オタクの好きは違うから

次の日、相変わらず俺は誰とも関わらず過ごした。
航希とすれ違っても挨拶を交わすこともなく。
だけど、俺を遠巻きに見る瞳は優しくて、それだけで安心できた。
そうして今日も1日が終わろうとした時。

「湊士、ちょっと手伝ってくんね?」

帰りのホームルームが終わって早々に、俺は深に声をかけられた。
それを当然のように梨仁と氷翠も見ていた。
俺はホッとして、深に返事をした。

「ああ、いいよ。どこいくの?」

「総合学習室。資料持ってくるから、ちょっと待ってて」

「わかった」

俺は頷くと、深は教室を出て行った。
それから数秒経って梨仁と氷翠が近づいてくる。

「今日は一緒に帰れなさそうだね」

「待ってるか?」

ふたりが心配そうに俺を見てくれる。
けれど、俺は首を横に振った。

「いや、大丈夫。ひとりで帰るから、ふたりは先に帰ってていいよ」

「んーわかった。じゃ、気をつけて帰れよ。また明日なー」

「じゃあね、湊士」

「うん。また明日」

俺は梨仁と氷翠に挨拶を告げた。
それからさらにしばらく経ち、深が戻ってきた。
手にはどっさにとプリントを持っている。
あーこれ、プリントまとめるやつだ。
そりゃ俺に頼むよな、とひとりで心の中で納得した。

「じゃ、移動するか」

「ああ」

教室にはもう誰もいなくて、もう帰ったのだろう。
今週は部活がないから。
それからふたりで総合学習室に移動する。
そして深がプリントを机の上に置く。
少し暑く感じて、俺は窓を開けることにした。
窓に近寄って鍵を開ける。
その時ふと俺の前に影が落ちた。
俺は手を止める。

「なんだよ、深」

くるりと体を反転させると、なぜか深は深く唇を重ねてきた。

「っ…!?」

いくら付き合っているとはいえ偽だし、キスをしてきたことなんてなかったのに。
俺はどうにか抵抗して、深の体を引き離す。
けれど、深はすぐに俺の腕をつかんで取り押さえた。
ヤクザだからなのか、俺の力じゃ敵わない。

「おい、どういうつもりだよ深っ…!!」

「え?だって湊士、契約違反したよね?」

「は?契約…違反…?」

その意味がわからず、俺は途切れ途切れにそう言った。
深は今までにないくらい怖い、無表情で俺を見た。

「昨日、航希といたよね?他の男に関わるなって言ったよな?あのふたりは許してたけど、航希は契約違反だろ」

「っ…!」

バレ…てた。
気づかれてないって思ってたけど、最初からバレてたんだ。
俺は怖くなってうつむいた。
なにを言われるんだろう、なにをされるんだろう。
不安と恐怖が襲ってきて、動けなかった。
すると、深は俺の顎をクイッと持ちあげた。
それから妖艶な笑みを浮かべて言った。

「もう、俺のものになる時間だ」

「はっ?っ…!!!」

その瞬間、ビリビリとした痛みが体を襲った。
少し視線を落とせば、いつの間にか出したスタンガンが俺に触れていた。
その痛みに耐えきれず、俺はそのまま深に体を預けるように気を失った。

***

俺は目を覚ました。
あかりはついているのに、辺りは薄暗い。
見たこともない部屋だった。

「どこだ…ここ…」

そう声をあげた瞬間、目の前のドアが開かれた。
まだ目の前がグラグラ揺れて、その人物の姿をとらえられない。

「起きた?ごめん、湊士にはちょっと強かったね」

けれど、その声で目の前に立っているのが誰かわかった。
これは深の声だ。
俺はどうにかふらつく体を持ち上げようとした。
けれど、カチャカチャと音が鳴って、腕も足も動かせない。
すると深が少し楽しそうな声色で言った。

「ああ、逃げないように鎖で繋いだんだ。そんな姿もかわいいよ、湊士」

俺はようやく視界がクリアになってきて、深をキッと睨む。
深はクスッと笑って俺に近づいてきた。
さっきスタンガンを使われたこともあって、体が無意識にこわばる。
けれど、深は俺の頭を優しく撫でるだけだった。
それから楽しそうに言う。

「俺ね、この日をずっと待ってたよ。湊士が俺のものになる日を、ね」

「…どういうことだよ」

「ふっ、俺ね。湊士のこと好きなんだ」

「………は?」

俺は少し遅れて声を漏らした。
こいつ、なに言ってんだ。
俺を好き?どういうこと?
理解が追いついていないことに気がついてか、深がゆっくりと説明してくれる。

「湊士のことを知った時からずーっと好きだったんだ。航希なんかに渡したくなくって。それでゲームなんてものを提案した。だって俺の勝ちは確定してたし。だってずっと好きだったんだもん。ずっとずっとずーっとね。好きだった。愛してるんだ。でも湊士は気がつかなかった。だから、それに気がつかなければ俺が負けることはないんだ。今までバレなかったんだから、バレるわけないじゃないか。だから勝てるって思ってたよ。こうやって気長に待とうって思ってた。だけど…」

スッと深の表情が変わった。
心の奥を見透かしてくるような、まっすぐで恐ろしい目。

「ダメだ。だって、湊士は他の男を見てる。そんなの耐えられない。しかも相手はあの東歌航希…!!あいつに取られるなんてあっちゃいけない。あいつは地獄に落とさないといけないんだから」

ニヤッと口角を大きくあげた。
まるでおもちゃを見つけた子どものように無邪気だけど、そんなにかわいいものではない。
どす黒さがにじみ出ている。

「湊士は俺のものにならなきゃいけない。だから、もう俺のものにするよ」

「はっ…どうやってするんだよ」

怖がっていては相手の思うツボだと思い、俺はそう言い放った。
しかし。

「ん?それはね…航希を殺すんだよ。そうすればあいつは死んで地獄に落ちて、俺は湊士を手に入れられる!最高のシナリオだろ?」

背筋がゾッとして、凍りついた気がした。
狂ってる、こいつは確実に狂ってる。

「もう航希は呼んであるから大丈夫。だから、それまで話そうよ。航希の過去を…ね」

「っ…は、話さない…!」

「は?なんで?」

また、スッと表情が戻った。
なんで、と聞かれただけなのに、その言葉に殺意がのせられているようで怖かった。
だけどこれは航希のためだから。
だから、絶対怯まない…!!

「航希の口から聞く…!航希は…今は話せないって言ってた。それって話したくないってことだ。だったら、俺は航希の意思を尊重する!!」

すると、しばらくの間静寂が訪れた。
しかしそれは本当に一瞬で、深は不気味に笑った。

「くっ、くくく…。そうか、そうか。……なら、余計話してやらないとなぁ」

「なっ…どうして…!」

「どうしてもこうしてもないだろ。あいつはお前に嫌われたくなくて隠してんだよ。だから、お前が知ったらふたりの仲は引き裂かれる。俺にとっちゃ最高だよ」

そうだ、こいつは航希に復讐をしたいって言ってたんだ。
逆効果に決まっているのに、言い返してしまった。
そう考えているうちに、深は俺の両肩を強くつかんで話し始めた。

「俺があいつの恋人を奪った。そして、その恋人を地獄に落としたんだよ」

そうして、深は俺の意思を無視して話し出した。

***

その頃、航希は自宅に帰りいつものように学校の宿題に取り掛かっていた。
しかしいつもと違うのは、部屋の外で聞こえるバタバタという足音。
抗争を仕掛けてきたなら俺にも言いにくるはずだ。
けれど、なにも言われていないということはたいしたことはないのか?
不思議に思った俺は、総帥…母さんに聞くことにした。
そうして部屋を出た時、こっちに向かって歩いてくる母さんの姿が見えた。

「…母さん?」

「ああ、航希。今から貴方に伝えに行こうと思っていたのよ」

伝えに…ってことは抗争か?
もしかしたら風坂組かもしれない。

「これを」

予想外にも、母さんは俺に手紙を渡してきた。
俺は不思議に思いながらも手紙を受け取り、それを開いた。

『拝啓親愛なる東歌航希へ
今日でお前を地獄に落とそうと思う。
湊士が俺のものになる瞬間をお前に見せてやるよ。
お前のスマホに居場所を送った。
必ずひとりで来い。
風坂組若頭風坂深』

それを見た瞬間、頭に血がのぼったのがわかった。
どす黒いものがドロドロと胸から溢れ出したような気がした。
湊士が深のものになる?
考えただけで嫉妬で狂いそうだった。

「行くの?」

「当たり前だ。母さんは来るなよ。お前らもだ」

俺は周りにいる奴ら全員を睨んだ。
すると少し怯んだものの、やはり止めてくる者はいた。

「し、しかし若…!!」

「うるさい。口答えは許さない」

もう一度殺意を込めた目で見ると、そいつはビクッと体を震わせて黙った。
そうして俺が母さんの隣を通った時。

「湊士さんをよろしく。巻き込んでごめんなさい…って言っておいて」

「…ああ」

俺は部屋に戻ってスマホを取るなり、急いで部屋を出た。
玄関まで早足で向かい、靴を履いて玄関の扉を開ける。
すると、そこには御影が立っていた。

「総帥は湊士様を大層気に入っておられました。必ず、湊士様を助けてさしあげてください。……若、貴方は東歌組であることに苦労してきたでしょうが、今は東歌組でよかったと思えるのではないでしょうか」

俺は眉をひそめた。

「どういうことだ、それは」

「貴方が東歌組若頭でなければ、湊士様がこのように巻き込まれることはなかったでしょう。しかし、それによって生まれる幸福はきっと存在します。総帥がそうであったように。…ですから、気負うことはないのです。貴方は東歌組若頭である前に、ひとりの人間なのです。欲に忠実になってもいいのです。ひとりの人間として、湊士様と接してはいかがでしょう」

その言葉は、胸に響くものだった。
俺には東歌組若頭という重荷があって、中学校では避けられ、高校ではそれを隠すようになった。
それが当たり前なのだと思った。
ヤクザなんて誰しも関わりたくないだろう。
けれど今思えば、湊士は違った。
ヤクザだからと言って線引きをしなかった。
そうか、湊士の前では俺は“ひとりの人間”としていることができたんだ。
だから湊士にぬくもりを感じたし、ただそばにいるだけで傷が癒えるような気がした。

「ありがとう、御影。行ってくる」

「はい。いってらっしゃいませ、航希様」

俺は走り出した。
湊士は誰にも渡したくない。
俺のこの執着質なところも、湊士は認めてくれた。
さらに俺のものにしたくなった。
そういえば、父さんもそうだと言っていた。
母さんを離したくなくて、そうやって執着ばかりしていたって。
俺のこの思考は父親譲りなのかもしれない。

でも俺はこの執着質が嫌いだ。
俺は走りながら今から約3年前の出来事を思い出した。
当時俺には舞園松(まいぞのしょう)という名の彼氏がいた。
繁華街での抗争をおさめにいった時、偶然にも松に見られてしまったのだ。
それが出会いだった。
松は複雑な家庭で育った奴だった。
財閥本家の当主であった父親は毒殺、母親はそれで気が狂って自殺したという話だった。
それから親戚に引き取られたが、散々な目に遭いよく抜け出して繁華街に来ていたのだと話してくれた。
そして、俺たちはよく繁華街で会うようになった。
すれ違うたびに会話をし、共に行動をしていた。
そのうちに俺は松に惹かれた。
松も俺と同じゲイだった。
だから初めて告白をして、それは無事に成功した。
恋人になって、俺は幸せの頂点にいた。

だけど、そんなのはすぐに崩壊した。
当時から俺は風坂組に恨まれ命を狙われる身であった。
松はそれを知ってて付き合ってくれていたが、そうして警戒してくれていても一般人では対処はできまい。
それがわかっていたはずなのに、俺は油断していたんだと思う。
もしくは、愛に溺れていた。

ある日を境に、抗争が激化した。
それをきっかけに俺と松は距離を取るハメになった。
その時に深が松に近づき、松を口説き落ちしていたとか。
つまり、浮気されていた。
松は一度好きになるとどっぷりハマるタイプで、深のいうことをなんでも聞いていた。
だから、俺に復讐するという深の作戦にハメられて、松は俺を殺めそうになってしまった。
実際に殺そうと思ったわけじゃない、ただ間接的に殺そうとしていたのだ、俺を。
だから、俺は松を許せた。
けれど、松は自分を許せなかった。
それ以来距離を置こうと言われ、そして疎遠になった。
俺はたしかに自分が狂っていくのを感じた。
好きで好きでしょうがない松と離れることはできなかった。
結局、俺が我慢できなかった。
閉じ込めて一生出られないようにして、その瞳に俺以外映してほしくなくなって。
繁華街で再開したとき、あのドロドロとした感情が溢れて。
俺はもう止まれなかった。
松を無理やり連れ込み、そして喰ってしまった。
つまり。

——松とセックスをした。

こうすれば引き留められるとでも思ったのだろうか。
こうすれば松が俺の元に戻ってくるとでも思ったのだろうか。
どうして、どうして、どうして、どうして。
ああ、もう、なにも考えたくない。

それから松は俺の前から姿を消した。
これが全部深の仕組んだことだと知った時には、もう遅いと気づかされた。
だけど、もう特別傷ついたりしなかった。
心が完全に砕かれ、修復不可能なほどになってしまっていた。
それからは好きにもなれない女と一緒にいるようになった。
この顔だ、自分がモテているのはわかっていたから。
そうやって狂っていった。

けれどその時、湊士に出会った。
初めて会うのに、泣き顔がかわいく見えてつい声をかけた。
また執着質が出てきたような気がした。
でも、不思議と気持ち悪くはなかった。
ただホッとした。
そして湊士が俺を“推し”と言っているのを知って、それがピタッとハマッた気がした。
そう、これは恋愛感情ではない。
ただの推しだと考えれば、それだけで心が軽くなった。
それからいろいろあって、また深に壊されようとしてる。
でも、今回は絶対思い通りにはさせない。
俺が湊士を守るんだ。

***

「っていうことがあったわけ。あーちなみに、松の父親を殺したのは俺の親父だったんだよ。それで情報収集が楽でね。手間のかからないちょうどいい奴だったんだよね」