さん!」

「来ましたね、みなと先生。説明することがあるので来てください」

僕はそう言われて、風坂さんに着いていった。
そこは外から見られないようになっていて、待機室みたいだ。
それから、風坂さんが色紙を持ってくる。
僕の小説の登場人物たちが描かれている。
ちなみに僕の担当のイラストレーターは風坂さんだ。
そう思うと編集できるし、イラストも描ける風坂さんってすごい人だよな。

「この色紙の右上にファンの方の名前を書いた後、サインを右下の方に書いてください。サイン会中、隣にいるのでなにかあったら言ってください」

「わかりました」

僕は風坂さんの言葉に頷いた。
サイン会なんて初めてだし緊張する…!
僕は決意を固めて始まるのを待った。
時間になり、風坂さんが待機室の外に出る。

「大変長らくお待たせいたしました。時間になりましたので、これより丘乃みなと先生のサイン会を始めます」

風坂さんに手招きされ、僕も待機室を出た。
それから、席に座るまでになんとなくファンの顔を見た。
その中には当然のように梨仁と氷翠の姿があった。
ふたりが手を振ってくれたけど、振り返すわけにもいかず。
かわりに僕はニコッと笑った。

それから間も無くサイン会が始まった。
ひとりひとり丁寧に話ができて嬉しくて、緊張なんてものはいつの間にかとんでいた。
今回の招待人数は50人。
あっという間に終わりに近づき、最後のひとりとなった。
すごくかっこいい男の人だった。
僕がそう思うのは当たり前だ。

だって、今僕の目の前にいるのは——。

「東歌くん……」

激レア私服姿の推し、東歌くんだったのだから。
僕の呟きを聞いて、風坂さんは少し首を傾げながら僕に聞いた。

「お知り合いですか?」

「あ、うん。同じ学校で…」

うまく言葉が出てこない。
嬉しすぎるよ、私服だし、休日に会えたし。
でもどうしてこんなところにいるんだろう?

「あれ、月丘じゃん」

「う、うん!えっと、3日ぶりくらいだね」

すると、風坂さんに肩を突かれた。

「みなと先生、とりあえずサインをしてください。いつも通りに」

僕は風坂さんの言葉に頷いた。
僕は今丘乃みなと先生としてここに座ってるんだ、しっかりしないと…!
僕は自分に言い聞かせてペンを取った。

「驚いた。みなと先生が月丘だったなんて」

「あはは…そうだよね〜」

僕はできるだけいつも通り接した。
すると、東歌くんは微笑んで言った。

「今日の月丘、かわいいね」

「へっ…!?」

僕は手を止めて東歌くんのことを見た。
その微かに浮かんだ笑みが、あの日の記憶と結びつく。

『月丘湊士…。へぇ、かわいいじゃん』

高校生になって初めて会った時、東歌くんはそう言った。
それから僕はさらに自分をかわいく見せようと頑張った。
そして、東歌くんはサインを書いた色紙を取った。

「ありがと。これからも応援してる。明日も楽しみにしてる」

僕は嬉しさで声も出せず、ゆっくりと頷くのが精一杯だった。
明日、そうだ明日。
今更ながら東歌くんと“小説の材料集め”をすることを思い出した。
にやけそうになる顔を精一杯抑えて、僕のサイン会は終了となった。

***

夕方、もう日も沈むという時に僕たち3人は道を歩いていた。
もう家の近く。
そんな時、氷翠が言った。

「そういえば今日、東歌くんがいたよね。僕、びっくりしちゃった〜」

「う、うん。僕もすごくびっくりした」

そう言うと、氷翠はニッと口角を上げた。

「よかったじゃん。たしか湊士の推しなんだよね?」

僕は頷いた。
東歌くんのあの笑みをもう一度見られるなんて、本当に幸せだった。
そう考えていると、梨仁が真剣な声色で言った。

「湊士、俺はずっと疑問なんだけどさ。いいのか?東歌って女子取っ替え引っ替えしてるって噂だろ?あんな奴好きになって、そんないいもんなのか?嫉妬とか…しねぇの?」

一瞬の沈黙が生まれた。
それをすぐさま破ったのは氷翠だった。
氷翠は梨仁の頭にチョップしてから言った。

「もう、そういうこと本人に聞くものじゃないよ?まったく…」

氷翠は優しいな。
僕のことちゃんと考えてくれる。
僕はふっと笑った。

「嫉妬とかしないよ?だって東歌くんは僕のものじゃないし。あと、別に恋愛的に好きなんじゃないよ。ただの“推し”だからさ〜」

僕がそう言うと、ふたりはホッとした表情を見せた。
また僕たちはいつものように話し出した。
僕が東歌くんを好きになるなんてありえない。

——恋なんて俺には必要ない、それは俺に取って呪いなんだから。

***

湊士とわかれ、梨仁と氷翠はふたりで道を歩いていた。
そして、氷翠は言った。

「よかったね、湊士が本気で東歌くんのことを好きじゃなくて」

「ああ…」

梨仁の口元は緩んでいた。
梨仁は湊士に出会ってすぐに恋に落ちた。
でも、その恋は叶わないと知った。
湊士の視線の先にはすでに東歌航希という男がいて、自分には見向きもしないと思っていたからだ。

ただ、それは大きな間違いだった。
湊士は航希のことを好きではなかったのだ。
梨仁にチャンスが生まれた。
氷翠も梨仁に考えていることがわかったから、あんなふうに言ったのだ。

「俺も、頑張ってみようかな」

「うん。頑張って」