オタクの好きは違うから

今日は5月1日金曜日。
金曜日ってみんな好きだけど、僕は好きじゃない。
だってその後2日間も“推し”に会えなくなるんだもん。
特にゴールデンウィークに入る前に残された最後の日である今日は、最も気分の悪い日と言ってもいい。
もう放課後になってしまった。
今日は一目も推しを見ていないのに…!
と、半泣き状態の僕は月丘湊士(つきおかみなと)高校1年生。
僕って学校内では意外と有名なんだよ。
うすい緑色のウルフカットで毛先は白色、瞳はきれいなエメラルドグリーン。
男なのにかわいいって思われて嫌じゃないのかって?
ぜーんぜん!
だって僕、“かわいい系男子”だし。
まあ、あれもそれもぜーんぶ推しのためだけど。

僕はいわゆる尽くしたがりで好きな人のためならなんでもやっちゃうちょっと重い奴。
そうやって今まで彼女に振られてきたけど、やっぱりその癖は治せず。
超真面目系だった僕は、高校入学と同時にかわいい系男子デビューをした。
結果は大成功だし文句なし。
推しにもかわいいって言われちゃったし。

あ、さっきから言ってる推しが誰なのか気になるよね?
僕の推しは東歌航希(とうかこうき)くん。
同じ高校1年生だけど、クラスが離れちゃってあんまり会えないんだよね。
だからこそ毎日一回は拝みたいところだけど。

今日は残すは委員会だけ。
東歌くんは委員会なんて面倒な仕事はやらないだろうし、今日はきっともう会えないよね…。
部活もやってないしね。
今日は委員会初日で緊張してる。
あ、なに委員に入ったかって?
それはもちろん図書委員会!
本を読むのが好きだからね、図書委員に入らないのは損だよ〜。
ていうのは置いておいて。

僕は小さくため息をついて図書室のドアを開けた。
開始10分前だからもうほとんど集まってる。
僕も早く座らなきゃと、急いで席に着いた。
1年A組と書かれた場所に座ってリュックを下ろす。
その時、隣に座っていた名桐梨仁(なぎりりひと)が声をかけてきた。

「よっ、湊士。ちょっと遅かったな」

梨仁とは高校に入ってから仲良くなった。
ちなみに僕が東歌くん推しだと知っている。

「あー、ちょっとね」

僕はてきとうに誤魔化した。
言えない、東歌くんを探してたからなんて…!!
首を傾げられたから、不審に思われてるよね。
また誤魔化そうと口を開こうとした時、誰かが入ってきたみたいで口を閉じた。
なんだかすごくこの気配を知っているような気がして、思わず振り返った。
長めに伸ばされた髪は瞳を隠しそう、インナーカラーは灰色、深い青色の瞳の目尻はだるそうに下がっていて、不良さを感じさせるように耳にたくさんのピアスがついている。

推し〜!!
目を輝かせて、今入ってきた東歌くんを見た。
って…ちょっと待てよ?
ここは図書委員会の活動場所な訳で……それってつまり……推しと同じ委員会ってこと!?
思考がおかしなことになってない!?
幻覚を見ているのか…?
脳内は大パニック。
そんな僕の様子を見て、梨仁が笑いながら言った。

「あれって湊士の推しだよね?よかったじゃん、一緒の委員会で」

「へっ!?あ、う、うん…!!」

驚きすぎて声が裏返って恥ずかしいんだけど…!!
東歌くんに見られてなくてよかった。
僕がホッとしていると、委員会担当の羽衣白狼(はごろもしろう)先生が言った。

「東歌、さっさと座れ。委員会を始めるぞ」

羽衣先生は東歌くんのクラスの担任でもあるんだ。
だからかな。
もしかしたら、先生に図書委員として東歌くんが指名されたのかも。
じゃないときっと委員会なんて入らないし。

「はーい、座りまーす」

ダルそうに、でも笑って僕の後ろの席に座った。
東歌くんはB組だから後ろの席なのは当たり前だけど、緊張しすぎて委員会に集中できないかも。
チラッと梨仁の方を見ると、笑っていた。
楽しんでるし…。
僕は梨仁を睨んで、そっぽを向いた。
その後号令がかかり委員会が始まった。

「えー、では、今日はまず仕事内容を説明するぞー。図書委員は主に放課後に本の整理と、昼休みに貸し借りの管理をやるんだ。放課後と昼休みの活動は同じペアで行うことになる。クラスは別の方がいいと思うから、今からペアを決めるぞ」

中学とやることは一緒みたいだけど、放課後の図書整理ってなかったな。
ちょっと面白そう。
ていうか、ペアって勝手に同じクラスだと思ってたけど違うんだ。
梨仁と組めると思ってたからちょっと残念。
僕はチラッと周りを見回すけど、知っている人は東歌くんくらいしかいない。
推しとペアなんておこがましい気がするし、なにより周りにも組みたい人はいるだろう。
ま、余った人と組めばいっか。
そう考えていると、羽衣先生が言った。

「んじゃさっそく決めるが、まず東歌。あいつは問題児だから最初にペアを決めとくぞー」

えっ…?
東歌くんのペアって先生が決めるんだ。
どれだけ問題視されているんだろう。
そう内心で苦笑していると、羽衣先生はありえないことを言った。

「1年A組の月丘、頼めるか?」

僕はその場で固まった。
え?
僕が東歌くんのペア?
どうして…!?
パニックになっている脳内をなんとか整理して、僕は聞いた。

「あ、あの…どうして僕なんですか…?」

「ん?ああ、月丘は中学校時代成績優秀だったと聞いているからな。お前は適任だろ」

たしかに僕は中学校時代は、定期テストは毎回1位を取るくらいで成績もオール5だったけど。
まさかそれで選ばれるとは。
中学の僕に感謝だ。
真面目でよかった。
そう思っていると、僕は後ろから肩を突かれた。

「よろしく」

そう言って微かに微笑んだ東歌くんの激レアショットに、首を横に振ることなんて僕にはできなかった。

***

『んじゃ、さっそく今日の担当は月丘と東歌な』

その言葉通り、さっそく放課後の本の整理をやらされることになった僕たち。
緊張しながらも仕事を進めていく。
東歌くんもなにも喋らずに仕事をする。
約20分で仕事を終えたので、僕は東歌くんにポップ作りを提案した。

「東歌くん、ポップ作りやらない?期限1週間後だけど、来週はゴールデンウィークで学校にもないでしょ?」

「たしかにそうだね。やろっか」

「うん、そうしよ!」

少しでも長く東歌くんとふたりでいれることが嬉しくて、口角が緩んでしまう。
でも、東歌くんは気に留める様子もなく席に座った。
すごく大きな図書室だから、ふたりでいるとなんだか寂しい感じ。
そう考えながら、僕は東歌くんと向かい合わせになるように座った。
僕はリュックに入れたファイルの中からポップの紙を出して、筆箱を出す。
その時、僕のリュックに入っていたノートが一冊出てしまったようだ。
僕は気がつかず、東歌くんがノートを拾い上げた。
パラパラという音が聞こえて、ようやく僕は顔を上げた。

「東歌くん…?そのノートは…って、僕の!?待って、返してください!!」

つい中学までの敬語癖が出たことも気にせず、僕は必死になってノートをつかもうと手を伸ばした。
僕は東歌くんに会ってからいわゆる“夢小説”を描くようになって、そのノートは書いた小説と集めたい資料リストが書いてある。
つまり、見られたら恥ずかしいことが書いてある。
それをすぐに察したのか、東歌くんはひょいっと僕には届かない場所にノートを避けた。

「面白いもの書いてんね、月丘くん」

そう言って笑った。
完全に中を見られてる。
どうしよう、どうしよう、バレた?
僕の本性全部バレたら、僕は東歌くんに嫌われる?
そうしたら僕は絶対に壊れてしまう。
嫌だ、怖い。
僕はどうすればいいのかと考えていると、東歌くんが続けて言葉を発した。

「これ小説?それと集めたい資料って書いてあったね」

「え、えと…」

僕の表情はひきつった。
下手したら、僕が東歌くん推しだと気がつかれる内容が書いてある。
そんなノートを見られてる。
どうしようかと考えた結果——。

「あ、あの!資料集め手伝ってくれませんか…?」

ほんの少しだけ東歌くんの目が見開かれた。
バレたなら、それをも利用しないと損…!
ん?って、僕なに言っちゃってんの!?!?
離れられてしまうのは嫌だから、むしろもっと近づけることを提案する。
それが混乱した僕が出した考えだった。

「ふっ、いいよ」

「えっ…い、いいんですか…?」

まさかいいよと言われるとは思っていなかったから、驚いてしまう。

「うん、だって暇つぶしになるし。ゴールデンウィークとか暇なんだよね。だから、暇つぶし付き合ってよ」

そう言うと、東歌くんはスマホを出した。
校則違反なのは知っていたけど、注意しなかった。

「予定立てるでしょ?今時間ないからさ、連絡先交換しよ」

「で、でもスマホ操作は校則違反で…」

そう言うと、東歌くんは僕の唇に人差し指を当てた。
ドキッとする。

「しー、いいから。誰も見てないよ?」

僕はその言葉に頷いて、スマホを出した。
ラインを開いて、連絡先を交換した。
東歌くんと近づけるチャンスを、逃すわけにはいかなかった。

「じゃ、また連絡するね。今日はこれでおしまい。ポップはまた作ろ」

そう言って東歌くんは図書室を出ていってしまった。
僕はイスから滑り落ちる。
まだ治らない胸のドキドキを感じていた。
僕は震える手を持ち上げて、スマホの画面を見た。
夢じゃない、全部現実だ。
登録欄の1番上にはたしかに“東歌航希”と書かれたアカウントがあった。
推しの視界に入るなんておこがましい。
推しと連絡先なんて交換できない。
そう思っていたけど、やっぱり嬉しい。

「へへ…嬉しいなぁ」

自然と笑みがこぼれてしまった。

***

その頃航希は廊下を歩きながら、ニヤけている顔を隠すように手で覆った。
中学3年のあの日、湊士に会って航希の世界はまた塗り変わった。

「結果大成功っと」

全て仕組まれていた。
湊士と同じ委員会に入り、担任が湊士とペアを組ませるよう仕組み、わざと知っているノートの中身を確認し、脅して距離を近づけた。
航希はどこかズレているのかもしれない。

やっと手に入れた。
絶対に逃しはしない。
俺のものだって縛りつけて、永遠に逃げられなくしてあげる。