流星群

 午後の練習が終わり、ミヤコは淑子と並んで、自由練習コートのネットを吊るしているワイヤーを緩めていた。他のメンバーたちも、ボールをケースに集めたり、コートの土をトンボで均したりと、後片付けに勤しんでいる。

「練習前に誰かと話してたみたいだけど、知り合い?」

 淑子の問いかけに、ミヤコはクランクを回していた手を止めた。そのまま、身じろぎもせず前を向く。

「あたしって、今まで随分と小さな世界の中で生きてきたのかもしれない」
「ん?」
「だって、あたしの知ってる人って言ったら、サークルの仲間たちとか、以前同じクラスだった子とか、そんな程度なわけじゃない? それって狭いよね」
「みんな、そんなもんなんじゃないの?」
「でも、世の中にはそうじゃない人たちもいるのよ。見知らぬ土地に行って、いろんな人と知り合って。全国各地に友だちができるの。それって、素敵だと思わない?」
「まあ、そう言われれば、そうかな」
「あたしもそんな人になりたい。なれるかな?」
「さあ。先輩たちにでも訊いてみれば?」

 しばらく口に手を当てて考え込んでいたミヤコは、何を思いついたのか、ハッとして急に淑子に向き直った。真顔だった。

「そうね。そうする」

 クランクを淑子に預けると、ミヤコはいきなり奥のコートに向かって駆け出した。声をかける間もなく、淑子は唖然として後姿を見送った。



 時刻は夕方になったものの、太陽はまだ西の空に高い。ツヤカたちは今度は一人一台の自転車で乗りつけた。いったん民宿に戻った際に、あたしらは使わんから全部持ってってええよ、とおばさんに言ってもらえたのだ。しかし、張り切って来たのにテニスコートには誰もいない。

「あれ? もう終わっちゃったかな?」
「日没までには、まだだいぶ時間があると思うが」
「暑過ぎて、早めに切り上げちゃったんじゃないの?」

 並んで金網にへばりついていると、背中から弾んだ声に呼びかけられた。

「お待たせっ」

 ミヤコは練習時とは打って変わって、水色のTシャツにミントグリーンのホットパンツという爽やかな出で立ちだった。すらりと伸びた太ももが、うっすらとピンクに染まっている。

「ねえ、あたしも連れてってくれない?」

 右肩に小ぶりのリュックを背負っている。

「一日だけでいいから、旅芸人の仲間に入れてくれないかな? みんなの話を聞いているうちに、あたしも混ざりたくなったのよ」

 思いもよらない申し出にツヤカたちは顔を見合わせた。こんな展開はさすがに予想していない。

「どうする?」

 まいったなと言わんばかりにツヤカが片手で前髪を掻き上げる。

「俺たちはそりゃ、構わないけどさ」
「困るとすれば、居候が増える民宿だよな」
「でも、三人も四人も大差ないぜ」
「あそこのおばさん、長く生きてるだけあって、何かと太っ腹じゃないか?」
「自転車も貸してくれたしな」
「そうそう」

 話の流れが望ましい方向に傾いていくのを察知し、ミヤコは嬉しそうな顔で両手を合わせた。

「じゃあ、連れてってくれるのね」

 十分後、ミヤコは涼しい顔でツヤカの自転車の荷台に腰掛けていた。真っ直ぐな黒髪が風になびいている。

「それにしても、妙な展開になったな」
「いいじゃん。多い方が楽しいじゃん」

 前を行くイケがそう言って後ろを振り返る。

「ねえ、ミヤコちゃん」

 最後尾を走っていたアジポンが並走してくる。

「合宿の方はよかったの? 勝手に抜け出してきたりして」
「近くに住んでる親戚に呼ばれたって、キャプテンに言ってきた」
「へぇ、ミヤコちゃんの親戚、この辺に住んでるんだ?」
「誰も住んでないわよぉ」

 おどけた口調で答える。

 自分がいつもより饒舌になっていることにミヤコは気づいていた。なぜだろう。彼らの前では不思議と言葉が口をついて出る。

 子供の頃から、どちらかというと人見知りなタイプだった。誰とでも軽口を叩けるような性格ではない。グループで集まると、ミヤコは常に「その他大勢」の中の一人だった。それなのに、今は自然と口からこぼれるように言葉が出てくる。風が言葉を運んでくる。

「ところで、どこに向かってるの?」
「街を目指す」

 ミヤコの問いかけに、ツヤカが西部劇のガンマンのような声色で返す。そこにアジポンがハードボイルドな語りを重ねる。

「獲物は?」
「こんにゃくとトマトジュース」

 ミヤコはつい吹き出してしまった。からだを捻ったせいで、自転車が大きくバランスを崩す。

「わわっ、危ない。ちょっと、もう、急に動かないでよ」
「だってぇ」

 ミヤコは大きく背中を揺らしながら笑いを堪える。

 駅に近づくにつれ、少しずつ人の姿を見かけるようになってきた。気温もだいぶ和らぎ始めている。外出するにはちょうど良い頃合いなのだろう。

「花火も珍しそうなの、一杯買っといた方がいいんじゃねえか?」
「わあ、花火やるの? あたし、昔から好きだったんだ。買いに行くなら選ばせて」
「うん、いいよ。なんたって、ミヤコちゃんは花火のような娘だから」
「はい?」

 イケの無邪気な物言いに、ミヤコは一転して複雑な表情になった。やだ、あたしって、そんなに弾けてるキャラだと思われてるのかしら?