オタクの好きは違うから

「みーなと!」

「っ…!?あ…なんだ……梨仁か…」

「え、なにその反応。なんかあったん?」

梨仁が僕の反応を見て、心配そうな表情を向けた。
それと同時に氷翠も僕を心配する。

「なんか、暗い顔してるね。どうしたの?」

「いや、なんでもなく…て」

言えない、航希くんに僕の本性がバレただなんて。
だって、梨仁も氷翠も僕の本性を知らないんだから。
そしてその時。

「湊士、おはよ」

「ご、ごめん!!僕提出物あるんだった!先行くね!!」

後ろから声をかけてくれた航希くんには目もくれず、僕は逃げるようにして校舎に入って行った。
提出物なんてない、ただ航希くんと一緒にいたくないだけ。
ひどいことしてるって自覚はある、でも嫌われてたら耐えられない。
それだけは知りたくない。
僕はトイレに駆け込んで、個室の中で座り込んだ。
そしてカバンを強く抱きしめて、チャイムが鳴るのを待った。

***

「湊士」

「ごめん、次移動教室だから!」

「みな…」

「先生に用あるから!!」

「み…」

「ごめん!!」

だんだん言い訳もできなくなって、ただ謝って避けるを繰り返していた。
恋って、ただ苦しいだけのものだ。
僕が普通の恋愛をできないのが悪いんだけど。
僕の目からは涙が溢れた。
航希くんを避ける俺に嫌気がさして、勝手に傷ついてる俺が嫌で。
嫌で嫌で、こんな俺大嫌いだ。

「…と、湊士!!」

その声にハッとして足を一瞬止めてしまうと、俺は誰かに腕をつかまれた。
振り返れば、そこには航希くんがいた。
——と、予想していたけど。
それは外れて、そこには梨仁が立っていた。

「り…ひと…?」

俺は大きく目を見張って、梨仁を凝視した。
もう、取り繕う余裕もなかった。

「なに、なんか用?」

俺を視線にビクッと反応を見せて、視線を逸らした末に言った。

「東歌となんかあったんだろ。もう2週間もそうしてんじゃん!」

俺はハッとした。
そうだ、もう水愛先輩に会ってから2週間も経ってたんだ。
いまだになにも変わってない。
でも、だからってどうすればいいんだ。
だいたいどうしてずっと俺に話しかけてくるんだ。
嫌われてるわけじゃない?
いやいや…期待するな。

「なんかあったなら、言ってほしい」

その言葉に、俺は眉をピクッと動かした。
つい口が滑って。

「は?なんで梨仁に言わなきゃなんねーの。俺のことなにもしらねぇくせに」

ハッとした時には、もう遅かった。
こんなにも余裕なくなって、バカみたい。
梨仁にも嫌われる。
俺がうつむいたその瞬間だった。

「しらねぇよ!!」

梨仁が俺に怒鳴ったのだ。
俺は勢いよく顔を上げた。

「だから、教えてくれよ。俺…俺…湊士のこと、好きなんだ。……本当は、東歌なんかに渡したくない。俺のこと、頼ってほしい」

言葉が、出なかった。
——好きなんだ。
誰が、誰を好きって…?

「っ…!!好きだなんて、言わないでくれ…」

俺はうつむいてそう言った。
梨仁好かれる人間なんかじゃない、俺はそんないい人間じゃないんだ。
ずっと騙してたんだ。
梨仁が好きになったのは“俺”じゃない。

「いや、何度だって言うよ。今の湊士はなんか違うけど、でも変わったのにはなんか事情があるんだろ?だから、俺は湊士を知りたい。ちゃんと好きだから」

まっすぐそう言ってくる姿が、まぶしかった。
涙が、頬を伝った。
ああ、なんで泣いてるんだろう。
受け入れてくれる人がいたから?
なんだ、そんな単純なことだったのか。

「湊士が東歌を好きだってことはわかってるし、告白に答えてくれなんて1ミリも思ってないよ。でも、辛い時くらいそばに居させてほしい…かな」

俺は声を殺して泣いた。
ただ、嬉しかったんだと思う。
崩壊寸前だった俺の心は、少し、ほんの少し癒された気がした。
でも、だけど、心にぽっかり空いたものはちっとも治らなかった。

***

夏休みに入った。
あれから、航希くんは何度も話しかけてきたけど結局勇気が出なかった。
そうして残りの期間、夏休みに入るまでの1週間を過ごし、いつの間にか夏休みに入っていた。
そして、今日は夏休み初日。
すっごくいい天気だし、プール日和って感じ。

「晴れてよかった…」

僕はそんな声を漏らして、ベッドから降りた。
実は今日、梨仁と氷翠とプールに行く約束をしてるんだ。
準備をして、朝食を食べるために一階に降りると、そこには父さんの姿があった。
……よし。
俺はちょっと決心して、父さんに話しかけた。

「父さん、はよ」

「おー湊士か。夏休み初日だろ?まだ寝てなくていいのか?」

「ああ、うん。今日友達と遊ぶから」

「……」

俺の圧倒的変わりように、父さんが驚いて固まった。
それから、ゆっくり悲しそうな表情で口を開いた。

「また…その…」

きっと、また好きな奴が変わったと思ってる。
俺はちょっと明るく言ってみた。

「別にそんなんじゃない。ただ、父さんの前でくらい、自分らしくいたくなっただけ」

梨仁が俺を受け入れてくれた。
こんな俺をみても、それでも“知りたい”と言ってくれた。
なら、少しだけ勇気を出してみたかった。
航希くんにも、こうやって言えたらよかったんだけど…。

「そ、そうか!じゃあ、ちょっと待ってろ。あとは皿に盛るだけだから」

「うん。よろしく。俺ちょっと荷物玄関に置いてくる」

まだ、心臓は大きく脈打っていた。
例え血の繋がった父にでも、自分の素の姿を見せるのは怖い。
でも、こんなに簡単なことだったのか。
父さんの嬉しそうな顔も見れて、正直よかったと思ってる。
今日は、航希くんに電話でもして謝ろう。
ちょっとだけ父さんにも元気づけられた。
そうしてその後ふたりでゆっくり朝食を食べた。
ゆっくりしすぎて、日焼け止め塗る時間なくなって大慌てになったり。

「いってきます!」

「おう!楽しんでなー!」

父さんは笑顔でそう言ってくれた。
俺は走って駅まで行った。
そこには、もうすでに梨仁の姿があった。
時間を見れば、もう集合時間だ。
梨仁の前では素の自分でいるようにしてるから、俺は梨仁に話しかけた。

「梨仁、はよ。氷翠はまだ?」

「湊士、はよ〜。氷翠は風邪ひいたらしい。マジでついてないよなぁ」

「えっ、大丈夫かな」

俺は心配になった。
氷翠ってあんま風邪ひかないタイプで、風邪ひいた時は結構辛いんだと言っていた。
すると、梨仁が言った。

「電話来たんだけど、案外元気そうでさ。なんか風邪症状あって、今のうちに治したいからプールはやめとくって。ふたりで言っていいよって言われた。心配ないって」

そう言ってピースして見せた梨仁。
そっか、ならよかった。
氷翠は俺が心配することを見越して、そう言ってくれたんだろな。
ほんと、気がきく奴。

「俺らは楽しもうぜ、氷翠の分も!」

梨仁にそう言われて、俺は頷いた。
それから電車に揺られて、ふたつ先の駅で降りた。
それから歩くこと15分でプールにつき、入場してそれから着替えることになった。
俺は梨仁がトイレに行ってる間に着替えることに。
ってか、今更だけど俺、梨仁に告白されたんだよな。
そう思ったらなんか恥ずかしくて、少し意識してしまった。
俺はすぐに着替えて、外で梨仁を待った。
そして少し経った後、梨仁が出てきた。

「湊士、待たせた?」

「ううん。別に平気…」

俺は恥ずかしくなって、視線を逸らした。
上はなにも着てないから上裸だし、“好き”って言われたこと思い出して。
梨仁はちょっとクスッと笑って、まるで全部わかってるような態度だった。

「笑うなし」

「え〜無理〜」

俺はますます恥ずかしくなって、顔を隠した。
と、そんな感じで始まったけど、俺たちはプールを満喫した。
一緒に流れるプールに流されたり、ウォータースライダーを滑ったり。
気がつけばもう、帰宅時間へと近づいていた。
俺たちはもういつもの帰り道を歩いている。

「いや〜遊んだな。マジ楽しかった!誘い、乗ってくれてありがとな」

「ううん。俺もプール来たかったし」

そういうと、突然梨仁が足を止めた。
不思議に思って、俺は振り返った。
それから腕をつかまれる。

「湊士、俺、やっぱ湊士のこと好き。ほんとに好きなんだ。今日、ちょっとずつ意識されてるって思ったら、欲とめらんなくて。やっぱ、欲張ってもいい…?」

その言葉に、俺はなんとも言えない気分になった。
俺はまだ航希くんのことが好きなんだろうか。
よく、わかんない。
俺はゲイじゃないし、男なんて好きにならないと思ってた。
でも…うん、やっぱ航希くんが好きなんだ。
今日の夜電話して謝ろうって決心したのも、やっぱり仲直りして元の関係に戻ってあわよくば付き合いたいからなんだ。
だから、そんな気持ちで梨仁と付き合うなんてできない。
そう思って顔をあげようとした時、俺は梨仁に抱きしめられた。
航希くんの時とは違うドキドキが俺を支配した。

「ごめん、俺、湊士が東歌のこと好きだって知ってんのに…」

「いや…えっと」

梨仁に自分の気持ちを、自分で伝えなきゃ。
こうやってはぐらかすの、ダメだ。
そうして口を開こうとした時、俺は勢いよく後ろに体を倒された。
倒れる…!と思ったけど、そんなことはなくて。
誰かに抱き止められた。

「おい、誰が湊士に触って言った?離せよ」

驚くほどに低い声で、俺ですら恐怖を覚えた。
そして、そこにいる人物は——。

「こ、航希くん…!?」

「東歌、お前っ…!」

俺と梨仁を無理やり引き離した。
今度は航希くんに抱きしめられる。

「湊士、来て」

グイッと腕を引っ張られて、一瞬梨仁の方に体が傾いたがすぐに止まった。
航希くんが俺をつかんでいるからだ。

「湊士、俺じゃなくて名桐のこと選ぶの?」

その言葉に、確実に俺が揺れた。
俺の好きな人は航希くんのわけで、航希くんを選ばないなんてありえない話だった。
だから——。

「ごめん、梨仁。離して」

とりかえしがつかないことを言った自覚はあった。
だけど、俺は後悔しなかった。
もともとこういう人間なんだ。
梨仁は傷ついたようにして俺の腕を離した。
その後、航希くんは強引に俺の腕を引っ張って、どこかへ歩き出した。
終始無言だった。
そうして連れてこられたのは、おそらく航希くんの家。
それ以外に考えようはなかったけど、疑うことしかできないような場所だった。

「おかえりなさいませ、若!!!」

何人もの人が一列に並んで、一斉にそんなことを言う。
しかも“若”って…。
もしかして、航希くんってヤクザ?
それでも、俺には怖く感じられなかった。

「誰も部屋には入るなよ」

そう言い残して、航希くんは家の中に入って、また俺の腕を引っ張っておそらく航希くんの部屋に連れてこられた。
それから勢いよくドアを閉められ、俺は逃げられない状態になってしまった。
まあ、逃げる気なんて微塵もないんだけど。

「あ、あの航希く——」

ドンッ!!

「いっ…」

突然両手首を掴まれ、壁に押さえつけられた衝動が背中に走って痛い。
それでも、航希くんは力を緩めたりはしてくれなかった。
怒った様子で俺に聞く。

「いい加減我慢の限界。なんで俺のこと避けんの?んで、なんであいつとふたりっきり?」

「え、えと…」

視線がいつもと違くて、怖くて言葉が出てこない。
でも、言わなきゃ誤解される。
一生修復されない傷がついてしまうかもしれない。
そんなのは嫌だから。

「避けてたのは…ごめんなさい…。本当に俺を知ったら、航希くんも俺が嫌いになると思ったから。それを自覚したくなくて…。今日は本当は3人で遊ぶつもりだったんだけど…氷翠が風邪ひいちゃってふたりになっちゃっただけ…で」

航希くんの表情はぴくりとも動かなかった。
俺は息を呑み、喉を鳴らす。
その後、航希くんはため息をついた。

「はぁ…そういうことね。ちなみに、俺が湊士を嫌うとか、ありえないけど」

「えっ?」

想像もしていなかった答えに驚いた。
もう嫌われてるのだと思っていたし。
でも、違ったんだ。

「俺さ、別にあんなの気にしてないから。今までの湊士が“嘘”だったとしても、それでもいいよ。これから知っていきたい。てか、湊士が俺のためにかわいい系になったって知ってたし」

「えっ!?」

俺は思わず大きな声をあげてしまった。
どういうこと、最初から知られてた?
知ってて関わってたの?

「だって俺ら、中学のとき会ってんじゃん。あのときとは雰囲気違うし、気になって調べちゃったんだよね。ごめんね?」

そう言ってニコッと笑った航希くん。
う、うそ…覚えて…。
俺が航希くんと会ったあの日のこと、俺だけが覚えてるものだと思ってたけど。

「ほ、本当に覚えてる…?」

「ふっ、なんで疑うんだよ。意外と大切な思い出なんだけど」

その言葉にどれだけ嬉しくなったことか。
きっと周りから見たら、あの日の出来事は大したことではなかったと思う。
だけど、航希くんは覚えていてくれた。
しかも“大切な思い出”として。
少しは…期待してもいいのかな。
じわっと目尻が熱くなって、俺は涙をこぼした。
嬉しくてどうしようもなくて、まるでその熱に酔ったみたいに——。

「好き」

言葉が溢れて。

「どうしようもなく好き。俺、この先絶対誰のことも好きにならないって決めてたんだけど。それでも好きって気持ちが止まらなくって。かわいい系になったのも、全部航希くんのためだったんだ。最初は推しとか言って自分を誤魔化してたのかもしれない。でも、もう誤魔化していたくないんだ。だから…その…好きって伝えたくなって。こんなどうしようもない俺でごめ——」

俺の言葉は、途中で止められた。
熱くて柔らかい感触が唇にあった。
目の前に航希くんの顔があって、深く重ね合った唇を自覚すると一気に恥ずかしさが溢れた。
息ができないくらい長くて、甘い熱に溺れてるみたいだった。
そうしてようやく航希くんは離れて。

「ごめん、ほんと好き。俺のためってとこが愛しいし、マジでかわいすぎ」

そうしてため息をついた後、航希くんは俺の耳元で言った。

「湊士のこと、全部欲しくなるな」

「え?」

そして、またキス。
俺は床に崩れ落ちていく。
ドキドキしすぎて、心臓の音が聞こえそう。
そう思ったとき。

「ふっ、めっちゃ心臓の音聞こえる」

「えっ…き、聞かないで!」

グイッと押して離れようとするけど、全然離れられない。
心臓がバクバクしすぎて死にそう。

「逃げんなって」

今度は首にキスが落ちてきて、俺は逃げられなくなった。
なにがなんだかわかんなくて、目に涙がにじむ。
次の瞬間、首に痛みが走った。

「痛っ!」

俺の声でゆっくりと航希くんが離れていく。
痛みが走った場所をゆっくりなぞられる。
背中の辺りがゾクゾクして、なんだか変な感じだ。

「ごめん」

突然の小さな声が耳に届いて、俺は反射的に顔をあげた。
航希くんの表情は今までにないほど暗くて、視線は俺の首元を凝視していた。

「なんで…謝るの?」

その言葉に、航希くんはさらに表情を歪めた。
なんでごめんって…。

「俺は、また傷つける。だから、人を好きになりたくなかった。だから、ごめん。やっぱ忘れて」

「えっ…どういう……って、待って…!行かないで!!」

航希くんは立ち上がり、部屋を出ていった。
つかんだはずなのに空振りして、航希くんを捕まえることはできなかった。
結局、俺はなにも航希くんを理解していない。
疑問が残ったまま、結局なにもわからず。
俺のその後の記憶はない。